朽ちた天国

さきがけ

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第四話 飽き

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 僕は、魂や心と呼ばれるものはこの世界では生まれることのない特殊な存在であることを知った。つまり扉でどんなに完璧に人間そっくりの物質を構成しても、元いた宇宙のように心を持つことはないということだ。扉の向こうにいる人間は、笑ったり怒ったりと普通の人間のように振る舞ってはいるが、僕のように魂は入っていないのだ。外から見れば何も変わりはないし、見分けようがないはずなのだが、何か僕の知らないものが作用したのか、あるいは単なる偶然か、僕はこのことを知ってしまった。
 部屋を出たとき猫が来て、知識の部屋は冗談を言うこともある、今聞いたことをそのまま受け取るなと言ったが、そんな嘘に効果は無いと分かると、記憶を消すことを提案してきた。しかし僕は断った。ここには無限の時間があるんだ。今記憶を消しても、いずれはきっとまた知ることになるだろう。無限の時間の中で同じことを何度も何度も繰り返している自分を想像するとぞっとする。そんな無限ループに閉じ込められるのは嫌だ。
 それから何万年もの長い長い月日が流れた。僕は次の世界、その世界に飽きたらまた次の世界と、目的も終わりもない旅を続けた。一つの世界に何百年もとどまることもあった。いつしか元の世界を生きていた時間より、ここにいる時間の方が圧倒的に長いことに気がついた。人間の一生で言えば何万回の人生を生きているのだろう。時々、この扉の中の世界の方が現実で、僕が生きていた世界の記憶は幻だったんじゃないかとさえ思えてくる時がある。
 僕は、とうとう自分の存在や自由が保障されていること自体にも少しずつうんざりしかけていた。どんな危険なことも、自分は死なないと思っていると張り合いがなく、困難な挑戦も、無限の時間と自分の全能性を持ってすれば成し遂げられることは知っていた。あえて自分の能力を制限した上で難題に挑むこともあったが、壁を越えようと気持ちを燃やすほどに、力を制限している自分との矛盾に突き当たるのだった。それならば全能の力そのものを永遠に捨てればいいと考えたときもあったが、後悔することを分かっていると、いったん手に入れた力を捨てることはどうしてもできなかった。
 それからさらに何十億年もの月日が流れた。旅した世界は天文学的な数になってきて、もうこれといって試してみたい世界もとうとう尽きてきた。こんなに僕を孤独にさせる天国が悪いんだと思って、扉の向こうにもう一つ天国を作り、そこに作り物の故人達を集めて理想の天国を作ったが、そこで暮らすのも虚しさがつのっていくだけだった。僕はいつしか何をやっても楽しくなくなっていた。
 「どうしたら僕はまた楽しい気分になれると思う?」ある日僕は猫に聞いた。猫は意外にもあっさりと答えた。「貴方の心を楽しいと感じたときの状態にすればいいだけです。そうなるように念じてみてください。」
 僕がうなずいてその通りにすると、何もしていないのに心が急に強い幸福感に満たされた。今まで曇っていた心は軽くなり、"不確定の扉"も使っていないのに最高の気分が続いた。宮殿の周りの景色が今までより輝いて見えて、ずっと散歩していられた。このまま果てしなくこの庭を歩き回っていようか。しかし途中で僕は思い始めた。このままでいいのだろうか。頭からいくら振り払っても疑念が湧いてきた。ずっとこうしている事が僕にとって本当にいいのだろうか。僕にとって幸せとはこういうものなのか。
 僕は今作ったハイな状態を解除した。「どうして止めたんですか?それが貴方のずっと欲していたものなんじゃなかったんですか?」猫は心から驚いた様子で言った。「幸せとは何なのか、私にはいつまで経っても分かりません。」
 僕は頭を抱えしゃがみこんだ。もう手詰まりだ。ありとあらゆる楽しいことをし尽くしてしまった。来たときはあれほど魅力的だったこの扉も無限の時間を前に楽しさの色があせてきた。現世が懐かしい。
 ああ、そうだ。僕はその時思い立った。現世だ。現世のいく末をこの扉で再現してみよう。奈落の底に重く沈んでいた心がほんの少し動いた。扉で作られる未来が可能性の一つだとしても見届ける価値はあるはずだ。
 僕はそれから現世の人々の行く末を、一般人の一人に化けて見守った。時代が変わったら頑張ってその時代に合わせる。時代が変わるのにはそれなりに時間がかかったが、周りの時間を早送りしたりはしない。時間は掃いて捨てるほどあるのだ。
 一番目の世界は戦争が起きて滅びてしまった。次の世界は高齢化が進んで機械しかいなくなった。その次の世界は自分で引き起こした環境汚染であっという間に自滅した。僕は世界が滅びるたび、時間を僕が死んだ瞬間に戻して何度もやり直した。しかし何兆年繰り返してもいつも結果は同じだった。永遠の繁栄なんてあり得ないのだ。僕はこれにもうんざりして止めた。
 生きていた頃は死んだとき無に還ることを想像すると恐ろしくてたまらなかったが、今は全く逆だった。無限の時間こそが本当に恐れるべきものだったんだ。これほどまでに僕の望みが叶う世界でさえも、この苦しみから逃れるのは不可能だった。
 僕は世界の全てが嫌になって何日もただうずくまって過ごした。見かねた猫は僕に近づいてきた。僕は顔を上げ、猫の方を向いていった。「僕はもう無に還ることにするよ。僕は自分がやりたいと思うもの全てを体験し、知りたいことの全てを知った。もう全てに飽きた。これ以上無限の時間に苦しめられたくないんだ。おまえともお別れだ。元気でな。」すると猫は言った。「それはできません。」その瞬間僕は発作的な強い怒りを感じた。
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