正しい竜の育て方

夜鷹@若葉

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第二章「灰の竜と黒の竜騎士」

第21話「選ぶべき選択」

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 暫くの間鳴り響いていた、見張り台から鐘の音が鳴りやむ頃には、林間学習用の宿舎に併設された運動場に、装備を整えた生徒達全員が集まり整列していた。

 生徒達は皆、詳しく状況認識が出来ておらず、訓練であると思っているものが多くいるのか、緊張感に乏しく起き抜けとあって眠たそうな表情をしていた。

 そんな生徒達の列の中、リディアもまた訓練通り装備を整えた状態で立っていた。

 何が起きているのか分からない事。そんな中、竜騎士としてどう動けばいいか判らない事。そして、やるべき事を今度こそできるかという不安から、リディアの表情は浮かないものだった。

 訓練通り整列してから少しすると皆に指示を飛ばすため、ヴェルノが生徒達の列の前に立った。


「おっし、お前ら、全員揃っているな!」

 ざっと生徒達に目を向けながら、鋭く大きな声でヴェルノは告げる。その声によって、授業の時の緊張感を思い出したのか、生徒達の表情が少しだけ固くなる。

 生徒達のその反応を見て、ヴェルノは「いい反応だ!」と小さく笑う。そして、

「まず、先に言っておくぞ! 今お前らを叩き起こしたのは訓練の為じゃ無い! いいか! これは訓練じゃね! いつまでも訓練気分で居ると怪我では済まねえぞ! 分かったか!!」

 生徒達に対して、怒鳴るようにそう告げた。

 それによって生徒達は今まで以上に緊張感を強める。とりわけ林間学習が二度目以降であり、カリキュラムをある程度把握し、ヴェルノの言動を良く知る二年次以降の生徒は、その言葉の意味を強く認識し、緊張を強め、それに感化されるように一年次の生徒達の間にもより一層強い緊張が走る。

 生徒達の表情が変わるのを一通り眺めると、ヴェルノは再び口を開く。

「では、現状を伝える。
 今、この地に住む飛竜達が群れを作り、山を下り始めた。どこへ向かい、何がしたいかはまだ分かってねえ。だか、進みながら、同時に周囲の村々を襲い始めている――」

 ヴェルノの報告を聞くと、生徒達の間にざわめきが走る。「飛竜は刺激しなければ人を襲わない」それがマイクリクス王国での常識で、飛竜達が能動的に人の住む村を襲うことなどない事が当たり前だった。それだけに、飛竜が人の村を襲ったという報告は生徒達に大きな衝撃と戸惑いを与えた。

 どよめく生徒達をヴェルノは一睨みして、黙らせる。

「安心しろ。今はまだ、飛竜達はこちらを標的としていない」

 ヴェルノの言葉に生徒達はほっと安堵の息を漏らす。

「だが、いずれ標的にしないとも限らない。だから! まだ眠てぇ顔して奴はとっとと目を覚ませ!」

 再びヴェルノが怒鳴る。その声によって、さすがに眠気を顔に出すものはいなくなる。

「よし、それじゃあ、これからどう動くかを説明する。
 奴らはまだこちらを標的にしてはいない。だから今すぐどうこう成る事は無い。だが、外では村が襲われている。当然そこには人が住んでいる。その住人の救護、避難の誘導を行う」

 ヴェルノの指示を聞くと生徒達の間に、小さなざわめきが走る。そして、一人の生徒がゆっくりと手を上げ、質問がある意志を示す。それにヴェルノは視線で「話せ」と促す。

「か、彼らは我々に危害を加えました。よって彼らは反乱分子です。彼らの為に動く理由はありません」

 生徒は恐る恐るとそう告げる。

 昨日有った授業での事故。それによって数人の生徒が大怪我を負った。その結果でさえ、幸運と呼べるものだったほど、危ない事故だった。それを、周辺の住民は故意に起こさせたのだ。反乱分子と取られてもおかしくない行為だった。

「確かに彼らは、俺達に危害を加えた。反乱分子と取れるかもしれない。だが、それを判断するのは俺達じゃない。統治者である国王だ。国王はまだ彼らを反乱分子とする決定を下していない。なら、彼らはこの国の国民だ。そして、俺達は竜騎士だ。なら、俺達には国民を守る義務、使命がある」

 ヴェルノの返答に生徒は口を閉ざし、不満そうな表情を浮かべる。理解は出来ても、納得は出来ない。そんな表情だった。

「俺も戦場で仲間や部下を失った事がある。だから、お前達の怒りも理解できる。無理に受け入れとは言わん。だから、この任務に全員が参加する必要はない。やる気があるものだけで構わない。
 だが、これだけは覚えておけ。竜騎士としてやっていくなら、時として納得のいかない命令や決断が下される事がある。そんなとき、それを受け入れられない様では困る時がある。戦場での迷いは、死を招く。貴様ら竜騎士の死は、王国に大きな損失をもたらし、守るべき国民、使えるべき主の命を脅かすことに成る。
 今すぐそれを求める事はしない。だから、やる気の有る者は前に出ろ」

