123 / 136
第五章「境を越えて来る者達」
第9話「示されたもの」
しおりを挟む
カーテン越しに淡い朝日が差し込み始める。朝日が静かな室内を照らしだし、少しずつ明かりで満たされていく。
気が付くと、朝を迎えていた。
いつ眠ったのだろう。あれからどれ位時間がたったのだろう。時間を忘れ、リディアは夜を明かしていた。
眠った気がしない。気が付いたら、朝になっていた。
淡く疲労感を感じる。眠っておかなければならないのに、心に疼く焦りの気持ちが、眠る時間を惜しいと感じさせる。
けれど、寝る間を惜しんだところで、できる事は無い。
寝る事も無く、できる事も無く、ただただ時間が過ぎ、朝を迎える。
だんだんと日が昇り、窓から差し込む上りが強くなっていく。
(起きなければ……)
日が昇れば、一日の生活が始まる。日々の生活が変わる事は無い。
人が死んだとしても、社会は変わることなく回り続ける。人の死などなかったかのように、普段通りの光景を回し続ける。
身体を起こし、動き始める。回り続ける社会の流れに従うために、生活を始める。
そっと、閉じたカーテンを開き、窓から外を眺める。
青空に一つの小さな影が、浮かんでいた。
飛竜だ。翼を広げ、悠々と飛んで行く。
ふと、白い騎竜の姿がその姿に重なる。
一度、首を振り浮かんだものを振り払う。あの白竜の姿は、もうここには無いのだ。あれは恐らく、竜騎学舎の生徒の騎竜の姿だろう。
季節は夏から秋に移ろい始め、先日長期休暇が終わりを告げ、授業が再開されていた。
竜騎学舎の生徒であるリディアは、本来なら竜騎学舎に居なければならない。だが、今、リディアが居るのは、竜騎学舎の寮ではなく王宮だ。今もまだ、父親であるアレックスの命で、王宮に居る。
私は、何をやっているのだろうか?
そんな焦る気持ちが、心に疼く。
自分は竜騎士に成る事を望んでいたのに、自分は今、王宮で足踏みしている。その事が、もどかしかった。
『竜殺し』。倒すべき敵が、王国に牙を向く、王国の敵が居るはずなのに、倒さねばならない敵がいるはずなのに、自分は此処で動けずにいる。それが、とてつもなくもどかしかった。
「私は……何をやっているのだろう……」
疼く心の内が、口からこぼれる。
コンコンとノックが鳴り響き、扉の向こうから使用人の声が響く。
「リディア様。起きておられますか?」
「起きています。何か用ですか?」
「アレックス様がお呼びです。直ぐに来るようにとのことです」
「分かりました。直ぐ向かいます。下がってください」
「はい、畏まりました」
扉の向こうから足音が響き、使用人が立ち去って行くのを感じる。
一日が始まる。微かに疼く様に焦りを抱えたまま、リディアは動き出した。
* * *
「リディアです」
「入れ」
「失礼します」
扉をノックし、名前を告げると、中から直ぐに入室の許可が下りる。リディアはそれに従い、室内へと入る。
父であるアレックスは、いつも通り執務机に向かい、何かの書類に目を通しつつ時折ペンを走らせていた。
一度、アレックスがリディアへと目を向け、姿を確認する。
「少し待て。すぐ終わらせる」
「はい」
アレックスはサラサラとペンを走らしていく。
父はいつも通りだった。何も変わらない、見慣れた姿だった。その事に、リディアは小さな怒りを覚える。
リディアの周りでは、ここ数日で多くの事が起きた。それなのに父は何事もなかったかのように過ごしていく。その事が少しだけ許せなかった。
ようやく作業を終えたのか、アレックスがペンを置き、一度息を付く。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
顔を上げ、再びリディアの姿を目にすると、アレックスは顔を顰めた。
「顔色が優れないようだが、体調は大丈夫か?」
「少し、寝不足なだけです。問題ありません。それで、要件はなんですか?」
返事を返すと、それ以上踏み込んでくることは無く、アレックスは執務机の引き出しから何かを取り出し、それをリディアに差し出した。
王室の印で封をした書類だった。
「これは?」
「お前宛てだ、読め」
アレックスから書類を受け取ると、封を解き、書類に目を通す。
『リディア・アルフォード。貴殿を、国王代行クレアスト・ストレンジアスならびに第三王子ラヴェリア・ストレンジアスの命において、竜騎士に任命する』
