憑かれて恋

香前宇里

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第三章

母と子 其の八

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「冷たっ」
 強張らせた身体が海中へと沈む。
(この辺り、結構深いみたい)
 円を描くように足を動かし、身体が沈んでいかないようにする。
 ヒヤリとした感覚も消えてなくなり、波で上下に揺れる身体がとても心地よく感じる。
(ん~気持ちいい~っ)
 海岸から少し離れ、仰向けでプカプカと浮かびながら雲一つない青空を眺める。
 ほんと、海なんて何年振りだろう……。
 小学生のとき泳ぎに来た時以来かな?
(ん~、でもあんまり覚えてないのよねぇ~…)
 家族とだっけ? 友達度だっけ? 誰と一緒に行ったのかも思い出せないほどの過去の記憶。
 ただ……あれから海へは行きたいと思わなくなったんだと思う。
 海のさざ波が聞こえる中、目を閉じて私は当時の事を少しずつ思い出そうと試みる。




 そう……。




 私……溺れたんだ。




 溺れて、ちょうど近くにいた人に助けてもらったんだ。




 泳ぎは得意だったはずなのに……。




 でも、あの時は足に海藻が絡まって身動きが取れなくなって……




 それで……




(――――……)
 ハッと目を開ける。
 あれは……海藻、だったのよね。
 決して……〝アレ〟じゃなかったわよね?
 子供の頃の記憶は不鮮明で、やはりよく思い出せない。
 でも……夏と言えば海。
 海と言えば……怪談。
 幽霊に足を掴まれ海の中に引きずり込まれるなんてよく聞く話。
 ザッと背筋に寒気が走る。



 今、私の周りには誰もいないわけで……。



 もし何かあっても……誰も助けてはくれないわけで。



(……も、戻ろう……かな)
 冷静を装いつつ、身体を捻って体勢を整える。
 すると一瞬視界に何かが写り込み、「ヒッ」と微かに悲鳴を上げる。
(だ、誰か……いるっ)
 身体を強張らせながら、恐る恐るソレを確認する。



 あれは……



「お……んな……の子?」
 少し離れた沖の方で、中学生くらいの女の子がこちらを見ていた。
 ただジッとこちらを観察しているだけの女の子。
 近くに親がいないか確認してみるが、この辺りには私とあの子しかいなかった。
(あんな所で一人で泳ぐなんて大丈夫なのかな?)
 もしかして戻れなくなったのかも、と少女がいる方へ泳ごうとした瞬間、急に足首に強い力が加わった。
「――っ!?」
(何!? 足に何か絡まっ)
「んぶっ」
 何かに下へ引っ張られ、海の中へ引きづり込まれそうになる。
(ちょっ、やだっ)
 私は両手をバタつかせ、何とか海面から顔を出し息を吸い込もうとするが、すぐにまた海中へと引きずり込まれる。
「ぷはっ、助け……っ」
 何度か同じことを繰り返しながら周りに助けを求めようと必死にもがく。
「だ、誰かっ」
(そうだ、さっきの白い帽子の人っ)
「たっ、助けてっ」
 彼女に助けを求めようと、海岸にいるはずの彼女に向かって叫ぶ。
 だが視界の中に人らしき姿が見つからなかった。
 藁をもすがる思いで沖にいる少女にも助けてと叫ぶが、彼女すらもいなくなっていた。
(そんなっ)
 恐怖と絶望のなか必死にもがき、ソレから逃れようとするが、更に力が加わり全身が海中へと沈む。




 右腕を伸ばしても何も掴む事すらできず、私の身体は少しづつ海面から遠ざかっていった。
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