わたしの婚姻

山岸ンル

文字の大きさ
2 / 16
一、わたしの婚姻

晴江と「礎さん」 第二話

しおりを挟む
 『礎さん』は人前に出ることがない。その姿の全容を知っている人間もいない。
 よって、晴江と礎さんに限っては、通常の結婚のように式を挙げたり、披露宴をしたりなどいうことはない。
 戸籍もないのでいわゆる結婚には該当しない。
 これから晴江がすることは、ただ礎さんの祠に居を移し、礎さんに尽くして暮らすことだけだ。

 まだ肌寒い風が祠の周りに植えられた木々を揺らす。
 『庭』と称すべきそれは、礎さんと交流のある近所の老人たちの手によるものということだった。
 晴江の荷物はあまり多くなく、手回り品以外の全てはすでに新居の中に運び込まれている。
 先日両親とともに挨拶に訪れた時に知ったことだが、おどろくべきことに、祠の中には人間が文化的に暮らすに足りる充分なものが備えられていた。明かりの灯る広いリビングに始まり、晴江が不自由なく使うためのキッチンもあり、上下水道から家電製品に至るまでを完備、絨毯も敷かれ、洞窟の中とは思えないほどの調度が設えられていた。

 祠の入り口を眺めていた晴江の一抹の不安は、両親を伴って挨拶に来た折、『礎さん』らしき姿が見えなかったことである。
 どうやって肝心の挨拶を行ったかというと――、パソコンである。
 誰か、というより主に晴江の母がなにか言葉を発するたびに、答えたのはリビングに置かれたパソコン画面の中の文字だった。
「嫁として必要なことは出来る限り躾けておきましたので」
 と晴江の母が言うと、モニタには
<<それは頼もしい限りです>>
 と返信が表示され、ついでに機械の合成音声がそれを読み上げる。そんな具合だ。キーボードは見当たらなかった。

 そしてとうとう晴江が祠に済むことになる第一日目が今日なのだが、晴江の両親は仕事を理由に来られなかった。晴江ひとりが新居を訪ねることになってしまったのだ。

(お邪魔します、だとおかしいし、ただいま、というのも違う、なんと言って入ればいいんだろう)

 祠の前で逡巡していた晴江だったが、日も傾きかけいい加減寒くなってきた。
 意を決して、事前に受け取った鍵を重厚な扉の鍵穴に差し込む。
「し、失礼します」
 洞窟を塞ぐコンテナのような扉はぎいいいい、と低い音を立てて開いた。
 祠の中は真っ暗だった。が、晴江が一歩足を踏み入れると、パッと眼前が明るくなった。センサーライトが点灯したのだ。晴江は扉を閉め、鍵をかける。
 緊張で手のひらに汗をかいた。挙動不審にならないよう気を付けながら、晴江はまずリビングに向かった。礎さんとコミュニケーションを取れる場所はそこしか知らない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...