ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第七章 薬草学フィールドワーク

閑話・とある従者のあれやこれ(1)

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 ニコラはきっと嫌がるだろうけれど、彼を王立バルバディア魔法学院に送り届けてルフの邸に帰りついたあと、シリウスは毎日ニコラの部屋のベッドのシーツを交換している。
 やたらと庶民くさい主人なので、「どうせしばらく帰ンねんだからシーツなんて剥いどけよ」と言うのだろう。シリウスもちょっとだけ、毎日洗う水が勿体ないなー、なんて思う。

 だけど欠かさず続けているのは、執事バトラーに諭されているからだった。

「坊ちゃんはお優しいから、そのように我々の負担になることをするなと仰るでしょう。ですが、万が一何か不測の事態があり坊ちゃんが突然ルフのお邸にお戻りになるようなことがあったとき、慌ててシーツの用意をするような不格好は許されません」

 ギルバートの部屋も、ここ二年ほど邸に戻らない夜が増えたヴェレッダ騎士団長たる当主の部屋も同様に。




「シリウスはいるか」と突如、当主ディートハルト・ロウがやってきたのも、毎朝の習慣でシーツを交換して部屋の掃除をしているときのことだった。

「はい、ここに」
「すぐに二日分の荷物をまとめろ。空間転移魔法でバルバディアまで送る」
「…………はいっ!?」

 物覚えはそこまで悪くないつもりだが、さすがに訊き返さずにはいられなかった。

「詳しくは向こうでギルバートに聞きなさい。それからニコラに会ったら、『はこの在処』を問うてこい」
「匣? なんの匣ですか?」

 しかし当主は「一時間後だ」と言いおいて部屋を出ていった。あとからメイド頭のナタリアがひょこっと顔を出し、いいからおいで、と手招きをする。

「あの、お部屋の掃除が途中なのですが」
「あとは私たちで致します。あまり時間がありませんが、事情を説明しますからこちらへ」

 二日分の荷物くらいなら十分で詰められるから、別に問題はないけれど。
 ナタリアは場所を択ぶように辺りを見渡したあと、今は亡き奥方の寝室の扉を開けた。シリウスは会ったことがない、ギルバートとニコラの母親が生前使用していた部屋である。

「先程、ギルバート坊ちゃまから火急の連絡がありました。バルバディアの授業中、ニコラ坊ちゃまが魔物に襲われてお怪我をされたそうです」

「……坊ちゃんが怪我!? つまり私はその看護ですか」

「お怪我自体は魔法薬で治っているでしょうが、学院の先生のお話ですとこれから熱が上がるそうなのです。ですからその看病と……」

 ナタリアは言い淀むように口を閉ざした。
 どうやら看病以外の目的があるようだ。

「先程、旦那さまはニコラ坊ちゃまに『匣の在処』を聞いてこいと仰いました。『匣』とはなんなのですか」
「匣……。ああ……。シリウス、何から話せばいいのか」

 額に手をやって深く息を吐いたナタリアが、窓の外を見つめる。


「……奥さまは、未来視の魔法使いでした」


 魔力を持たず、適切な教育を受けていないシリウスには馴染みのない単語だった。ナタリアはそれに気づくと、力ある魔法使いは未来や過去の出来事を夢に視ることがあるのです、と言い直す。

「ニコラ坊ちゃまが生まれて間もなく……、奥さまはとてもお辛そうな顔をして、ニコラ坊ちゃまの未来に関する夢を繰り返し視るのだと仰いました。いつか坊ちゃまはバルバディアの制服を着て、とても大きな悲しみの淵に沈み、やがて」
「……やがて?」


「やがて、魔王の手先となり、ギルバート坊ちゃまと杖を向け合うだろうと」


 シリウスは、ナタリアの言葉を三度、頭のなかで繰り返した。
 ニコラが魔王の手先になる。
 あの、やたらと口が悪くてケンカが強いが、謎の正義感が強くて曲がったことが大嫌いで、なんでも拳で解決したがるニコラが、魔王の手先になる。


 ま、魔王の手先になる?


「……いや……ちょっと……それはありえないでしょう」

「奥さまの未来視が外れたことはありません。だからこそ旦那さまは、せめて兄弟で敵対し合うことのないようにと、ニコラ坊ちゃまに冷たく当たられているの。坊ちゃまの負の感情が自分に向くように。そして坊ちゃまが魔王の手先となったとき、ギルバート坊ちゃまでなくご自分の手で……」


 ご自分の手で──始末を──つけるために?


 頭が真っ白になっていた。
 ニコラとディートハルトの仲がややぎこちないことには、この邸で過ごし始めて早いうちに気づいた。ニコラ自身はそれなりに割り切っていた様子だが、シリウスはずっと解せなかった。
 ナタリアの話を聞いて、さらに意味がわからなくなった。


 ニコラがいつか魔王の手先になるから、いつか自分で殺すために冷たくしていた?
 なんだそりゃ。


「いや違げぇだろ……家族なら魔王の手先にならないように最善を尽くせよ!!」
「シリウス」
「なんだよ殺すために冷たくしてるって。ってことはアレか、『匣』がどうのこうのってのは、ニコが魔王軍の内情を知っているかどうか確かめるための質問か!?」
「シリウス、静かに!」

 意思に反して、両眼からぼたぼた涙が零れていた。
 ニコラは何も知らないのだ。自分がいつか魔王の手先になると父親から思われていることも。いつか殺す日が来ると思われていることも。それを、家の者が知っていることも。


 もう死んだ母親がかつて夢に視た。

 それだけで、生きているニコラが諦められている。


「そんなの──そんなのニコがかわいそうだ……!」

「……坊ちゃまのお傍におまえが来てくれてよかった。家令スチュアートも執事もわたしも、そう思っています」

 吐きそうだ。
 いつか殺されるニコラだから、シリウスみたいな学も教養もない下町のガキを雇いたいなんて我が儘を言いだしたとき、誰も反対しなかったのだ。若くして死ぬと全員が思っていたから。だからシリウスなんかが迎えられた。

 ──ニコ……。

「魔王に関するおとぎ話がベルティーナにはいくつもありますが、そのうちの一つにこんな話があります。〈暁降ちの丘〉での決戦を経て、大賢者ゴラーナによる封印魔法が施され、魔王の体は朽ち、魂は小さな匣のなかに折り畳まれた。魔王の匣はいまも、〈暁降ちの丘〉に眠っている……。旦那さまの仰る匣とは、これのことです」

「……旦那さまは、ニコが匣を狙っていると思っているんでしょうか」

「いいえ。匣など知らないと答えることをお望みです。あの方はいつも」

 不器用な方なのですよと、ナタリアはシリウスの肩を撫でた。

 不器用なんて単語でいい感じにまとめて堪るか。それも愛だと言うのか。そんな愛クソ喰らえだ。
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