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第二章「灰の竜と黒の竜騎士」
第15話「地下に住む者達」
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アーネスト目の前――暗い夜闇に閉ざされた山の斜面、ごつごつとした岩肌の上に一人の小さな少女が倒れこむ。
銀色の髪を大きく広げ、力なくパタリと倒れる。後姿からでは表情は見えない。
少女の頭の辺りから銀の髪を赤く染め、ゆっくりと赤黒い血だまりが広がる。血だまりは、少女の身体を浸しアーネストの足元まで伸びてくる。それでも、勢いが止まる事は無く、ついにはアーネストの足を浸す。
目の前の光景が何を意味するものなのか、考えたくなくとも想像できてしまう。そして、それを肯定するかのように、少女の身体は冷たい彫像のように動くことは無かった。
「ア、ル……」
目の前で倒れる少女の名を呼ぼうとした。けれど、身体が竦み、声が出ない。
もうこんな事はごめんだと思っていた。けれど、また自分のミスで目の前の状況を作り出してしまった。その事が怖く、恐ろしかった。
少女の身体がゆっくりと動き出す。それはまるで人形が糸に引かれ動く様に、とても人らしくない動きで、動き出す。
身体を起こし、立ち上がりアーネストの方へと向く。顔は俯き、表情は見えない。
そして、わずかに見える口元をゆっくりと動かし、何かを告げる。
『は、や、く、ど、け!!』
大きな衝撃が腹を打ち、アーネストの身体は大きく吹き飛ばされたのだった。
* * *
強烈な痛みと共に、肺の中の空気が吐き出され喉が詰まる。そして、突き飛ばされた身体は固い地面へと打ち付けられる。
その痛みによってアーネストの意識が現実へと引き戻される。
「起きたか?」
聞きなれたアルミメイアの声が耳に届く。
アーネストは痛みで涙の浮かんだ目を開ける。けれど視界は深い闇に閉ざされ、何も見る事は出来なかった。
「悪い、何も見えまい……」
アーネストの声に、誰かが小さくため息を付く。そして、その直ぐ後に松明ほどの小さな明かりが灯される。『灯り』の魔法だろう。
「これで見えるか?」
明かりの向こうでアルミメイアは、倒れたままのこちらを覗きこむようにして立っていた。
その姿は、先ほど見たものとは異なり血の跡などは何処にもない姿だった。夢だったのだろうか?
けれど、あの時見た、頭を撃ち抜かれる光景は現実だったはずだ。その跡さえ見られなかった。
「どうかしたか?」
呆けた表情を浮かべるアーネストを見て、アルミメイアは眉を寄せる。
「お前……頭は……え?」
いま目にしているものは現実なのかと、判断が付かなくなり困惑する。
「ああ、悪い。油断してた。『竜殺し』は予想してたけど『潜伏』の魔導具を用意してるとは思わなかった。おかげでまったく気付けなかったよ」
矢を受けたであろう辺りを手でさすりながら、アルミメイアは答える。
「お前……大丈夫なのか?」
アーネストは立ちあがりアルミメイアの頭を引き寄せ、傷を自分の目で確認する。そこには傷らしい傷は見当たらなかった。
「言っただろ、怪我は大した事ないって。というか、あんなもの怪我の内に入らない」
アーネストの手を嫌そうに振り払い、アルミメイアは少し怒ったような声で答えた。
けれどそれで安心しろというのは無理な話だった。竜であるアルミメイアの打たれ強さなど、人であるアーネストに分かりようがなかった。その上、矢で頭を射抜かれ人間がただで済むはずなどは無く、心配するなというのが無理な話だった。
未だに不安そうな表情を浮かべるアーネストに、少しだけ残悪感を抱いたのか、アルミメイアはそっと視線を外す。
「悪かった。危険だと言ったお前の言葉を無視して……まさか、人の身体がここまで軟だとは思わなかったんだ。今度からは気を付ける」
アルミメイアは小さく謝罪の言葉を口にする。
「俺も、悪かった。もっと周りに気を配るべきだった……」
アルミメイアの謝罪に、アーネストも謝罪を返す。今回は無事であったから良いものの、他の相手であったならただでは済まない事には変わりない。改めて自分の未熟さを自覚し、変えるよう言い聞かせる。
「ま、今回はお互い様という事で良いじゃないか、どっちも無事なわけだし」
アルミメイアは再びアーネストに視線を戻し、笑顔を向ける。アーネストもそれに釣られ、軽く笑みを浮かべる。
「それにしても、ずいぶんと下まで落とされたな」
アルミメイアは闇に閉ざされた宙を見上げ、呟く。アーネストもそれに倣い上を見上げる。
頭上に天井は無く、裂けた岩の様な急斜面が永遠と続いていた。山の大きな裂け目の底に落ちてしまったようだった。
「もしかして、助けてくれたのか?」
先の見えないほどの距離のある頭上を見上げ、落下してなお無傷な事に気付きアーネストは尋ねる。
「当たり前だろ」
少し呆れた様な声でアルミメイアは答える。
「そうか、ありがとう」
「お互い様だと言っただろ」
アーネストが感謝の言葉を口にすると、アルミメイアは照れくさそうに視線を逸らした。
「で、どうするんだ? この狭さだと変身を解いて飛ぶなんて事は出来ないぞ」
そして、はぐらかすように辺りを見回し尋ねてきた。
アーネストも辺りを確認する。アルミメイアの言うとおり、アーネストが落ちた場所は非常に狭く、とてもではないがアルミメイアの元の姿が収まるような幅はなかった。かといって急な斜面を、何の装備も無く昇るのは難しそうであった。
残る手段は裂け目にそって進み、登れそうな斜面を探すくらいだ。
「というか、ここ……」
辺りを見回し、アーネストはある事に気付いた。アーネストとアルミメイアが落ちた裂け目の底は、自然物でない人工的な空間につながっていた。
天井は崩れているが、床と壁は綺麗に舗装され、崩れないように木材を金属で補強された枠組みが等間隔に配置され、全体を補強していた。それはまるで、鉱山の坑道のような作りだった。
「坑道……か?」
「この辺りに鉱山とかあったのか?」
「いや、詳しくは知らないけど……けど、昔はこの辺りにドワーフの一部族が住んでいた時期があったはずだから、おそらくその時のものだと思う」
記憶にある情報を探りながら、ここが何であり、いつ作られたものか、おおよそを考える。ドワーフの様に一目見ただけで、ここがどれ程古いものなのかはっきりとは判らないが、それでもかなり古いもので有る事は判断できた。それによって、アーネストはそうであると結論づける。
「ドワーフの坑道……けど、これは……」
アーネストの答えを聞いたアルミメイアは、何か思うところが有るのか少し考える様に目を細めた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない。でもよかったじゃないか、鉱山の坑道なら地上につながっているはずだろ。なら、それを探そう」
アルミメイアは直ぐに考えを断ち切ったのか、表情を変え提案する。
「そうだな。すぐ見つかるといいが……」
辺りを見回し、真っ直ぐと続く横道の両方の先に目を向ける。どちらも距離に対して明かりが弱く、先は闇に閉ざされていた。それが、ここを抜けるのにどれほど時間を要するのかと不安を誘った。
そして、結論を決め移動を始めようとしたときだった。
何処からか固い地面を叩く、カツカツという小さな音が聞こえてきた。それも一つではなく複数聞こえた。その音は徐々にアーネスト達の傍へと近付いて来て、その音の正体をアーネスト達の前に晒した。
その音の主は、小さな二足歩行の蜥蜴の様な姿をした亜人種だった。コボルドと呼ばれる亜人種だ。
コボルドはそれぞれ石や鉄鉱石を加工して作られたような、少し作りの荒い槍や弓矢を手にし、まるでアーネスト達を外敵であるかように取り囲み、武器を向けた。その数、見た限りで三十匹ほど。かなり多く数だった。
「バンズリッグ、ダー、デーリヴ……ヴァルズ……」
武器を向けるコボルド達から声が聞える。何かを訴えているのだろうか? 人とは違う独自の言葉を話す彼らの言葉をアーネストには理解することは出来なかった。
けれど、彼らの黄金色の瞳からは戸惑いと警戒、そして憎悪を見ることができ、嫌な空気を感じることができた。
コボルドは小さく力も弱い。それでもこの数のコボルドから一斉に矢を受ければひとたまりもない。
それをアルミメイアも感じ取ったのか、身体をアーネストの傍に寄せる。
「ド、ドリード……ズローデン、ドリード」
警戒の色を見せるコボルドの間で言葉が広がっていく、そして
「ズヴェンド!」
と何処からか声が上がった。その声は一気にコボルドたちの間に広がり、多くの者達が同様の声を上げる。
「アーネスト、逃げるぞ。合図したら目を閉じて後に全力で走ってくれ」
コボルド達の間でどんな言葉が交わされているのか理解できず、対応を決めかねていると、アルミメイアが小さくそう告げた。
「え?」
「今だ!」
アルミメイアの掛け声と同時に、コボルドたちは「ズヴェンド!」という掛け声と共に踏み出し襲い掛かろうとして来た。そして、それと同時にアルミメイアが灯していた『灯り』の魔法の光が大きく弾け、辺りを強く真っ白に染め上げる。
アーネストはとっさに目を閉じる。それでも光は遮断しきれず瞼の裏を赤く焼く。
「こっちだ!」
アルミメイアの声と共に手が惹かれる。アーネストはそれに逆らわず走り出した。
* * *
暗く先の見えない坑道を、アルミメイアの灯し直した『灯り』の光を頼りに走る。背後からは、コボルド達のものと思われる足音が響く。
右へ、左へ。コボルド達から逃げる様に坑道を突き進む。
「ガウ、ガウ」
と辺りから響き、コボルド達が追ってきているのが分かる。全力で走っているのに関わらず一向に距離が開いている様には思えない。
「は、早いな」
舌を噛まないようにしながら零す。
「もうすぐだ」
前を走るアルミメイアが答え、すぐ前の横道を曲がる。
何処をどう進むか考える時間は無い。目の前のアルミメイアがどこへ向かっているかは分からない。けれど提案も反論もする暇は無く、アーネストはアルミメイアが曲がった通路を曲がり、後を追う。
そして、真っ直ぐ長い通路を抜け――大きな部屋へと転がり込んだ。そこで、ようやくアルミメイアは足を止た。アーネストもそれに続き足を止め大きく息を付く。
全力で走り息が荒い、それをどうにか落ち着かせようと大きく呼吸する。
後を追っているコボルド達の足音は、いまだに聞こえているがこちらへ向かてくる気配は無くなっていた。
「だ、大丈夫なのか?」
抜けてきた通路に目を向け、粗い息を整えながら尋ねる。
「たぶん、ここへは来ないと思う」
アルミメイアは何の根拠もなさそうな答えを返してきた。
とりあえずコボルド達が来ない事を確認し、アーネストは冷たい地面に腰を降ろした。
「なんだって……こんな」
「私達は彼らの領域に、勝手に踏み込んだ部外者だ。敵だと思われても仕方ないだろ」
「そう、だけどさ……あんな数のコボルドが居るなんて……聞いてないぞ」
先ほど見たコボルドの数は、見えただけで三十近く見えた。足音からはその倍以上いる様に思えた。そのような数のコボルドが集団で生息していたのなら、何らかの報告なり、話が出ているはずだ。そのような話を、アーネストが知る限り聞いたことは無かった。
「聞いてなかったとしても、ここは彼らの領域だ」
「なんだって、こんなところに……」
人が多く住む地から離れた山奥、そのような土地にコボルドがいる事はそれほど珍しい事ではない。けれど、先ほどの様な大規模な部族や集団では食量子調達が難しくなり、多く場合は人里近くに移動する。このような土地にいる事は珍しかった。
そもそも、基本的にコボルド達は集団で生活するが、大規模な集団を作る場合は、強力な指導者の元に集うなど、それなりの理由があるはずだった。当然、そういった話をアーネストは知らない。
息を落ち着けながらアーネストは辺りを見回す。
広々とした空間。アーネスト達が逃げ込んだ場所は、坑道の中でも特別な場所らしく、非常に緻密で綺麗な造りだった。
歪みなく垂直に整えられた床と壁。壁を埋め尽くすように刻まれた緻密な装飾。そして、部屋の最奥に安置された巨大な竜の石像。この部屋ははまるで、この地に住んでいたと言われる『灰の竜』祀るために作られた大規模な礼拝堂の様な造りだった。
(灰の竜……まさか)
コボルドは同じ鱗を持つ者として竜を強く信奉すると言われ、竜に仕える者達という伝説なんかもある。もしかしたら、強力な悪竜である『灰の竜』を強く信奉していたのかもしれない。その集まりが彼らなのかもしれない。
けれどそれなら『灰の竜』はすでに死亡してなお、コボルド達がこの地に留まっているのが不思議だった。
「ここは……竜の領域だ」
アーネストとは対照的に、一切息を切らさず立っていたアルミメイアは、部屋の最奥に安置された竜の石像を睨みながら、まるでアーネストの疑問に答える様に、そう告げた。
『良く判ってるじゃないか。人間』
アルミメイアの声に、何処からか答えが返ってきた。低く、重たい声。声は部屋全体を反響し、届いた。
「なら、許可なく踏み込んだのならどうなるか、理解してるんだろうなぁ? 人間」
ゆっくりとその声の主は動いた。大きな身体を持ち上げ、首を上げ、黄金色の鋭い瞳をこちらへと向けた。部屋の最奥、石像だと思ったものがゆっくりと立ち上がったのだった。
それは岩の様なごつごつとした、灰色の鱗に覆われた竜の姿だった。
銀色の髪を大きく広げ、力なくパタリと倒れる。後姿からでは表情は見えない。
少女の頭の辺りから銀の髪を赤く染め、ゆっくりと赤黒い血だまりが広がる。血だまりは、少女の身体を浸しアーネストの足元まで伸びてくる。それでも、勢いが止まる事は無く、ついにはアーネストの足を浸す。
目の前の光景が何を意味するものなのか、考えたくなくとも想像できてしまう。そして、それを肯定するかのように、少女の身体は冷たい彫像のように動くことは無かった。
「ア、ル……」
目の前で倒れる少女の名を呼ぼうとした。けれど、身体が竦み、声が出ない。
もうこんな事はごめんだと思っていた。けれど、また自分のミスで目の前の状況を作り出してしまった。その事が怖く、恐ろしかった。
少女の身体がゆっくりと動き出す。それはまるで人形が糸に引かれ動く様に、とても人らしくない動きで、動き出す。
身体を起こし、立ち上がりアーネストの方へと向く。顔は俯き、表情は見えない。
そして、わずかに見える口元をゆっくりと動かし、何かを告げる。
『は、や、く、ど、け!!』
大きな衝撃が腹を打ち、アーネストの身体は大きく吹き飛ばされたのだった。
* * *
強烈な痛みと共に、肺の中の空気が吐き出され喉が詰まる。そして、突き飛ばされた身体は固い地面へと打ち付けられる。
その痛みによってアーネストの意識が現実へと引き戻される。
「起きたか?」
聞きなれたアルミメイアの声が耳に届く。
アーネストは痛みで涙の浮かんだ目を開ける。けれど視界は深い闇に閉ざされ、何も見る事は出来なかった。
「悪い、何も見えまい……」
アーネストの声に、誰かが小さくため息を付く。そして、その直ぐ後に松明ほどの小さな明かりが灯される。『灯り』の魔法だろう。
「これで見えるか?」
明かりの向こうでアルミメイアは、倒れたままのこちらを覗きこむようにして立っていた。
その姿は、先ほど見たものとは異なり血の跡などは何処にもない姿だった。夢だったのだろうか?
けれど、あの時見た、頭を撃ち抜かれる光景は現実だったはずだ。その跡さえ見られなかった。
「どうかしたか?」
呆けた表情を浮かべるアーネストを見て、アルミメイアは眉を寄せる。
「お前……頭は……え?」
いま目にしているものは現実なのかと、判断が付かなくなり困惑する。
「ああ、悪い。油断してた。『竜殺し』は予想してたけど『潜伏』の魔導具を用意してるとは思わなかった。おかげでまったく気付けなかったよ」
矢を受けたであろう辺りを手でさすりながら、アルミメイアは答える。
「お前……大丈夫なのか?」
アーネストは立ちあがりアルミメイアの頭を引き寄せ、傷を自分の目で確認する。そこには傷らしい傷は見当たらなかった。
「言っただろ、怪我は大した事ないって。というか、あんなもの怪我の内に入らない」
アーネストの手を嫌そうに振り払い、アルミメイアは少し怒ったような声で答えた。
けれどそれで安心しろというのは無理な話だった。竜であるアルミメイアの打たれ強さなど、人であるアーネストに分かりようがなかった。その上、矢で頭を射抜かれ人間がただで済むはずなどは無く、心配するなというのが無理な話だった。
未だに不安そうな表情を浮かべるアーネストに、少しだけ残悪感を抱いたのか、アルミメイアはそっと視線を外す。
「悪かった。危険だと言ったお前の言葉を無視して……まさか、人の身体がここまで軟だとは思わなかったんだ。今度からは気を付ける」
アルミメイアは小さく謝罪の言葉を口にする。
「俺も、悪かった。もっと周りに気を配るべきだった……」
アルミメイアの謝罪に、アーネストも謝罪を返す。今回は無事であったから良いものの、他の相手であったならただでは済まない事には変わりない。改めて自分の未熟さを自覚し、変えるよう言い聞かせる。
「ま、今回はお互い様という事で良いじゃないか、どっちも無事なわけだし」
アルミメイアは再びアーネストに視線を戻し、笑顔を向ける。アーネストもそれに釣られ、軽く笑みを浮かべる。
「それにしても、ずいぶんと下まで落とされたな」
アルミメイアは闇に閉ざされた宙を見上げ、呟く。アーネストもそれに倣い上を見上げる。
頭上に天井は無く、裂けた岩の様な急斜面が永遠と続いていた。山の大きな裂け目の底に落ちてしまったようだった。
「もしかして、助けてくれたのか?」
先の見えないほどの距離のある頭上を見上げ、落下してなお無傷な事に気付きアーネストは尋ねる。
「当たり前だろ」
少し呆れた様な声でアルミメイアは答える。
「そうか、ありがとう」
「お互い様だと言っただろ」
アーネストが感謝の言葉を口にすると、アルミメイアは照れくさそうに視線を逸らした。
「で、どうするんだ? この狭さだと変身を解いて飛ぶなんて事は出来ないぞ」
そして、はぐらかすように辺りを見回し尋ねてきた。
アーネストも辺りを確認する。アルミメイアの言うとおり、アーネストが落ちた場所は非常に狭く、とてもではないがアルミメイアの元の姿が収まるような幅はなかった。かといって急な斜面を、何の装備も無く昇るのは難しそうであった。
残る手段は裂け目にそって進み、登れそうな斜面を探すくらいだ。
「というか、ここ……」
辺りを見回し、アーネストはある事に気付いた。アーネストとアルミメイアが落ちた裂け目の底は、自然物でない人工的な空間につながっていた。
天井は崩れているが、床と壁は綺麗に舗装され、崩れないように木材を金属で補強された枠組みが等間隔に配置され、全体を補強していた。それはまるで、鉱山の坑道のような作りだった。
「坑道……か?」
「この辺りに鉱山とかあったのか?」
「いや、詳しくは知らないけど……けど、昔はこの辺りにドワーフの一部族が住んでいた時期があったはずだから、おそらくその時のものだと思う」
記憶にある情報を探りながら、ここが何であり、いつ作られたものか、おおよそを考える。ドワーフの様に一目見ただけで、ここがどれ程古いものなのかはっきりとは判らないが、それでもかなり古いもので有る事は判断できた。それによって、アーネストはそうであると結論づける。
「ドワーフの坑道……けど、これは……」
アーネストの答えを聞いたアルミメイアは、何か思うところが有るのか少し考える様に目を細めた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない。でもよかったじゃないか、鉱山の坑道なら地上につながっているはずだろ。なら、それを探そう」
アルミメイアは直ぐに考えを断ち切ったのか、表情を変え提案する。
「そうだな。すぐ見つかるといいが……」
辺りを見回し、真っ直ぐと続く横道の両方の先に目を向ける。どちらも距離に対して明かりが弱く、先は闇に閉ざされていた。それが、ここを抜けるのにどれほど時間を要するのかと不安を誘った。
そして、結論を決め移動を始めようとしたときだった。
何処からか固い地面を叩く、カツカツという小さな音が聞こえてきた。それも一つではなく複数聞こえた。その音は徐々にアーネスト達の傍へと近付いて来て、その音の正体をアーネスト達の前に晒した。
その音の主は、小さな二足歩行の蜥蜴の様な姿をした亜人種だった。コボルドと呼ばれる亜人種だ。
コボルドはそれぞれ石や鉄鉱石を加工して作られたような、少し作りの荒い槍や弓矢を手にし、まるでアーネスト達を外敵であるかように取り囲み、武器を向けた。その数、見た限りで三十匹ほど。かなり多く数だった。
「バンズリッグ、ダー、デーリヴ……ヴァルズ……」
武器を向けるコボルド達から声が聞える。何かを訴えているのだろうか? 人とは違う独自の言葉を話す彼らの言葉をアーネストには理解することは出来なかった。
けれど、彼らの黄金色の瞳からは戸惑いと警戒、そして憎悪を見ることができ、嫌な空気を感じることができた。
コボルドは小さく力も弱い。それでもこの数のコボルドから一斉に矢を受ければひとたまりもない。
それをアルミメイアも感じ取ったのか、身体をアーネストの傍に寄せる。
「ド、ドリード……ズローデン、ドリード」
警戒の色を見せるコボルドの間で言葉が広がっていく、そして
「ズヴェンド!」
と何処からか声が上がった。その声は一気にコボルドたちの間に広がり、多くの者達が同様の声を上げる。
「アーネスト、逃げるぞ。合図したら目を閉じて後に全力で走ってくれ」
コボルド達の間でどんな言葉が交わされているのか理解できず、対応を決めかねていると、アルミメイアが小さくそう告げた。
「え?」
「今だ!」
アルミメイアの掛け声と同時に、コボルドたちは「ズヴェンド!」という掛け声と共に踏み出し襲い掛かろうとして来た。そして、それと同時にアルミメイアが灯していた『灯り』の魔法の光が大きく弾け、辺りを強く真っ白に染め上げる。
アーネストはとっさに目を閉じる。それでも光は遮断しきれず瞼の裏を赤く焼く。
「こっちだ!」
アルミメイアの声と共に手が惹かれる。アーネストはそれに逆らわず走り出した。
* * *
暗く先の見えない坑道を、アルミメイアの灯し直した『灯り』の光を頼りに走る。背後からは、コボルド達のものと思われる足音が響く。
右へ、左へ。コボルド達から逃げる様に坑道を突き進む。
「ガウ、ガウ」
と辺りから響き、コボルド達が追ってきているのが分かる。全力で走っているのに関わらず一向に距離が開いている様には思えない。
「は、早いな」
舌を噛まないようにしながら零す。
「もうすぐだ」
前を走るアルミメイアが答え、すぐ前の横道を曲がる。
何処をどう進むか考える時間は無い。目の前のアルミメイアがどこへ向かっているかは分からない。けれど提案も反論もする暇は無く、アーネストはアルミメイアが曲がった通路を曲がり、後を追う。
そして、真っ直ぐ長い通路を抜け――大きな部屋へと転がり込んだ。そこで、ようやくアルミメイアは足を止た。アーネストもそれに続き足を止め大きく息を付く。
全力で走り息が荒い、それをどうにか落ち着かせようと大きく呼吸する。
後を追っているコボルド達の足音は、いまだに聞こえているがこちらへ向かてくる気配は無くなっていた。
「だ、大丈夫なのか?」
抜けてきた通路に目を向け、粗い息を整えながら尋ねる。
「たぶん、ここへは来ないと思う」
アルミメイアは何の根拠もなさそうな答えを返してきた。
とりあえずコボルド達が来ない事を確認し、アーネストは冷たい地面に腰を降ろした。
「なんだって……こんな」
「私達は彼らの領域に、勝手に踏み込んだ部外者だ。敵だと思われても仕方ないだろ」
「そう、だけどさ……あんな数のコボルドが居るなんて……聞いてないぞ」
先ほど見たコボルドの数は、見えただけで三十近く見えた。足音からはその倍以上いる様に思えた。そのような数のコボルドが集団で生息していたのなら、何らかの報告なり、話が出ているはずだ。そのような話を、アーネストが知る限り聞いたことは無かった。
「聞いてなかったとしても、ここは彼らの領域だ」
「なんだって、こんなところに……」
人が多く住む地から離れた山奥、そのような土地にコボルドがいる事はそれほど珍しい事ではない。けれど、先ほどの様な大規模な部族や集団では食量子調達が難しくなり、多く場合は人里近くに移動する。このような土地にいる事は珍しかった。
そもそも、基本的にコボルド達は集団で生活するが、大規模な集団を作る場合は、強力な指導者の元に集うなど、それなりの理由があるはずだった。当然、そういった話をアーネストは知らない。
息を落ち着けながらアーネストは辺りを見回す。
広々とした空間。アーネスト達が逃げ込んだ場所は、坑道の中でも特別な場所らしく、非常に緻密で綺麗な造りだった。
歪みなく垂直に整えられた床と壁。壁を埋め尽くすように刻まれた緻密な装飾。そして、部屋の最奥に安置された巨大な竜の石像。この部屋ははまるで、この地に住んでいたと言われる『灰の竜』祀るために作られた大規模な礼拝堂の様な造りだった。
(灰の竜……まさか)
コボルドは同じ鱗を持つ者として竜を強く信奉すると言われ、竜に仕える者達という伝説なんかもある。もしかしたら、強力な悪竜である『灰の竜』を強く信奉していたのかもしれない。その集まりが彼らなのかもしれない。
けれどそれなら『灰の竜』はすでに死亡してなお、コボルド達がこの地に留まっているのが不思議だった。
「ここは……竜の領域だ」
アーネストとは対照的に、一切息を切らさず立っていたアルミメイアは、部屋の最奥に安置された竜の石像を睨みながら、まるでアーネストの疑問に答える様に、そう告げた。
『良く判ってるじゃないか。人間』
アルミメイアの声に、何処からか答えが返ってきた。低く、重たい声。声は部屋全体を反響し、届いた。
「なら、許可なく踏み込んだのならどうなるか、理解してるんだろうなぁ? 人間」
ゆっくりとその声の主は動いた。大きな身体を持ち上げ、首を上げ、黄金色の鋭い瞳をこちらへと向けた。部屋の最奥、石像だと思ったものがゆっくりと立ち上がったのだった。
それは岩の様なごつごつとした、灰色の鱗に覆われた竜の姿だった。
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【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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