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幕間 俺とロウ家と主人公組
第5話 色々とお見通しなお兄さま
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兄貴曰く。
シリウスという只人が身近にいる以上、やはり入学当初からリディアとアデルのことはよく観察していたらしい。
〈精霊の眼〉のおかげで並以上に魔術を使えるアデルはともかく、リディアに対して周囲の当たりが強いのも気になっていたそうだ。「その当たりが強いのの中におまえがいたのは想定外だったけどね?」と笑われた。怖かった。
「でも大方ニコのそれも、シリウスの件があるからなのだろうとは思ったけれど」
「……そーですか」
「だって明らかにシリウスのほうが魔術を使えるものね。しかも彼はほぼ独学だ。それが気に入らないんだろうなぁ、と納得もしたよ」
全部見透かされてんだけど。兄貴エスパーかよ。
「イルザーク先生とたまにお話するなかで、シリウスのことも話していたんだ。そしたらこの間、学院印の伝書鳥が飛んできてね。一度リディアさんとシリウスを会わせてみようということになったんだ」
で、一応俺の従者であるシリウスを動かすために、兄貴は神経衰弱を持ち掛け。
勝敗はどうあれ兄貴の用事に付き合うのに吝かでなかった俺たちも、なんにも知らないままこの日を迎えたと。
「じゃ、やります! 離れててね!……もっと遠くに!」
「そんな大げさな」
困り顔のシリウスが、渋々リディアから距離を取る。
先程用意された椅子に腰かけた俺の横で、「そんなに爆発するんですか?」と首を傾げた。その体の前にフライパンを装備させて、俺も鍋を構える。
それなりに遠いけど念のためだ。
「僕はこの半年間、彼女の魔術が成功したところを見たことがないよ」
「ぼくも見たことないです」
アデルからの追撃にシリウスが口元を引き攣らせたと同時に、リディアは祈詞を唱えた。
「“いと慈悲深き火の精シルヴォよ。加護を与えたまえかし”」
ぼごんっ。
手にしていた小瓶から垂れたニビタチバナの樹液が爆発する。ヒエッと肩を跳ねさせたシリウスを横目に、俺とアデルがうんうんとうなずいた。
「いつも通りだね」
「……うん」
「師匠のイルザーク先生も、魔術学のイリーナ先生もお手上げらしいんだ。どうかなシリウス、どうにかなりそうかい?」
シリウスは眉を顰めてリディアを眺めていた。顎に手をやって何事か考え込み、「まぁ、できることはします」とうなずく。なんかかっこいいぜ。
それからしばらく、シリウスは俺たちから離れたところで芝生に座り込み、リディアと一対一で何か喋っていた。
魔力のない者同士にしか解らない話なのか、何やら盛り上がっている。話しているうちに打ち解けたのか、二人とも「わかるー!」「だよな」とタメ口だ。
こっちはこっちで、兄貴がアデルの〈精霊の眼〉に興味津々だった。
「今も色々な〈隣人たち〉が目に視えているの?」
「はぁ、まぁ。わりとこの辺は、気のいいタイプが多いみたいです」
「気難しいのもやっぱりいるんだね。人の視線を厭う種族もいると聞いたことがあるけど、だからあんまり視線を動かさないようにしてるのかな?」
極度の不愛想で人見知りタイプのアデルは、態度は柔らかいが普通に押しの強い兄貴にあたふたしつつ、学院にいるときより素直に返事をしている。
「はい。そういうのは、視ただけで呪ってくるようなのも、たまにいますから」
「ハイリスクだね。〈隣人たち〉と直接視線や言葉を交わすことで、魔法や魔術の威力は格段に上がるけど、危険もやはり大きいのか。色々苦労することも多いだろうね」
「そう、ですね。バルバディアは魔素の濃度が高いぶん、色々なのがいるので、あんまり気が抜けないです」
……そうなのか。
はー大変なんだなぁと内心うなずいた瞬間、我に返った。
──てか俺、こんなのんびりこいつらと過ごして大丈夫なのか?
これ原作イベントか? 悪役かませ犬にならないといけないのに、なんかどんどん馴れ合ってきてないか?
そりゃ俺の中身もこの年になりゃ、正面からどつき合うより程々に距離取って流したいとこだけどさ。こいつらに対してはやっぱり意地悪ニコラで居続けないといけないんじゃねーの?
と、内心ウダウダ考える俺の横にシリウスが戻ってきた。
「……どうだった?」
「いい感じなんじゃねえか……ですかね」
リディアと打ち解けすぎてちょっと素が出てるぞ。いーけど別に。
アデルの体質のことで盛り上がる兄貴たちに背を向け、俺はシリウスの燕尾服を引っ張った。
小声で、というより無声で話しかける。
「二人でなんの内緒話してたんだよ」
「あ? 別に。最初は〈隣人たち〉ってホントにいんのかって思うよなって話から、魔術使うとき何考えてるかとか、祈詞はなに唱えてるかとか」
「そんなモンでどうにかなんのか?」
「さあなぁ……。そういや聞いたぞ、おまえ学院で相当あの子に嫌味言ってるって?」
すすすと目を逸らすと、シリウスはしかめっ面になった。
「誰彼構わず噛みつくなって手紙に書いておいただろ」
「ウッセェこっちにも色々あんだよ」
「ったく、らしくねーぞ。女に絡むとかガキじゃねぇんだから」
そのとき、リディアがすっくと立ちあがり「いきまーす!」と手を挙げた。
念のため再び鍋とフライパンを装備。
彼女は瞼を下ろし、しばらく深呼吸を繰り返す。
手の中には先程と同じニビタチバナの樹液の入った小瓶。魔法も魔術も基本的に、まずは〈火〉の扱いを知るところから始まるからだ。
「“火の精霊、シルヴォよ”」
祈詞の言い回しが変わった。
それに応えるように大気がざわつく。魔法や魔術を使うとき特有の、風でない風だ。
ま、まさか、リディアの魔術が成功する……?
アデルでさえ成功するところを見たことのない、筋金入りの魔術オンチが、シリウスとちょっと話しただけで?
「“我を導く灯を与えたまえ”……」
思わずこくりと唾を飲んだ瞬間、派手な爆音が、彼女の祈詞を遮った。
シリウスという只人が身近にいる以上、やはり入学当初からリディアとアデルのことはよく観察していたらしい。
〈精霊の眼〉のおかげで並以上に魔術を使えるアデルはともかく、リディアに対して周囲の当たりが強いのも気になっていたそうだ。「その当たりが強いのの中におまえがいたのは想定外だったけどね?」と笑われた。怖かった。
「でも大方ニコのそれも、シリウスの件があるからなのだろうとは思ったけれど」
「……そーですか」
「だって明らかにシリウスのほうが魔術を使えるものね。しかも彼はほぼ独学だ。それが気に入らないんだろうなぁ、と納得もしたよ」
全部見透かされてんだけど。兄貴エスパーかよ。
「イルザーク先生とたまにお話するなかで、シリウスのことも話していたんだ。そしたらこの間、学院印の伝書鳥が飛んできてね。一度リディアさんとシリウスを会わせてみようということになったんだ」
で、一応俺の従者であるシリウスを動かすために、兄貴は神経衰弱を持ち掛け。
勝敗はどうあれ兄貴の用事に付き合うのに吝かでなかった俺たちも、なんにも知らないままこの日を迎えたと。
「じゃ、やります! 離れててね!……もっと遠くに!」
「そんな大げさな」
困り顔のシリウスが、渋々リディアから距離を取る。
先程用意された椅子に腰かけた俺の横で、「そんなに爆発するんですか?」と首を傾げた。その体の前にフライパンを装備させて、俺も鍋を構える。
それなりに遠いけど念のためだ。
「僕はこの半年間、彼女の魔術が成功したところを見たことがないよ」
「ぼくも見たことないです」
アデルからの追撃にシリウスが口元を引き攣らせたと同時に、リディアは祈詞を唱えた。
「“いと慈悲深き火の精シルヴォよ。加護を与えたまえかし”」
ぼごんっ。
手にしていた小瓶から垂れたニビタチバナの樹液が爆発する。ヒエッと肩を跳ねさせたシリウスを横目に、俺とアデルがうんうんとうなずいた。
「いつも通りだね」
「……うん」
「師匠のイルザーク先生も、魔術学のイリーナ先生もお手上げらしいんだ。どうかなシリウス、どうにかなりそうかい?」
シリウスは眉を顰めてリディアを眺めていた。顎に手をやって何事か考え込み、「まぁ、できることはします」とうなずく。なんかかっこいいぜ。
それからしばらく、シリウスは俺たちから離れたところで芝生に座り込み、リディアと一対一で何か喋っていた。
魔力のない者同士にしか解らない話なのか、何やら盛り上がっている。話しているうちに打ち解けたのか、二人とも「わかるー!」「だよな」とタメ口だ。
こっちはこっちで、兄貴がアデルの〈精霊の眼〉に興味津々だった。
「今も色々な〈隣人たち〉が目に視えているの?」
「はぁ、まぁ。わりとこの辺は、気のいいタイプが多いみたいです」
「気難しいのもやっぱりいるんだね。人の視線を厭う種族もいると聞いたことがあるけど、だからあんまり視線を動かさないようにしてるのかな?」
極度の不愛想で人見知りタイプのアデルは、態度は柔らかいが普通に押しの強い兄貴にあたふたしつつ、学院にいるときより素直に返事をしている。
「はい。そういうのは、視ただけで呪ってくるようなのも、たまにいますから」
「ハイリスクだね。〈隣人たち〉と直接視線や言葉を交わすことで、魔法や魔術の威力は格段に上がるけど、危険もやはり大きいのか。色々苦労することも多いだろうね」
「そう、ですね。バルバディアは魔素の濃度が高いぶん、色々なのがいるので、あんまり気が抜けないです」
……そうなのか。
はー大変なんだなぁと内心うなずいた瞬間、我に返った。
──てか俺、こんなのんびりこいつらと過ごして大丈夫なのか?
これ原作イベントか? 悪役かませ犬にならないといけないのに、なんかどんどん馴れ合ってきてないか?
そりゃ俺の中身もこの年になりゃ、正面からどつき合うより程々に距離取って流したいとこだけどさ。こいつらに対してはやっぱり意地悪ニコラで居続けないといけないんじゃねーの?
と、内心ウダウダ考える俺の横にシリウスが戻ってきた。
「……どうだった?」
「いい感じなんじゃねえか……ですかね」
リディアと打ち解けすぎてちょっと素が出てるぞ。いーけど別に。
アデルの体質のことで盛り上がる兄貴たちに背を向け、俺はシリウスの燕尾服を引っ張った。
小声で、というより無声で話しかける。
「二人でなんの内緒話してたんだよ」
「あ? 別に。最初は〈隣人たち〉ってホントにいんのかって思うよなって話から、魔術使うとき何考えてるかとか、祈詞はなに唱えてるかとか」
「そんなモンでどうにかなんのか?」
「さあなぁ……。そういや聞いたぞ、おまえ学院で相当あの子に嫌味言ってるって?」
すすすと目を逸らすと、シリウスはしかめっ面になった。
「誰彼構わず噛みつくなって手紙に書いておいただろ」
「ウッセェこっちにも色々あんだよ」
「ったく、らしくねーぞ。女に絡むとかガキじゃねぇんだから」
そのとき、リディアがすっくと立ちあがり「いきまーす!」と手を挙げた。
念のため再び鍋とフライパンを装備。
彼女は瞼を下ろし、しばらく深呼吸を繰り返す。
手の中には先程と同じニビタチバナの樹液の入った小瓶。魔法も魔術も基本的に、まずは〈火〉の扱いを知るところから始まるからだ。
「“火の精霊、シルヴォよ”」
祈詞の言い回しが変わった。
それに応えるように大気がざわつく。魔法や魔術を使うとき特有の、風でない風だ。
ま、まさか、リディアの魔術が成功する……?
アデルでさえ成功するところを見たことのない、筋金入りの魔術オンチが、シリウスとちょっと話しただけで?
「“我を導く灯を与えたまえ”……」
思わずこくりと唾を飲んだ瞬間、派手な爆音が、彼女の祈詞を遮った。
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