95 / 138
第八章 悪役坊ちゃん傷心中
第9話 〈太古の炎の悪魔〉
しおりを挟む「……ベックマンさんと仲直りできましたか?」
「なんなんですか藪から棒に!」
「いやだってきみたち一回生の名物カップルじゃないですか。けっこう色んな生徒たちが噂してますよ、星降祭のダンスパーティーを前にまさかの二人がフリーになるかもって」
ここの学校のやつらはホント面白そうな話題なら相手を選ばねぇな!
暇なら魔法の一つや二つ勉強しろ! 星降祭の夜に魔王が復活するかもしれねえんだぞオイ危機感持て!
──と荒れ狂う内心はおくびにも出さないで、俺はにっこりと笑ってみせた。
「少しすれ違いがあっただけです。エウフェーミアのダンスの相手は僕ですよ」
「それなら何よりです」
近い~~顔が近いぞ~~パーソナルスペースどうなってんだこのイケオジ。
この至近距離で正視に耐えうるとは、アキ先生なかなかやるな。
髪の毛と同じ色をしたばさばさの睫毛の下で、王族の魔力特有の黄色味がかった双眸が愉しげに煌いている。リシ先輩は美しい黄金色の眸をしているけれど、アキ先生はどちらかというと琥珀色に金箔を散らしたビー玉みたいな眸だ。
どうせ近いならイケオジより女の子のほうがいいんだけど。
何も知らない人に見られたら誤解を受けそうな体勢だが、社会的ダメージは俺でなくアキ先生に入るので、俺はそのまま頭の隅に沸いた疑問を口にした。
「そういえば先生」
「はい?」
「『ハコの在処を知っているか』という質問に、アキ先生ならなんと答えますか?」
アキ先生はぱちりと音をたてながら瞬きをして、ゆっくりと離れていく。
「ある人に訊かれたのですが、質問が漠然としすぎていて、何を訊かれているのかよく解らないんです。何かこう……魔法使いの業界用語とか隠語とかそういうものにありますか?」
「そうですねぇ。個人の宝箱とかアクセサリーボックスとかを指すならお手上げですけれど……。ちなみにロウくん、誰に訊かれたんですか?」
「父です。ディートハルト・ロウ」
ふむ、と先生はうなずき、薄い唇をぺろりと舌で湿らせた。
なんだか心当たりのありそうな顔だなという印象を受けたのだが、先生はしばらく頭を悩ませたあと「ちょっとよくわかりませんね」と首を振った。
すっかり俺のお籠り部屋と化した三畳間の隠し部屋で膝を抱えつつ、アキ先生から借りた本を開く。
俺の見立てでは星降祭の夜、暁降ちの丘にて魔王復活の儀式が行われる。
魔王の封印の仔細は明らかでないが、魔法であるからには、儀式に対する莫大な魔力と封印時の手順の逆再生が必要になるだろう。そしてこのとき、エウフェーミア・ベックマンという名の女子生徒が、儀式の生贄となって死ぬ。
理由は明らかだ。イルザーク先生をして、ゴラーナ大賢者らにも匹敵すると言わしめるその魔力。
ニコラの魔王軍への寝返りはエウフェーミアの死が原因となっているだろう。エウを生き返らせるために三原則を破るのか、それともエウを殺す魔王軍の誰かに復讐するためか、それはわからないけれど。
ならば星降祭の夜、エウが死ななければ俺の石化エンドもかなり遠ざかるはずだ。
「つーかそもそもエウが死ぬ? 許さん。お天道様が許しても、天海のくじらが許しても、俺は断固として許さんからな……!」
頬っぺたの筋肉をビキビキ引き攣らせながら、俺は苛立ちに任せて隠し部屋の壁を殴りつけた。
なんでうちの可愛い婚約者ばっかりそんな目に遭わねばならんのだ!
なんかもう段々ムカついてきたぞ。
「やることは決まってんだ。内通者をバチボコに伸して魔王復活計画を吐かせて学院側の手も借りつつ儀式をブチ壊す、内通者が仮に見つからなくてもエウを守り抜けばどうにかなる!」
まず『内通者をバチボコに伸す』ところからだ。
トラクが怪しいぞと考えたはいいものの、魔物騒ぎの熱でダウンしたうえダンスのレッスンでばたばたしていた。一日の授業は大体トラクと一緒だけど、先生の話を聞きながら暗躍なんてするはずもなし、今のところ内通者らしい仕草は見られない。
先日の魔物を手引きした証拠でもあれば。
──だけど、あの双頭の魔物がエウを狙ったとき、トラクは真っ先に杖で応戦しなかったか。
そもそもトラクはあの日、一貫して「早く帰ろう」と主張していた。デイジーに手を貸すのを嫌がってまで。
魔王軍の手の者ならむしろその場に引き留めて、魔物がやってくるまでの時間稼ぎをするのでは。
「……だとしても、魔物が来ると解っていたから早く帰ろうとしていた、ってことになるのか。それはそれで怪しいけどな」
うむ、さっぱりわからん!
これはまた政宗先生を召喚して情報整理しないといけないな。
遠い目になりながら適当に開いたページに、見覚えのある名前を見つけた。
「ん。『イルザーク』……?」
八百年にも渡る魔王の暗黒時代に関わった悪魔や魔物、冥界の神々などの記録だ。どんな使い魔を使役したとか、どういう悪魔と契約してどんな魔法を使ったとか、そういう細かな情報が書いてある。
「〈太古の炎の悪魔〉……?」
曰くそれは、天海のくじらが生まれた衝撃で冥海に灯った、太古の炎の化身。
魔王が台頭するよりも以前のこと、その悪魔が領域を侵して地上に現れ、当時バルバディア魔法学院三回生だったイルザークという名の学生によって指輪に封印されたという。
指輪はその後行方不明になっていたが、百年ほど前、魔王第一配下であった〈黒き魔法使い〉が突如その指輪の力を以て魔王を殺そうとした。
魔王は激怒し、黒き魔法使いを冥界から追放。
第一配下は指輪とともに姿を消し、以降、魔王配下の第一番は空席となっている。
「〈黒き魔法使い〉ってあれだよな。去年の四の月に復活したとかしなかったとかで大騒ぎになって、親父殿も討伐隊に参加した──」
「あれには本当、踊らされたよねぇ」
咄嗟に飛び退った。
俺以外誰もいなかったはずの隠し部屋に、いつの間にかトラクが腰を下ろしていたのだ。
「おまえ……!」
気配を感じなかった。音も魔力も。
そもそもこういった隠し部屋は他者の侵入を拒む魔法がかけられているので、俺がここにいる今、他の誰かが入ってこられるわけがない。いつだったか魔法陣を感知して構築式を確認し、隠し部屋ってすげぇなと感心したのだから間違いない。
なのに。
「前から思ってたけど、ニコラって魔法より武闘派だよね。咄嗟の臨戦態勢に右拳って、魔法使いとしてどうなの」
トラクは謎めいた微笑を浮かべると、右手に構えた杖先を俺に向ける。
「魔法使い同士の戦いなら杖を向け合わなくちゃ。きみの拳が届くより先に俺はきみを焼き尽くしてしまえる」
「この狭い空間なら、祈詞を唱えるより先に俺がおまえをブチのめせるが?」
「それは祈詞を唱えなければならない魔法使いの場合だね」
──確かに。
唇を引き結んだ俺の反応を見たトラクは、「いい子だ」と満足そうにうなずいて杖を下ろした。
瞬間、背中にどっと汗が噴き出す。
杖は魔法の指向性を安定させるためのもの。攻撃する意思を持って杖を向ける場合、それは銃口だ。
前期期末考査で杖を折られたあと、杖なしの魔法は使えるようになっている。
それでも精度は甘い。恐らく杖を構えたトラクには敵わないだろう。彼我の実力差を弁えられる程度には、俺も莫迦じゃない。
「きみと手を組みに来たんだ」
「……は?」
トラクの琥珀色の双眸がきらりと光った。
「手持ちのカードを出し合おう。俺ときみの目的は、最終的には同じなんじゃないかと思うけど?」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
社畜サラリーマン、異世界でパンと魔法の経営革命
遊鷹太
ファンタジー
過労死寸前の30代サラリーマン・佐藤健は、気づけば中世ヨーロッパ風の異世界に転生していた。与えられたのは「発酵魔法」という謎のスキルと、前世の経営知識。転生先は辺境の寒村ベルガルド――飢えと貧困にあえぐ、希望のない場所。「この世界にパンがない…だと?」健は決意する。美味しいパンで、人々を笑顔にしよう。ブラック企業で培った根性と、発酵魔法の可能性。そして何より、人を幸せにしたいという純粋な想い。小さなパン屋から始まった"食の革命"は、やがて王国を、大陸を、世界を変えていく――。笑いあり、涙あり、そして温かい人間ドラマ。仲間たちとの絆、恋の芽生え、強大な敵との戦い。パン一つで世界を救う、心温まる異世界経営ファンタジー。
異世界に転生したので幸せに暮らします、多分
かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。
前世の分も幸せに暮らします!
平成30年3月26日完結しました。
番外編、書くかもです。
5月9日、番外編追加しました。
小説家になろう様でも公開してます。
エブリスタ様でも公開してます。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界転生ファミリー
くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?!
辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。
アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。
アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。
長男のナイトはクールで賢い美少年。
ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。
何の不思議もない家族と思われたが……
彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる