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一、わたしの婚姻
晴江と「礎さん」 第二話
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『礎さん』は人前に出ることがない。その姿の全容を知っている人間もいない。
よって、晴江と礎さんに限っては、通常の結婚のように式を挙げたり、披露宴をしたりなどいうことはない。
戸籍もないのでいわゆる結婚には該当しない。
これから晴江がすることは、ただ礎さんの祠に居を移し、礎さんに尽くして暮らすことだけだ。
まだ肌寒い風が祠の周りに植えられた木々を揺らす。
『庭』と称すべきそれは、礎さんと交流のある近所の老人たちの手によるものということだった。
晴江の荷物はあまり多くなく、手回り品以外の全てはすでに新居の中に運び込まれている。
先日両親とともに挨拶に訪れた時に知ったことだが、おどろくべきことに、祠の中には人間が文化的に暮らすに足りる充分なものが備えられていた。明かりの灯る広いリビングに始まり、晴江が不自由なく使うためのキッチンもあり、上下水道から家電製品に至るまでを完備、絨毯も敷かれ、洞窟の中とは思えないほどの調度が設えられていた。
祠の入り口を眺めていた晴江の一抹の不安は、両親を伴って挨拶に来た折、『礎さん』らしき姿が見えなかったことである。
どうやって肝心の挨拶を行ったかというと――、パソコンである。
誰か、というより主に晴江の母がなにか言葉を発するたびに、答えたのはリビングに置かれたパソコン画面の中の文字だった。
「嫁として必要なことは出来る限り躾けておきましたので」
と晴江の母が言うと、モニタには
<<それは頼もしい限りです>>
と返信が表示され、ついでに機械の合成音声がそれを読み上げる。そんな具合だ。キーボードは見当たらなかった。
そしてとうとう晴江が祠に済むことになる第一日目が今日なのだが、晴江の両親は仕事を理由に来られなかった。晴江ひとりが新居を訪ねることになってしまったのだ。
(お邪魔します、だとおかしいし、ただいま、というのも違う、なんと言って入ればいいんだろう)
祠の前で逡巡していた晴江だったが、日も傾きかけいい加減寒くなってきた。
意を決して、事前に受け取った鍵を重厚な扉の鍵穴に差し込む。
「し、失礼します」
洞窟を塞ぐコンテナのような扉はぎいいいい、と低い音を立てて開いた。
祠の中は真っ暗だった。が、晴江が一歩足を踏み入れると、パッと眼前が明るくなった。センサーライトが点灯したのだ。晴江は扉を閉め、鍵をかける。
緊張で手のひらに汗をかいた。挙動不審にならないよう気を付けながら、晴江はまずリビングに向かった。礎さんとコミュニケーションを取れる場所はそこしか知らない。
よって、晴江と礎さんに限っては、通常の結婚のように式を挙げたり、披露宴をしたりなどいうことはない。
戸籍もないのでいわゆる結婚には該当しない。
これから晴江がすることは、ただ礎さんの祠に居を移し、礎さんに尽くして暮らすことだけだ。
まだ肌寒い風が祠の周りに植えられた木々を揺らす。
『庭』と称すべきそれは、礎さんと交流のある近所の老人たちの手によるものということだった。
晴江の荷物はあまり多くなく、手回り品以外の全てはすでに新居の中に運び込まれている。
先日両親とともに挨拶に訪れた時に知ったことだが、おどろくべきことに、祠の中には人間が文化的に暮らすに足りる充分なものが備えられていた。明かりの灯る広いリビングに始まり、晴江が不自由なく使うためのキッチンもあり、上下水道から家電製品に至るまでを完備、絨毯も敷かれ、洞窟の中とは思えないほどの調度が設えられていた。
祠の入り口を眺めていた晴江の一抹の不安は、両親を伴って挨拶に来た折、『礎さん』らしき姿が見えなかったことである。
どうやって肝心の挨拶を行ったかというと――、パソコンである。
誰か、というより主に晴江の母がなにか言葉を発するたびに、答えたのはリビングに置かれたパソコン画面の中の文字だった。
「嫁として必要なことは出来る限り躾けておきましたので」
と晴江の母が言うと、モニタには
<<それは頼もしい限りです>>
と返信が表示され、ついでに機械の合成音声がそれを読み上げる。そんな具合だ。キーボードは見当たらなかった。
そしてとうとう晴江が祠に済むことになる第一日目が今日なのだが、晴江の両親は仕事を理由に来られなかった。晴江ひとりが新居を訪ねることになってしまったのだ。
(お邪魔します、だとおかしいし、ただいま、というのも違う、なんと言って入ればいいんだろう)
祠の前で逡巡していた晴江だったが、日も傾きかけいい加減寒くなってきた。
意を決して、事前に受け取った鍵を重厚な扉の鍵穴に差し込む。
「し、失礼します」
洞窟を塞ぐコンテナのような扉はぎいいいい、と低い音を立てて開いた。
祠の中は真っ暗だった。が、晴江が一歩足を踏み入れると、パッと眼前が明るくなった。センサーライトが点灯したのだ。晴江は扉を閉め、鍵をかける。
緊張で手のひらに汗をかいた。挙動不審にならないよう気を付けながら、晴江はまずリビングに向かった。礎さんとコミュニケーションを取れる場所はそこしか知らない。
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