4 / 16
一、わたしの婚姻
晴江と「礎さん」 第四話
しおりを挟む
礎さんは普段どこから祠の中を見ているのだろう。そんな疑問が湧く。晴江は湯船の中で強化プラスチックの天井を見てみる。換気扇が回っており、そこはさすがに外に繋がっているらしい。
礎さんの姿を見たものはいるのだろうか。もしかして、これからもずっと姿が見えないまま暮らすのだろうか。それはいくらなんでもぞっとする。
晴江は風呂から上がり、脱衣所の鏡に全身を映す。
シミひとつない、みずみずしい女の身体。
これからどうなるのだろう。平穏な結婚生活は送れるのだろうか。
今夜が初夜に当たる、と気付いた時、晴江は嫌悪感で吐き気がした。定着型粘質性多肢生物――言葉は聞いたことがあるが、その実態は知らない。調べたこともある、しかし資料が少なすぎた。
定型を持たず、ひと所にとどまり、粘膜質の腕が多い。その程度しかわからない。世界にも数例しかないと言われる、知能ある化け物。
パジャマに着替え、髪を乾かして寝室に入る。まだ早い時間と言えたが、他にすることもないので寝るしかない。
寝室にもモニタがあり、礎さんと会話ができるようになっていた。明かりは控えめで、眠りに向かう者の交感神経を鎮める役割を果たしているようだった。
<<晴江さん>>
礎さんが話しかけてきた。
「はい?」
基礎化粧品を使い終わった晴江がモニタに振り返る。そこに礎さんがいるわけではないが、声のする方を向いてしまうのはしょうがなかった。
<<これから……、初夜を迎えますので、……私の姿をお見せします。どうか驚かないで>>
「は……」
晴江が返答する前に、一度寝室のランプが瞬いた。
ず、と何かを引きずるような音。
その音の出処が分からず、晴江はあたりを見回す。視界の端に異物が見えた。恐る恐る天井を見る。
――そこには、幾本もの触手が連なって垂れ下がっていた。
「……っ!」
息を呑む晴江の目の前で、触手は徐々に質量を増し、肉の塊になっていく。ずずず。天井から生えているように見えるそれは床につき、人間とは似ても似つかぬ形にまとまっていった。
「…………、あ……」
見たこともないものだった。晴江は口を覆い、ただじっと塊を見ていた。
<<私は>>
モニタから声がした。
<<本来この洞窟を覆うほどの大きさがあります。すべてを見ることは出来ないでしょう>>
ずるり、と触手を使って『礎さん』は晴江ににじり寄った。晴江は思わず後退る。鏡台にぶつかって、化粧水のボトルが倒れた。
「あっ」
転びそうになった晴江を、肉塊から伸びた触手が抱きとめる。
<<怖がらせてしまいましたね>>
驚愕から、晴江は声が出せなかった。
何本もの触手を用いて、礎さんは晴江をベッドに座らせた。その内の一本が、そうっと晴江の頬に触れた。
礎さんの姿を見たものはいるのだろうか。もしかして、これからもずっと姿が見えないまま暮らすのだろうか。それはいくらなんでもぞっとする。
晴江は風呂から上がり、脱衣所の鏡に全身を映す。
シミひとつない、みずみずしい女の身体。
これからどうなるのだろう。平穏な結婚生活は送れるのだろうか。
今夜が初夜に当たる、と気付いた時、晴江は嫌悪感で吐き気がした。定着型粘質性多肢生物――言葉は聞いたことがあるが、その実態は知らない。調べたこともある、しかし資料が少なすぎた。
定型を持たず、ひと所にとどまり、粘膜質の腕が多い。その程度しかわからない。世界にも数例しかないと言われる、知能ある化け物。
パジャマに着替え、髪を乾かして寝室に入る。まだ早い時間と言えたが、他にすることもないので寝るしかない。
寝室にもモニタがあり、礎さんと会話ができるようになっていた。明かりは控えめで、眠りに向かう者の交感神経を鎮める役割を果たしているようだった。
<<晴江さん>>
礎さんが話しかけてきた。
「はい?」
基礎化粧品を使い終わった晴江がモニタに振り返る。そこに礎さんがいるわけではないが、声のする方を向いてしまうのはしょうがなかった。
<<これから……、初夜を迎えますので、……私の姿をお見せします。どうか驚かないで>>
「は……」
晴江が返答する前に、一度寝室のランプが瞬いた。
ず、と何かを引きずるような音。
その音の出処が分からず、晴江はあたりを見回す。視界の端に異物が見えた。恐る恐る天井を見る。
――そこには、幾本もの触手が連なって垂れ下がっていた。
「……っ!」
息を呑む晴江の目の前で、触手は徐々に質量を増し、肉の塊になっていく。ずずず。天井から生えているように見えるそれは床につき、人間とは似ても似つかぬ形にまとまっていった。
「…………、あ……」
見たこともないものだった。晴江は口を覆い、ただじっと塊を見ていた。
<<私は>>
モニタから声がした。
<<本来この洞窟を覆うほどの大きさがあります。すべてを見ることは出来ないでしょう>>
ずるり、と触手を使って『礎さん』は晴江ににじり寄った。晴江は思わず後退る。鏡台にぶつかって、化粧水のボトルが倒れた。
「あっ」
転びそうになった晴江を、肉塊から伸びた触手が抱きとめる。
<<怖がらせてしまいましたね>>
驚愕から、晴江は声が出せなかった。
何本もの触手を用いて、礎さんは晴江をベッドに座らせた。その内の一本が、そうっと晴江の頬に触れた。
0
あなたにおすすめの小説
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる