朽ちた天国

さきがけ

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第三話 扉

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 「これは"不確定の扉"です。」猫は言った。「この扉の向こうには、この空間、貴方の言葉を借りて言うと天国、に擬似的に再現された"無"が、全ての事象の間で振動しながら存在しています。つまり扉の向こうにはあらゆる空間が同時に存在しています。そして貴方がこの扉を開けて中を観測したとき、初めて扉の向こうはある一定の形に収束するのです。そして貴方はこの扉を使ったときにのみ、その収束に干渉することができます。」「それはどういうこと?」「簡単に言うと、この扉から貴方の望むどんな世界へも行けるのです。」僕は雷に打たれたような衝撃を受けた。この扉には絶対に飽きることがないんじゃないのか。行ってみたい世界が次々に頭に浮かんで、渇いていた心が潤ってくる。それに、もしかしたら...「僕の元いた世界にもいけるってこと!?」猫は否定した。「この扉が構成する世界はあくまでこの空間上にあります。ですから本当の意味でこの空間から外へ出ることはできません。ただ、そっくりな世界を作ることはできます。」僕はたまらず聞いた。「今試してもいい?」「いいですよ。その取っ手に手を置いて、いきたい世界を思い描いてください。その世界での物理法則や貴方の見た目、身体能力も自由に決められます。曖昧でもかまいません。詳細な部分は扉が宇宙の歴史や貴方の記憶を元に構成します。それから、帰りたいときはそう強く望むだけですぐにこの部屋に戻ってきます。ものを扉の向こうの世界から持ってくることも同じようにできますよ。」
 僕は取っ手に手をかけた。行き先はカンブリア紀の地球、体は不死身、目は水中でも使えるようにして、生物がどこにいるか感覚で分かる能力も付けよう。どうせならテレポートもできるようにしておこう。ずっと見てみたかったが、決して見ることのできなかった古生物の海を見に行くのだ。
 勢いよく扉を開けて中へ入ると今までいた部屋は消え、自分は奇妙な海の中にいた。海には自分が生まれる何億年も前に姿を消したはずの神秘的な形の生物であふれていた。アノマロカリス、マルレラ、ハルキゲニア、全て図鑑で見るより圧倒的に美しかった。本物を間近で見られる日が来るとは思っていなかった。僕は深い感動を胸に、海底に座ってその古代の海を心ゆくまで眺めた。
ハルキゲニアを一匹捕まえて不死身にし、お土産にして持ち帰った。
 僕はそれから様々な世界を旅した。透明になって歴史上の重要な出来事を間近で見たり、無敵になって中世を征服したり、不死身の旅人になって広い地球を全部まわったりした。また架空の世界にも入れるので、ハリーポッターの世界で一生を過ごしてみたり、メタルギアの潜入ミッションをしたり、ガンダムに乗って戦ってみたり、僕は思いつく限りのことをし続けた。
 ある日、今度は未来に行ってみようとしたとき猫は僕を呼び止めた。「待ってください。一つ未来について断っておくことがあります。貴方が思っているように未来は最初から一つに存在しているわけではありません。まだ確定していないのです。だからその扉の向こう側にあるのは数ある可能性の中の一つに過ぎません。」「でも僕がいなくなってから今までの時間に変わった世界を見に行くことはできるよね?」猫は淡々としゃべった。「いいえ。実はこの世界では貴方の元いた宇宙に比べると無限ともいえる速さで時が流れているのです。つまり、元の世界はほとんど貴方の死んだ瞬間のままなのです。」えっ。僕は呆然とした。皆僕が死んだことはまだ認識してさえいないのか。「じゃあ時間の流れを速くしてよ。」「それはできません。」猫は言った。「貴方は宇宙の法則も含めてこの世界を自由に操ることができますが、元いた宇宙に干渉したり、この世界と元の宇宙の関係に関わることを変えることはできません。それがこの空間に定められた限界なのです。この世界では確かに何でも思い通りですが、現世との垣根は越えてはならないのです。」言われてみればそういうものなのかも知れない。僕はもう死んでいるんだからな。「そうか、分かったよ。」僕は言った。
 それからいくつもの世界で様々な人間とふれあううちにうちに、少しずつ、ある種の違和感を感じ始めた。自分でもその違和感の正体は分からないし、猫は気のせいだ、気にするべきじゃないと言って取り合ってくれない。言われれば確かにそうかも知れないが、僕はこの微かな違和感のようなものが何なのかどうしても気になり、それを知るため、"知識の部屋"に行って扉の向こうの人間達について尋ねた。
 "知識の部屋"は数ある部屋の中でも異質で、部屋中が様々な色の水晶で覆われている。知りたいことがある状態で部屋の中に入って扉を閉めると、頭の中に概念、音声、映像が直接流れ込んできて僕の疑問に答えをくれる。しかし今回ばかりは、僕は使ったことを後悔した。猫はこのことを知っていて、僕が知らない方がいいと思ってわざと気のせいだと嘘を言ったのだ。
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