SNG ~その青年の進む道は救済か滅亡か~

上社玲衣

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最終章 誰がために彼は往く

断章 イオ編「意志」

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 最も天に近いところに住まい、大地を愛しながらも太陽と空を信仰する、最も美しく誇り高き部族。故に、私達は『太陽族』と呼ばれている。
 浅黒い肌に頑強な筋肉。炭のように黒い髪。男も女も皆たくましく厳めしい体つきをしていたが、私、イオ=パヤチャクラだけは違っていた。肌の色はむしろ白く、脚も腕も細い。髪は部族の誰もが持っていない銀髪だ。だから、私は皆からは除け者扱いにされていた。一緒に遊びたいのに…。
 ある日、どうして私だけ皆と違うのかを母親に訊ねた。母は答える。
「あなた、お父さんの事、覚えているかしら? 覚えているはずは…ないわよねぇ。あなたが生まれてすぐにいなくなってしまったんだもの。」
 そういえば…私には父親がいない。不思議ではあった…ただ、母さんが私にずっと構ってくれていたので寂しくはなかった。
「お父さん…どんな人だったの?」
「あなたと同じ、銀髪の人。私達と同じ部族ではなかった。」
「だから…私は皆に避けられてるの?」
 それだけの理由でこんな境遇に遭うのは理不尽だ。子供心に深く傷つけられた。
「あなたのお父さんは、強く気高い人だった。例え太陽族でなくとも、そんな人はいるものなのよ。」
「でもお父さんは、お母さんを捨てたじゃない…。」
 あまり言ってはならない事だと分かっていたのだが…、しかし予想に反して母は悲しい顔を見せず、むしろどこか誇りが感じられた。
「あの人は誰よりも崇高な人…そして旅に生きる人…初めからこの地にとどまるべき人ではなかったんだわ。」
 母にそこまで言わせる父とは、どんな人なのだろう…。私は、会ってみたくなった。どうせ、このまま部族の中で厄介者扱いされるくらいなら、私は同じ髪の父に会いたい。許せない気持ちよりも、今の状況を打開したい気持ちが、その時の私は大きかった。それを母に話したら、今度はとても淋しそうな顔を見せたが…分かってくれたみたいだ。
「あなたも、お父さんの血を受け継いでいるのね…。」
 その時私はまだ十二歳だった。

 村の外れに来た時、一人の少年が、私を待っていた。皆と同じで、私を除け者扱いし続けていた二歳年下の、ツェットである。
「イオ姉ちゃん…行くの?」
「ええ…。そうよ、私はここにいるべきじゃない人間だもの。」
「そんな…おいら、皆の前では言えなかったけど、本当は姉ちゃんのコト好きだったんだ…白い肌も銀色の髪も、すんごくキレイだって思ってる。なあ、行かないでくれよう。」
 今更急にそんな事を言われても…私は初めて親以外から好きだと言われた事で、一瞬動揺したが、私の父に会いたいという決意は固いし、太陽族の女が一度決めた事は変えてはならない。
「あなたは、村を出てまで私についてくる気はないわよね。」
 その時の私は少し意地悪だった。ツェットはやはり、そこまでする覚悟はなかったようだ。所詮他人などそんなものだ。
 だが、後に、彼が逞しい青年へと成長した時、自ら村を出て世界を巡る旅をし、果ては私の腹違いの弟デヴォイに出会う日が来る、という事はその時夢にも思わなかった。

 村を出た私が初めにたどり着いたのは、ラウ・リガヤという街であった。ここの人々は、私より少し肌の色が濃いだけで、髪の毛だって黒だけじゃなくていろいろあるし私は今度は浮かないわ、そう思っていた。だが新たな問題が生じた。服装の違いが大きく際だってしまっていたのだ。私は胸を巻く布と腰布だけという太陽族の服だけれど、彼らは私の故郷では見たことのない服を着ていた。
 それに、ここは十二歳の一文無しの女の子を黙って放って置くほど、親切な街ではなかった。夜、宿を探そうとしていたら、ガラの悪いお兄さんが数人、私を路地裏へと無理矢理連れていった。
「おいおい、嬢ちゃんよう、そんなカッコしてこんな夜遅くに一人で出歩いてちゃダメだろう? お兄さん達が売り飛ばしちゃうよ?」
「はっはっは、お嬢ちゃんみたいに可愛い子なら高く売れるよ。なぁ、ウォッシュ?」
 ごろつきの一人が、仲間の若い銀色の長髪の少年に声をかけた。
「さあ…俺は子供の女の鑑定なんて出来ないや。」
 そう言う彼も、せいぜい十五、六にしか見えない。少し腹が立った。
「まあ、いい、せっかく見つけたんだ。嬢ちゃんよう、来なよ。」
「いやっ!」
 私が思わず抵抗したときだった。体の中から急に力が沸いてきたと思うと、次の瞬間、体の周りにかまいたちが生まれ、彼らをバラバラに切り裂いた。
「な、何なのよ…。これ…。」
 目の前で起きた惨劇を自分が作り上げたという事が、あまりに刹那の出来事だったので信じられなかった。認められなかった。しかし、一人無傷で、不敵な表情で笑っている銀髪の彼の姿を見たとき、それは信じられるような気がした。
「お前も『力』を持っているんだな…。俺もさ…。」
 彼は身の回りに土の壁を築き上げていた。更に彼の口調はどこか変わっていた。
「これは魔法ではない…。お前も俺も詠唱はしていない。お前は、人々に恐れられ避けられた事はないか? この脅威的な能力故に…。」
 考えてみれば…私は今まで髪や肌の色が違うから皆から嫌われていたんだと思っていたけど…もしかしたら、覚えてはいないけれど、その可能性は考えられる。私の物心がつく前に、何かがあったのかも知れない。
「お前…一緒に来ないか? 俺も本当の仲間を探していたんだ…。」
「本当の仲間、ってこの人達は…?」
 彼の隠れ家に案内され、その意味を教えられた。
 ウォッシュ=ヒルフハート、十五歳。彼はここよりずっとずっと南方の地で暮らしていたそうだが、十歳の時、飢饉で村は滅び、かろうじて生き残った幼い彼は、いろんな大人を頼りながらも街を転々とし、ここまで命を繋いできたそうだ。
 彼は生まれつき、人の心を読んだり口で言わなくても相手の心に言葉を伝えたりする能力と、土や石を操ったり生み出したりする能力があり、故郷の村でも“呪われた子”と見なされ、村を出た後も、頼る人々に気味の悪い目で見られていたそうだ。今はこの街で犯罪集団のお世話になっていたようだ。しかしそこでも、利用されるだけで、信用はされていなくて、本当の仲間だとはお互い見なしていなかった、という事だ…。
「意志やプライド、なんて言っている余裕はなかったな…。どう、扱われたって構わない、ただ毎日生きることだけ考えていた。その為には俺は何でもしたよ。…っておい、はは、泣く事はないだろう。」
「え…?」
 気付いたら私の目からは涙が溢れていた。同情? いや、違う…彼の知る孤独と、私もずっと味わった苦しみを、同調させていたのだ…。
 出会ったばかりの人なのに、私は彼とたくさんのものを共有したいと思った。

 それから私とウォッシュは二人で暮らし始めた。と、言っても十五歳の少年と十二歳の少女に出来ることなどたかが知れていた。
「また大人を頼るの…?」
「それしかないだろう。」
 私達は街から街へと移り住み、その度に誰かの世話になっていた。仕事も、二人に出来る最低限のものを紹介してもらっていたが、限界があった。
「金が底を尽き始めたな…。なあ、イオ、これはもう、盗みに入るしかないよな。」
 全く躊躇も迷いもない彼の様子に、私は驚くと同時に、止めなくてはならなかった。
「だめよ、そんな事しちゃ。」
 私は生きていく為とはいえ、不道徳な行為は決して出来なかった。
「どうしてだ?」
「太陽族の…誇りよ。」
「誇りって何だよ? 生きていく上でそんなものが必要なのか、お前は? その太陽族とかいう奴等だって、お前を蔑んできた心の狭い連中だろう? 変な事にこだわって命を落とす奴の方が馬鹿なんだよ。折角おふくろと見知らぬ親父がくれた命なんだ、無駄には出来ないさ。」
 そう、ウォッシュにもまた父親がいなかった。義理の父親はいたそうだが、その彼も母親と共に飢饉で亡くなったらしい。
 彼の…言う通りなのかしら。今まで私は自分の信じた道を進んできたけれど…生きることが最優先されるべきなのか。生まれて初めて私は迷った。

 五年が過ぎた時に、私とウォッシュは初めて肉体関係を持った。それまでも彼には性欲はあっただろうが、「下手に子供なんて生まれてしまうと今度は俺達が生活していけない」という理由で、ずっと同棲しているにも関わらず、彼は私に手を出さなかった。でも、私は十七歳、彼は二十歳になり、自分達二人だけの力で自らを養っていけるようになったし、五年の歳月の間に、私達はお互いを深く理解し、信頼しあえるようになっていた。彼は私とコミニュケートする時は、読心や思念伝達の能力は非常事態を除いて決して使わなかった。だからこそ得られた絆なのかもしれない。精神的には恋人というよりはむしろ家族に近かったが、それでも、血のつながりのない女と男である。
 裸でシーツにくるまりながら、隣で寝息を立てている彼の横顔を眺めていた。
 思えば…私が彼に与えた影響よりも、彼が私に与えてくれた影響の方が大きかった。昔は自分のプライド、太陽族の誇りにこだわっていたが、彼の“生への執着”は、私の中で、人間にとって最も大切で根幹を成すものかも知れないと考えられるようになってきていた。倫理、道徳…それは勿論社会を成り立たせる上で必要だけれど…私は、それと引き替えに死ぬくらいならば生きたい。彼…ウォッシュと一緒にいられる今を生きたい。それに…私の父親にだって生きていないと会えないんだから。
 そう確信出来るように私の心境が変化した頃、私達はある仕事と出会った。ウォッシュも世の人も言っている、「人間は自分が一番能力を発揮できる仕事に就くべきである」という言葉が、私の中で実感されるようになった。「適材適所」ね。「したい仕事よりも出来る仕事に就いた方が絶対いい」というわけじゃない。何の為に私はこの能力…【風】と【虹】という人にはない天性の力を持っているのか。昔は制御できないが故に私自身苦しみ嫌っていたが、使いこなせるようになるとこれほど便利で有用で素晴らしい能力はない。魔法も科学もいらない。私は神に感謝しなければならない。そしてこの力を活かすことは私の使命である。SNG、国際傭兵機関『ネスツギルド』のソルジャーになる試験を受けようと誘ったのは私の方からであった。

 そして年月は流れる…。いつものようにギルドの任務を終わらせて、窓口で報酬を受け取っていた時だった。丁度、任務成功ポイントが60ポイントに達していたので、私達はSランクへの進級通知を作成して貰っていた。
 いつもなら十分も経たない内に完了するのに、今回は三十分も待たされた。
「遅いわね…何か手違いでもあったのかしら。」
「読んでみようか…。」
 そういうとウォッシュは奥の部屋の中に入った受付係の読心を試みた。
「誰かと話しているな…相手は相当なお偉いさんらしい。こいつ、びびってるぜ。」
「私達の事に何か関係あるのかしら? 相手の方のは読める?」
「ああ…、ん? ほうほう、うん。…何!? そうか…。ふふ、くっくっくっく、そうか、そうか、ひっひっひっひ、あっははははは…っ!」
 急に彼が変な声で笑い出したので、さすがの私も動揺せずにはいられなかった。
「な、何、どうしたの?」
「俺達を中に入れろ、だってさ。普通は俺達ソルジャーは入ってはいけないみたいだが…事情が違うみたいだ…彼の口から直接、全ての真相が明かされるよ。」
 その時彼は全てを既に読んでいた。
 ユルガス=ジオンハート。それが相手の名前だった。私達もまだ初心者であった頃に、ソルジャー仲間から伝説としてのその名前を聞いたことがあったが、自分達の任務遂行には関係ない、と、全く気にはとめていなかったのだが…。
 しかし…、彼の口から語られた二つの真相は、私とウォッシュにとってはあまりにも惨かった。それを初めて聞いたときには、この男を呪い殺そうかと思ったくらいだ。
 彼は、十年間捜し求めていた私の父であった。と、同時に、ウォッシュの実の父でもあった。
 そう、その事実を二十二年間知らされていなかったが為に、私とウォッシュは異母兄妹でありながらも愛人関係で結ばれなければならなかったのだ。
 けれども…何故、父は妻を幾人も娶っているのか、そしてその子供である私達が、特殊な能力を持っているのか、という事を訊くことがそれよりも尚重要で、問題の本質であるようだ。それが全ての答えになる。
「儂は若きソルジャーである時分、一度死にかけた事がある。それは、船に乗って世界の最西端の位置の測量をするという任務での事だ。当時、その地域でのエレボス(世界の端…あの世とこの世の境目)の伝承があったにも関わらず、儂はあえてその危険を冒した。限界のところで引き返そうとしたが、波の流れによって、運悪く、光に飲み込まれ、そのままあの世へ連れて行かれようとしていた。しかし、奇跡的に、波の流れが変わり、再び陸地へと戻ってくる事が出来た。それからは体には何も変化はなかった。しかし、最果ての国々の伝承を再検証したときに、ある確信に至った。エレボスから過去に戻ってきた者達のその後を知り、儂もその可能性を試してみようと思った…その結果がお前達だ。」
 『光を持つ者』…あちら側の世界から来たりてこの世界を律する、再生の粒子・破壊のエネルギーを操る事の可能な者の総称である。
 生まれた時から私達は世界の中心に立つことを運命づけられ、そして今この時から、それが遂に現実となる。
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