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虹
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ところがその時です。シャボン玉の目の前の海面が突然真っ黒になりました。そして急なうねりが生じたかと思うと、プシューッ。すごい勢いで空気が海中から空中へと噴出したのです。シャボン玉はその噴出に押されて十メートルも上へと飛ばされました。
気がつくと海面の黒いうねりはすでに無く、シャボン玉は水面まで距離のある空中を漂っていたのでした。
それはおそらく、クジラ類が噴き出した息継ぎの潮だったのでしょう。ですがシャボン玉にはそれが分からず、まるで神様が「まだお前が死ぬ時ではない」と言って奇跡を起こしてくれたように思えたのです。見えない糸で操られているような、とても不思議な気分でした。
海上の十メートルくらい上には、横風が吹いていました。それがシャボン玉の体を捕えて押し流し、下降させないようにしてくれます。雨が降り始めたのが前兆だったのでしょうか。長い凪が続いたこの海域も、ようやく気象が変わり始めたようでした。
依然雨は降り続いていますが、それはしっとりとした優しいもので、風の影響を打ち消すようなものではありませんでした。風はまもなくななめ上へ向かって巻き上がり始めました。
僕はまだ消える時じゃないんだ。まだ頑張って旅をしなくちゃならない。
自分の体が上昇して行くのが分かると、シャボン玉にも力が湧いてきました。
そして、シャボン玉はまた、海面から数十メートルの高さにまで、達することができたのです。
いつしか降っていた雨も上がり、雲間から太陽が顔を出し始めました。
空気中のホコリが流されるせいでしょうか。雨上がりの日光というのはとても綺麗に見えるものです。光は神々しく天から垂れた透明なカーテンのようでした。
そしてシャボン玉はその光が差し込むのとは反対側の空に、奇跡のような光景を目にしたのです。
七色に輝く帯が水平線からすーっと空に伸びて、巨大な円弧を描きながら天空に達し、半円となってまた水平線まで続いている様。雨上がりの空に、大きな虹が出ていたのです。
何も邪魔するものが無い海上だからこそ現れることができた、完璧な姿をしていました。色合いもくっきりと鮮やかに分かれ、まるで神様が杖を一振りして、世界を構成するすべての色を大空に開いて見せたかのようでした。
シャボン玉はそれを、息を飲んで見つめました。そしてその美しさに動揺しました。感動よりも、驚異の念が先に来たのです。空のキャンバスをこんなに大きく使って、こんな綺麗なものが現れるなどということがあり得るのでしょうか。この世にはすべてを超越した大きな存在がいて、世界をこんなに美しく作ったのかも知れないとも思えてきます。
そして次の瞬間、これが虹というものなのかと気がついてもう一度驚き、体が震える思いがしました。
僕はこんなに巨大で美しいものに例えられていたのか。僕の中にはこれを小さくしたものが入っているというのだろうか・・・・・・。
シャボン玉はまさかそんなことはないだろうと思いました。色合いが似ているだけだろうと。ですが、そうではなかったのです。大空の虹は、空の水蒸気が日光を反射した結果形作られるのです。シャボン玉の中の七色も、シャボンの膜が日光を反射して作られるので、原理的には、二つは同じものだったのです。シャボン玉の中には、文字通り小さな虹が入っているのでした。
そして、もしこの時シャボン玉を見つめる者があったなら、シャボン玉の表面に、もう一つの虹が映りこんでいるのが見えたでしょう。大空に大きくかかった本物の虹が、鏡のように映し出されていたのです。内側に開いた虹色と、外側に映った虹の半円と。七色の虹の二重奏が、神秘的な輝きを形作っているのでした。
シャボン玉は何だか自分がここまで旅をして来たのは、この空にかかった虹を見るためだったような気がしてきました。そして、もし自分の中に、消えていった兄弟たちの想いが入っているのなら、彼らにこの虹を見せることができてとても良かったと思いました。
割れてしまったに違いない風船君にも、「僕はこんなものが見れたんだよ」と言ってあげられる気がします。
ほっと息をつくように、肩の荷を一つ降ろしたような気がしたのです。
シャボン玉は小さな幸せを感じました。
気がつくと海面の黒いうねりはすでに無く、シャボン玉は水面まで距離のある空中を漂っていたのでした。
それはおそらく、クジラ類が噴き出した息継ぎの潮だったのでしょう。ですがシャボン玉にはそれが分からず、まるで神様が「まだお前が死ぬ時ではない」と言って奇跡を起こしてくれたように思えたのです。見えない糸で操られているような、とても不思議な気分でした。
海上の十メートルくらい上には、横風が吹いていました。それがシャボン玉の体を捕えて押し流し、下降させないようにしてくれます。雨が降り始めたのが前兆だったのでしょうか。長い凪が続いたこの海域も、ようやく気象が変わり始めたようでした。
依然雨は降り続いていますが、それはしっとりとした優しいもので、風の影響を打ち消すようなものではありませんでした。風はまもなくななめ上へ向かって巻き上がり始めました。
僕はまだ消える時じゃないんだ。まだ頑張って旅をしなくちゃならない。
自分の体が上昇して行くのが分かると、シャボン玉にも力が湧いてきました。
そして、シャボン玉はまた、海面から数十メートルの高さにまで、達することができたのです。
いつしか降っていた雨も上がり、雲間から太陽が顔を出し始めました。
空気中のホコリが流されるせいでしょうか。雨上がりの日光というのはとても綺麗に見えるものです。光は神々しく天から垂れた透明なカーテンのようでした。
そしてシャボン玉はその光が差し込むのとは反対側の空に、奇跡のような光景を目にしたのです。
七色に輝く帯が水平線からすーっと空に伸びて、巨大な円弧を描きながら天空に達し、半円となってまた水平線まで続いている様。雨上がりの空に、大きな虹が出ていたのです。
何も邪魔するものが無い海上だからこそ現れることができた、完璧な姿をしていました。色合いもくっきりと鮮やかに分かれ、まるで神様が杖を一振りして、世界を構成するすべての色を大空に開いて見せたかのようでした。
シャボン玉はそれを、息を飲んで見つめました。そしてその美しさに動揺しました。感動よりも、驚異の念が先に来たのです。空のキャンバスをこんなに大きく使って、こんな綺麗なものが現れるなどということがあり得るのでしょうか。この世にはすべてを超越した大きな存在がいて、世界をこんなに美しく作ったのかも知れないとも思えてきます。
そして次の瞬間、これが虹というものなのかと気がついてもう一度驚き、体が震える思いがしました。
僕はこんなに巨大で美しいものに例えられていたのか。僕の中にはこれを小さくしたものが入っているというのだろうか・・・・・・。
シャボン玉はまさかそんなことはないだろうと思いました。色合いが似ているだけだろうと。ですが、そうではなかったのです。大空の虹は、空の水蒸気が日光を反射した結果形作られるのです。シャボン玉の中の七色も、シャボンの膜が日光を反射して作られるので、原理的には、二つは同じものだったのです。シャボン玉の中には、文字通り小さな虹が入っているのでした。
そして、もしこの時シャボン玉を見つめる者があったなら、シャボン玉の表面に、もう一つの虹が映りこんでいるのが見えたでしょう。大空に大きくかかった本物の虹が、鏡のように映し出されていたのです。内側に開いた虹色と、外側に映った虹の半円と。七色の虹の二重奏が、神秘的な輝きを形作っているのでした。
シャボン玉は何だか自分がここまで旅をして来たのは、この空にかかった虹を見るためだったような気がしてきました。そして、もし自分の中に、消えていった兄弟たちの想いが入っているのなら、彼らにこの虹を見せることができてとても良かったと思いました。
割れてしまったに違いない風船君にも、「僕はこんなものが見れたんだよ」と言ってあげられる気がします。
ほっと息をつくように、肩の荷を一つ降ろしたような気がしたのです。
シャボン玉は小さな幸せを感じました。
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