簡潔にただ一文そう書かれており、王室の判が押されていた。
「これは?」
書かれている一文を読んでみても、それがどういう事なのか上手く飲み込めず、聞き返してしまう。
「読んだとおりだ。お前は明後日行われる叙任式をもって正規の竜騎士に成ってもらう。それは、その書状だ」
「どういう事ですか? 私は一年次で、まだ竜騎士に成る段階ではないはずですが……」
「御前試合での活躍もあり、実力が認められたのだ。よって、前倒しであるがお前を竜騎士に任命することに成った。不満か?」
「それは……」
リディアは迷ってしまう。
竜騎士に成る。それは、ずっと望んできたことだ。けれど、それが予期せずいきなり目の前に示されたことに戸惑ってしまう。それも、半ば特例で前倒しの形では、余計に戸惑い、不安を感じる。自分に竜騎士としてやっていけるだけの実力と経験が、本当にあるのだろうか? 覚悟は、これから築いていくつもりだった。
リディアがその様に迷っていると、どたどたと大きな足音が部屋の外から響いたかと思うと、許可も取らず勢いよく扉が開かれ、見知った顔の大男が入ってきた。
「アルフォード卿! ここに居られるか!? 聞きたいことがある!」
大男――ヴェルノ・ブラッドフォードは部屋に入ると、そう大きく怒鳴りつけた。
「私なら、ここに居るが? それで、一体何の用かね。竜騎士ブラッドフォード」
荒々しく入ってきたヴェルノとは対照的に、アレックスは落ち着き払った態度で、そう応対する。ヴェルノはそれに、ギロリと睨みつける。
「あれはどういう事だ! アルフォード卿!」
再びヴェルノが怒鳴る。
「あれとは何のことだい? それだけでは何を指しての事か、判断が付かないぞ」
「とぼけやがって……。生徒を竜騎士に引き上げる件だ! どういう事だ!」
「どういう事かと聞かれてもな……。竜騎学舎の生徒は皆竜騎士に成るべく、そこへ通っている。そして、竜騎士への任命権は国王並びに王族のみが持つ。正式な手順で、正式に竜騎士に成る。ただ、それだけの事だ。そこに一体に何の問題があるというのだ?」
「大ありだ! 彼等はまだ、卒業の時期を迎えていない。それなのに、なぜ、今なのだ! 貴様が殿下に上訴したのは知っている。詳しく話してもらうぞ!」
ヴェルノは息を荒げながら、アレックスに詰め寄る。
「耳が早いな。緊急時故、前倒しで竜騎士に成ってもらっただけだ。有事の際はこのような事はあり得る。そうであったはずだが?」
「緊急? やはりアキュラスの件か!?」
「その通りだが?」
「貴様! 新兵をいきなり戦場に送り出すつもりか!? どういうつもりだ!?」
ヴェルノは大きく怒鳴る。それにアレックスは呆れたように溜め息を付く。
「一つ一つ説明せねば分からぬのか?
今、バリオスが南下し、港を一つ落とされた。防衛の要である白雪竜騎士団も居ない。なら、新たに竜騎士団を結成する必要がある。よって、竜騎学舎から竜騎士を募り、新たな竜騎士団を結成することに成った。それだけだが?」
「そんなことは分かっている。その竜騎士団がなぜ竜騎学舎の生徒から選ばれなければならないのかと聞いているんだ! 今まで通り、各竜騎士団から竜騎士を集めれ良いではない!」
ヴェルノの切り返しに、アレックスはまた溜め息を吐く。
「これから季節は冬となる。寒くなってからでは、こちらの進攻は難しくなり、相手が地盤を築くのに十分な時間を与えてしまう。そうなってはバリオスを取り戻すのが難しくなる。そうなる前に動くためには、王都に居る竜騎学舎の生徒から竜騎士を選定する必要があった。故に、それを選択した。
あなたは、バリオスを受け渡せと言うのかな?」
「それは……」
アレックスの切り返しにヴェルノは押し黙る。
「彼等はまだ若い……。いきなり、このような戦場に送り出すのは、荷が重いと思われますが……」
一度押し黙るが、それでもヴェルノは食い下がる。
「若いか……。竜騎学舎の入学年齢は十五歳から。十五歳であるなら、私兵として戦場に立つものもいる。若いと言う年齢ではないと思われるが?」
「私兵として戦場に立つのと、竜騎士として戦場に立つのでは、背負うべき責任に差があります。同じ物差しで測るものではない!」
「なるほど、確かにその通りかもしれないな。だが、この時期であれば、竜騎学舎の生徒は、必要とされている知識をすべて習得している事になっているはずだが? なら、何の問題も無いと思われるが?
それとも、あなたは手御抜いていたのか?」
「そのような事は、断じてない!」
「なら、あなたの生徒は十分それに耐えうるのではないのか? 私はあなたを優秀な竜騎士であり、優秀な教官だと信頼しているつもりだ。その優秀な教官の下で鍛えられた竜騎士であるのなら、任をこなせると考えていますが?」
再びの切り返しに、ヴェルノは再度押し黙る。そして、しばらく黙りこんだ後、視線をリディアの方へと向ける。
「リディア。お前にも書状が来たはずだ。お前はそれに従うのか?
もしお前が、まだ戦場に立つ覚悟がないと言うのなら、俺は、お前達生徒を守るために直訴するつもりだ」
抱えた怒りを抑え付けるようにしてヴェルノが尋ねて来る。
リディアは再び迷う。
本当にこのまま竜騎士に成ってよいのだろうか? 自分にそれが出来るだけの力があるのだろうか?
一瞬、頭に一人の男の背中を思い浮かべる。戦場に旅立ち、消えて行った男の背中。
そして、見た事も無い血塗られた別の騎士の姿が思い浮かべる。『竜殺し』。
自分は何を迷っていたのだろうか? 答えなど最初から決まっていたではない。自分はずっとそれを望んできたはずだ。
「私は、戦士です。戦士としての私の力が望まれたのなら、それを断る理由などありません。私は、戦います」
リディアは静かに答えを返す。
ヴェルノはそれに大きく驚き、それから少し悲しそうな表情を浮かべる。
「そうか、分かった……」
ヴェルノは小さく頷く。
「納得してくれたようだな」
「納得はした。だが、すべてに納得したわけでは無い。俺達竜騎学舎の講師には、自分の生徒を守る義務がある。たとえ正規の手順を踏んだものであろうと、彼等は俺達の生徒だ。それは変わらない。もし、彼等の身に理不尽があったのなら、俺は黙ってはいないぞ。その事だけは覚えておけ」
「分かった。心得ておこう」
最後に、ギロリとアレックスを睨みつけ、それからヴェルノは退出していった。
「話は以上だ。お前も下がってくれ」
ヴェルノが退出するのを見届けると、アレックスはそう告げる。
「はい。失礼しました」
リディアはそれに従い、ヴェルノに続き、アレックスの執務室から退出していく。
先ほどまでリディアの胸の奥で疼いていた焦燥感が、少しだけ薄らいだ気がした。
気が付くと、朝を迎えていた。
いつ眠ったのだろう。あれからどれ位時間がたったのだろう。時間を忘れ、リディアは夜を明かしていた。
眠った気がしない。気が付いたら、朝になっていた。
淡く疲労感を感じる。眠っておかなければならないのに、心に疼く焦りの気持ちが、眠る時間を惜しいと感じさせる。
けれど、寝る間を惜しんだところで、できる事は無い。
寝る事も無く、できる事も無く、ただただ時間が過ぎ、朝を迎える。
だんだんと日が昇り、窓から差し込む上りが強くなっていく。
(起きなければ……)
日が昇れば、一日の生活が始まる。日々の生活が変わる事は無い。
人が死んだとしても、社会は変わることなく回り続ける。人の死などなかったかのように、普段通りの光景を回し続ける。
身体を起こし、動き始める。回り続ける社会の流れに従うために、生活を始める。
そっと、閉じたカーテンを開き、窓から外を眺める。
青空に一つの小さな影が、浮かんでいた。
飛竜だ。翼を広げ、悠々と飛んで行く。
ふと、白い騎竜の姿がその姿に重なる。
一度、首を振り浮かんだものを振り払う。あの白竜の姿は、もうここには無いのだ。あれは恐らく、竜騎学舎の生徒の騎竜の姿だろう。
季節は夏から秋に移ろい始め、先日長期休暇が終わりを告げ、授業が再開されていた。
竜騎学舎の生徒であるリディアは、本来なら竜騎学舎に居なければならない。だが、今、リディアが居るのは、竜騎学舎の寮ではなく王宮だ。今もまだ、父親であるアレックスの命で、王宮に居る。
私は、何をやっているのだろうか?
