6 / 9
第六話 猫
しおりを挟む
僕と猫は何処までも続く悪夢の世界を歩き続けた。元は美しかったであろう建物は材質も分からないほど腐って崩れていた。もっとも、それが分かったのも猫が教えてくれたからで、言われなければ何も分からないほど、変化が起きてから永い時が過ぎているようだった。
大きな平野にさしかかったとき、僕は首の後ろの方に疲れがたまったような違和感を感じた気がした。焦って後ろを振り向いたが誰もいない。しかし違和感は徐々に強くなっていき、僕は首をまっすぐにしていられなくなった。自然と視線が下に行ったとき、僕は自分の手に目が釘付けになった。何かが大量に爪の間から生えてきている。僕は吐きそうになった。小さな人間の頭のようなものが、手足それぞれの爪の間から無数に生えてきていて、皆ゆらゆら揺れながらまっすぐ僕を見ている。それは見ている間にもどんどん数を増していた。
「うあああ!」僕は絶叫した。「無視してください!」僕の方に気づいた猫が叫んだ。「見てはいけません。無視して黙って歩くのです。そうすればそのうちどこかへ消えていきます。」「そんなこと言ったって!」「それについて話すことも、それらを実体化をさせてしまいます。」「ぐっ。」僕は顔をなんとか前に向けて必死に見ないようにして歩き続けた。数分して急に首の違和感がなくなったので、僕はそっと手の方を見たら、さっきまでいたものは跡形もなく消えていた。「あいつらは、注目や反応がないと実体になることもできない哀れな者達なのです。」猫は独り言のように言った。
僕たちは時々現れる薄気味悪い徘徊者達を警戒しながら、彼らを避けるために物陰に隠れたり、時には来た道を戻ったりして、音も光も少ない寂しい世界を何十年も黙々と進み続けた。異形の者の姿形は皆それぞれ別で、性質も様々だったが、おぞましく醜いという特徴は共通していた。
峠のような道を進んでいるとき、僕は隣を歩く猫に聞いた。「ねえ、そういえば猫はなぜ猫の形をしてるんだ?」「それが貴方にとって"天国の案内人"として納得できる範囲で、最も受け入れやすい姿だったからです。例えば、貴方がキリスト教徒であったなら天使だったでしょうし、仏教徒であれば仏であったでしょう。"知識の部屋"は親しみが持てませんし馬鹿正直に何でも教えますから、"最高に幸せである"という天国の定義を実現するために私のような存在が全ての個人天国にあるのです。」僕は何か引っかかった。「まて、そう考えて決めたのは誰だ?決める前には僕が元いた天国はあったの?」
返事がない。嫌な予感がした。僕は猫の方を向いて口を開こうとした。しかしそこに猫はいない。あわてて後ろを振り返ったときに入ってきたのは、悪夢のような光景だった。
「ああ、嘘だろ...」地面から湧き出た沢山の腸のような管が、その先端についた口で食らいついたり絡んだりして猫を捕らえている。僕は波のように飲み込もうとする腸の塊から猫を助け出すために近づこうとした。「...走ってください!」首を絞められながらも猫は絞り出すように叫んだ。その体中から腸が生えてきている。もう同化が始まっているのか。しかしそれは同化と言うより、内側から破壊されている感じだった。僕は助けたいのに、触れてしまったら自分もこうなると思うと足がすくんでどうしても動けなかった。
猫は最後に残された息を使って必死に言った。「早く逃げてください。私のことなら同情するのは間違っています。言ったでしょう。私には恐怖を感じる魂が無いのだと。さあ、早く..早く...」そう言った直後、頭も化け物に侵食されて猫は原型を失った。僕はもう吐きそうだった。化け物がもう足下まで迫っていることに気づいた。
僕はついに猫をおいてがむしゃらに走り出した。涙が溢れてきた。僕にはどうすることもできなかった。猫はもう戻っては来ないだろう。これからは残された長い長い道のりをたった一人で歩かなきゃいけないんだ。
ああ、ずっと冷たくて淡々としたやつだと思っていたが、思えばあいつは天国に来てからの僕の一番の理解者だった。魂が無いとか、そんなのどうだっていい、関係ないじゃ無いか。考えてみれば、天国に来る前から僕以外の魂があることを確かめられた事なんて一度だって無かった。
僕は十分遠くまで来ても、しばらく走り続ける事を止めなかった。今走ることを止めたらどうにかなりそうだった。
唯一の仲間に取り残された僕に、世界はさらに暗く、真に迫って立ちはだかってくるように感じられた。僕は話し相手がいなくなってもう口を開くことがなくなった。何処まで行っても赤い空と黒い地面が広がる殺風景な世界に孤独感で胸が苦しくなると、神のところにいるであろう他の死者達に会うときのことを考えて気を紛らわせた。化け物に出会うたび、もう食われてしまった方が楽じゃないかとも考えたが、その度に猫の最期を思い出して、そんなことをしても更なる苦しみが待っているだけだと悟った。
僕は徘徊する異形の化け物におびえながら、悠久の時の中をひたすらに歩き続けた。ずっと歩くうちに少しずつ偶像や十字架などの建造物、さらに化け物も増えてきているのに気が付いた僕は、自分がこの世界の中心に近づいているのを感じ始めた。
それから長い長い道のりを歩き続け、僕が元いた他の世界はどういったところだったかさえ忘れかけようとしていた時、今までとは違う何かが目に入り僕ははっとして立ち止まった。
大きな平野にさしかかったとき、僕は首の後ろの方に疲れがたまったような違和感を感じた気がした。焦って後ろを振り向いたが誰もいない。しかし違和感は徐々に強くなっていき、僕は首をまっすぐにしていられなくなった。自然と視線が下に行ったとき、僕は自分の手に目が釘付けになった。何かが大量に爪の間から生えてきている。僕は吐きそうになった。小さな人間の頭のようなものが、手足それぞれの爪の間から無数に生えてきていて、皆ゆらゆら揺れながらまっすぐ僕を見ている。それは見ている間にもどんどん数を増していた。
「うあああ!」僕は絶叫した。「無視してください!」僕の方に気づいた猫が叫んだ。「見てはいけません。無視して黙って歩くのです。そうすればそのうちどこかへ消えていきます。」「そんなこと言ったって!」「それについて話すことも、それらを実体化をさせてしまいます。」「ぐっ。」僕は顔をなんとか前に向けて必死に見ないようにして歩き続けた。数分して急に首の違和感がなくなったので、僕はそっと手の方を見たら、さっきまでいたものは跡形もなく消えていた。「あいつらは、注目や反応がないと実体になることもできない哀れな者達なのです。」猫は独り言のように言った。
僕たちは時々現れる薄気味悪い徘徊者達を警戒しながら、彼らを避けるために物陰に隠れたり、時には来た道を戻ったりして、音も光も少ない寂しい世界を何十年も黙々と進み続けた。異形の者の姿形は皆それぞれ別で、性質も様々だったが、おぞましく醜いという特徴は共通していた。
峠のような道を進んでいるとき、僕は隣を歩く猫に聞いた。「ねえ、そういえば猫はなぜ猫の形をしてるんだ?」「それが貴方にとって"天国の案内人"として納得できる範囲で、最も受け入れやすい姿だったからです。例えば、貴方がキリスト教徒であったなら天使だったでしょうし、仏教徒であれば仏であったでしょう。"知識の部屋"は親しみが持てませんし馬鹿正直に何でも教えますから、"最高に幸せである"という天国の定義を実現するために私のような存在が全ての個人天国にあるのです。」僕は何か引っかかった。「まて、そう考えて決めたのは誰だ?決める前には僕が元いた天国はあったの?」
返事がない。嫌な予感がした。僕は猫の方を向いて口を開こうとした。しかしそこに猫はいない。あわてて後ろを振り返ったときに入ってきたのは、悪夢のような光景だった。
「ああ、嘘だろ...」地面から湧き出た沢山の腸のような管が、その先端についた口で食らいついたり絡んだりして猫を捕らえている。僕は波のように飲み込もうとする腸の塊から猫を助け出すために近づこうとした。「...走ってください!」首を絞められながらも猫は絞り出すように叫んだ。その体中から腸が生えてきている。もう同化が始まっているのか。しかしそれは同化と言うより、内側から破壊されている感じだった。僕は助けたいのに、触れてしまったら自分もこうなると思うと足がすくんでどうしても動けなかった。
猫は最後に残された息を使って必死に言った。「早く逃げてください。私のことなら同情するのは間違っています。言ったでしょう。私には恐怖を感じる魂が無いのだと。さあ、早く..早く...」そう言った直後、頭も化け物に侵食されて猫は原型を失った。僕はもう吐きそうだった。化け物がもう足下まで迫っていることに気づいた。
僕はついに猫をおいてがむしゃらに走り出した。涙が溢れてきた。僕にはどうすることもできなかった。猫はもう戻っては来ないだろう。これからは残された長い長い道のりをたった一人で歩かなきゃいけないんだ。
ああ、ずっと冷たくて淡々としたやつだと思っていたが、思えばあいつは天国に来てからの僕の一番の理解者だった。魂が無いとか、そんなのどうだっていい、関係ないじゃ無いか。考えてみれば、天国に来る前から僕以外の魂があることを確かめられた事なんて一度だって無かった。
僕は十分遠くまで来ても、しばらく走り続ける事を止めなかった。今走ることを止めたらどうにかなりそうだった。
唯一の仲間に取り残された僕に、世界はさらに暗く、真に迫って立ちはだかってくるように感じられた。僕は話し相手がいなくなってもう口を開くことがなくなった。何処まで行っても赤い空と黒い地面が広がる殺風景な世界に孤独感で胸が苦しくなると、神のところにいるであろう他の死者達に会うときのことを考えて気を紛らわせた。化け物に出会うたび、もう食われてしまった方が楽じゃないかとも考えたが、その度に猫の最期を思い出して、そんなことをしても更なる苦しみが待っているだけだと悟った。
僕は徘徊する異形の化け物におびえながら、悠久の時の中をひたすらに歩き続けた。ずっと歩くうちに少しずつ偶像や十字架などの建造物、さらに化け物も増えてきているのに気が付いた僕は、自分がこの世界の中心に近づいているのを感じ始めた。
それから長い長い道のりを歩き続け、僕が元いた他の世界はどういったところだったかさえ忘れかけようとしていた時、今までとは違う何かが目に入り僕ははっとして立ち止まった。
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。
ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。
彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。
婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。
そして迎えた学園卒業パーティー。
ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。
ガッツポーズを決めるリリアンヌ。
そのままアレックスに飛び込むかと思いきや――
彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる