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遠征軍と未踏の特殊区画と人の悪意
97 未知への跳躍と友情と生存戦略と
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特殊区画【常雨の湿地】への入り口は、14層の大部屋の一つに存在する。
その大部屋は普通の部屋に見えるが、よく目を凝らせば部屋の中央が水たまりになっていることに気付くだろう。
半径5メートルほどの水たまりだ。
水たまりの中央にぽっかりと丸い穴が開いており、穴に向かって水が流れていく。
あっという間に水が流れ落ちて無くなりそうなのに、水たまりの水位が下がることはない。
淀んだ水がどこからともなく湧き出し、暗い穴へ落ちていく。穴の底は見えない。
何も知らなければ、決してそこに飛び込もうなどとは思わないだろう。
【常雨の湿地】が復活したのは、実に数百年ぶりのことだ。
現代の冒険者にとって、この先は未知の空間。
レインベルを拓いた者たちが遺した文献のみが頼りとなる。
コレットはその文献を一字一句違わず暗記していた。
コレットほどではないにしろ、遠征軍にも情報の伝達は行われている。だが…。
「こ、ここから飛び降りるのか…?」
「暗いです。水がたくさんあります」
恐る恐る水たまりに近づく獣人たち。明らかに腰が引けている。
「なんだ、あれだけ勇ましかった獣人が、急にどうした」
「がはは、獣人は相変わらず高いところが苦手のようだな」
ルシアとドワグルがからかう。獣人以外はそう恐怖を感じていないらしい。
シオンとゴルオンの尻尾が垂れ下がっている。
コウエンは動じていないように腕を組んでいるが、なぜか部屋の隅から動こうとしない。
「水たまりと、丸い穴。文献と一致していますわ。ここで間違いありません。まず私が飛び降ります。覚悟のできた方から続いてください」
「…待って、コレット」
「シオン?」
先に飛び込もうとしたコレットをシオンが止める。
「降りてすぐ魔物がいたら危険です。この中で一番強い私が飛び降りるべきだと思う」
シオンのレベルは30に達している。
遠征軍の中でも頭3つ分は飛び抜けた力を持つ。
ここまでの道程で皆そのことを理解しているため、黙ってコレットの判断を待っている。
「でもシオン、あなたは水が苦手じゃ…」
「も、問題ないです。私はコレットに助けてもらったから、恩返しがしたいの。お願い、コレット」
「…わかりましたわ。遠征軍のリーダーとして命じます。シオン、特殊区画への一番槍は任せましたわ」
「ありがとうコレット。…行きます!」
垂れていた尻尾をピンと伸ばし、シオンは丸い穴へ身を投じた。
「なんと勇気があり、情に厚い少女だ。よし、我らも続くぞ」
「ワシらも行くぞ。武器をしっかり固定しておけ」
シオンに続き、遠征軍が次々と穴に飛び込んでいく。
「ふ、あんな子供に後れを取るとは、俺もヤキが回ったものだ」
「ゴルオンよ、シオン殿の力は我らよりはるかに上だぞ」
「わかっておるわ。獣人代表、獅子種としての矜持の問題だ。…行くぞ!」
ゴルオンとコウエンも飛び込み、それに獣人の部隊が続く。
コレットの頭上で髪飾りが赤く輝く。
「ふふ、ええ、シオンは私の自慢の友人ですわ。私にトシゾウ様がついていることをすっかり忘れているあたりが、またかわいいですわね」
コレットも独り言を呟きながら、【常雨の湿地】へ入っていった。
☆
遠征軍が去り、静けさを取り戻した大部屋に、二人の男がいた。
二人は特殊区画入り口を封鎖していた兵士…に偽装した傭兵だ。
「行ったか…。では手はず通り、ゼベルと勇者に報告しろ。俺はこの物資を回収していく」
