算術の秘密

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数理の迷宮

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かずみは黙って鞄から一枚の地図を取り出した。厚手の紙に、極細の格子が淡く刷られている。
机に広げると、静かな部屋に紙の擦れる音が小さく落ちた。

「――算数や数学の公式を“悪用している”地点が、ここに出る。」

かずみがブツブツ言いながら、指をすべらせると、地図の上に薄い光が走った。
まず三本の細い線が、まるで無線の到達時間差をなぞるように交差し、三角形を形づくる。交点が朱に滲む。

「三辺測量の命題で追跡した痕。発信源は、駅前のこの雑居ビル。」
赤点の周囲が、みるみるボロノイ図のように区切られていく。境界線は呼吸するみたいに脈打ち、勢力圏が広がったり縮んだりした。

理世が息を呑む。「境界が揺れてる……今も命題が更新されてる?」

「ええ。『最短距離で支配する』タイプの命題。侵入者は必ず検出される。だから正面からは入りにくい。」

かずみは別の場所へ視線を滑らせた。湾岸の倉庫地帯。そこにだけ、熱の染みのような色斑が大きく膨らんでいる。

「これは確率密度のヒートマップ。嘘の統計を“真”にして、人を集めてる。
 リトルの法則を重ねると――」
彼女は白いチョークで紙端に小さく書く。
L = λ × W。
それを唱えた瞬間、倉庫の周囲に薄い数字列が現れ、滞留人数の推計が自動で弾き出された。

「到着率を上げ、滞在時間を長くする命題。放っておけば、この区域に人が溢れるわ。」

まりが不安そうに地図を覗き込む。「ここ……私の通ってる学校から、電車で二駅だよ。」

かずみは頷き、今度は街のはずれ――廃モールに指を置いた。
そこには小さな点が、等間隔で規則的に並ぶ。三つ、三十、三百……と、比例の三角が転写されたみたいに。

「ハインリッヒの法則を悪用している痕跡。小さな“ヒヤリ”を意図的に量産して、重大事故を誘導する。三角形の底辺の点が増えるほど、頂点の『一件』が濃くなる。」

理世が眉をひそめる。「虚数世界への“逃げ道”も用意してる?」

「たぶんね。」かずみは紙面の奥を見透かすように目を細めた。
「この地図は、私の命題で動いてる。――『命題が真にされた地点は、地図上で可視化される』。
 だから彼らがどれだけ隠れても、数理の“痕跡”は消せない。」

地図の片隅で、極細の点線がふっと生まれて消えた。
かずみは即座に指先でそこを押さえる。

「今、もう一つ。河川敷のプレハブ。ここは仮想と現実の境目が薄い。虚数世界への偏差が出てる。」

まりが息を詰める。「じゃあ、行くの?」

「行く。ただし正面からは入らない。」
かずみは重心の公式を素早く唱え、四点を印して“集団の中心”を弾く。
「まず群衆の重心をずらして、滞留を解く。リトルの法則を逆手に取って、λかWを落とす。
 それから三辺測量の交点――発信源を“偽”にして封じる。」

理世が小さく笑った。「……相変わらず容赦ない。」

「容赦は後。安全が先。」
かずみは地図をたたみ、視線だけで二人を促した。
「行こう。数理で仕掛けられた罠は、数理でほどく。」

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