そんな焦る気持ちが、心に疼く。
自分は竜騎士に成る事を望んでいたのに、自分は今、王宮で足踏みしている。その事が、もどかしかった。
『竜殺し』。倒すべき敵が、王国に牙を向く、王国の敵が居るはずなのに、倒さねばならない敵がいるはずなのに、自分は此処で動けずにいる。それが、とてつもなくもどかしかった。
「私は……何をやっているのだろう……」
疼く心の内が、口からこぼれる。
コンコンとノックが鳴り響き、扉の向こうから使用人の声が響く。
「リディア様。起きておられますか?」
「起きています。何か用ですか?」
「アレックス様がお呼びです。直ぐに来るようにとのことです」
「分かりました。直ぐ向かいます。下がってください」
「はい、畏まりました」
扉の向こうから足音が響き、使用人が立ち去って行くのを感じる。
一日が始まる。微かに疼く様に焦りを抱えたまま、リディアは動き出した。
* * *
「リディアです」
「入れ」
「失礼します」
扉をノックし、名前を告げると、中から直ぐに入室の許可が下りる。リディアはそれに従い、室内へと入る。
父であるアレックスは、いつも通り執務机に向かい、何かの書類に目を通しつつ時折ペンを走らせていた。
一度、アレックスがリディアへと目を向け、姿を確認する。
「少し待て。すぐ終わらせる」
「はい」
アレックスはサラサラとペンを走らしていく。
父はいつも通りだった。何も変わらない、見慣れた姿だった。その事に、リディアは小さな怒りを覚える。
リディアの周りでは、ここ数日で多くの事が起きた。それなのに父は何事もなかったかのように過ごしていく。その事が少しだけ許せなかった。
ようやく作業を終えたのか、アレックスがペンを置き、一度息を付く。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
顔を上げ、再びリディアの姿を目にすると、アレックスは顔を顰めた。
「顔色が優れないようだが、体調は大丈夫か?」
「少し、寝不足なだけです。問題ありません。それで、要件はなんですか?」
返事を返すと、それ以上踏み込んでくることは無く、アレックスは執務机の引き出しから何かを取り出し、それをリディアに差し出した。
王室の印で封をした書類だった。
「これは?」
「お前宛てだ、読め」
アレックスから書類を受け取ると、封を解き、書類に目を通す。
『リディア・アルフォード。貴殿を、国王代行クレアスト・ストレンジアスならびに第三王子ラヴェリア・ストレンジアスの命において、竜騎士に任命する』
簡潔にただ一文そう書かれており、王室の判が押されていた。
「これは?」
書かれている一文を読んでみても、それがどういう事なのか上手く飲み込めず、聞き返してしまう。
「読んだとおりだ。お前は明後日行われる叙任式をもって正規の竜騎士に成ってもらう。それは、その書状だ」
「どういう事ですか? 私は一年次で、まだ竜騎士に成る段階ではないはずですが……」
「御前試合での活躍もあり、実力が認められたのだ。よって、前倒しであるがお前を竜騎士に任命することに成った。不満か?」
「それは……」
リディアは迷ってしまう。
竜騎士に成る。それは、ずっと望んできたことだ。けれど、それが予期せずいきなり目の前に示されたことに戸惑ってしまう。それも、半ば特例で前倒しの形では、余計に戸惑い、不安を感じる。自分に竜騎士としてやっていけるだけの実力と経験が、本当にあるのだろうか? 覚悟は、これから築いていくつもりだった。
リディアがその様に迷っていると、どたどたと大きな足音が部屋の外から響いたかと思うと、許可も取らず勢いよく扉が開かれ、見知った顔の大男が入ってきた。
「アルフォード卿! ここに居られるか!? 聞きたいことがある!」
大男――ヴェルノ・ブラッドフォードは部屋に入ると、そう大きく怒鳴りつけた。
「私なら、ここに居るが? それで、一体何の用かね。竜騎士ブラッドフォード」
荒々しく入ってきたヴェルノとは対照的に、アレックスは落ち着き払った態度で、そう応対する。ヴェルノはそれに、ギロリと睨みつける。
「あれはどういう事だ! アルフォード卿!」
再びヴェルノが怒鳴る。
「あれとは何のことだい? それだけでは何を指しての事か、判断が付かないぞ」
「とぼけやがって……。生徒を竜騎士に引き上げる件だ! どういう事だ!」
「どういう事かと聞かれてもな……。竜騎学舎の生徒は皆竜騎士に成るべく、そこへ通っている。そして、竜騎士への任命権は国王並びに王族のみが持つ。正式な手順で、正式に竜騎士に成る。ただ、それだけの事だ。そこに一体に何の問題があるというのだ?」
「大ありだ! 彼等はまだ、卒業の時期を迎えていない。それなのに、なぜ、今なのだ! 貴様が殿下に上訴したのは知っている。詳しく話してもらうぞ!」
ヴェルノは息を荒げながら、アレックスに詰め寄る。
「耳が早いな。緊急時故、前倒しで竜騎士に成ってもらっただけだ。有事の際はこのような事はあり得る。そうであったはずだが?」
「緊急? やはりアキュラスの件か!?」
「その通りだが?」
「貴様! 新兵をいきなり戦場に送り出すつもりか!? どういうつもりだ!?」
ヴェルノは大きく怒鳴る。それにアレックスは呆れたように溜め息を付く。
「一つ一つ説明せねば分からぬのか?