 ヴェルノは言い切ると息を付き、少しの間生徒達の反応を待つ。生徒達はざわざわと言葉を交わし、困惑し、辺りの反応を待つ。

 しばらくすると、生徒の列の中から、数人抜け出しヴェルノの前に立つ。ヴェルノはそれを見て小さく笑う。

「おっし。お前らは俺の指示の元、救護任務だ」

「「はい!」」

 ヴェルノの前に立ち、ヴェルノの指示を聞いた生徒は大きな答えで返事を返す。

「残りの者は、この場所の防備を固めろ。まだこちらを標的としていないとはいっても、奴らが来ないとも限らん。どう動くべきかは訓練でやったはずだ。後の指示はハンクの指示に従え。以上だ」

「「はい」」

 ヴェルノの指示を聞くと残りの生徒全員は大きな返事を返し、その場を離れ訓練通り動き始める。


 バタバタと動き始める生徒達の中、リディアは直ぐに動くことは無く、その場に佇んでいた。

 訓練は確りと受けている。やるべき事が理解できた。それでも、リディアは直ぐに動くことは無く、そっと自分の手の平を見つめていた。

 このまま他の生徒達にまぎれ、一生徒として動く。それが、今のリディアの取るべき道なのだろうか? どうしてか、そう疑問が沸いた。

 竜騎士として出来る事をやってみる。そう改めて決めた。なら、もっと他にやるべき事があるのではないか? そう思えてしまった。けれど、それを選ぶ勇気が持てなかった。

 ゆっくりと息を吐き、そして覚悟を決める。視線を上げ、運動場から数人の生徒を連れ立ち去って行こうとするヴェルノ姿を捉える。そして、足早にヴェルノの姿を追った。

「せ、先生」

 ヴェルノに追いつくとリディアはすぐさま声をかける。ヴェルノはそれに足を止め、視線を返してくる。

「先生。私も……連れて行ってください」

 少し声を詰まらせながらリディアは言う。ヴェルノはそれに鋭い視線を返し、少しの間試すような視線を寄越す。そして、

「やれるのか?」

 と一言だけ問い返してきた。

 ごく簡単な言葉。けれど、その言葉にはリディアの今の覚悟を試す様な、そんな言葉に思えた。

 リディアは一度息を吸い。

「やれます」

 と澱みなく答えを返した。

「分かった。だが時間が惜しい。全員の準備を待っている時間は無い。だから、俺は先に出る。準備ができ次第、俺を追って飛んでくれ。良いな」

「はい」

「それから、アルフォード。お前に竜銃の使用許可を出す。準備しておけ」

「分かりました」

 指示を出し終えるとヴェルノは踵を返し、竜舎の方へと再び歩き出す。リディアはそれに、ほっと息を付きそれに続いた。


   *   *   *


 バタバタと辺りが騒がしくなり始める。林間学習に参加している、竜騎学舎の講師、それから生徒達がやるべき事を見つけ動始めたのだろう。それに合わせ、竜騎学舎から連れてきた騎竜の世話を行う飼育員達もまた、慌ただしく動き始め、竜舎が騒がしくなり始める。

 飼育員の安全を任されたアーネストは、そんな飼育員に混ざり、竜舎から騎竜を連れ出し、装備を整える仕事の手伝いを行っていた。

 騎竜用の鎧、それから竜騎士用のランス等の準備。飛竜に襲われる可能性がある以上、自衛のために必要となるもので、決して飛竜を討伐するための準備ではない。しかし、それらの装備は普段より重々しく思えてしまった。

 竜騎士と飛竜が戦闘になる。その事が少しだけ怖かった。

「アーネスト……」

 頭に浮かんだ考えを振り払うようにしながら、準備の手伝いに戻ろうとすると、小さく弱々しい声がかかった。

 振り向き、声がした方へ視線を向けると、そこにはアルミメイアが不安そうな表情をこちらへ向けていた。

「どうかしたか?」

 普段あまり見せないアルミメイアのその表情に、少しだけ戸惑いながらアーネストは返事を返す。

「話は……聞いた。これは……飛竜達を討伐するための準備では……無いんだよな」

 鎧などの武装に包まれていく騎竜に目を向けながら、アルミメイアが尋ねてくる。その声は、不安に満たされていた。

「ああ、周辺住民の避難を助けるための出撃だ。飛竜と戦うわけじゃ無い」

 アーネストはアルミメイアに答えを返す。そして、アルミメイアから目を逸らしてしまった。

 アーネストの言葉に、嘘はない。けれど、竜騎士と飛竜との戦闘が起きない可能性はほぼ零に等しく、結果、飛竜の多くを死に至らしめる事になる可能性は高かった。そこまでの想像が出来てしまっていたのだろう。アルミメイアの不安そうな瞳からは、それが読み取れてしまい、それが見ていられなかった。

「飛竜達は……どうなるんだ?」

 アルミメイアの問いかけに、アーネストは表情を少しだけ歪ませる。それをどうにか取り繕う。

 アルミメイアの言葉は、アーネストが無意識のうちに考えないようにしていた言葉だった。

 討伐は今のところ行わない。けれど、それは飛竜達の安全を保障出来るものではなかった。この後飛竜達がどうなるか正確なところは判らない。しかし、どう考えても良い結果を想像することは出来なかった。

 戦闘を行うつもりはないが、戦闘になる可能性は大いにある。戦闘になってしまえば高確率で、竜騎士、飛竜どちらかに死者が出る。そして、飛竜に死者が出てしまえば、飛竜達の群れは竜騎士を、人間を本格的に敵とみなしてしまう。もうすでに敵と見ている可能性もある。そうなってしまった飛竜達を、人の国であるマイクリクス王国に置いておくわけにはいかない。当然そうなれば、飛竜達は討伐対象となり、討伐の為の部隊が送り込まれる。結果、飛竜達が生き残る事は無い。

 そして、もう一つ懸念が有った。飛竜達の詳しい社会体系が分かっていない事だ。飛竜の行動範囲は広く、一つの住処に留まっている事は少ない。マイクリクス王国に複数存在する飛竜達の住処を行き来する飛竜は多くいる。そして、飛竜は知能が高い。一つの飛竜の集団が人を敵と見なした時、その他の飛竜達がどうなるか分からないのだ。人を敵と見なした飛竜が、他の飛竜達と合流した場合、他の飛竜達も人を敵と見なすようになる可能性もある。もしかしたら、すでにそうなっている可能性もあった。


『もう遅い……』


 あの竜の言葉が頭を掠める。その言葉が、どんどんと最悪の想像を呼び込んでいく。

 そんなアーネストの不安をアルミメイアは読み取ってしまったのか、深く顔を伏せた。

「どうにか……ならないのか?」

 アルミメイアの縋るような言葉。

 アーネストはその言葉に返す言葉を見つけられず、言葉を詰まらせる。

「アルミメイア。もし、竜騎士が飛竜を殺した時……飛竜達はどうすると思う?」

 少しでも、自分の頭に浮かんだ想像を振り払いたくて、アーネストは尋ねる。

「どう……だろうな。私は……飛竜ではないから……判らない。けど、何もしないなんてことは……無いと思う」

「もし、ここの飛竜達が人を敵と見なした時。他の飛竜達は……どうすると思う?」

「そんなの分かるわけない……。少なくとも、友好的に接しては、くれないだろうな……」

 アルミメイアの答えは、アーネストの頭に浮かんだ想像を否定してはくれなかった。

「アルミメイア……君に、彼ら飛竜を止める事は出来ないのか?」

 目の前の小さな子供に縋る。そのような事はしたくないと思いながら、その言葉口にせずにはいられなかった。

「無理だよ……私はここの生まれじゃない。それに……ただの子供だ。お前達人間の兵士は、私の様な子供の言葉で、怒りを、剣を収めるのか?」

 アルミメイアの言葉にアーネストは何も言い返せなくなる。

「アーネスト……」

 アルミメイアがアーネストの服の裾を掴んだ。

「私は……どうすればいいんだろうな。……私は、何をすればいい」

 問いかけていた。それに、明確な答えを返す事は出来ないで有ろうと知りながら、アルミメイアは問いかけてきた。何かに縋っていないと不安に押しつぶされてしまう。そう言っている様に聞こえた。

 けれどアーネストは、不安を和らげる言葉さえ口にできなかった。

 どうすればいいか判らないのはアーネストも同じだ。どうするべきか、何をすべきか必死で考える。

 そして、何も出来ない自分に苛立ち、苛立ちのあまり、思い切り竜舎の壁を殴りつける。

 無力な自分が許せない。

 大きな物音で、何事かと辺りの人が手を止めこちらへ目を向けてくる。

 ぐるぐると思考が回る。そして――一つの考えに思い至る。

 それですべてが解決するか判らない。けれど、それに縋るしかない。そう、思えた。

「アルミメイア。君に頼みがある」

「な、何だ?」

 アーネストの言葉に、アルミメイアは顔を上げ、少しだけ明るくなった言葉で返事を返してくる。

「他の飼育員達の警護。任せていいか?」

「えっと……?」

 アーネストの言葉の意味が、良く判らないのか、アルミメイアは首を傾げる。

「俺は……やる事が有る」

 そう告げると、アーネストは何処かを見つめ、肩にかけていた剣のバンドを掛け直す。

「悪い。行ってくる」

 そして、アルミメイアの返事を聞かず、その場から駆け出し、竜舎から離れて行った。


(また、命令無視でヴェルノさんにどやされるな)

 門を抜け、宿舎の敷地から、暗い外へとアーネストは一人駆け出して行った。
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