ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第五章 期末テスト大騒動

第10話 期末テスト大騒動のはじまり

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 一瞬の浮遊感のあと、俺とリディアは森の中にいた。
 先程の演習場の迷路とは明らかに毛色が違う。人の手の入っていない自然のままの森といった景色だ。見渡す限り、青々と葉をつけた広葉樹林が続いている。

 尻餅をついたリディアのつむじを見下ろし、がくりと肩を落とした。

 さすがにバルバディアの敷地外のワケわからん森に飛ばされることはないはず。
 ということは、だ。

「まさか〈深奥の森〉のどこかに飛ばされたのか……?」
「えっ。なんの装備もなく踏み込めば遭難するって噂の!?」

 入学式のあの日、翼竜の駕篭から見渡した広大な森を思い浮かべたのだろう。リディアは蒼褪めたが、そこまで底意地の悪いことはされないと信じたい。
 大体これ試験だし。

「バルバディアの敷地の近くなら、薬草学やその他の授業で生徒が立ち入ることもある。余程のことがなければ遭難なんてしないよ」

 そんなことより何より、迷路からコースアウトしてしまったことのほうが問題だ。
 この場合、即失格なのか。それとも急げば演習場に戻れるのか。トラップがあるとは言われたが迷路の外に放り出されるなんて聞いてねえよ!!
 あああああんのクソバ……いや黙っとこう。木端微塵通り越して擂り潰されかねん。

 あまりのリディアの迂闊さ。そしてその猪突猛進な性格を解っていてなお、止められなかった不甲斐なさ。それと試験を落としたかもしれないショック。諸々積み重なって、俺は海より深い溜め息をつきながらしゃがみ込む。

 リディアはおろおろとその様子を眺めたが、「ほら」と俺の腕をぐいぐい引っ張った。

「コースアウトしたら失格なんて言われてないんだから! 今すぐ演習場に戻ってもう一回ゴール目指そう! ね、さっきみたいに魔力感知したら演習場の方角くらいわかるんじゃない?」

「ああ……そうだね……」

「落ち込んでる暇があったら即行動! 動かないで突っ立ってたって時間切れになるだけよ! そりゃこんな状態になっちゃったのは本当、もう、心の底から申し訳ないと思ってるけど!」

「一応そういう風に思ってくれてはいるんだね……」

 リディアに言われるまでもない。
 ヘコみがてらしゃがみ込んだところで、俺は自分の魔力を薄い薄い氷のように伸ばして、森の中の大地を探っていた。
 現時点で俺の感知の有効範囲は半径五十メートル程度のもの。だが五十メートル以内に演習場があるのなら、そもそも気配や声が届くはずだ。それ以上離れるとぼんやりとした方角や規模しか感じ取れなくなる。

「……、ん?」
「どうかした?」
「演習場は多分……あっちのほうだと思う。大規模な魔法の感じがある」

 頭上には木が生い茂っているから太陽の位置がわからない。正確な方角や距離は不明だが、戻ればいい方向はなんとなく判明した。

 ただ、ここからそう離れていない場所に、魔力が四つ。
 人がいる。

「もしかして私たちと同じようにコースアウトしてきたとか?」
「有り得るね」
「四人は動いてる?」
「いや。一か所に留まったまま動かない」

 演習場とは反対方向、俺の感知ぎりぎりの五十メートル圏内。

 魔力感知は同級生全員が使えるものではない。コースアウトしてしまった二組が、わけも判らず森の中をうろうろして、何かの理由で固まって動かないようにしている可能性はある。
 リディアもそれに思い至ったか、真剣な表情になって「行こう」と立ち上がった。

「魔法学の受験生じゃなかったとしても、試験期間中の休息日に、深奥の森のなかで四人動かないなんておかしいわよ。怪我して動けないのかも。そう遠くないなら、確認だけしに行きましょ」

「……まさか止血剤が伏線だったとは……」
「なんか言った!?」
「いいや、何も。仰る通りにしますよ」

 この状態ではどうせ、高得点なんて目指せまい。
 それよりも本当に要救護者が存在した場合、それを見捨てるほうがマイナスだ。確認だけでも、という意見には賛成。
 場所もわかっていないのにズンズン前を行くリディアを後ろに下がらせて、俺は位置を探りながら四人のもとを目指した。

 しばらく歩いたところで、リディアが俺のジャケットの裾を引っ掴む。

「ちょっと待って」
「なんだよ。靴紐でも解けたのか」
「違いますぅ。一応、目印も置いて行こう。ほたる石が五個あるから、十メートルごとに一個。私の一歩は大体四十五センチだから、二十二歩ごとに一個ね」

 ほたる石は、仄かに光を放つ鉱石だ。白緑の石に牛乳を垂らしたような色の、小さな石。「本当は大地魔術の触媒だけど、まあ使わないだろうし」と自分で言いながら、カバンから取り出したそれを一つ、道の真ん中に置く。
 確かに、演習場からは百メートル以上も離れてしまうことになるのだから、俺の魔力感知もあてにならなくなる。目印は必要だった。

「慣れてるな」
「故郷では薬草を取りに森の中にお邪魔したりしたから。オクっていってすんごい田舎なんだけど、ベルトリカっていう森の中に家があってねー」

 オク……ベルトリカ。聞き覚えのない地名だ。
 オーレリー地方もそこそこ田舎だけど、多分よっぽど辺鄙なところにあるんだろうな。

 俺たちは言葉少なに獣道を進んだ。五十メートル先といっても真っ直ぐに道があるわけではないので、リディアのほたる石は早々に捌けてしまった。
 すると彼女は、俺の後ろを歩きながら摘んだという薬草を束にして、茎を結んで地面に置く。確かに、下手にそのへんの石を置いたり枝を折ったりするより解りやすい。

「ねえ」

 顔だけ少し振り返ると、リディアはこちらを真っ直ぐに見つめている。

「ごめんね。お父さんが来賓で来てたんでしょ。いいとこ見せたかったよね」
「別に。父上だって僕のことなんか然程注目していないさ」
「……仲、悪いの?」
「人間同士、相性の良い悪いはあるものだろう。それが親子であったとしても」

 リディアは答えなかった。
 ややあって、「そうね」と小さく、自嘲気味な相槌があっただけだ。

 そのとき、延々続くかと思われた広葉樹林が突如、途絶えた。

 目の前には滑らかな白い石でできた、浅いドーム状の建造物が建っている。
 継ぎ目の見られない不可思議な石壁には蔦が這い、天井付近が一部だけ崩落していた。まるで静かな森の中にひっそりと息を潜めた──白い、生き物のようだ。
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