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第六章 猫かぶり坊ちゃんの座右の銘
第2話 後期も頑張って悪役やってやるぜ!
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たすけて脳内政宗ぇ~~。
という俺の呼び声に応えた政宗真一郎(27)は、いつも通りの仏頂面で、俺の正面に胡坐を掻いた。
さて、数日前から後期も始まったところで状況整理だ。
俺はニコラ・ロウもうすぐ十六歳。ベルティーナ王国がオーレリー地方辺境伯、ディートハルト・ロウの次男坊。二十一世紀の日本でやんちゃ坊主をしていた前世を憶えている、ちょっと変なお坊ちゃんだ。
「なんのあらすじだよ……」
うるさい、黙って聞け。
そんな俺はある日、気づいた。
この世界はどうも、やんちゃ坊主時代の初恋の女の子が愛読していた、ファンタジー小説に酷似している。
「……リディアとアデル、日本で生きていた不幸な子ども二人が魔法の世界に迷い込み、黒い魔法使いイルザークに拾われ、やがては復活する魔王を打倒する物語だな」
そう。で、その物語のなかになんと、リディアたちをやたらと敵視する悪役坊ちゃんが出てくる。
それがニコラ・ロウ、つまり多分俺だ。
「ニコラ・ロウは三巻で登場し、主人公二人をイビリまくるが、それがかえってリディアの魔法を発現させるという重要な役割を持つ。四巻の終わりに魔王が復活すると、八巻では魔王軍の一味という正体が判明し、九巻で死ぬ。……だったな」
そう。さすが脳内政宗、ちゃんとわかってるじゃん。
「おまえは『魔王軍になんて入りたくない!』と、愚かにも神である原典の展開とは違った道を歩もうとするが──」
……愚かにも?
それが一生懸命生き直してる親友に言う台詞かおまえ。
「結局悪役としての影も薄いうえ、魔王復活阻止の手立ても立てられぬまま、物語展開に沿うこと半年。特に何もできていないのが現状だな」
まあそれは事実なんだけど、もうちょっと労わるとかないの?
……いや、政宗先生なんて呼んじゃいるけど、所詮は俺の一人脳内会議だ。脳内政宗の発言は俺の考え。
つまり、俺はやっぱり前期何もできていない、ってことだ。
フゥと溜め息をついて、俺は腕を組んだ。
「そもそもおまえ、魔王復活の阻止ってどうするつもりだ?」
そこだよなぁ。
現状、俺には情報が乏しい。俺にあの物語の内容を語り聞かせたあいつだって、そこまで詳細に教えてくれたわけじゃないのだ。
だからまず、魔王復活の儀式がいつ、どこで、どのように行われるかを調べるべきだ。
その三つが判明すれば、例えば儀式に必要な要素をブチ壊しておくとか、場所をブチ壊しておくとか、なんなら儀式に乱入して魔法をぶっ放すとか、色々と手立てはあるし。
「解決法が大雑把なんだよなぁ……」
そうなんだよー。
俺ケンカって基本、真正面からぶつかってばっかだったから、戦略立てるの苦手なんだよな。
期末テストで痛感したんだが、『本編』に当たる内容は俺の知らないところで勝手に進んでいるんだ。リディアが城下町で中毒患者に出会ったなんて、完全にあの場が初耳だった。
巻き込まれるときは唐突で、逃れようがない。
四巻じゃ内通者が暗躍するって話だったけど、普通に過ごしてたら誰がそうかなんてわかりっこない。
やっぱりどう考えたって、復活の儀式阻止に向けた下準備が一番ってことになってくる。
「じゃあまずは儀式の情報収集だな」
そうそう。あと引き続き、俺の魔法の底上げ。
俺が弱くちゃ話になんねぇからな。
よーし、後期も頑張って悪役やってやるぜ!!
