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死後の世界と真紅のドラゴン
それは昔の話だった
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病院へ着くや敦也は準備していた医者達に囲まれ、奥の手術室へ連れていかれた。
飛鳥と傘山先輩は、手術室の前で敦也の生還を祈って待つことしかできなかった。
敦也の担任は、現敦也の保護者である敦也の祖父母への連絡のため病院外に行っていた。
飛鳥は身近な大事な人を失うのはこれで二回目だった。
一人目は敦也のお姉さんだ。敦也のお姉さんが亡くなったときも飛鳥はとても悲しんだ。涙も流した。胸も痛かった。
飛鳥のことを敦也と同じぐらい、実の妹と接するかのように優しくしてくれた。敦也のお姉さんが大好きだった。今なぜ敦也のお姉さんの名前が思い出せないのか不思議だ。
でも、今回は敦也のお姉さんを失ったときより胸が痛かった。
前回同様に涙も流した、とても悲しい、胸も痛い。今回は心が締め付けられたみたいに痛かった。
敦也ともう会えなくなるだけで、こんな辛くなるなんて思っていなかった。何でアツヤと会えなくなるだけでこんな辛いんだろうか。
それはもう自分自身解っている。そうじゃなければ、魂が無い敦也にあんなことはしない。敦也じゃなければしないだろう。
「わたしは敦也が好きだったのか」
自分の心を落ち着かせるため心で呟いたつもりが、口でも呟いてしまっていた。傘山先輩に聞かれていないといいが。
自分の心意に気づいた飛鳥はさっき敦也にしたことを含め、今まで敦也に対ししてきたおこないに下心があったのかもしれない。いや、あったことを自覚し顔が赤くなりこの場から人がいない場所に走り去りたかった。
敦也の隣で過ごして十六年が経とうとしている。今まではただの優しい馬鹿な幼馴染みとしか思ってないと、飛鳥は思っていた。
敦也は友達も作るのが下手で飛鳥が引っ張ってクラスの輪に幼稚園や小学校の頃は連れ込んだ。
飛鳥はただつまらなそうな顔をしているのを見ているのが嫌だったんだ。べつに敦也以外がつまらなそうな顔をしていても引っ張ってクラスの輪に連れ込んだに決まっている……きっと。
クラスの輪に連れ込んだ敦也はすぐに笑顔になり、毎回飛鳥に「ありがとう」と言う。飛鳥も毎回「幼馴染じゃん」と言って二人で笑った。
今思えば何で「幼馴染みじゃん」と言ったのだろう。普通に「敦也がつまらなそうな顔をしているからだよ」とか言えば普通の友達っぽいじゃん。普通の優しい友達っぽいじゃん。
幼馴染みっていうことを言い訳に、飛鳥は学校でも敦也と遊びたかったんじゃないだろうか。いやでも、女子の友達とだけ遊んだのだってちゃんとあるし。
敦也は頭も悪いし、運動も出来ないほうだった。だから、クラスでは回りから落ちこぼれみたいな眼で見られることもあった。
でも、飛鳥はそんなことはしなかった。幼馴染みだからじゃなく、友達だからじゃなく、かわいそうだからじゃなく。そう、偶然席が隣だったから。
何個も言い訳を並べても、心の内で暴れまわる気持ちはおさまらなかった。
飛鳥は敦也のために学校が終わったら勉強を教え、勉強が終わったら一緒に遊ぶ毎日だった。
まだ小学校低学年だった頃は、敦也のお姉さんも一緒に敦也に勉強を教えて一緒に遊んでいた。
敦也のお姉さんは中学校に上がるとバスケを始め、その隠されていた才を発揮し学校に貢献しまくりだった。
飛鳥も敦也と一緒にお姉さんの大会を観に行ったことがあったけど、敦也のお姉さんのプレーだけは回りの選手とは桁違いに素晴らしかった。個人技でも勝っていて、敦也のお姉さんを中心としたチームプレーも素晴らしく、相手チームのゴールにボールがくぐることは少なかった。お姉さんのバスケの試合を観に行くとき敦也の眼は楽しみでいつもいっぱいだった。
試合が始まると、興奮してお姉さんの名前を叫んでいた。
思えば敦也がバスケを始めるきっかけはこの時からあったのかもしれない。敦也のお姉さんは優しく遊ぶときは飛鳥を毎回誘ってくれた。断る気はないし、敦也や敦也のお姉さんと遊べるのは良いことだからわたしも毎回一緒に遊んだ。
小学校の修学旅行の前の日、飛鳥から敦也の家にいつも通り遊びに行った。
けれどその日、飛鳥は家の前で敦也のお姉さんに断られてしまった。
そのとき敦也のお姉さんは「敦也と大切な話をするからごめんね」と言っていた。
飛鳥はその大切な話が何かなど興味を持たず、遊べないので仕方なく家でごろごろその日を過ごしていた。
その日敦也のお姉さんは敦也に何を話したかは今でも、今ではもう解らない。でも、その日を境に飛鳥に対しての敦也が変わったのは確かだった。
修学旅行は一泊二日の栃木の日光旅行だった。秋の中盤でほとんどの紅葉が紅葉しだしている時期だった。
修学旅行の二日目はクラスによる栃木探索だった。クラスの友達と荘厳な滝を見たり、お土産を買ったり時間を過ごして楽しんだ。 栃木の町を歩いていたら、飛鳥はいつのまにかクラスとはぐれてしまっていた。
飛鳥は非常に焦った。困った。
クラスのみんなと合流しようと歩いて探したけど、回りは見たことのない町でまるで迷路をさまよっている気分だった。
それでも飛鳥は必死に歩いた。このまま一人でいるのは嫌だったから。友達と会えないのは嫌だったから。
瞳から流れてくる涙を手で擦りながら、飛鳥はみんなを探した。
歩き疲れ民家門のの前で立ち止まり休憩しようとすると、民家の前からいかにも凶暴そうな黒い犬が飛鳥を威嚇して吠えた。
飛鳥は驚きバランスをくずし足を挫き、腰から地面に落ちた。
黒い犬は飛鳥に吠え続ける。飛鳥は恐怖し今すぐここから走って逃げようとした。
しかし、バランスをくずしたとき足を強く挫いてしまったため、立ち上がることが出来なかった。
飛鳥はクラスとはぐれ、歩き疲れたあげく、足を挫きもう身体と心はぼろぼろだった。
歩いているうち、人気の少ないところに来てしまったらしく、助けを求め叫ぼうとも誰もいなかった。それ以前にもう叫ぶ気力もなかった。
黒い犬に吠え続けられるなか、飛鳥は心の中で叫んでいた。
助けて誰か、敦也!
自分自身敦也は力も弱く勇気もないと思っている。だから、飛鳥が支えてあげるのだ。敦也がわたしを助けるためにクラスから離れ飛鳥を探そうとすることはないと解っていても、敦也の名前を叫ばずには心が落ち着かなかった。
恐怖が絶頂に達して、眼を強く閉じると飛鳥の頭にぽんっと手が置かれるのを感じた。
飛鳥は顔を上げ、手を置いた正体を確認した。
「ごめん、見つけるのに思ったより時間がかかっちゃった……帰ろっか」
そこにいたのは敦也だった。額からは汗が流れ、ズボンと靴はぼろぼろになっていた。たくさん走り回って飛鳥を探してくれたのだろう。
「敦……也なの?」
飛鳥は敦也がいることを信じられず、疑問系で名前を呼んでしまう。
「誰に見えるんだよ」
「…………敦也」
「解ってるんなら聞くなよ」
にやけながら敦也は飛鳥に手を差し出す。
「立てるか?」
飛鳥は敦也の手を掴み、立ち上がろうとしたが足を挫いただけでなく、転んだときに腰を強く打ったから腰に力が入らなかった。
「ごめん……力が入らないや」
飛鳥は体力も気力も限界に近いので弱々しく力の入っていない声で言った。
「仕方ないか」
頭をかきむしってから、敦也は飛鳥の反対を向きしゃがんだ。まるで飛鳥をおんぶしようとする感じである。
「え?」
「ほらはやく乗れよ、帰るぞ」
「だって敦也の力じゃ、わたしを持ち上げるなんて無理だよ」
敦也の力がとても低いことを飛鳥は知っていた。だから、飛鳥をおんぶして歩くことは敦也には出来ないと思っていたのだ。
「なんだよ、お前そんな重いのか。ダイエットしたほうがっ……痛いなおい!!」
体重が重いとか言われたら、普通の女子だったら怒って当然だ。なので、敦也の頭をおもいっきり飛鳥は叩いた。
「わたしそんな重くないもん!」
「じゃー、はやく乗れって」
「潰れたりしない?」
飛鳥をおんぶして敦也が怪我でもしたらそれこそ大変だ。
「俺を信用してないのかよ。大丈夫、任せとけ!」
今の敦也から頼りがいのあるオーラというか、しっかりした感じがした。
「……じゃ、じゃー」
飛鳥は意を決して敦也の肩におそるおそる手を伸ばし掴んだ。
「ほっ!」
「え、きゃっ!」
敦也が急に立ち上がり、飛鳥は敦也の肩を掴んだまま浮かび上がった。すると、敦也は飛鳥の足を支えるように手を後ろに回す。
「ほら大丈夫だろ。男なんだからお前ぐらい持ち上げられるって」
飛鳥は強く驚いた。敦也が飛鳥の身体をおんぶ出来るなんて思っていなかったからだ。
敦也っていつのまにこんな強くなったんだろ。
いつもそばにいたのに気づかなかった。気づけなかった。
敦也は男の子だからいつか強くなるとは思ってはいた。
もう敦也は大きくなったんだね。いつのまにこんな身長も伸びて。
飛鳥は敦也の背中に顔を埋めた。涙と言葉を隠すように。
「……ありがとう」
「なんか言ったか?」
飛鳥は敦也の背中に顔を埋めながら、ある疑問が浮かんだ。
「なんでわたしを探しに来たの?」
「来ちゃだめかよ」
「え、いや……ありがとう」
飛鳥は驚いて顔を赤くして、アツヤの背中に顔を埋めるとアツヤに聞こえないよう呟いた。
「嬉しいけど……」
敦也は飛鳥の呟きには気づくことはなく、話し出した。
「いや、お前がいなくなったのに気づいたからさ、急いでお前を探すために走り回ったんだよ」
「よく……気づいたね」
「だってお前いつも俺の近くにいるじゃん、いないのに気づくのは当たり前だよ」
飛鳥はまた顔を赤くして敦也に訊ねた。
「わたしが近くにいるの迷惑?」
「……迷惑じゃないよ、お前がいてくれたから今の俺がいるんじゃないか。お前がいなかったら俺は強くはなれなかった」
「ほんと?」
「ほんとだよ、嘘じゃないさ」
飛鳥は気になっていたことを思いきって訊ねてみた。
「一昨日お姉さんから何を言われたの?」
「んー、いつか話すよ」
敦也は数秒悩んだ結果、飛鳥に話さないことを選んだ。
「ほんと?」
「ちゃんとお前を守れるぐらいになったらな」
「うん、わたしを守ってね」
飛鳥は笑顔で敦也に頷いて返事をした。
あれ、敦也はわたしが守るんじゃなかったけ。まぁ、いっか。
「どうした……?」
敦也はわたしに問いかけてきていたが、飛鳥はもう疲れはてて敦也の背中の上で眠ってしまっていた。
「まったく……」
「飛鳥、飛鳥起きなさい。帰りましょ」
飛鳥が顔を上げると、飛鳥のお母さんが目の前で背中を優しく叩いていた。
飛鳥は何故目の前にお母さんがいるのか解らず困惑していた。
五秒ほど経って飛鳥は病院にいることを思い出した。
どうやら飛鳥はいつのまにか眠っていて、修学旅行の夢を見ていたらしい。
夢でももう少し見ていたかった。だって、敦也と会えるのは夢の中でしかもうないから。
飛鳥は背中に何かが乗っているのを感じたので、何かを引っ張ってみた。
それは高校のブレザーだった。それはわたしの背よりも大きく、敦也の背よりも大きかった。
「それね、傘山先輩がかけていってくれたのよ。今度礼を言いなさい」
あの傘山先輩がわたしのためにブレザーを掛けていくとは、明日も学校があるから困ってしまうだろうに。ブレザーを二着持っているわけではあるまいし。
「お母さん……敦也は。敦也はどうなったの。ちゃんと……」
飛鳥の問いにお母さんは眼を伏せ、飛鳥から眼をそらした。
「何度か心臓が動き出したんだけど、またすぐに止まってしまったって……まるで、敦也くんが生き返るのを神様が拒んでるかのように」
だめだ。身体の震えが止まらない。また、瞳から涙が流れ始める。また、嗚咽を洩らしながら泣いてしまうのか。
敦也は言った、飛鳥を守れるぐらいに強くなると。なら守ってよ今……この震えを悲しみを嗚咽を涙を止めてよ。
わたしを絶望から助けてよ。
身体を震わして泣く飛鳥をお母さんは優しく抱きしめた。飛鳥はそれからたくさん泣いた。泣き続けた。それでも心にぽっかりと開いた大きな穴は埋めることはできなかった。
絶望が一度おさまってから、飛鳥はお母さんが運転する車に揺らされ家に帰った。
飛鳥と傘山先輩は、手術室の前で敦也の生還を祈って待つことしかできなかった。
敦也の担任は、現敦也の保護者である敦也の祖父母への連絡のため病院外に行っていた。
飛鳥は身近な大事な人を失うのはこれで二回目だった。
一人目は敦也のお姉さんだ。敦也のお姉さんが亡くなったときも飛鳥はとても悲しんだ。涙も流した。胸も痛かった。
飛鳥のことを敦也と同じぐらい、実の妹と接するかのように優しくしてくれた。敦也のお姉さんが大好きだった。今なぜ敦也のお姉さんの名前が思い出せないのか不思議だ。
でも、今回は敦也のお姉さんを失ったときより胸が痛かった。
前回同様に涙も流した、とても悲しい、胸も痛い。今回は心が締め付けられたみたいに痛かった。
敦也ともう会えなくなるだけで、こんな辛くなるなんて思っていなかった。何でアツヤと会えなくなるだけでこんな辛いんだろうか。
それはもう自分自身解っている。そうじゃなければ、魂が無い敦也にあんなことはしない。敦也じゃなければしないだろう。
「わたしは敦也が好きだったのか」
自分の心を落ち着かせるため心で呟いたつもりが、口でも呟いてしまっていた。傘山先輩に聞かれていないといいが。
自分の心意に気づいた飛鳥はさっき敦也にしたことを含め、今まで敦也に対ししてきたおこないに下心があったのかもしれない。いや、あったことを自覚し顔が赤くなりこの場から人がいない場所に走り去りたかった。
敦也の隣で過ごして十六年が経とうとしている。今まではただの優しい馬鹿な幼馴染みとしか思ってないと、飛鳥は思っていた。
敦也は友達も作るのが下手で飛鳥が引っ張ってクラスの輪に幼稚園や小学校の頃は連れ込んだ。
飛鳥はただつまらなそうな顔をしているのを見ているのが嫌だったんだ。べつに敦也以外がつまらなそうな顔をしていても引っ張ってクラスの輪に連れ込んだに決まっている……きっと。
クラスの輪に連れ込んだ敦也はすぐに笑顔になり、毎回飛鳥に「ありがとう」と言う。飛鳥も毎回「幼馴染じゃん」と言って二人で笑った。
今思えば何で「幼馴染みじゃん」と言ったのだろう。普通に「敦也がつまらなそうな顔をしているからだよ」とか言えば普通の友達っぽいじゃん。普通の優しい友達っぽいじゃん。
幼馴染みっていうことを言い訳に、飛鳥は学校でも敦也と遊びたかったんじゃないだろうか。いやでも、女子の友達とだけ遊んだのだってちゃんとあるし。
敦也は頭も悪いし、運動も出来ないほうだった。だから、クラスでは回りから落ちこぼれみたいな眼で見られることもあった。
でも、飛鳥はそんなことはしなかった。幼馴染みだからじゃなく、友達だからじゃなく、かわいそうだからじゃなく。そう、偶然席が隣だったから。
何個も言い訳を並べても、心の内で暴れまわる気持ちはおさまらなかった。
飛鳥は敦也のために学校が終わったら勉強を教え、勉強が終わったら一緒に遊ぶ毎日だった。
まだ小学校低学年だった頃は、敦也のお姉さんも一緒に敦也に勉強を教えて一緒に遊んでいた。
敦也のお姉さんは中学校に上がるとバスケを始め、その隠されていた才を発揮し学校に貢献しまくりだった。
飛鳥も敦也と一緒にお姉さんの大会を観に行ったことがあったけど、敦也のお姉さんのプレーだけは回りの選手とは桁違いに素晴らしかった。個人技でも勝っていて、敦也のお姉さんを中心としたチームプレーも素晴らしく、相手チームのゴールにボールがくぐることは少なかった。お姉さんのバスケの試合を観に行くとき敦也の眼は楽しみでいつもいっぱいだった。
試合が始まると、興奮してお姉さんの名前を叫んでいた。
思えば敦也がバスケを始めるきっかけはこの時からあったのかもしれない。敦也のお姉さんは優しく遊ぶときは飛鳥を毎回誘ってくれた。断る気はないし、敦也や敦也のお姉さんと遊べるのは良いことだからわたしも毎回一緒に遊んだ。
