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零式菩薩改

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ゲータ靴店の悲劇

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 ロンボダルの街に店を構える老舗しにせの靴屋が有る。その家には、二人の娘がいた。姉のネアリスと妹のラビリアである。父の経営する靴屋は繁盛はんじょうしており、二人の娘は、苦労することなどなく育ってきた。最近までの家庭環境は、平穏で幸せな家庭であった……。次女のネアリスの現在の行動を家族の者は、何も知らなかったのだ。
 
 姉のネアリスは、幸せの絶頂である。相思相愛そうしそうあいである騎士であるぺギンと婚約が決まり、結婚の運びとなる予定であるからだ。婚約までの道のりは、険しかった。ぺギンの両親の許しが、なかなか下りなかった。ぺギンの両親は、彼の出世の為には、良い家系との縁談を望んでいた。故に、ネアリスとの関係に反対していたのだ。
 二人は、一度は別れる覚悟を決めた事もある。その時のネアリスの落ち込み用は、ひどいものだ。普段から手伝っていた店の仕事をする気力は無くなり、ふさぎ込む毎日……。
 それを見かねた父のゲータは、ギルド長のカフェオに相談する。カフェオは、過去に騎士団長を務めた経歴がある男。国王にも名を知れた男だ。その彼が、二人の為にぺギンの両親の所へ説得に行って、やっとのこと婚約にぎ着けたのだ。
 
 午後の昼下がり、ティータイムをしていたネアリス宛に手紙が届いた。送り主は、婚約者ぺギンの両親である。何だろう? 結婚式の段取り等の相談であろうか? そんな軽い気持であった彼女は、手紙を読んだ瞬間に放心状態になっていた。手紙の内容は、婚約破棄の内容である。理由は、売春婦をしている妹がいる姉との結婚は、承諾しょうだく出来ないと書かれていた。
 娘達の衝撃の出来事にネアリスの母は、余りのショックで倒れ、寝込んでしまうしまつ。それも悲しみに追い打ちした。ネアリスは泣き叫んでいた。

「ネアルスよ、落ち着くんだ。きっと何かの間違いだよ。ラビリアに限って、売春なんてする訳ないじゃないか。そうだろ?」

 なだめる父の言葉に、落ち着きを取り戻すネアリス。二人は、出かけているラビリアを待って、問いただす事にした。


 *****

 太陽が沈みかかる夕暮れ時のゲータ靴店の店舗前に荷馬車が止まる。するとラビリアが若い男を連れて入って来た。男は、容姿が良く、男前と言う表現が相応ふさわしい。しかし、何処か浮世離うきよばなれしたあやしい雰囲気ふんいきかもし出している。
 ゲータは、ネアリスを呼んだ。とにかく、ラビリアと早く話しがしたかった。ゲータは、ネアリスに届いた手紙の内容をラビリアに話して、本当かどうかをたずねる。

「……本当よ。だって、借金が有るんだもの。この彼が立て替えてくれてるから、早く返すために男達と寝てるのよ。でも、まだまだ返済が足らなくなっちゃったから――ごめんねぇ」

「そんな訳だ。だから足らない分は店の商品を貰っていくぜ」

「何だと!? そんな事は許さんぞ。ラビリア! お前は、なんて娘だ!」 

 姉の悲劇的な婚約破談を聞いても悲しみもせず、売春行為を当たり前の事のように言う娘の態度。怒りの感情を抑えきれないゲータは、ラビリアのほおを平手で引っぱたこうとするも、男に腕を押さえられた。

「ちょっと、お父さん。駄目だよ顔ぶっちゃあ。稼げなくなったら困るだろうが、コラッ!」

「がはっ!」

 男のこぶしのパンチがゲータの腹部をえぐるように入ると、ゲータは、その場に倒れた。ネアリスは、悲鳴を上げて、父に寄り添うように、しゃがみこんで泣きじゃくった。

「ちょっとぉ。父さんは、殴らないでよぉ」

「わーったよ。こうしてやるから許せよ」

 男は、ラビリアの豊満な乳房を右手で鷲掴わしづかむと揉んだ。ラビリアは、『あはん』となまめかしい声を出して喜んでいる。もう、父と姉の前で恥じらう態度などは、感じられなかった。父と姉は、以前は清純な乙女おとめだった妹の変貌へんぼうなげく……。
 
 しばらくすると、ゲータの店の商品は、ラビリアと男によって、容赦ようしゃなく全て荷馬車に運び込まれた。
 幸せだった家族の姿はもう無い。この出来事は、真面目に生きて来たゲータにとって、地獄に落とされた思いであった。




 
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