ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

文字の大きさ
86 / 138
第七章 薬草学フィールドワーク

閑話・とある従者のあれやこれ(2)

しおりを挟む
 シリウスが医務室に案内されたとき、ニコラは静かに眠っていた。

 一時間で荷物をまとめ、空間転移魔法でバルバディアの一室に送られた。緊急事態の際、学院長の許可を得て外部とつながることのできる隠し部屋だという。そこで迎えてくれたギルバートは、シリウスの顔を見て開口一番こう言った。

「聞いたんだね」
「……ギル坊ちゃんは全部知っていたんですね?」
「十歳の誕生日に父上から聞かされたよ。こういう夢の内容だが兄弟で殺させはしない、父がこの手でかたをつけるから、おまえはニコラに妙な動きがないかよく見ていなさいと」

 どうやらニコラの看護というのは、今回のシリウス派遣の目的のうちほんの二割程度であるらしい。
 最大の目的はむろん『匣』の質問で五割、残る三割はギルバートからのお願いで、またリディアの魔術を面倒見てやってほしいということだった。

 洗濯場や炊事場を案内してもらったあと、ようやくニコラの眠る医務室までたどり着いた。

 浅い息を繰り返す主人の額を撫でる。
 記憶にある限り、ニコラが熱で昏倒するなんて初めてのことだった。弱った姿を見るのが辛くて、目のふちが熱くなる。
 するとニコラが薄く眸をひらいた。

「……シリウス? なんでシリウスがいるんだ」
「坊ちゃまの看病を仰せつかりまして、ちょっと飛んで参りました」
「ンだその敬語きしょくわる……いやだめだ、魔法使えないんだ、今」

 熱でぼんやりしているのか、話が急に飛ぶ。

「つぅか、ただの熱だぞ。なんでわざわざおまえが」

 ……若干鈍ってはいるが、ニコラはもともと頭が悪いわけじゃない。
 不自然には思われるだろうとシリウスも解っていた。

「ついでにリディアちゃんの魔術を見てほしいんだそうですよ」
「あー……あいつな……うん、頼むわ、どうにかしてくれあのぽんこつ……」
「坊ちゃん」

 訊くなら今のうちだ。
 普段のニコラ相手に揺さぶるような質問をしたって、シリウスは多分騙される。熱に浮かされてニコラの判断が鈍っているうちにとっとと訊いておくべきだ。

 もし本当に魔王の手先だった場合、シリウスがこんな質問をすれば、自分が疑われていることくらい気づくだろう。
 そして一切心当たりがなかった場合でも、匣ってなんだよ、と文句を言いながら自分で調べて、いつか自分が疑われていることに気づいてしまう。

「シリウス? どうかしたか……」
「……何か、してほしいことはありますか」
「え~……なんだろ。熱出すの久々すぎて思いつかねぇ。とりあえず着替えたいかも」
「では寮に行って、お着替えを取ってまいります。入寮許可証は発行していただいていますから」

 椅子から立ち上がったシリウスの指先を、ニコラが掴んだ。
 体温が高い。あとで熱を測ったほうがいいだろう。

「寮にさぁ、エウいると思うんだけど、顔見せてやってよ。よろこぶから」
「……わかった」
「へこんでっから、あいつ。うまい茶でも淹れてやって」
「うん」


 熱出してんだから、自分のことだけ考えとけよ、ばかだな。



 ──こんな、いつだって自分のことを後回しにするようなやつが、どうして魔王の手先だなんて思えるんだよ。



「ニコ、そういえば、旦那さまから質問だ。『匣の在処』を知ってるかって」
「はぁ、親父殿? 箱ってなんのよ。宝箱?」

 脈絡のないシリウスの言葉に首を傾げる、その表情に嘘はない。

「知らないならそれでいいんだ。そう伝えておく」
「うん。知るかヴォケって言っといて」
「言えるかバカ」

 おっと、いけない。誰が聞いているかわからないから余所行きのおまえたちでね、とギルバートに言われていたのだった。




 入寮許可証を利用してニコラの所属しているヒュースローズ寮に足を踏み入れる。
 白い壁紙で統一されるなかに蒼いアクセントの光る、落ち着いた雰囲気の建物だった。休日だから生徒たちもみな私服だったが、やはり見慣れない顔のシリウスの登場で一瞬だけ緊張が走る。

