ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第五章 期末テスト大騒動

第6話 幸せになってほしいね

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「いいよ。わかった」
「……すみません。多分これから先、兄上にもご迷惑がかかるかもしれませんが、『弟のことは関係ない』とか『僕が知ったことか』とか、適当に流してください」
「そうさせてもらうよ。『兄上は関係ないだろう』──だったっけ?」
「…………」

 あれ、おかしいな今一瞬、兄貴の声がとっても怒っていたような。

「あれがニコの本意じゃないとわかって安心したよ。いやぁあれは傷ついたなぁ。実は嫌われていたのかと、ショックでショックで」
「兄上わかってて言ってるんでしょう」
「なんのことやら?」

 兄貴はお茶目にウィンクして立ち上がった。
 ……なんだか兄貴にいいように翻弄されているような気がする。

 再びユリ畑の小径を歩いているうちに、六限目終了の大鐘が鳴り響いた。途端、授業を終えた生徒たちのざわめきが最寄りの塔から伝わってくる。

「そうだ。ニコは週末、城下町に下りたりするのかな?」
「用があれば。テスト前なのでしばらく控えますが」
「ならいい。……最近、城下町で魔法薬の粗悪品を売りさばく者があるらしい。捕まるまで城下に近づかないのが一番だけれど、万が一遭遇した場合は速やかに通報しなさい」

 魔法薬の粗悪品、ねえ。
 いまいちピンとこないし城下に下りる予定もなかったが、俺は素直にうなずいた。

「はい、兄上」


   ◇  ◇  ◇


「またケンカしたのー?」

 病室を訪れた俺の顔に絆創膏や包帯を見つけると、あいつはいつもそう言って笑った。

「なんでそんなケンカ好きなの、痛いのが好きなの?」
「べっつに。普通売られたもんは買うし、胸糞悪いもん見たら売るだろ」

「胸糞悪いもん?」
「武器持って多勢に無勢とかさー、いかにも自分より弱い相手から金巻き上げてんのとかさー」

「正義の味方になりたいわけ?」
「違げーよ。俺の視界で俺の気に入らねぇことやってるやつらが悪いんだよ」

「よくわかんないなぁ」呆れたように肩を竦めるあいつの膝の上に、図書室から借りてきた本をぽんと一冊投げてやる。

「あ、八巻だ、わーい。じゃあ七巻返しといてね」

 図書室にもともとあった六巻までを借りたあとは、新刊が図書室に入るたびに借りて持ってきている状態だった。

 彼女はファンタジー小説が好きだった。
 魔法、ドラゴン、妖精、ここではない世界。指輪物語にナルニア国物語にハリー・ポッター。そういう海外のファンタジー小説をあらかた読んだあとは、日本人の作家のものを読んだり、少女小説だのライトノベルだの色々手を出しているらしい。

「わたしも死んだらこういう魔法の世界に生まれ直したいな」

 中学三年に上がった頃からこういうことを言うようになっていた。
 俺はガキでバカだったから、あいつの病状なんてほとんど気にしたこともなかった。

 ただ「そのうち元気になるよー」という根拠のない言葉を信じて、「同じ高校に通えたら勉強教えてやるよ」なんて呑気に笑ってた。

「不良は魔法にはときめかない?」

「ときめくに決まってんだろバカかよ。指パッチンとか手合わせ錬成とか小学生の頃やったぜ。あと魔法の呪文もな」

「それが今じゃーケンカとバイクに胸躍らせる不良少年ですもんねー。こんなのが学年トップじゃ先生たちもさぞむなしかろーに」

 俺の成績が優秀なのは、父親との折り合いが悪かったことに由来している。
 父親は絵に描いたような学歴主義の男だった。小学生の頃から百点のテスト以外は褒められなかった。別にきつい言葉を使ったり暴力を振るったりはしなかったが、一つでも減点があれば「もっといい点をとれるはず」と窘められた。

 中途半端な抑圧だったからグレるのも中途半端だった。
 中途半端を極めた結果、素行の悪いやつらとつるんで、ちょっと悪いことを憶えて、ケンカするようになった──そのくせテストでは満点を取るという、なんとも嫌味なインテリヤンキーができあがったのだ。

「ニコラってけっこう不憫なキャラだと思うんだよねぇ」

 フゥと息を吐きながらあいつが閉じた本の背表紙には、タイトルと、【8】という数字の表記がある。

「お兄ちゃんがすっごく優秀な学院のプリンスなの。だからニコラも周りからすごく期待されてるし、本人もそのことを解ってる。それに相応しい自分でいないといけない、って思ってるのに、定期テストでは毎回アデルに負けちゃうんだよね」

 俺自身は別にニコラに興味がないので、ふーん、ともほーん、ともつかない適当な相槌を打った。

「それでお父さんに嫌味言われるわけ。『魔力のない者に後れを取ったのか』なんてさ。アデルは最強魔法使いの師匠に教わってきたうえ、特殊な目も持ってて、普通の秀才のニコラよりずっと有利なんだけどね」

「ま、ありがちだな。学歴や成績に執着する親なんていくらでもいるだろ」

「そうだね。そういうとこ、ニコラってきみに似てるかもね」

「俺は取り巻き使って他人の私物コソコソ隠したり上からバケツで水ぶっかけたりするような陰険野郎じゃねーぞ」

「はいはい、気に入らないならタイマン素手ゴロでしたね。全くそんなだから毎回毎回バンソコまみれなんだよ~」

 膝の上に置かれた八巻の表紙には、なんかキラキラした美少年が二人描かれている。
 金髪碧眼のいかにも王子様っぽい少年と、黒髪に黒縁眼鏡の野暮ったい少年と。

「いやーニコラには幸せになってほしいね、わたしは」

 なに目線だよ。
 はっと鼻で笑い飛ばしながらも、俺はそう言った彼女がこちらを見ていたのに気づいていた。

 幸せになってほしいねと、願ってくれたその心に。




 ……死んだらこういう世界に生まれ直したいな。
 そう言いはじめた年の、冬のさなか。

 最新刊の発売を待たず、彼女は逝ってしまった。


 あいつもどこかの魔法の世界に生まれ直して、今度こそ丈夫な体で、外の世界を飛んだり跳ねたり魔法を使ったりしているんだろうか。
 俺がニコラになったんだから、おまえだってどこかで楽しくやってるよな。


 だって、じゃないと、どうして俺ばかりこんな恵まれた環境で二度目の人生を謳歌しているのか解らない。
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