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一、わたしの婚姻
晴江と「礎さん」 第三話
しおりを挟む晴江はリビングのソファに鞄を下ろし、パソコンの前に陣取った。
「勝手に上がらせていただきました」
と断ると、ややあって、
<<今日からあなたの家です、問題ありません>>
と返事が来た。中性的な機械音声が読み上げる。続けて、
<<私には人間の飲食物は必要ありません キッチンもお好きに使って結構ですので、どうぞお茶など飲んでください>>
とパソコンが言った。
晴江はその言葉に従って台所に入った。ラックの中にインスタントコーヒーや紅茶の葉がある。未開封のそれは、晴江のために用意されたものに違いなかった。
紅茶を淹れ、リビングに戻る。いらないと言われたので礎さんの分はない。
沈黙が祠に満ちる。相変わらず礎さんの姿はない。
「あの」
晴江は焦れて話しかけた。
<<はい>>
「どうして隠れたままなんですか?」
好感を持っていないことを露わに晴江が訊く。
「わたしたち、これから夫婦なのでは?」
厭味ったらしくなったな、と思ったが、晴江はこれくらいの憂さ晴らしはしてもいいだろう、と開き直った。
返答はない。
「……あの?」
しんとしていた。
しばらくして、やっと機械が声を出した。
<<私は、あなたのように美しくないので>>
心なしかしょぼくれているような回答に、晴江はあんぐりと口を開けた。そして、少し照れた。面と向かって――ではないかもしれないが、「美しい」などと言われたのは初めてだったからだ。
まあ、金で嫁をもらわなければならないような相手に、容姿の良さなどはなから期待していない。
「そうですか」
それだけ返して、晴江は紅茶を飲んだ。
母親が言ったとおり、晴江は家事能力に長けていた。が、そんなことはあまり重要ではないらしい、と晴江はその日すぐに気がついた。
礎さんは人間のような食事は取らないし、外出するための服など着ないので洗濯も必要ない。せいぜい掃除をして祠の中を清潔に保つくらいだな、となんだか拍子抜けしてしまった。
一人分の夕食を作り、食べていると、パソコンのモニタに文字が浮かんだ。
<<料理上手なんですね>>
料理をしないし食べもしない礎さんにそんなことを言われて、晴江は苦笑いした。
「ありがとうございます」
彼は彼なりに良い関係を作ろうとしているのだろうか。
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