「恐れ入ります」とにっこり笑って手近な男子生徒に話しかけると、許可証とシリウスの服装を見て納得してくれた。ニコラのことだから敵を作りまくっているかもしれないと危惧していたが、案外そんなわけでもなく、快く寮内を案内される。
 名前と学年を聞いて納得した。名のある貴族の三男であった。

『ニコラ・ロウ』
『トラク』

 二つの名札がかかった部屋のドアをノックする。
 ややあって室内で人の動く気配がしたあと、「はーい」と、琥珀色の双眸の少年が出迎えてくれた。

「ニコラ・ロウの従者ヴァレットのシリウスと申します。こちらは入寮許可証。着替えを取りに来たのですが、お部屋にお邪魔してもよろしいですか?」

 同室の少年、トラクは目を丸くしてシリウスを見つめた。
 ニコラの従者という点に驚いたのか、それともシリウスが只人であると気づいたのか、どちらかだろうと思った。

「『シリウス』……ああ、きみが……」

 トラクは妙な納得の仕方をすると、ドアを大きく開けて手招く。ニコラが使用しているクロゼットを開けると、中はきちんと整理されていた。
 ニコラは別に際立って片づけや整頓が下手なタイプではないが、私室ではけっこう適当にしがちだ。脱ぎ散らかされた靴下を拾って歩いたこともある。このクロゼットを見る限り、ニコラは同室のトラクの前でも『キラキラお坊ちゃまモード(笑)』でいるらしい。

 ストレス溜まってんだろなァ、と内心ぼやきながら、下着や寝間着を適当に選ぶ。
 ふと目に入ったベッドの枕元にアロマキャンドルのようなものが見えて、シリウスは首を傾げた。そんな趣味あったっけか。ついでなのでちょっと乱れている掛布団を整えてやって、トラクに会釈する。

「ニコラ坊ちゃまは、学校ではどんなご様子でしょうか。なにぶん、難しいところもおありのかたですので」
「……ああ、うん。まあ、面白い人ですよね」

 答えるトラクの微苦笑に、ああこりゃお坊ちゃま『モード』なのバレてんな、と察したシリウスだった。

「一生懸命、悪ぶろうとしているわりに、正義感が強すぎて結局いいやつになっちゃってる。なんでそんなにリディアたちに突っかかるのかと不思議だったけど、あなたが只人だからニコラはあんなに怒っているんですね」

「ギルバート坊ちゃまによるとそのようです。リディアさんにも申し訳ないですから、私のことで怒る必要はないと申し上げたのですが、相変わらずですか」

「ニコラはあなたが好きなんですよ。あなたがニコラを好きなように」

 トラクは穏やかに蕩けるような笑みを浮かべた。
 同室の生徒は孤児だという話で、貴族じゃないから肩肘張らずに済んでいる、と聞いていた。シリウスは自分やオスカーみたいな下町の悪ガキを想像していたのだが、どうも妙に育ちの良さそうな孤児だ。
 僅かに抱いた違和感を表情に浮かべることなく、シリウスは部屋を辞去した。




 翌日はエウフェーミアと一緒にお茶をして、リディアの魔術の様子を見て二、三助言したり、ニコラの世話を焼いたりして過ごした。
 ニコラの熱はこの日の昼頃から激しく上下を繰り返し、ほとんど目を覚まさない状態に陥った。魔法医師や魔法薬の先生とやらが常駐し、「こういうものだ」と宥めてくれたので、まだしも気が楽だった。

 代わる代わる見舞客が訪れ、見舞いの品も届けられ、シリウスはその対応にも追われた。中にはシリウスが只人だと知るとあからさまな侮蔑を浮かべる者もあったが、慣れていたのでそつなく流す。いつものことである。
 この態度が、カーテンの向こうのニコラに伝わらないといいけれど、とだけ考えていた。

 三日目の夜になってようやく平熱に落ち着き、ニコラがげっそりした顔で「ウソだろ、体中が筋肉痛なんだけど」とぼやいたので、シリウスはようやく笑えた。

 四日目の朝、シリウスはバルバディアの教員の魔法でルフに送られた。
 夕方に帰邸したディートハルトに、匣に関する質問へのニコラの返答を伝えると、彼はただ一言「そうか」とつぶやいたのみであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命

遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

処理中です...