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月光と雨
しおりを挟むあ、雨降ってるんだ。
傘持ってきてないや。
講義を終えて、廊下を歩いていたら偶然君と出会ったから、お互い帰路につくということで
短い距離だけど教務課前の廊下を歩きながら何てことないことを横並びになって話ながら外への出入口へと向かう。
私は、少し胸の高なりを感じている。
同じサークルの女友達の友達として知り合った君に初めて会った時、心がはずんだ。
ひょろっとしていて、白い肌に映える黒髪はやんわり短くワックスで整えられていて、きょろっとした瞳とぷっくり赤い唇が印象的だった。
声も、低すぎず高すぎず、だけど大の大人とは言えない青くささが残る大学生らしい声。
中性的な美しさと、人見知りしない立ち居振舞いは一見優等生のようだな、と思っていた。
ただ、君には深い闇があった。
初めて会った6月の開学祭の夜、みんなで宅飲みをしている最中、人疲れをして非常階段の方まで出ると君はチューハイ片手に月夜を見ていた。
初夏の満月だから、夜なのに明瞭に
表情まで読み取れる。
どうしたの?
と声をかける。
いやさあ、俺何やってんだろう、と思って。
1年浪人して、第一志望落ちて、ここの大学に入ってさ、これでよかったのかなって思うよ。
君は嘆いていた。
宅飲み序盤の自己紹介タイムで彼は、
浪人してるから、みんなより1個年上です。
だけど、同じ学年だし普通にタメだと思って下さい!よろしく!
と、明るくみんなに打ち明けたから、
そうなんだ、ぐらいにしか思っていなかったのに
先程とは、うってかわった様子にと私は戸惑う
。
そして、彼の嘆きを聞いたのが私でよかったな、と思う。
なぜなら、私達が入った大学に、入りたくて猛勉強して努力して入学した人が聞いたら癇に障ると思うから。
私は、推薦入学したクチだから、
誰にも何とも言えない。
でも、俺寂しいの、慰めて。
という目を君はしていたから、
それに応えようと思った。
いいんじゃない?
それに、もう入学しちゃったんだし。
6月だし。
しょうがないし、頑張った結果ここに落ち着いたんじゃないの?
というような、持ち前の当たり障りのないフォローをする。
それをあまりにも深い黒い瞳で聞いているから、こちらは君に気持ちを絡め取られないように、月を仰ぐ。
ひどく空虚な気持ちが私の心を占領する。
多分、私が彼にしてあげられることは
そんなにないだろうと思ったから。
また、その爽やかな出で立ちと態度の中に似つかわしくない挫折や焦燥感、傲りや悲しみといった負の塊を抱えて苦しんでいるギャップさえ、美しく愛されるべき材料だと一瞬思ってしまったから。
そういう恋の始めかたはあってもいいかもしれないだろう。
でも、私は用心深い。
そんなにすぐに人を好きになれない。
それに、今度は君がだらだらと出生や生い立ちについてもネガティブな発言を始めたから、私はよく分からなくなった。
だけど、月明かりがあまりにも世界に優しく、平等に君を照らすから、君の言っていることが、その時はそんなに私にとって受け入れられないことじゃなかった。
それなのに、、、
今私の目の前で
どれにしようかなーと傘立てを漁る君を受け入れることは出来なかった
え…?何してるの?
分かっていた。
でも分かっていて、改めて聞く理由は
間違っていて欲しいという期待からの自分のエゴだ。
何って、使えそうな傘探してるんだよ。
ビニール傘で誰のか見分けがつかなさそうなの。
そういって明るく返す君が恐かった。
大学の傘立てには、基本その日に傘を
持ってきた人の傘しか入っていない。
そして、君は今日傘を持って来ていない、と言っていた。
止めなよ。
気づけば注意していた。
なんで?
俺、前に自分の傘盗まれたからさ、
盗み返しても問題ないでしょ。
もう私は、その時君との縁を切っていたように思う。
自分が前に傘を盗まれたからって、他人の傘を盗んでいいわけないじゃん。
それに、今傘を盗んだらまた新しく困る人が出るよ。
自分がされて嫌なことをどうして人に出来るの?
盗まれたから、盗むなんて負のスパイラルだよ。
私は、静かに告げる。
えー、でもさぁ~
こっちも見ずにそういって君が1本のビニール傘を傘立てから引き抜いたのを見た瞬間
私図書館行くから、
その場から逃げるように、そのまま外へ出て渡り廊下を渡って大学内の図書館を目指す。
私は、君から逃げた。
現実から目を背けた。
私は、出来たばかりの、少しいいなと思っていた男友達を失った。
もっと君に言うことは、沢山あったと思う。
でも、多分どうしたって君は傘をいとも簡単に盗むんだろうな、って思う。
非常に稚拙で自己中心的な理由をぶら下げて。
だから、これ以上関わりたくないと思った。
私が正義感を振りかざして、君の横暴を止めることも出来たかもしれないけど、多分君には通用しない。
それは、単なる対処療法であって根本的な解決にならないだろうと、君の態度を見て感じた。
あー好きにならなくてよかった。
そう思う。
好きになっていたら、多分傘を盗む君さえ受け入れて、自分を歪めていたかもしれない。
それか、私が君を更生させなきゃ、と
君の不正を度々制するお節介おばさんとして奮闘する日々が始まっていたかもしれない。
どちらにせよ、もうどうでもよかった。
図書館に行って、雨が小雨になるまで物語を読もうと思った。
私も傘を持っていなかったから。
雨は世界に優しく平等に、君にも私にも、君に傘を盗まれたであろう誰かにも降り注ぐだけ。
ただ、それだけ。
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