小学校の修学旅行の前の日、飛鳥から敦也の家にいつも通り遊びに行った。
けれどその日、飛鳥は家の前で敦也のお姉さんに断られてしまった。
そのとき敦也のお姉さんは「敦也と大切な話をするからごめんね」と言っていた。
飛鳥はその大切な話が何かなど興味を持たず、遊べないので仕方なく家でごろごろその日を過ごしていた。
その日敦也のお姉さんは敦也に何を話したかは今でも、今ではもう解らない。でも、その日を境に飛鳥に対しての敦也が変わったのは確かだった。
修学旅行は一泊二日の栃木の日光旅行だった。秋の中盤でほとんどの紅葉が紅葉しだしている時期だった。
修学旅行の二日目はクラスによる栃木探索だった。クラスの友達と荘厳な滝を見たり、お土産を買ったり時間を過ごして楽しんだ。 栃木の町を歩いていたら、飛鳥はいつのまにかクラスとはぐれてしまっていた。
飛鳥は非常に焦った。困った。
クラスのみんなと合流しようと歩いて探したけど、回りは見たことのない町でまるで迷路をさまよっている気分だった。
それでも飛鳥は必死に歩いた。このまま一人でいるのは嫌だったから。友達と会えないのは嫌だったから。
瞳から流れてくる涙を手で擦りながら、飛鳥はみんなを探した。
歩き疲れ民家門のの前で立ち止まり休憩しようとすると、民家の前からいかにも凶暴そうな黒い犬が飛鳥を威嚇して吠えた。
飛鳥は驚きバランスをくずし足を挫き、腰から地面に落ちた。
黒い犬は飛鳥に吠え続ける。飛鳥は恐怖し今すぐここから走って逃げようとした。
しかし、バランスをくずしたとき足を強く挫いてしまったため、立ち上がることが出来なかった。
飛鳥はクラスとはぐれ、歩き疲れたあげく、足を挫きもう身体と心はぼろぼろだった。
歩いているうち、人気の少ないところに来てしまったらしく、助けを求め叫ぼうとも誰もいなかった。それ以前にもう叫ぶ気力もなかった。
黒い犬に吠え続けられるなか、飛鳥は心の中で叫んでいた。
助けて誰か、敦也!
自分自身敦也は力も弱く勇気もないと思っている。だから、飛鳥が支えてあげるのだ。敦也がわたしを助けるためにクラスから離れ飛鳥を探そうとすることはないと解っていても、敦也の名前を叫ばずには心が落ち着かなかった。
恐怖が絶頂に達して、眼を強く閉じると飛鳥の頭にぽんっと手が置かれるのを感じた。
飛鳥は顔を上げ、手を置いた正体を確認した。
「ごめん、見つけるのに思ったより時間がかかっちゃった……帰ろっか」
そこにいたのは敦也だった。額からは汗が流れ、ズボンと靴はぼろぼろになっていた。たくさん走り回って飛鳥を探してくれたのだろう。
「敦……也なの?」
飛鳥は敦也がいることを信じられず、疑問系で名前を呼んでしまう。
「誰に見えるんだよ」
「…………敦也」
「解ってるんなら聞くなよ」
にやけながら敦也は飛鳥に手を差し出す。
「立てるか?」
飛鳥は敦也の手を掴み、立ち上がろうとしたが足を挫いただけでなく、転んだときに腰を強く打ったから腰に力が入らなかった。
「ごめん……力が入らないや」
飛鳥は体力も気力も限界に近いので弱々しく力の入っていない声で言った。
「仕方ないか」
頭をかきむしってから、敦也は飛鳥の反対を向きしゃがんだ。まるで飛鳥をおんぶしようとする感じである。
「え?」
「ほらはやく乗れよ、帰るぞ」
「だって敦也の力じゃ、わたしを持ち上げるなんて無理だよ」
敦也の力がとても低いことを飛鳥は知っていた。だから、飛鳥をおんぶして歩くことは敦也には出来ないと思っていたのだ。
「なんだよ、お前そんな重いのか。ダイエットしたほうがっ……痛いなおい!!」
体重が重いとか言われたら、普通の女子だったら怒って当然だ。なので、敦也の頭をおもいっきり飛鳥は叩いた。
「わたしそんな重くないもん!」
「じゃー、はやく乗れって」
「潰れたりしない?」
飛鳥をおんぶして敦也が怪我でもしたらそれこそ大変だ。
「俺を信用してないのかよ。大丈夫、任せとけ!」
今の敦也から頼りがいのあるオーラというか、しっかりした感じがした。
「……じゃ、じゃー」
飛鳥は意を決して敦也の肩におそるおそる手を伸ばし掴んだ。
「ほっ!」
「え、きゃっ!」
敦也が急に立ち上がり、飛鳥は敦也の肩を掴んだまま浮かび上がった。すると、敦也は飛鳥の足を支えるように手を後ろに回す。
「ほら大丈夫だろ。男なんだからお前ぐらい持ち上げられるって」
飛鳥は強く驚いた。敦也が飛鳥の身体をおんぶ出来るなんて思っていなかったからだ。
敦也っていつのまにこんな強くなったんだろ。
いつもそばにいたのに気づかなかった。気づけなかった。
敦也は男の子だからいつか強くなるとは思ってはいた。
もう敦也は大きくなったんだね。いつのまにこんな身長も伸びて。
飛鳥は敦也の背中に顔を埋めた。涙と言葉を隠すように。
「……ありがとう」
「なんか言ったか?」
飛鳥は敦也の背中に顔を埋めながら、ある疑問が浮かんだ。
「なんでわたしを探しに来たの?」
「来ちゃだめかよ」
「え、いや……ありがとう」
飛鳥は驚いて顔を赤くして、アツヤの背中に顔を埋めるとアツヤに聞こえないよう呟いた。
「嬉しいけど……」
敦也は飛鳥の呟きには気づくことはなく、話し出した。
「いや、お前がいなくなったのに気づいたからさ、急いでお前を探すために走り回ったんだよ」
「よく……気づいたね」
「だってお前いつも俺の近くにいるじゃん、いないのに気づくのは当たり前だよ」
飛鳥はまた顔を赤くして敦也に訊ねた。
「わたしが近くにいるの迷惑?」
「……迷惑じゃないよ、お前がいてくれたから今の俺がいるんじゃないか。お前がいなかったら俺は強くはなれなかった」
「ほんと?」
「ほんとだよ、嘘じゃないさ」
飛鳥は気になっていたことを思いきって訊ねてみた。
「一昨日お姉さんから何を言われたの?」
「んー、いつか話すよ」
敦也は数秒悩んだ結果、飛鳥に話さないことを選んだ。
「ほんと?」
「ちゃんとお前を守れるぐらいになったらな」
「うん、わたしを守ってね」
飛鳥は笑顔で敦也に頷いて返事をした。
あれ、敦也はわたしが守るんじゃなかったけ。まぁ、いっか。
「どうした……?」
敦也はわたしに問いかけてきていたが、飛鳥はもう疲れはてて敦也の背中の上で眠ってしまっていた。
「まったく……」
「飛鳥、飛鳥起きなさい。帰りましょ」
飛鳥が顔を上げると、飛鳥のお母さんが目の前で背中を優しく叩いていた。
飛鳥は何故目の前にお母さんがいるのか解らず困惑していた。
五秒ほど経って飛鳥は病院にいることを思い出した。
どうやら飛鳥はいつのまにか眠っていて、修学旅行の夢を見ていたらしい。
夢でももう少し見ていたかった。だって、敦也と会えるのは夢の中でしかもうないから。
飛鳥は背中に何かが乗っているのを感じたので、何かを引っ張ってみた。
それは高校のブレザーだった。それはわたしの背よりも大きく、敦也の背よりも大きかった。
「それね、傘山先輩がかけていってくれたのよ。今度礼を言いなさい」
あの傘山先輩がわたしのためにブレザーを掛けていくとは、明日も学校があるから困ってしまうだろうに。ブレザーを二着持っているわけではあるまいし。
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飛鳥の問いにお母さんは眼を伏せ、飛鳥から眼をそらした。
「何度か心臓が動き出したんだけど、またすぐに止まってしまったって……まるで、敦也くんが生き返るのを神様が拒んでるかのように」
だめだ。身体の震えが止まらない。また、瞳から涙が流れ始める。また、嗚咽を洩らしながら泣いてしまうのか。
敦也は言った、飛鳥を守れるぐらいに強くなると。なら守ってよ今……この震えを悲しみを嗚咽を涙を止めてよ。
わたしを絶望から助けてよ。
身体を震わして泣く飛鳥をお母さんは優しく抱きしめた。飛鳥はそれからたくさん泣いた。泣き続けた。それでも心にぽっかりと開いた大きな穴は埋めることはできなかった。
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