わたしの婚姻

山岸ンル

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一、わたしの婚姻

晴江と「礎さん」 第四話

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 礎さんは普段どこから祠の中を見ているのだろう。そんな疑問が湧く。晴江は湯船の中で強化プラスチックの天井を見てみる。換気扇が回っており、そこはさすがに外に繋がっているらしい。
 礎さんの姿を見たものはいるのだろうか。もしかして、これからもずっと姿が見えないまま暮らすのだろうか。それはいくらなんでもぞっとする。
 晴江は風呂から上がり、脱衣所の鏡に全身を映す。
 シミひとつない、みずみずしい女の身体。
 これからどうなるのだろう。平穏な結婚生活は送れるのだろうか。
 今夜が初夜に当たる、と気付いた時、晴江は嫌悪感で吐き気がした。定着型粘質性多肢生物――言葉は聞いたことがあるが、その実態は知らない。調べたこともある、しかし資料が少なすぎた。
 定型を持たず、ひと所にとどまり、粘膜質の腕が多い。その程度しかわからない。世界にも数例しかないと言われる、知能ある化け物。

 パジャマに着替え、髪を乾かして寝室に入る。まだ早い時間と言えたが、他にすることもないので寝るしかない。
 寝室にもモニタがあり、礎さんと会話ができるようになっていた。明かりは控えめで、眠りに向かう者の交感神経を鎮める役割を果たしているようだった。
<<晴江さん>>
 礎さんが話しかけてきた。
「はい?」
 基礎化粧品を使い終わった晴江がモニタに振り返る。そこに礎さんがいるわけではないが、声のする方を向いてしまうのはしょうがなかった。
<<これから……、初夜を迎えますので、……私の姿をお見せします。どうか驚かないで>>
「は……」
 晴江が返答する前に、一度寝室のランプが瞬いた。
 ず、と何かを引きずるような音。
 その音の出処が分からず、晴江はあたりを見回す。視界の端に異物が見えた。恐る恐る天井を見る。
 ――そこには、幾本もの触手が連なって垂れ下がっていた。
「……っ!」
 息を呑む晴江の目の前で、触手は徐々に質量を増し、肉の塊になっていく。ずずず。天井から生えているように見えるそれは床につき、人間とは似ても似つかぬ形にまとまっていった。
「…………、あ……」
 見たこともないものだった。晴江は口を覆い、ただじっと塊を見ていた。
<<私は>>
 モニタから声がした。
<<本来この洞窟を覆うほどの大きさがあります。すべてを見ることは出来ないでしょう>>
 ずるり、と触手を使って『礎さん』は晴江ににじり寄った。晴江は思わず後退る。鏡台にぶつかって、化粧水のボトルが倒れた。
「あっ」
 転びそうになった晴江を、肉塊から伸びた触手が抱きとめる。
<<怖がらせてしまいましたね>>
 驚愕から、晴江は声が出せなかった。
 何本もの触手を用いて、礎さんは晴江をベッドに座らせた。その内の一本が、そうっと晴江の頬に触れた。
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