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第五章 期末テスト大騒動
第5話 兄弟水入らず
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魔法薬学基礎の授業が終わった。
今日もやはり鍋を爆発させたリディアやアデル、懲りずに突っかかったデイジーやその取り巻きが退出していく。
エウは心配そうに「わたしも残る」と言ってくれたが、やがて姿を現した兄貴に笑顔で押し切られた。
「大丈夫だよ、エウフェーミア。ちゃんと解っているから」
そもそも兄貴が“どこから”“どこまで”聞いていて、どう“解っている”のかも不明だから怖いのだ。
内心震えながら、兄貴と並んで教室を出た。
表面上は普段通りにこやかな笑みを浮かべている彼の横で、俺もまたお坊ちゃまモード。生徒とすれ違うたびに視線を感じるのは、さすがプリンスといったところだ。
「そういえば兄上、僕らの罰則を軽くするようにと先生方に掛け合ってくださったようで、ありがとうございました」
「いいんだよ。大した問題じゃないと放置していた僕とリシにも責任はある」
兄貴につれられてやってきたのは、ホワイトリリー寮の中庭だった。
白やピンクといった一般的なユリから、水色や薄紫といったこちら独特の風合いまで、色とりどりのユリが群生している。兄貴はその花畑のなかの、小さな湖のそばに設えてある二人用のテーブルセットを指さした。
ユリをモチーフにした青銅のガーデンテーブル。
向かい合って座ると、兄貴は朗らかな表情のまま頬杖をついた。
「魔法学Ⅰの試験内容、なんだって?」
「はっ?」
「魔法学Ⅰの試験内容」
想像していたのとは全く別の角度から話に入ったので、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「あ、ええと、演習場オルテガの迷路攻略だそうです」
「へぇ。僕らが二回生の前期にやった内容じゃないか。学院側はやっぱり、戦える魔法使いの育成が急務だと考えているみたいだね」
「やはりそうですか。〈黒き魔法使い〉の一件があったからなんですね」
兄貴は「だろうね」とうなずいた。
暗黒の八百年、魔王軍と最前線で戦ったのは当然、ベルティーナ王国を守るために組織された騎士団の兵士たちだった。
バルバディアは三回生から専科を選択して、相応の研究や訓練を始める。
卒業後ルフに戻ってヴェレッダ騎士団に入る予定の兄貴は魔法剣士訓練課程、入学式の日に翼竜の手綱をとっていたルウは竜騎士訓練課程だ。
将来の魔法を担う優秀な魔法使いを育成すると同時に、将来の国防を担う軍人も輩出する、それがバルバディア。
魔王復活を目論む一派が昨年から動き始めている状態で、生徒たちの戦力を底上げする風向きになったのだろう。
「多分、父上が審査側で招待されるよ」
「……え」
「去年はそうだった。国王陛下と妃殿下、王立騎士団長に近衛兵団長、ゴラーナ学院長、その他高名な魔法使いや主だった地方の騎士団長がゴロゴロと」
なんでたかがテストでそんな大事なんだよ。
「バルバディアは王立だから国王陛下がご覧になるのも当然だよね。あとの人たちは、将来の有望株を今からピックアップしておきたいって感じなんじゃないのかな」
「はぁ、なるほど。それで父上まで……」
親父殿は家じゃ無口で、仏頂面で、長男贔屓説のあるオッサンだが、外ではよき領主、よき騎士団長で、魔法教会からは軍人として最高位の〈魔導騎士〉という位も付与されている。
実はすごいオッサンなのである。
嫌だなぁ変な緊張するなぁと眉を顰める俺に、兄貴はにっこりと微笑んだ。
「だからニコラ。くれぐれも今朝のような、誤解を招く迂闊な言動は控えるように」
「…………なんのことやら」
うぎぎぎぎ。女子生徒が黄色い歓声を上げてぶっ倒れそうなキラキラスマイルを直視できずに首を逸らす。
兄貴は「はいこっち見る」と俺の顎を掴んだ。
「おまえは腹芸が得意じゃないのだから。周りの生徒は騙せても、この兄上の目は誤魔化せませんよ? 昔から陰でコソコソするのが好きな子だとは思っていたけど、今度は何を企んでいるのかな」
「ななななななんのことやら」
え、やばい。
兄貴の鋭さちょっとナメてた。
ガタガタ震える頭の隅で、ちらっと、兄貴になら全部打ち明けてもいいんじゃないかと思い至る。
この人畜無害な兄貴が内通者のはずがない、性格的にも立場的にも確実に、将来リディアたちとともに戦場に立つことになるはずだ。
“俺、実はニコラに転生する前、日本って国に生きてたんです。元二十七歳、通算年齢は兄貴より年上です!”
“日本にあった小説の舞台設定や展開がこの世界と瓜二つなんです”
“だから魔王が復活するかもしれないんです”
“俺は魔王軍に入ってみんなを裏切る予定なんです”
“で、なんだかんだあって石化魔法をかけられて死ぬそうで”
“だから魔王の復活を阻止したいんですけど、万が一阻止できなかったときのことも考えて、有力な対抗馬となる予定のリディアとアデルを罵倒して、いじめて、その反発心から強くなってもらわないといけないんです……”
いや無理無理無理~~。俺が兄貴だったら「頭大丈夫か?」ってなるわ!!
「あの、えっと、兄上、ご推察通り色々と企んでいるのは、まあ、事実なんですけど」
──ああ俺のバカ野郎、正直者。
「すみません。それ以上は何も、言えません」
「……エウフェーミアにも言っていないのかい」
「エウにはもっと言えません」
「一人で抱え込むのが好きだね、おまえは」
抱え込むというか、別に、俺は。
脳内政宗を召喚して教えを乞うたりしているし、日本の夢を見てちょっと懐かしい気持ちになったりしているし、あんまり一人で抱えているつもりもなかったけど。
俺の顎から指先を放した兄貴は、どうせ意地でも聞き出すつもりもなかったんだろう、諦めたように苦笑した。
今日もやはり鍋を爆発させたリディアやアデル、懲りずに突っかかったデイジーやその取り巻きが退出していく。
エウは心配そうに「わたしも残る」と言ってくれたが、やがて姿を現した兄貴に笑顔で押し切られた。
「大丈夫だよ、エウフェーミア。ちゃんと解っているから」
そもそも兄貴が“どこから”“どこまで”聞いていて、どう“解っている”のかも不明だから怖いのだ。
内心震えながら、兄貴と並んで教室を出た。
表面上は普段通りにこやかな笑みを浮かべている彼の横で、俺もまたお坊ちゃまモード。生徒とすれ違うたびに視線を感じるのは、さすがプリンスといったところだ。
「そういえば兄上、僕らの罰則を軽くするようにと先生方に掛け合ってくださったようで、ありがとうございました」
「いいんだよ。大した問題じゃないと放置していた僕とリシにも責任はある」
兄貴につれられてやってきたのは、ホワイトリリー寮の中庭だった。
白やピンクといった一般的なユリから、水色や薄紫といったこちら独特の風合いまで、色とりどりのユリが群生している。兄貴はその花畑のなかの、小さな湖のそばに設えてある二人用のテーブルセットを指さした。
ユリをモチーフにした青銅のガーデンテーブル。
向かい合って座ると、兄貴は朗らかな表情のまま頬杖をついた。
「魔法学Ⅰの試験内容、なんだって?」
「はっ?」
「魔法学Ⅰの試験内容」
想像していたのとは全く別の角度から話に入ったので、思わず間抜けな声を上げてしまった。
「あ、ええと、演習場オルテガの迷路攻略だそうです」
「へぇ。僕らが二回生の前期にやった内容じゃないか。学院側はやっぱり、戦える魔法使いの育成が急務だと考えているみたいだね」
「やはりそうですか。〈黒き魔法使い〉の一件があったからなんですね」
兄貴は「だろうね」とうなずいた。
暗黒の八百年、魔王軍と最前線で戦ったのは当然、ベルティーナ王国を守るために組織された騎士団の兵士たちだった。
バルバディアは三回生から専科を選択して、相応の研究や訓練を始める。
卒業後ルフに戻ってヴェレッダ騎士団に入る予定の兄貴は魔法剣士訓練課程、入学式の日に翼竜の手綱をとっていたルウは竜騎士訓練課程だ。
将来の魔法を担う優秀な魔法使いを育成すると同時に、将来の国防を担う軍人も輩出する、それがバルバディア。
魔王復活を目論む一派が昨年から動き始めている状態で、生徒たちの戦力を底上げする風向きになったのだろう。
「多分、父上が審査側で招待されるよ」
「……え」
「去年はそうだった。国王陛下と妃殿下、王立騎士団長に近衛兵団長、ゴラーナ学院長、その他高名な魔法使いや主だった地方の騎士団長がゴロゴロと」
なんでたかがテストでそんな大事なんだよ。
「バルバディアは王立だから国王陛下がご覧になるのも当然だよね。あとの人たちは、将来の有望株を今からピックアップしておきたいって感じなんじゃないのかな」
「はぁ、なるほど。それで父上まで……」
親父殿は家じゃ無口で、仏頂面で、長男贔屓説のあるオッサンだが、外ではよき領主、よき騎士団長で、魔法教会からは軍人として最高位の〈魔導騎士〉という位も付与されている。
実はすごいオッサンなのである。
嫌だなぁ変な緊張するなぁと眉を顰める俺に、兄貴はにっこりと微笑んだ。
「だからニコラ。くれぐれも今朝のような、誤解を招く迂闊な言動は控えるように」
「…………なんのことやら」
うぎぎぎぎ。女子生徒が黄色い歓声を上げてぶっ倒れそうなキラキラスマイルを直視できずに首を逸らす。
兄貴は「はいこっち見る」と俺の顎を掴んだ。
「おまえは腹芸が得意じゃないのだから。周りの生徒は騙せても、この兄上の目は誤魔化せませんよ? 昔から陰でコソコソするのが好きな子だとは思っていたけど、今度は何を企んでいるのかな」
「ななななななんのことやら」
え、やばい。
兄貴の鋭さちょっとナメてた。
ガタガタ震える頭の隅で、ちらっと、兄貴になら全部打ち明けてもいいんじゃないかと思い至る。
この人畜無害な兄貴が内通者のはずがない、性格的にも立場的にも確実に、将来リディアたちとともに戦場に立つことになるはずだ。
“俺、実はニコラに転生する前、日本って国に生きてたんです。元二十七歳、通算年齢は兄貴より年上です!”
“日本にあった小説の舞台設定や展開がこの世界と瓜二つなんです”
“だから魔王が復活するかもしれないんです”
“俺は魔王軍に入ってみんなを裏切る予定なんです”
“で、なんだかんだあって石化魔法をかけられて死ぬそうで”
“だから魔王の復活を阻止したいんですけど、万が一阻止できなかったときのことも考えて、有力な対抗馬となる予定のリディアとアデルを罵倒して、いじめて、その反発心から強くなってもらわないといけないんです……”
いや無理無理無理~~。俺が兄貴だったら「頭大丈夫か?」ってなるわ!!
「あの、えっと、兄上、ご推察通り色々と企んでいるのは、まあ、事実なんですけど」
──ああ俺のバカ野郎、正直者。
「すみません。それ以上は何も、言えません」
「……エウフェーミアにも言っていないのかい」
「エウにはもっと言えません」
「一人で抱え込むのが好きだね、おまえは」
抱え込むというか、別に、俺は。
脳内政宗を召喚して教えを乞うたりしているし、日本の夢を見てちょっと懐かしい気持ちになったりしているし、あんまり一人で抱えているつもりもなかったけど。
俺の顎から指先を放した兄貴は、どうせ意地でも聞き出すつもりもなかったんだろう、諦めたように苦笑した。
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