……と意気込んで、いつも考え事に使っている秘密の三畳間を出ると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「あんたちょっともっぺん言ってみなさいよ!!」
威勢のいい女子生徒の声には激しく聞き覚えがある。
あのぽんこつ爆発魔主人公、新学期早々今度は誰と揉めてんだよ。
仲裁するつもりはないが、物語に関係してきそうな出来事なら把握しておきたい。三畳間のあるひと気のない廊下からひょこっと顔を出し、階段前のホールを覗き込むと、やっぱり特徴的な栗色のストレートロングの後ろ姿があった。
その後ろにはアデルが尻餅をついている。
二人ともなぜかびしょ濡れだった。
対するは、上級生と思しき男子生徒が五人組。中心に立っているやつの顔には見覚えがある。
「あいつ、前になんかのパーティーで見たな。確かエドマンド・ロシェット……」
野次馬の生徒たちが遠巻きに様子を窺っているが、誰も助太刀に入る様子はなかった。
無理もない。
エドマンドはベルティーナ王国でも名の知れたナントカ侯爵の嫡男だが、素行が悪く、当主も手を焼く問題児だという。パーティーで顔を見かけたときも、ブー垂れた顔で行儀悪く飯を食ってた印象しかない。
まあ元やんちゃ坊主としては親近感の湧く行儀の悪さだったが。
基本的に人当たりのいい兄貴も、エドマンドのことは好きじゃないみたいで、「あそこのグループにはあんまり近寄らないようにね」なんて言われたことがある。
「……まーた俺より悪役っぽいの出てきた……」
うーん、どうしよ。
大体、魔法を使える男五人VS只人二人って、戦力的に不公平じゃね?
多勢に無勢だし、あいつら大人げなくね?
俺ああいうのムリだわー。
……って、「ああいうのムリだわー」とか言って安直に行動した結果、悪役として影が薄くなってきてんだよな、多分。
グルグル悩んでいるうちに、リディアとエドマンドの口論はヒートアップしていた。
「ぎゃーすかうるせぇ女だな。図星さされて焦ってんのか? こりゃますます怪しいぜ」
「誰だって魔王の手先なんて言われたらブチ切れるわよ! 前期からこっち、陰でコソコソコソコソ鬱陶しいったらありゃしないわっ!」
前期からちょっかいかけられてんのか。
年上の集団にも臆せず言い返すリディアのクソ度胸は、かえってあいつらの嗜虐心を満たすのだろう。
ムキになって言い返すってことは図星なんだ、というアホみたいな理論。
「魔王軍の第一配下は黒髪に黒目の魔法使いだって聞くぜ? 本当は魔法で年齢を誤魔化してバルバディアに忍び込んでるんじゃないのかよ」
「この間の暁降ちの丘襲撃だって、おまえたちが手引きしたんじゃないのかぁ?」
リディアたちを窺っていた生徒の視線が、気遣わしげな色を滲ませこちらに注がれた。
あそこがロウ家の領地であることは貴族なら誰でも知っている。ある程度地理を知る者なら一般家庭の生徒だって。
今の俺の、逆鱗。
やっぱ我慢は体に悪いなと、わざとらしく踵を鳴らしながら登場してみた。
「興味深い話をしていますね、ロシェット先輩」
俺との距離を測りかねて微妙な表情になったリディアと対照的に、エドマンドたちはにやにやと下品な笑みを浮かべた。
「ニコラ。おまえもなんとか言ってやったらどうだ? 暁降ちの丘の襲撃で色々と被害もあったんだろう。ここにいる黒髪の只人、疑わしいと思わないか」
「そうそう。こいつの右脚が不自由なのだって怪しいぜ。契約を違えた悪魔は主人の体を喰らうっていうしな!」
「怪しいやつはとっとと潰しておいたほうが、バルバディアのためだよな」