今、バリオスが南下し、港を一つ落とされた。防衛の要である白雪竜騎士団も居ない。なら、新たに竜騎士団を結成する必要がある。よって、竜騎学舎から竜騎士を募り、新たな竜騎士団を結成することに成った。それだけだが?」
「そんなことは分かっている。その竜騎士団がなぜ竜騎学舎の生徒から選ばれなければならないのかと聞いているんだ! 今まで通り、各竜騎士団から竜騎士を集めれ良いではない!」
ヴェルノの切り返しに、アレックスはまた溜め息を吐く。
「これから季節は冬となる。寒くなってからでは、こちらの進攻は難しくなり、相手が地盤を築くのに十分な時間を与えてしまう。そうなってはバリオスを取り戻すのが難しくなる。そうなる前に動くためには、王都に居る竜騎学舎の生徒から竜騎士を選定する必要があった。故に、それを選択した。
あなたは、バリオスを受け渡せと言うのかな?」
「それは……」
アレックスの切り返しにヴェルノは押し黙る。
「彼等はまだ若い……。いきなり、このような戦場に送り出すのは、荷が重いと思われますが……」
一度押し黙るが、それでもヴェルノは食い下がる。
「若いか……。竜騎学舎の入学年齢は十五歳から。十五歳であるなら、私兵として戦場に立つものもいる。若いと言う年齢ではないと思われるが?」
「私兵として戦場に立つのと、竜騎士として戦場に立つのでは、背負うべき責任に差があります。同じ物差しで測るものではない!」
「なるほど、確かにその通りかもしれないな。だが、この時期であれば、竜騎学舎の生徒は、必要とされている知識をすべて習得している事になっているはずだが? なら、何の問題も無いと思われるが?
それとも、あなたは手御抜いていたのか?」
「そのような事は、断じてない!」
「なら、あなたの生徒は十分それに耐えうるのではないのか? 私はあなたを優秀な竜騎士であり、優秀な教官だと信頼しているつもりだ。その優秀な教官の下で鍛えられた竜騎士であるのなら、任をこなせると考えていますが?」
再びの切り返しに、ヴェルノは再度押し黙る。そして、しばらく黙りこんだ後、視線をリディアの方へと向ける。
「リディア。お前にも書状が来たはずだ。お前はそれに従うのか?
もしお前が、まだ戦場に立つ覚悟がないと言うのなら、俺は、お前達生徒を守るために直訴するつもりだ」
抱えた怒りを抑え付けるようにしてヴェルノが尋ねて来る。
リディアは再び迷う。
本当にこのまま竜騎士に成ってよいのだろうか? 自分にそれが出来るだけの力があるのだろうか?
一瞬、頭に一人の男の背中を思い浮かべる。戦場に旅立ち、消えて行った男の背中。
そして、見た事も無い血塗られた別の騎士の姿が思い浮かべる。『竜殺し』。
自分は何を迷っていたのだろうか? 答えなど最初から決まっていたではない。自分はずっとそれを望んできたはずだ。
「私は、戦士です。戦士としての私の力が望まれたのなら、それを断る理由などありません。私は、戦います」
リディアは静かに答えを返す。
ヴェルノはそれに大きく驚き、それから少し悲しそうな表情を浮かべる。
「そうか、分かった……」
ヴェルノは小さく頷く。
「納得してくれたようだな」
「納得はした。だが、すべてに納得したわけでは無い。俺達竜騎学舎の講師には、自分の生徒を守る義務がある。たとえ正規の手順を踏んだものであろうと、彼等は俺達の生徒だ。それは変わらない。もし、彼等の身に理不尽があったのなら、俺は黙ってはいないぞ。その事だけは覚えておけ」
「分かった。心得ておこう」
最後に、ギロリとアレックスを睨みつけ、それからヴェルノは退出していった。
「話は以上だ。お前も下がってくれ」
ヴェルノが退出するのを見届けると、アレックスはそう告げる。
「はい。失礼しました」
リディアはそれに従い、ヴェルノに続き、アレックスの執務室から退出していく。
先ほどまでリディアの胸の奥で疼いていた焦燥感が、少しだけ薄らいだ気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる