5 / 9
第五話 終着点
しおりを挟む
「何だとこのクソ猫がぁ!」僕は猫を思いっきり蹴り飛ばした。不意を突かれた猫は木に激突して砂浜に倒れた。僕はその場にしゃがみ込んだ「そんなはずはない。僕は無から生まれたんだから、無にも還れるはずなんだ!」必死に自分が無に還るよう念じてみたが、何も起こらなかった。「なんで...なんで...僕は何でもできるはずなのに...」
「貴方が全知全能なのは、この世界に限った話なのです。」猫は体についた
砂を落としながら言った。「貴方の力は、貴方の命令を、それが出された正にその瞬間に実現する能力です。貴方が消えるとき、貴方を消す命令を下している貴方自身も消えてしまいます。その時矛盾が生じてしまいます。貴方を消すには貴方自身が必要なのです。だから貴方は自分自身を消すことはできません。原理的に不可能なのです。」「はは...なんだそんなことかよ。なら、猫、僕は君に僕の力を全て譲渡する。君が僕の代わりにここの主になって、僕を無に還してくれ。」「それも同じ理由でできません。力を譲渡するときに、譲渡するための力も失われてしまうのです。それに、その力は魂を持たないものは扱うことができません。」そんな...やめてくれ...「他に...他に方法はないのか...?」すると猫は、何か含みを持った口調で言った。「一つだけありますが...」「あるけど何なんだ?」「リスクがあります。」無に還ろうとしている俺に今更恐いことなんてあるのか?ああ、一つだけある。まさか...「そうです。永遠に無に還れなくなるリスクです。」
「ずっと教えたくはありませんでしたが、貴方が知りたいと望むのであれば仕方ありません。実は、天国は二つあるのです。」「二つ..?」僕は何兆年もの間に初めて聞くことに戸惑った。「そうです。一つはこの世界のように一つ一つの魂にそれぞれ与えられ、その魂が中の全てを支配できる世界です。そしてもう一つは、"終着点"。あなた方が神と呼ぶ存在がいる場所です。」「神...?神は本当に存在したのか?そこに行けば神に会えるのか?」「神と言っても、貴方が考えているものとはいろいろと違うところがありますが、簡単のためそう呼びました。そして、貴方より前に死んだ死者も皆そこにいます。そこで神に会い、貴方を無に還してもらうように頼むのです。私は神自身に会ったことはないので神のことはよく分からないことが多いですが、そんなことができる者がいるとすれば神以外にないでしょう。それに、神は貴方が今抱えているような苦しみさえ取り除くことができると聞きます。とにかく、それが唯一の方法です。」
僕はこんな大事なことを知っていながら今まで話してこなかったこの猫にまた腹が立ってきた。「何でずっとこのことを黙っていたんだ。そこで他の死者に会えるんだったら、無に還る前に会っておきたいに決まってる。」
すると猫は少しだけ黙ってから言った。「私はここに、全てが貴方の思い通りになるようにするため、貴方を幸せにするために存在しているのです。」「"終着点"へいくためには、貴方はここを離れなければいけません。さっきも言った通り、貴方はこの世界の中だけでのみ万能の力を持ち、他の世界へ行くとそれを失い、その世界の法則に強制的に従うことになるのです。それはつまり、一度"終着点"へ行ってしまったら貴方はもうここへは戻ってこれなくなることを意味します。」「私はどうか貴方にはここを離れて欲しくはないのです。"終着点"は貴方の思っているようなところではありません。他のどんなところよりも異常で、おぞましい場所です。それに神のところにたどり着ける保証もありません。それでも行きたいと言うのですか?」「ああ。」僕は覚悟を決めて言った。「もうこの場所に幸せはない。」
「分かりました。それならば私もついて行きます。私には最後の瞬間まで貴方を幸せにする義務がありますから。」僕はうなずきながら、この世界の全ての物体ごと僕と猫を"終着点"に送るよう念じた。猫がまだ何か言おうとしていたのが微かに聞こえた。
その瞬間、周りにあった景色は全て消え去り、僕は見ているだけで鬱になるような、不気味な赤黒い雲が広がる薄暗い世界にいた。それと同時に空気に満ちた憎しみ、嫉妬、物欲、殺意といったものを全て集めたような負の感情の圧力が押しつぶそうとしてきて、僕は耐えきれずひざまずいた。
顔を上げると、目の前に大きな、毛の生えていない猿のようなものがいた。顔には目がなく、その代わり、全身にできもののように大小様々な目が付いていて、その全てが僕を向いていた。「ヒュッ」僕は恐怖で息を吸い込んだ。化け物から目が離せなくなった。化け物は赤子の声と発情期の猫の鳴き声の中間のような不気味な鳴き声を発した。全身に悪寒が走った。体の筋肉が硬直して動かない。化け物は口を開けた。喉の奥の暗闇から無数の腕が我先にとこちらに伸びてくる。
「逃げてください!」その時聞こえてきた猫の声で我に返った僕は走り出した。目の前を走る猫の後を必死で逃げる。「あ、ああ、あああれは、、」「今は走ることに集中してください。あの異形の者は這いずるだけで走れないようですが、油断していると追いつかれます。」見ると化け物は全身に骨がないようで、地面を這いずりながら追ってくる。僕は恐ろしくて、後ろを振り返らないようにしてひたすら猫の後ろを走った。
しばらく走ってから猫は言った。「ここまで離せばしばらくは大丈夫でしょう。少し休みましょう。さっき話し損ねたこの世界のことを少し説明する必要があります。」僕は恐る恐る後ろを振り返ると、あれはもういなくなっていた。
「いいいまのは、さっき、い、言っていた...」「貴方が無に還れなくなるリスクです。あれは触れたところから貴方を侵食して同化します。そうなれば貴方はあれと同じ化け物となり、ここを永遠に彷徨うのです。ここはああいった化け物で溢れています。」足の震えが止まらなかった。恐怖で息が詰まって苦しかった。「な、何でそんなこと、平然として言える?死ぬよりもっと恐ろしいことになのに!」「前にも言ったとおり、私に本当の意味で恐怖はないんです。私にあるのは貴方を神のところまで送り届けるという義務だけです。」
僕は"終着点"を見渡した。暗い、病的な赤をした空の下に、朽ちて真っ黒に汚れた十字架や仏の像などがいくつももの悲しく転がっている。精神を病んだ人間の夢の中のような陰鬱な世界だった。
猫は言った。「ここもかつては極楽や天国と呼ばれる場所だったのです。」僕は半信半疑で聞いた。「天国?ここが?何があってこうなったんだ。」「それは聞かされていないのです。この世界の中心にいる神だけが知っていることです。」「じゃあ、他の死者は一体どこにいるんだ。」「それも神が知っているはずです。さあ、落ち着いたら出発します。」「待って、ここからそこまではどのくらいかかるの?」「今の位置からでしたらこのままのペースで約666年です。」僕は呆気にとられて言った。「嘘だろ?」「仕方が無いのです。貴方が元の天国から持ち込もうとしたものは全てこの世界に拒否され消滅しましたから、歩くしかないのです。それにここに転送される時の位置は自分で選ぶことができません。これでも比較的近いのです。さあ、早く行きますよ。」
「貴方が全知全能なのは、この世界に限った話なのです。」猫は体についた
砂を落としながら言った。「貴方の力は、貴方の命令を、それが出された正にその瞬間に実現する能力です。貴方が消えるとき、貴方を消す命令を下している貴方自身も消えてしまいます。その時矛盾が生じてしまいます。貴方を消すには貴方自身が必要なのです。だから貴方は自分自身を消すことはできません。原理的に不可能なのです。」「はは...なんだそんなことかよ。なら、猫、僕は君に僕の力を全て譲渡する。君が僕の代わりにここの主になって、僕を無に還してくれ。」「それも同じ理由でできません。力を譲渡するときに、譲渡するための力も失われてしまうのです。それに、その力は魂を持たないものは扱うことができません。」そんな...やめてくれ...「他に...他に方法はないのか...?」すると猫は、何か含みを持った口調で言った。「一つだけありますが...」「あるけど何なんだ?」「リスクがあります。」無に還ろうとしている俺に今更恐いことなんてあるのか?ああ、一つだけある。まさか...「そうです。永遠に無に還れなくなるリスクです。」
「ずっと教えたくはありませんでしたが、貴方が知りたいと望むのであれば仕方ありません。実は、天国は二つあるのです。」「二つ..?」僕は何兆年もの間に初めて聞くことに戸惑った。「そうです。一つはこの世界のように一つ一つの魂にそれぞれ与えられ、その魂が中の全てを支配できる世界です。そしてもう一つは、"終着点"。あなた方が神と呼ぶ存在がいる場所です。」「神...?神は本当に存在したのか?そこに行けば神に会えるのか?」「神と言っても、貴方が考えているものとはいろいろと違うところがありますが、簡単のためそう呼びました。そして、貴方より前に死んだ死者も皆そこにいます。そこで神に会い、貴方を無に還してもらうように頼むのです。私は神自身に会ったことはないので神のことはよく分からないことが多いですが、そんなことができる者がいるとすれば神以外にないでしょう。それに、神は貴方が今抱えているような苦しみさえ取り除くことができると聞きます。とにかく、それが唯一の方法です。」
僕はこんな大事なことを知っていながら今まで話してこなかったこの猫にまた腹が立ってきた。「何でずっとこのことを黙っていたんだ。そこで他の死者に会えるんだったら、無に還る前に会っておきたいに決まってる。」
すると猫は少しだけ黙ってから言った。「私はここに、全てが貴方の思い通りになるようにするため、貴方を幸せにするために存在しているのです。」「"終着点"へいくためには、貴方はここを離れなければいけません。さっきも言った通り、貴方はこの世界の中だけでのみ万能の力を持ち、他の世界へ行くとそれを失い、その世界の法則に強制的に従うことになるのです。それはつまり、一度"終着点"へ行ってしまったら貴方はもうここへは戻ってこれなくなることを意味します。」「私はどうか貴方にはここを離れて欲しくはないのです。"終着点"は貴方の思っているようなところではありません。他のどんなところよりも異常で、おぞましい場所です。それに神のところにたどり着ける保証もありません。それでも行きたいと言うのですか?」「ああ。」僕は覚悟を決めて言った。「もうこの場所に幸せはない。」
「分かりました。それならば私もついて行きます。私には最後の瞬間まで貴方を幸せにする義務がありますから。」僕はうなずきながら、この世界の全ての物体ごと僕と猫を"終着点"に送るよう念じた。猫がまだ何か言おうとしていたのが微かに聞こえた。
その瞬間、周りにあった景色は全て消え去り、僕は見ているだけで鬱になるような、不気味な赤黒い雲が広がる薄暗い世界にいた。それと同時に空気に満ちた憎しみ、嫉妬、物欲、殺意といったものを全て集めたような負の感情の圧力が押しつぶそうとしてきて、僕は耐えきれずひざまずいた。
顔を上げると、目の前に大きな、毛の生えていない猿のようなものがいた。顔には目がなく、その代わり、全身にできもののように大小様々な目が付いていて、その全てが僕を向いていた。「ヒュッ」僕は恐怖で息を吸い込んだ。化け物から目が離せなくなった。化け物は赤子の声と発情期の猫の鳴き声の中間のような不気味な鳴き声を発した。全身に悪寒が走った。体の筋肉が硬直して動かない。化け物は口を開けた。喉の奥の暗闇から無数の腕が我先にとこちらに伸びてくる。
「逃げてください!」その時聞こえてきた猫の声で我に返った僕は走り出した。目の前を走る猫の後を必死で逃げる。「あ、ああ、あああれは、、」「今は走ることに集中してください。あの異形の者は這いずるだけで走れないようですが、油断していると追いつかれます。」見ると化け物は全身に骨がないようで、地面を這いずりながら追ってくる。僕は恐ろしくて、後ろを振り返らないようにしてひたすら猫の後ろを走った。
しばらく走ってから猫は言った。「ここまで離せばしばらくは大丈夫でしょう。少し休みましょう。さっき話し損ねたこの世界のことを少し説明する必要があります。」僕は恐る恐る後ろを振り返ると、あれはもういなくなっていた。
「いいいまのは、さっき、い、言っていた...」「貴方が無に還れなくなるリスクです。あれは触れたところから貴方を侵食して同化します。そうなれば貴方はあれと同じ化け物となり、ここを永遠に彷徨うのです。ここはああいった化け物で溢れています。」足の震えが止まらなかった。恐怖で息が詰まって苦しかった。「な、何でそんなこと、平然として言える?死ぬよりもっと恐ろしいことになのに!」「前にも言ったとおり、私に本当の意味で恐怖はないんです。私にあるのは貴方を神のところまで送り届けるという義務だけです。」
僕は"終着点"を見渡した。暗い、病的な赤をした空の下に、朽ちて真っ黒に汚れた十字架や仏の像などがいくつももの悲しく転がっている。精神を病んだ人間の夢の中のような陰鬱な世界だった。
猫は言った。「ここもかつては極楽や天国と呼ばれる場所だったのです。」僕は半信半疑で聞いた。「天国?ここが?何があってこうなったんだ。」「それは聞かされていないのです。この世界の中心にいる神だけが知っていることです。」「じゃあ、他の死者は一体どこにいるんだ。」「それも神が知っているはずです。さあ、落ち着いたら出発します。」「待って、ここからそこまではどのくらいかかるの?」「今の位置からでしたらこのままのペースで約666年です。」僕は呆気にとられて言った。「嘘だろ?」「仕方が無いのです。貴方が元の天国から持ち込もうとしたものは全てこの世界に拒否され消滅しましたから、歩くしかないのです。それにここに転送される時の位置は自分で選ぶことができません。これでも比較的近いのです。さあ、早く行きますよ。」
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。
ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。
彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。
婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。
そして迎えた学園卒業パーティー。
ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。
ガッツポーズを決めるリリアンヌ。
そのままアレックスに飛び込むかと思いきや――
彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
「証拠なら全て記録してあります」——記録魔法しか取り柄がないと捨てられた令嬢、婚約破棄の場で三年分の不正を読み上げる
歩人
ファンタジー
伯爵令嬢アネットの唯一の魔法は『記録《レコード》』——見たもの聞いたものを
一字一句記憶する地味な能力。婚約者の侯爵子息ヴィクトルは「戦えない魔法など
無価値だ」と婚約破棄を宣言する。だがアネットは微笑んだ。「承知いたしました。
では最後に一つだけ——」。彼女が読み上げ始めたのは、ヴィクトルが三年間で横領した
軍事費の明細。日付、金額、共犯者の名前、密会の会話。全て『記録』済み。
満座の貴族が凍りつく中、王宮監察官が静かに立ち上がった。
「……続けてください、アネット嬢」。
婚約破棄の舞台は、そのまま公開裁判になった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる