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第八章 悪役坊ちゃん傷心中

第9話 〈太古の炎の悪魔〉

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「……ベックマンさんと仲直りできましたか?」


「なんなんですか藪から棒に!」
「いやだってきみたち一回生の名物カップルじゃないですか。けっこう色んな生徒たちが噂してますよ、星降祭のダンスパーティーを前にまさかの二人がフリーになるかもって」

 ここの学校のやつらはホント面白そうな話題なら相手を選ばねぇな!
 暇なら魔法の一つや二つ勉強しろ! 星降祭の夜に魔王が復活するかもしれねえんだぞオイ危機感持て!
 ──と荒れ狂う内心はおくびにも出さないで、俺はにっこりと笑ってみせた。

「少しすれ違いがあっただけです。エウフェーミアのダンスの相手は僕ですよ」
「それなら何よりです」

 近い~~顔が近いぞ~~パーソナルスペースどうなってんだこのイケオジ。
 この至近距離で正視に耐えうるとは、アキ先生なかなかやるな。

 髪の毛と同じ色をしたばさばさの睫毛の下で、王族の魔力特有の黄色味がかった双眸が愉しげに煌いている。リシ先輩は美しい黄金こがね色の眸をしているけれど、アキ先生はどちらかというと琥珀色に金箔を散らしたビー玉みたいな眸だ。

 どうせ近いならイケオジより女の子のほうがいいんだけど。

 何も知らない人に見られたら誤解を受けそうな体勢だが、社会的ダメージは俺でなくアキ先生に入るので、俺はそのまま頭の隅に沸いた疑問を口にした。

「そういえば先生」
「はい?」
「『ハコの在処を知っているか』という質問に、アキ先生ならなんと答えますか?」

 アキ先生はぱちりと音をたてながら瞬きをして、ゆっくりと離れていく。

「ある人に訊かれたのですが、質問が漠然としすぎていて、何を訊かれているのかよく解らないんです。何かこう……魔法使いの業界用語とか隠語とかそういうものにありますか?」

「そうですねぇ。個人の宝箱とかアクセサリーボックスとかを指すならお手上げですけれど……。ちなみにロウくん、誰に訊かれたんですか?」

「父です。ディートハルト・ロウ」

 ふむ、と先生はうなずき、薄い唇をぺろりと舌で湿らせた。
 なんだか心当たりのありそうな顔だなという印象を受けたのだが、先生はしばらく頭を悩ませたあと「ちょっとよくわかりませんね」と首を振った。




 すっかり俺のお籠り部屋と化した三畳間の隠し部屋で膝を抱えつつ、アキ先生から借りた本を開く。

 俺の見立てでは星降祭の夜、暁降ちの丘にて魔王復活の儀式が行われる。
 魔王の封印の仔細は明らかでないが、魔法であるからには、儀式に対する莫大な魔力と封印時の手順の逆再生が必要になるだろう。そしてこのとき、エウフェーミア・ベックマンという名の女子生徒が、儀式の生贄となって死ぬ。
 理由は明らかだ。イルザーク先生をして、ゴラーナ大賢者らにも匹敵すると言わしめるその魔力。

 ニコラの魔王軍への寝返りはエウフェーミアの死が原因となっているだろう。エウを生き返らせるために三原則を破るのか、それともエウを殺す魔王軍の誰かに復讐するためか、それはわからないけれど。

 ならば星降祭の夜、エウが死ななければ俺の石化エンドもかなり遠ざかるはずだ。

「つーかそもそもエウが死ぬ? 許さん。お天道様が許しても、天海のくじらが許しても、俺は断固として許さんからな……!」

 頬っぺたの筋肉をビキビキ引き攣らせながら、俺は苛立ちに任せて隠し部屋の壁を殴りつけた。
 なんでうちの可愛い婚約者ばっかりそんな目に遭わねばならんのだ!
 なんかもう段々ムカついてきたぞ。

「やることは決まってんだ。内通者をバチボコに伸して魔王復活計画を吐かせて学院側の手も借りつつ儀式をブチ壊す、内通者が仮に見つからなくてもエウを守り抜けばどうにかなる!」

 まず『内通者をバチボコに伸す』ところからだ。
 トラクが怪しいぞと考えたはいいものの、魔物騒ぎの熱でダウンしたうえダンスのレッスンでばたばたしていた。一日の授業は大体トラクと一緒だけど、先生の話を聞きながら暗躍なんてするはずもなし、今のところ内通者らしい仕草は見られない。
 先日の魔物を手引きした証拠でもあれば。

 ──だけど、あの双頭の魔物がエウを狙ったとき、トラクは真っ先に杖で応戦しなかったか。

 そもそもトラクはあの日、一貫して「早く帰ろう」と主張していた。デイジーに手を貸すのを嫌がってまで。
 魔王軍の手の者ならむしろその場に引き留めて、魔物がやってくるまでの時間稼ぎをするのでは。

「……だとしても、魔物が来ると解っていたから早く帰ろうとしていた、ってことになるのか。それはそれで怪しいけどな」

 うむ、さっぱりわからん!

 これはまた政宗先生を召喚して情報整理しないといけないな。
 遠い目になりながら適当に開いたページに、見覚えのある名前を見つけた。

「ん。『イルザーク』……?」

 八百年にも渡る魔王の暗黒時代に関わった悪魔や魔物、冥界の神々などの記録だ。どんな使い魔を使役したとか、どういう悪魔と契約してどんな魔法を使ったとか、そういう細かな情報が書いてある。

「〈太古の炎の悪魔〉……?」


 曰くそれは、天海のくじらが生まれた衝撃で冥海に灯った、太古の炎の化身。


 魔王が台頭するよりも以前のこと、その悪魔が領域を侵して地上に現れ、当時バルバディア魔法学院三回生だったイルザークという名の学生によって指輪に封印されたという。
 指輪はその後行方不明になっていたが、百年ほど前、魔王第一配下であった〈黒き魔法使い〉が突如その指輪の力を以て魔王を殺そうとした。

 魔王は激怒し、黒き魔法使いを冥界から追放。
 第一配下は指輪とともに姿を消し、以降、魔王配下の第一番は空席となっている。

「〈黒き魔法使い〉ってあれだよな。去年の四の月に復活したとかしなかったとかで大騒ぎになって、親父殿も討伐隊に参加した──」



「あれには本当、踊らされたよねぇ」



 咄嗟に飛び退った。
 俺以外誰もいなかったはずの隠し部屋に、いつの間にかトラクが腰を下ろしていたのだ。

「おまえ……!」

 気配を感じなかった。音も魔力も。
 そもそもこういった隠し部屋は他者の侵入を拒む魔法がかけられているので、俺がここにいる今、他の誰かが入ってこられるわけがない。いつだったか魔法陣を感知して構築式を確認し、隠し部屋ってすげぇなと感心したのだから間違いない。

 なのに。

「前から思ってたけど、ニコラって魔法より武闘派だよね。咄嗟の臨戦態勢に右拳って、魔法使いとしてどうなの」

 トラクは謎めいた微笑を浮かべると、右手に構えた杖先を俺に向ける。

「魔法使い同士の戦いなら杖を向け合わなくちゃ。きみの拳が届くより先に俺はきみを焼き尽くしてしまえる」
「この狭い空間なら、祈詞を唱えるより先に俺がおまえをブチのめせるが?」
「それは祈詞を唱えなければならない魔法使いの場合だね」

 ──確かに。
 唇を引き結んだ俺の反応を見たトラクは、「いい子だ」と満足そうにうなずいて杖を下ろした。
 瞬間、背中にどっと汗が噴き出す。

 杖は魔法の指向性を安定させるためのもの。攻撃する意思を持って杖を向ける場合、それは銃口だ。

 前期期末考査で杖を折られたあと、杖なしの魔法は使えるようになっている。
 それでも精度は甘い。恐らく杖を構えたトラクには敵わないだろう。彼我の実力差を弁えられる程度には、俺も莫迦じゃない。


「きみと手を組みに来たんだ」


「……は?」

 トラクの琥珀色の双眸がきらりと光った。

「手持ちのカードを出し合おう。俺ときみの目的は、最終的には同じなんじゃないかと思うけど?」

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