ニコラ・ロウの華麗なる悪役生活

天乃律

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第七章 薬草学フィールドワーク

第10話 悪役坊ちゃんの『事情』

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 この話を聞いたときはまだ、エウは自分が狙われたことを知らないということだったが、きっと薄々勘づいてはいたのだろう。彼女はのんびりしていて穏やかな性格だが、利発で聡い。

「……いつ頃、気づいた?」
「ずっと知ってた。お姉さまが亡くなったとき、襲ってきた野盗の一人が、『菫の目のガキだ』って言ったから」

 俺と出会うより前からか。

 思えば確かに、あの頃からよく謝る女の子だったなぁ。
 エウの魔力の暴走に巻き込まれて俺が吹っ飛ぶたび、自分のことよりニコごめんなさい、ごめんなさい、って。

「お父さまやお母さま、みんな──お姉さまもわたしのせいで死んだ……」

 抉りだすような声だった。
 こっちまでたまらない気持ちになるほど。


 ……エウフェーミアが産まれたとき、その透きとおる菫色の魔力が可視化して吹き荒れたという。
 本来魔力は目に見えない。熟練の魔法使いとなり、自らの魔力を直接操る領域に達して初めて、人の目で捉えられるほどの高濃度にまで凝縮できるようになる。
 原因は不明だったが、エルトン家の次女として生まれた小さな少女は、常識的には有り得ないほどの魔力をその身に秘めていた。
 生まれて数週間、あまりの魔力の量に体が耐えられず、生死の境をさ迷ったほどに。

 体に収まりきらない魔力は頻繁に暴走した。
 可視化した魔力が勝手に魔法となり、炎を生み、水を生み、風を呼び雷を呼ぶ。エウフェーミアは右も左もわからなかった頃から、魔力のコントロールを徹底的に叩き込まれることになった。

「ニコラはいつから知ってたの。わたしが疫病神だって」
「あー? ンだそれ、聞いたことねーな。疫病神ってナニ?」
「そうやって誤魔化さないでよ!」
「だぁぁわかった悪かった泣くな!」

 泣きながら顔を上げたエウが胸倉を掴まんとする勢いだったので潔く謝る。

「エウフェーミアを紹介されたあの日に全部聞いたよ。ほら邸の裏の花畑で吹っ飛ばされたろ? あのあと、すぐに」
「じゃあずっと?……ずっと知らないふりして一緒にいてくれたの」
「知らないふりした覚えはない。別に話すことでもなかっただけだろ」

 七年前のあの日に出逢って以降、何度か遊んでいる最中に暴走を起こしたこともある。
 エウはそのたびに、思い通りにならない魔力で体に傷をつくり、自家中毒を起こしては嘔吐し、熱を出して苦しんだ。そういう血の滲む努力の果てに今、こうしてここにいる。


 俺はエウフェーミアの努力を知っている。
 縋るように俺のシャツを掴むこの小さな手に、制服に隠された体の至るところに、魔法薬のおかげで跡形もなくなった傷跡が本当はたくさんたくさんあったこと。


 ……だからちょっとまあ、八つ当たり交じりに、リディアは努力が足りねぇんだよなんて根性論で悪態をついてしまうわけだが。

「お願いだから、わたしを庇って怪我しないで」
「え~~難しいこと言うなぁ……」

 何も考えずにかくあるべしとエウフェーミアの前に立ってしまったが、迂闊な行動のせいで過去を思い出したようだった。
 とはいえあそこでエウを置いて一目散に逃げだすのは、ない、さすがにない。
 かといって、すでに大きな喪失を二度も経験しているエウに向かって「死ぬわけないだろ大袈裟だなー」なんて軽率には言えない。

 どうしたもんかと悩みに悩んで閃いた。

「俺は思うんだが、エウ」
「……なに」
「さっき森の中でエウがかけてくれたおまじないがあっただろ。あれ意外と効果あったんじゃねえかな」
「なに言ってるのニコ、あんなのただの……」

 自分でやったくせに疑わしい顔してんじゃねーよこいつ。

「もっかい、やってもらおっかなー、なんて」
「…………本当に、効果、あると思ってる?」
「あると思えばある」

 なんとなく気が抜けてきたのか、濡れた睫毛を下ろしてちょっと微笑むと、エウは俺の耳もとで小さく呪文をこぼした。

 相変わらず、なんて言ってんのかはよくわからん。
 けどエウが心の底から、ニコラにいいことがありますように、と祈ってくれているのが伝わるから悪い気はしない。

 ……こんな婚約者がいるのに、なんたってニコラは魔王軍に寝返ったりしたんだろうなぁ。
 前々から不思議だった疑問がフと零れ落ちてくる。いやそもそも今回の件、どこからどこまで物語の展開と同じだったんだろう。リディアたちを狙って送り込まれた刺客だと最初は思ったし、リディアたちだってそう考えていたみたいなのに。

 イルザーク先生をしてゴラーナ大賢者らに匹敵する魔力の持ち主と言わしめる。エウは登場人物となって然るべきレベルの身の上だ。やはりどこかで物語に関わっているんじゃないか。
 三巻、ニコラの登場時にはいたはずだ。エウがリディアの指輪の魔力に中てられた。だからニコラはリディアとアデルに出会い頭でケンカを売るような形になったんだ。

 いつだったか、ニコラが寝返ったり死んだりしたあとのエウはどうなるんだろう、なんて考えたこともあったけど──エウは生き残ったのか?



 ……これだけ魔力を狙われるエウが?



 俺はいま、多分、この世で最も恐ろしい顛末を思い描いた。

「エウ……、ごめん、眠くなってきた」
「そっか。熱も、少し上がってきたみたいだね。調子が悪いのにごめんなさい……」

 声が震えたのは眠いからでも熱が上がってきたからでもない。
 だけどエウは気づかずにいたようだった。
 俺の前髪を梳いて、薄く汗をかいた額に口づける。

「“この唇は癒しの乙女の唇、この息は祈りの女神の吐息”」
「……なんて?」
「いい夢見ますようにっておまじない。……おやすみなさい」

 目元を泣き腫らしたエウは、やはりまだ落ち込んだ様子で微笑み、カーテンの間からそっと抜け出していった。

 一人きりになったベッドの上で呼吸を殺しながら、俺は、俺が『ニコラ・ロウ』であることに気づいた入学式のあの日のことを思い返す。



───三巻で登場したあと七巻に至るまで、リディアとアデルに散々嫌味を言って対立しまくった挙句、八巻で魔王軍として登場して、九巻で石化魔法にかかって死んじゃうの。


───なんつーか、あんま同情できねぇ悪役坊ちゃんだな。

───そう言わないで。彼にも色々事情があるんだよー。



 ……『事情』。
 もしかしてニコラが悪役坊ちゃんたりえた事情とは、親父殿のことでも兄貴のことでもなく、エウフェーミアのことだったのではないか?

 エウの魔力を狙った何者か。
 エウ目掛けて襲い掛かった双頭の魔物。
 天海のくじらの三原則を破り、魔法教会と対立して天界の範疇を外れ、冥界に拠点を置いて暗黒の八百年を築いた魔王。
 魔王復活を目論む者による暗躍はすでに始まっている。

「もしも」

 先程までエウの体を撫でていた指先が、びりびりと痺れた。


「もしもエウの魔力が、魔王復活に利用されるのだとしたら?」


 吐き気がする。


「なあ、ニコラ……『ニコラ・ロウ』、おまえ、もしかして、そうなのか」


 だって、それなら、全部つながる。
 俺自身、未来の俺が魔王軍に入るなんてちっとも想像ができなかった。兎にも角にもそうならざるを得ないのだろうけれど、一体全体何が動機でニコラ・ロウが魔王軍に寝返るのかさっぱりわからなかった。
 けれど、もしもエウフェーミアが魔王復活のための贄として魔王軍に殺されるようなことがあれば、俺は多分、物語通りの道を歩むだろう。

「……そうだったのか」


 エウフェーミアを蘇らせようとするのか。
 殺された過去を変えようとするのか。
 それとも内部から魔王軍を破壊してしまおうとするのか。
 何にしてもなりふり構わず潜入しようとする。優秀な兄貴や不仲な親父殿と真っ向から対立することになったとしても構わない。あの人たちは俺の裏切り如きでダメになるほど弱くないのだから。きっと『ニコラ』も構わなかっただろう。


 心から俺の幸せを祈ってくれたちいさな優しい女の子の死を、是が非でも覆す。
 ただ、それだけを冀って。

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