SNG ~その青年の進む道は救済か滅亡か~

上社玲衣

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第一章 始まりはいつものように

第一話「トリニティ」

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「じゃあ、まあ、四等分ってわけだな。」
 彼がそう言い出した時、その場にいた者は全て大笑いした。
 が、テーブルで酒を飲んでいた男だけは半分切れ気味で彼に突っかかってきた。
「馬鹿言うんじゃねえ! お前みたいな新入りが『トリニティ』と同じだけの仕事が出来ると思ってるのか? 思い上がりも程ほどにしな!」
 デヴォイ=マクシミリアンにとっては確かに、それは初仕事であった。彼はつい二日前に、ソルジャーの試験に合格したばかりだった。

 『Soldier of“Nest’s Guild”』、通称『SNG』。各国政府に承認されている、国際傭兵機関、『ネスツギルド』の傭兵の事である。探偵、物資輸送、要人の護衛、暗殺などが仕事の対象となり、一般市民から政府まで、誰でも彼等に仕事を依頼することが出来る。
 仕事をこなせるかどうかの実技試験と、戦闘試験、二度の試験を通過して初めて公的にソルジャーとして認められる。
 デヴォイがソルジャーになろうとしたきっかけは至って単純だ。プータローだが剣と魔法の腕だけは立つ彼にとって、おまんまを得るには、最も手っ取り早かった。それまで彼は各地の剣術大会と魔術大会で賞金稼ぎをしていたが、定職に就いた方が効率はいい。
 そんな彼は何よりも、食事と女が好きだ。見かけは、茶色い長髪に青いサングラスをかけ、黒いロングコートを羽織い、腰には双剣を差したハンサムな男であった。
 彼は初めての仕事を引き受けるため、荒野の街『グァルグ』にあるギルドに顔を出した。中はタバコの煙が充満し、酒気を帯びた街の荒くれ者達がたむろしていた。酒場を兼ねていたので、お世辞にもガラがいいとは言えなかった。
 酒場の中を進み、ギルドフロアにある「仕事紹介」と書かれた看板まで来た彼は、受付嬢に現在仕事の依頼があるかどうか訊ねた。
「今、二件あります。一つはCランクの任務で、一週間の間、三つ子の子守をするというものです。報酬は百ホールド(共通通貨単位)です。もう一つはAランクの任務で、甲殻竜『アルギウス』の体内にある、『赫き奇跡』という宝石のような固形物質を採取するというものです。報酬は二千三百ホールドです。」
「おっ、それいいねえ。しばらくは食に困らないな。その宝石採取って仕事にするよ。」
 しかし受付嬢は困った顔をした。
「折角ですが、マクシミリアン様、あなたはまだソルジャーとしてのポイントはゼロで、まだお一人でAランクのお仕事を受けられるのは少々おきついのでは…。」
 その時、酒場にいた一人の男が、二人に声をかけた。
「ねえ、オレ達が協力しようか?」
 金髪の、チェーンをアクセサリーにした若い男だった。彼のその一言で、酒場がざわついた。何者だ?
「『トリニティ』だぜ…。」
「あいつらと一緒に仕事をしたらまず間違いなく任務は成功するだろうな。」
 金髪男の一言に、顎髭を生やしたグラサン男が答えた。
「いいんじゃねえか、シロー。俺達ゃ暇だし。なあ、ラルフ?」
 グラサン男、ボルドが同じテーブルに座っていた、蒼い髪の男に訊ねた。ラルフ=クローフスは黙ったまま頷いた。
「いいんすね、先輩、ボルドさん。じゃあ、お兄さん、オレ達とその仕事しようよ。」
 彼、シロー=ライナーの言葉を受けて、デヴォイは先の四等分の一言を放ったのだ。
 最上級のSランクソルジャーである、彼ら三人のチーム『トリニティ』はそのチームワークと任務遂行能力の高さでギルド筋では非常に有名で、彼らと一緒に仕事が出来るという事は珍しく誉れ高い事であった。だから、報酬を四等分などと言ったデヴォイの言葉は、はっきり言って、非常にものすごくとんでもなく贅沢な言葉なのだ。しかしこの世界に足を踏み入れたばかりの彼にはそんな事は知る由もないのだが。
 男を制止したシローが、デヴォイを庇うように、けれどあるいは試すように言った。
「まあまあ、いいじゃん、今回が初任務でも。腕が立ちゃいいじゃんさ。任務遂行技術は後から勝手に身に付くって。じゃあ、デヴォイさん、早速仕事しようよ。」
「ああ、俺も早く明日からの食事代が欲しいからな。」
 デヴォイの言葉に、その場にいた者はまた再び大笑いした。
 