へぇぇ、そう。ふぅぅん。
つまりこいつら、アデルが黒髪で、黒っぽい目をしていて、右脚を引き摺っているから、魔王の手先なんじゃないかって疑って、色々と被害を受けた俺の代わりに制裁を下してくれていると、そう言いたいんだな。
という俺の呼び声に応えた政宗真一郎(27)は、いつも通りの仏頂面で、俺の正面に胡坐を掻いた。
さて、数日前から後期も始まったところで状況整理だ。
俺はニコラ・ロウもうすぐ十六歳。ベルティーナ王国がオーレリー地方辺境伯、ディートハルト・ロウの次男坊。二十一世紀の日本でやんちゃ坊主をしていた前世を憶えている、ちょっと変なお坊ちゃんだ。
「なんのあらすじだよ……」
うるさい、黙って聞け。
そんな俺はある日、気づいた。
この世界はどうも、やんちゃ坊主時代の初恋の女の子が愛読していた、ファンタジー小説に酷似している。
「……リディアとアデル、日本で生きていた不幸な子ども二人が魔法の世界に迷い込み、黒い魔法使いイルザークに拾われ、やがては復活する魔王を打倒する物語だな」
そう。で、その物語のなかになんと、リディアたちをやたらと敵視する悪役坊ちゃんが出てくる。
それがニコラ・ロウ、つまり多分俺だ。
「ニコラ・ロウは三巻で登場し、主人公二人をイビリまくるが、それがかえってリディアの魔法を発現させるという重要な役割を持つ。四巻の終わりに魔王が復活すると、八巻では魔王軍の一味という正体が判明し、九巻で死ぬ。……だったな」
そう。さすが脳内政宗、ちゃんとわかってるじゃん。
「おまえは『魔王軍になんて入りたくない!』と、愚かにも神である原典の展開とは違った道を歩もうとするが──」
……愚かにも?
それが一生懸命生き直してる親友に言う台詞かおまえ。
「結局悪役としての影も薄いうえ、魔王復活阻止の手立ても立てられぬまま、物語展開に沿うこと半年。特に何もできていないのが現状だな」
まあそれは事実なんだけど、もうちょっと労わるとかないの?
……いや、政宗先生なんて呼んじゃいるけど、所詮は俺の一人脳内会議だ。脳内政宗の発言は俺の考え。
つまり、俺はやっぱり前期何もできていない、ってことだ。
フゥと溜め息をついて、俺は腕を組んだ。
「そもそもおまえ、魔王復活の阻止ってどうするつもりだ?」
そこだよなぁ。
現状、俺には情報が乏しい。俺にあの物語の内容を語り聞かせたあいつだって、そこまで詳細に教えてくれたわけじゃないのだ。
だからまず、魔王復活の儀式がいつ、どこで、どのように行われるかを調べるべきだ。
その三つが判明すれば、例えば儀式に必要な要素をブチ壊しておくとか、場所をブチ壊しておくとか、なんなら儀式に乱入して魔法をぶっ放すとか、色々と手立てはあるし。
「解決法が大雑把なんだよなぁ……」
そうなんだよー。
俺ケンカって基本、真正面からぶつかってばっかだったから、戦略立てるの苦手なんだよな。
期末テストで痛感したんだが、『本編』に当たる内容は俺の知らないところで勝手に進んでいるんだ。リディアが城下町で中毒患者に出会ったなんて、完全にあの場が初耳だった。
巻き込まれるときは唐突で、逃れようがない。
四巻じゃ内通者が暗躍するって話だったけど、普通に過ごしてたら誰がそうかなんてわかりっこない。
やっぱりどう考えたって、復活の儀式阻止に向けた下準備が一番ってことになってくる。
「じゃあまずは儀式の情報収集だな」
そうそう。あと引き続き、俺の魔法の底上げ。
俺が弱くちゃ話になんねぇからな。
よーし、後期も頑張って悪役やってやるぜ!!
……と意気込んで、いつも考え事に使っている秘密の三畳間を出ると、何やら言い争うような声が聞こえてきた。
「あんたちょっともっぺん言ってみなさいよ!!」
威勢のいい女子生徒の声には激しく聞き覚えがある。
あのぽんこつ爆発魔主人公、新学期早々今度は誰と揉めてんだよ。
仲裁するつもりはないが、物語に関係してきそうな出来事なら把握しておきたい。三畳間のあるひと気のない廊下からひょこっと顔を出し、階段前のホールを覗き込むと、やっぱり特徴的な栗色のストレートロングの後ろ姿があった。
その後ろにはアデルが尻餅をついている。
二人ともなぜかびしょ濡れだった。
対するは、上級生と思しき男子生徒が五人組。中心に立っているやつの顔には見覚えがある。
「あいつ、前になんかのパーティーで見たな。確かエドマンド・ロシェット……」
野次馬の生徒たちが遠巻きに様子を窺っているが、誰も助太刀に入る様子はなかった。
無理もない。
エドマンドはベルティーナ王国でも名の知れたナントカ侯爵の嫡男だが、素行が悪く、当主も手を焼く問題児だという。パーティーで顔を見かけたときも、ブー垂れた顔で行儀悪く飯を食ってた印象しかない。
まあ元やんちゃ坊主としては親近感の湧く行儀の悪さだったが。
基本的に人当たりのいい兄貴も、エドマンドのことは好きじゃないみたいで、「あそこのグループにはあんまり近寄らないようにね」なんて言われたことがある。
「……まーた俺より悪役っぽいの出てきた……」
うーん、どうしよ。
大体、魔法を使える男五人VS只人二人って、戦力的に不公平じゃね?
多勢に無勢だし、あいつら大人げなくね?
俺ああいうのムリだわー。
……って、「ああいうのムリだわー」とか言って安直に行動した結果、悪役として影が薄くなってきてんだよな、多分。
グルグル悩んでいるうちに、リディアとエドマンドの口論はヒートアップしていた。
「ぎゃーすかうるせぇ女だな。図星さされて焦ってんのか? こりゃますます怪しいぜ」
「誰だって魔王の手先なんて言われたらブチ切れるわよ! 前期からこっち、陰でコソコソコソコソ鬱陶しいったらありゃしないわっ!」
前期からちょっかいかけられてんのか。
年上の集団にも臆せず言い返すリディアのクソ度胸は、かえってあいつらの嗜虐心を満たすのだろう。
ムキになって言い返すってことは図星なんだ、というアホみたいな理論。
「魔王軍の第一配下は黒髪に黒目の魔法使いだって聞くぜ? 本当は魔法で年齢を誤魔化してバルバディアに忍び込んでるんじゃないのかよ」
「この間の暁降ちの丘襲撃だって、おまえたちが手引きしたんじゃないのかぁ?」
リディアたちを窺っていた生徒の視線が、気遣わしげな色を滲ませこちらに注がれた。
あそこがロウ家の領地であることは貴族なら誰でも知っている。ある程度地理を知る者なら一般家庭の生徒だって。
今の俺の、逆鱗。
やっぱ我慢は体に悪いなと、わざとらしく踵を鳴らしながら登場してみた。
「興味深い話をしていますね、ロシェット先輩」
俺との距離を測りかねて微妙な表情になったリディアと対照的に、エドマンドたちはにやにやと下品な笑みを浮かべた。
「ニコラ。おまえもなんとか言ってやったらどうだ? 暁降ちの丘の襲撃で色々と被害もあったんだろう。ここにいる黒髪の只人、疑わしいと思わないか」
「そうそう。こいつの右脚が不自由なのだって怪しいぜ。契約を違えた悪魔は主人の体を喰らうっていうしな!」
「怪しいやつはとっとと潰しておいたほうが、バルバディアのためだよな」
へぇぇ、そう。ふぅぅん。
つまりこいつら、アデルが黒髪で、黒っぽい目をしていて、右脚を引き摺っているから、魔王の手先なんじゃないかって疑って、色々と被害を受けた俺の代わりに制裁を下してくれていると、そう言いたいんだな。
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