「ああ。しかし…。お貴族様の考えることはえげつないな。勝っても負けても、遠征軍は消耗しているだろう。そこを襲うとは…。遠征軍は全滅、か。気の良い奴らだったのにな」
「余計なことを考えるな。俺たちは金をもらいさえすればそれで良いんだ」
「その割には元いた兵士の口封じをせずに送り返すあたり、お前も悪人になり切れないな」
「ふん、余計なお世話だ。あれは保険でもある。今回は上手く機能しそうだ。俺たちの命は助かる」
「保険?どういうことだ」
「ああ、昨日お前がレインベルの領主から情報を仕入れていた時、いくつか気になる視線があった」
「…まさか、俺たちの正体に気付いていたのか?」
「間違いないだろう。おそらくは知恵ある魔物と、白髪の獣人の女だ。知恵ある魔物がラ・メイズへ帰るというのも嘘の可能性がある。俺たちは泳がされている。俺たちを殺さない代わりに、首謀者を連れて来いということだろう」
「知恵ある魔物がラ・メイズに行ったというのはフェイクか。あの領主様も食えないな。…根拠は、いや、あんたが言うんだ、間違いないか。…しかし、それならあいつらは」
「ああ、【常雨の湿地】のボスを倒してなお、力を残す自信があるのだろう。まぁ、さすがに相手が勇者だとは思っていないだろうがな」
「…あんたはどちらが勝つと思う?」
「さぁな。順当に考えれば勇者だろう。遠征軍の平均レベルは17かそこらだ。勇者パーティのレベルは25以上だったはず。どれだけ数がいても勇者が勝つ。だが…」
「…知恵ある魔物、トシゾウか」
「あぁ。もし遠征軍が勝ったとすれば、レインベル領主とトシゾウが協力関係にある以上、その領兵を殺せば俺たちの命はない。領兵を生かしておいたことがばれて報酬が減らされるくらいは安いものではないか?」
「なるほど、たしかにその通りだ。くくく、まさに保険だ」
「さて、それでは俺たちは決まった通りの仕事をこなして撤収するぞ。情報も、遠征軍が出発したことだけ報告すれば十分だ」
「ああ」
引き際をわきまえた傭兵たちは自らの仕事をこなし、迷宮から撤退したのだった。
その大部屋は普通の部屋に見えるが、よく目を凝らせば部屋の中央が水たまりになっていることに気付くだろう。
半径5メートルほどの水たまりだ。
水たまりの中央にぽっかりと丸い穴が開いており、穴に向かって水が流れていく。
あっという間に水が流れ落ちて無くなりそうなのに、水たまりの水位が下がることはない。
淀んだ水がどこからともなく湧き出し、暗い穴へ落ちていく。穴の底は見えない。
何も知らなければ、決してそこに飛び込もうなどとは思わないだろう。
【常雨の湿地】が復活したのは、実に数百年ぶりのことだ。
現代の冒険者にとって、この先は未知の空間。
レインベルを拓いた者たちが遺した文献のみが頼りとなる。
コレットはその文献を一字一句違わず暗記していた。
コレットほどではないにしろ、遠征軍にも情報の伝達は行われている。だが…。
「こ、ここから飛び降りるのか…?」
「暗いです。水がたくさんあります」
恐る恐る水たまりに近づく獣人たち。明らかに腰が引けている。
「なんだ、あれだけ勇ましかった獣人が、急にどうした」
「がはは、獣人は相変わらず高いところが苦手のようだな」
ルシアとドワグルがからかう。獣人以外はそう恐怖を感じていないらしい。
シオンとゴルオンの尻尾が垂れ下がっている。
コウエンは動じていないように腕を組んでいるが、なぜか部屋の隅から動こうとしない。
「水たまりと、丸い穴。文献と一致していますわ。ここで間違いありません。まず私が飛び降ります。覚悟のできた方から続いてください」
「…待って、コレット」
「シオン?」
先に飛び込もうとしたコレットをシオンが止める。
「降りてすぐ魔物がいたら危険です。この中で一番強い私が飛び降りるべきだと思う」
シオンのレベルは30に達している。
遠征軍の中でも頭3つ分は飛び抜けた力を持つ。
ここまでの道程で皆そのことを理解しているため、黙ってコレットの判断を待っている。
「でもシオン、あなたは水が苦手じゃ…」
「も、問題ないです。私はコレットに助けてもらったから、恩返しがしたいの。お願い、コレット」
「…わかりましたわ。遠征軍のリーダーとして命じます。シオン、特殊区画への一番槍は任せましたわ」
「ありがとうコレット。…行きます!」
垂れていた尻尾をピンと伸ばし、シオンは丸い穴へ身を投じた。
「なんと勇気があり、情に厚い少女だ。よし、我らも続くぞ」
「ワシらも行くぞ。武器をしっかり固定しておけ」
シオンに続き、遠征軍が次々と穴に飛び込んでいく。
「ふ、あんな子供に後れを取るとは、俺もヤキが回ったものだ」
「ゴルオンよ、シオン殿の力は我らよりはるかに上だぞ」
「わかっておるわ。獣人代表、獅子種としての矜持の問題だ。…行くぞ!」
ゴルオンとコウエンも飛び込み、それに獣人の部隊が続く。
コレットの頭上で髪飾りが赤く輝く。
「ふふ、ええ、シオンは私の自慢の友人ですわ。私にトシゾウ様がついていることをすっかり忘れているあたりが、またかわいいですわね」
コレットも独り言を呟きながら、【常雨の湿地】へ入っていった。
☆
遠征軍が去り、静けさを取り戻した大部屋に、二人の男がいた。
二人は特殊区画入り口を封鎖していた兵士…に偽装した傭兵だ。
「行ったか…。では手はず通り、ゼベルと勇者に報告しろ。俺はこの物資を回収していく」
「ああ。しかし…。お貴族様の考えることはえげつないな。勝っても負けても、遠征軍は消耗しているだろう。そこを襲うとは…。遠征軍は全滅、か。気の良い奴らだったのにな」
「余計なことを考えるな。俺たちは金をもらいさえすればそれで良いんだ」
「その割には元いた兵士の口封じをせずに送り返すあたり、お前も悪人になり切れないな」
「ふん、余計なお世話だ。あれは保険でもある。今回は上手く機能しそうだ。俺たちの命は助かる」
「保険?どういうことだ」
「ああ、昨日お前がレインベルの領主から情報を仕入れていた時、いくつか気になる視線があった」
「…まさか、俺たちの正体に気付いていたのか?」
「間違いないだろう。おそらくは知恵ある魔物と、白髪の獣人の女だ。知恵ある魔物がラ・メイズへ帰るというのも嘘の可能性がある。俺たちは泳がされている。俺たちを殺さない代わりに、首謀者を連れて来いということだろう」
「知恵ある魔物がラ・メイズに行ったというのはフェイクか。あの領主様も食えないな。…根拠は、いや、あんたが言うんだ、間違いないか。…しかし、それならあいつらは」
「ああ、【常雨の湿地】のボスを倒してなお、力を残す自信があるのだろう。まぁ、さすがに相手が勇者だとは思っていないだろうがな」
「…あんたはどちらが勝つと思う?」
「さぁな。順当に考えれば勇者だろう。遠征軍の平均レベルは17かそこらだ。勇者パーティのレベルは25以上だったはず。どれだけ数がいても勇者が勝つ。だが…」
「…知恵ある魔物、トシゾウか」
「あぁ。もし遠征軍が勝ったとすれば、レインベル領主とトシゾウが協力関係にある以上、その領兵を殺せば俺たちの命はない。領兵を生かしておいたことがばれて報酬が減らされるくらいは安いものではないか?」
「なるほど、たしかにその通りだ。くくく、まさに保険だ」
「さて、それでは俺たちは決まった通りの仕事をこなして撤収するぞ。情報も、遠征軍が出発したことだけ報告すれば十分だ」
「ああ」
引き際をわきまえた傭兵たちは自らの仕事をこなし、迷宮から撤退したのだった。
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