 こうして、デヴォイとトリニティを巡る物語が始まった。

 四人は甲殻竜アルギウスの棲息するというドリッキー高原への道程を歩んだ。草木はほとんど無く、大きな岩が多いが、傾斜は穏やかな山道である。
 デヴォイとシローはずっと喋り通しである。お互いの簡単な経歴の話から始まって、好きな食べ物の話にまで話題は発展していた。
「へえ~、あんた、えりんぎ好きなんだ。オレは玉子サラダとポテトサラダが好きなんだけど。てか、野菜? 基本だよね~。」
「ポテトサラダか。俺も結構好きだな。」
 二人の会話を何気なしに聞いていたボルドが口をきいた。
「おいおい…女みたいな会話だな。ま、別にいいけどな。」
 言いながら彼はジャケットのポケットからタバコの箱を取り出して、一本取って火をつけた。そしてもう一本取り出す。
「あんた、タバコは嫌いか?」
 と、デヴォイに尋ねた。お近づきのしるしのつもりか?
「ああ、吸わない、俺は。」
「そっか。ならいい。」
 デヴォイが不意に話題を変えて尋ねてみた。
「なあ、君達は、何で俺と一緒に仕事しようと思ったんだ?」
「特に理由はないが…。」
 と言いながらも、ボルドには実は理由があった。
 あんたが、“運命の視えない奴”だから、だな。それは俺がかつてラルフとシローに初めて会った時にも感じた魅力だ。
 口には出さなかったが、彼はそういった、“人の運命を視る紅い瞳”を生来持っていた。大抵の人間の運命を見通す事の出来る不思議な瞳であった。そして彼は、その瞳で運命の視えない、つまり未知数の未来を持っている人間にいつも興味を抱いた。
 シローはシローで、初めての人っていうのが好きだ、と話してくれた。世話を焼きたがるタイプである。それ故、声をかけたという。
 ラルフはというと、道中全くデヴォイと口をきかなかった。人見知りという訳でも、任務の前で緊張しているという訳でもなかった。ただ彼等の話題に全く興味を示していなかっただけだが、時折、デヴォイのかけている青いサングラスや腰の双剣の方にちらちら視線を投げかけていた。おそらくは同族だとでも見なしたのであろうか、彼もまた赤いサングラスをしていて、背中には剣を装備していた。
 そうして彼等は山道を登り切り、高原へ到着した。
 何気なくシローが呟く。
「話によるとここにはアルギウス以外にも結構厄介な化け物がうようよいるって聞いたな。それでランクAなのかな。」
 そんな彼の言葉に呼応してかどうか、ボルドが上空を睨んだ。
「気をつけろ、何か来るぞ!」
 空から現れたファイア・レッドの巨体、おぞましい凶悪な顔付きに、一同は目を奪われた。思わずデヴォイが声を洩らす。
「ごっつ…。」
「あれが、例のアルギウスか?」
「さあ…でも、何となくボディーは蟹っぽいっすね。」
「あれは…違う。“奴”はもっとでかい。」
 と、ラルフがぽつりと呟き否定した。
「さっさと先を急ぐぞ!」
 彼の号令に、一同はその場を一気に走り抜ける。

「あいつは何なんだ?」
「あれでも充分な化け物でしたね、先輩。」
「これから俺達が相手にする奴はあんなものじゃ済まない。あれはアルギウスの同種のアルケスタだが、あんなものは可愛いもんだ。」
「あれが、可愛い、か。どんな奴を相手にするんだろうな、俺達は。」
 ボルドが笑って溜息をついた。
 ひとしきり走り逃れた彼等は、藁の敷き詰められた鳥の巣…と呼ぶには大きすぎる代物を見つけた。
「ここで待っていたらじきに奴は帰ってくる。餌の俺達の匂いを嗅ぎつけてな。」
 四人はしばらく待った。小一時間も立たない内に、突然空が闇に覆われた。
「嘘だろ!?」
 デヴォイが驚いたその視線の先には、身の丈80メートルに及ぶ超巨体の甲殻竜が捉えられていた。竜…と呼ぶにはあまりにもふくよかなボディーを持っていた。
 一瞬怯みはしたが、しかし彼等は臆せず、巨竜へとモーションをかけた。
 まず、シローが魔法詠唱をする。
「痺れっちまいな! 電流《シュトローム フォン ドンナー》!」
 シローが電流を放つ! 激しい雷鳴が鳴り響き、視界はまばゆい光に包まれる。ダメージは予想ほどには無かったが、アルギウスの動きをある程度遅くすることに成功した。デヴォイとラルフはそれぞれの得物で懐に飛び込み、ボルドが銃で援護射撃をする。しかし二人の剣も、ボルドの銃撃も、鈍い金属音を響かせるだけで大した効果がない。
「ちっ、馬鹿みたいに堅いな。なら…炎冷剣《アイス ウント フォイアー フューア ヴァッヘ》!」
 デヴォイの体から二種類の魔力が発せられる。右手の剣は青い冷気を帯び、左手の剣は赤い熱気を帯びた。
 アルギウスの尾による足払いを大きく前に跳んでかわし、赤い剣で殻を熱したあと、青い剣で冷却するという科学的法則を利用して殻の一部を粉砕した!
「ギャアアアアアアア!」
 悲鳴を上げながらアルギウスは首をデヴォイの方へと向ける。彼はかわそうとするが、巨竜の口から出てきた5メートルもの舌に、一瞬にして飲み込まれる。
「うわあ、大変だ、大将喰われちゃったよ!」
 シローがすぐさま腰に巻いていた、チェーンを外し、再び魔法詠唱をする。
「この長さじゃ足りないならば…武器長化《ヴァッヘ レンゲン》!」
 彼のチェーンがその長さを変え、40メートルほどの超長チェーンウィップになる。魔法の力で密度を小さくして長くしているので元の重さと変わることはない。
「先輩、ボルドさん、しゃがんでいて下さい!」
 言うと彼はそのチェーンを振り回し、アルギウスの体を捕らえる。
「危ねぇなあ、全く…まあ、狙いやすくはなったな。」
 デヴォイが先程割った所にボルドが銃弾を一発打ち込む。するとアルギウスが思わずデヴォイを吐き出した! 唾液まみれの姿ではあったが無事な様だ。
 落ちてきた彼は、先程から間合いをとって力を溜めて構えているラルフの左隣に並び左手の剣を、ラルフは右手の剣を、呼気を合わせて同時にすくい上げた!
『はぁぁぁぁぁああああああっっっ!!』
 二人の渾身の一撃は二つの衝撃波となり、地を走り、次第に縦へ縦へと広がっていく! それらによって、甲殻竜の体はいとも簡単に三枚おろしにされた。その巨大な三枚の体が、大きな地響きを伴って地面に叩き落ちる。
 シローとボルドは竜の内臓から、幾つもの赤く輝く宝石の様な物質を見つけた。
「これが『赫き奇跡』か…、要は胆石みたいなものなのか。しかしまあ…。」
 ボルドはラルフとデヴォイの方を振り返り、二人には聞こえないように呟いた。
「こいつも化け物ならあいつらも化け物だな、全く。こんな事が出来るなら早くやれっちゅうに。」
 側で聞いていたシローも苦笑した。

 四人は次の日の朝にギルドを訪れ、報酬を受け取った。
「うっひゃあ、これだけありゃ、しばらくは食べ物にゃ困らないな。それにクラブのお姉ちゃん達とも遊び放題だ。」
 喜ぶデヴォイに、ラルフが初めて話しかけた。
「手加減したな、あんた。」
「ん?」
「…あの時、全力で振り上げなかっただろ。わざと俺と同じ威力を出そうと狙ったろ。」
「ああ、ばれた?」
 彼の一言に、ボルドもシローも、その場にいた者は皆驚き騒然となった。こ、こいつ今何て言った? ばれた、だと?
「…ふ、あんたはなるべくしてソルジャーになったんだろう。」
 ボルドがシローに耳打ちをした。
「おい、ラルフの奴が人を褒めるなんて、女を口説くとき以外じゃ初めてじゃないか。」
「そうっすね。けどびっくりというより何か羨ましいっす。でも褒めるのも分かる気がするなぁ。」
「早くSランクまで上がってこい。ただし…、」
 ラルフは続ける。
「もし任務上あんたが敵にまわるような事があれば厄介だぜ。」
 その言葉にボルドとシローも苦笑して頷き、彼らはギルドを後にした。
「俺も君達を相手に殺り合いたくないな。」
 残されたデヴォイもそう呟いた。
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