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9☆悪魔の魔女

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 今宵もこの領地の月は赤く薄雲に隠れてぼやけた明りが館の隣にそびえ立つ塔の部屋に差し込む。
 塔は石造りで頑丈にできている。
 誰も入ってこられないように鉄格子の扉がかけられている。
 昔、魔女を閉じ込めたとされるおぞましい塔でもあった。
 魔女の疑いをかけられた者たちの悲しき呪いが染み付いている。

 裸の男女がベットで寝乱れて横たわるが、男は微動打にしない。
 すでに死んでいる。
 その死体を、愛おしげに指先で男の顔をひと撫でして、指を鳴らすとコウモリのような羽を囃した醜い魔物が暗闇に運んで死体を貪る。
 そして、食べかすはすべてだらし無く領地の外に放り投げることだろう。
 それを見た女どもはどう思うか……
 絶望し、悲しむか…
 役立たずの夫の死に喜ぶか…好きにすればいい。
 クララの継母は呪われたこの塔で毎晩道徳を犯すことが快感なのだ。更に力を得ることができる。

「この地はもう私のモノ…誰も助けに来ることはできぬのだから…」
 シーツを体に巻くと闇を纏うような真っ黒なドレスになった。
「神よ……」
 神父はそう祈らずにはいられなかった。
 領地を守っていた神父は自らが信仰する神のように十字架に貼りつけられ、一部始終をみせつけられていた。
 絶望よりも神に救いの祈りすることのみしかできない。

「力なき神父など怖くはないわ……殺しもしない……五十年前、お前に封印された不自由さを味あわせてあげる…」
 魔女というより悪魔そのものの女は口を耳まで避けて蛇のような舌で神父の顔をぺろりと舐めてやった。

「神がお前の存在を許すはずがない……たとえ、もとは人間だったとしても、お前の行動は人ではなかった……
 すべての乙女を魔女に仕立てて殺していったのだからな……」
「だけど、あなたは魔女に恋をした。」
 ふふっと楽しそうに、見下すように笑って、
「あの子は私の正真正銘の娘、魔女だった。その魔女にお前は心奪われ私は消滅されず封印ですんだ…」
「だからこそ、お前の異常さを知っていたのだ……それに、あの子は、クララは生まれ変わった。神に許されたのだ!」
 神父は縛られて身動きできなくても毅然とそう言い放つ。
「……だと、良かったのですけどね…ふふ…魔女は繰り返すものなのよ…魔女の呪いが解けない限り…ね…」
 魔女狩りを始めたのは、新たな領主の妻になった私を嫉妬し陰口をいう女達を魔女として疑い裁判にかけて口も聞けなくしていった。
 誰も私に逆らえなかった事が嬉しかった。
 楽しかった。
 最高の快楽だった。
 だから、男であろうと女であろうと気に食わない者は殺していった。
 なのに愛しの娘は私を裏切った。
 そして、ともに魔女として処刑を望んだのだ。
 死んだはずだったがすでに、己自身人間ではなかった。
 領主の妻は悪魔そのものだったと人をやめてから気がついた。

「かわいそうに娘のクララはその時は純粋な乙女だったために無実の罪で死んでしまった……」
 かなしげに顔を両手で伏せるが表情はとても喜んでいる。
 計画はうまく行ったのだから……
 普通なら慈悲深い神が救ってくださるところを娘は神にではなく【魔女の中の魔女】に救われたのを見た。
 娘はクララは…
【乙女に生まれ変わる魔女】になりたい…と願った。
 それは普通の乙女として生まれ変わりたいという願いと決意。
 魔女の娘なのにどこまでも純潔でありたいと言う強い願い。
 ならばとその魂を密かに縛った。
 悪魔は純潔で無垢な魂が好物だ。
 だが魔女であり娘を食べることはしない。
 そして、生まれ変わっても魔女になる呪いをかけた。
 一神教のもとでは人は罪を持って生まれてくるのだから…娘の望みは叶わない……
 魔女になるのは必然だ。
 その呪いは封印を解く鍵になる。
 しばらく眠りにつくとするか……
 生まれ変わった娘がこの憎き神父が再び恋に落ちるその日まで……

 娘の魂は魔女そのものなのだから……
 計画通りにこの地の領主の娘に生まれ変わり、悪魔の魔女は目覚めた。
 この惨劇が伝説になり、皆忘れた頃に繰り返す……復讐を、快楽を…

 悪魔すらも食べたがらない穢れた悪魔のような魂をもつ特殊な存在。
 それゆえに必然と悪魔になり人が恐れる魔女になった。
 それは恐れの念が力を与える。
畏怖の心は神が好むもの…
 それを我が身に受けるなんてとてつもない甘美…快感だ。
 それが力になる。
【魔女の中の魔女】と呼ばれる似非魔女など及ばぬ力が欲しい…… 
 いや、手に入れることができるのだ……

 悪魔の魔女の大半の力は恨みの念、年季がかる恨みほど強い呪いの力が増す。
 そして、無意識に人間だったときの再現をし復讐を果たそうとする。
 石造りの窓辺に佇み朧に赤く霞む月を眺めようとした時、

 ドバンっ!

 と、鉄の大扉を蹴り破る侵入者に目を見張るのだった。
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