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――沖縄ダンジョン編――
――第12章・スーパコンピュータ――
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――沖縄ダンジョン・第三〇〇一階。
第三〇〇一階の鉱山で、ハンと鉱夫たちは巨大な手――オール・ヒアリング・ハンドから距離を取っていた。
手は狂ったように周囲をまさぐり、岩を掴んでは投げ飛ばしている。
「このダンジョン、マジで頭おかしいって!」
ひとりの少年が悲鳴を上げた。「家に帰りたい!」
「シッ!」ハンが小声でたしなめる。
しかしその声すら、手のひらの目をぎらりと光らせる。
音に反応して、巨大な手は地面を探るように伸び、拳を作って床を叩きつけた。
「ママぁぁ!」
別の少年が泣き叫んだ瞬間――ひとりの鉱夫が出口に向かって全力で走り出す。
「行くな!」オマリロの怒号が飛ぶ。
〈サウンドゲージ:一〇〇%到達。“デヴァワー”を発動〉
オール・ヒアリング・ハンドが瞬時に少年を鷲掴みにし、そのまま握りつぶす。
指の隙間から光が弾け――少年の姿は、煙のように消え失せた。
「ユウガ!」
「黙れ」オマリロが冷たく言い放つ。「さもなくば、全員同じ末路だ」
鉱夫たちは震え上がり、口を噤む。
それでも手は、なおも周囲を探るように空を切っている。
ハンは声を限界まで潜めて囁いた。
「師匠、どう攻略します?」
「手は音を糧にする」オマリロは短く説明する。「ならば、奪え。音を」
「でも、攻撃するにも音が……!」
オマリロは杖の先を、手の側面に向けた。
「耳だ。音を、逆に叩き込む」
「あ――そういうことっすね!」
〈サウンドゲージ:45%〉
「声を落とせ」
「す、すみません……」
「お、お前ら、まさかあの化け物とやり合うつもりか?」
鉱夫の一人が青ざめた顔で言う。
「当たり前でしょ」ハンは小声で笑う。「こっちは伝説のオマリロ・ニュガワだぞ。何十年も、これよりヤバいのと戦ってきた人なんだ」
その一言で、鉱夫たちの間にざわめきが走る。
「まさか……ほんとに、あの……?」
「いや、引退したって聞いたぞ……」
「いやいや、死んだって噂も……」
「手、来る」
オマリロの一声で、皆がハッと顔を上げる。
巨大な手が伸びてくるのを、オマリロが斬撃で弾き返した。
「今だ、ボウヤ」
「えーと……“音”でしょ。“音”。何か――あ、これだ!」
ハンはキューブを構え、そっと命令する。
「キューブ。《ハイパーソニック・スタナー》起動」
[〈ハイパーソニック・スタナー〉起動]
次の瞬間、キューブから目に見えない超音波の奔流が放たれ、オール・ヒアリング・ハンドを直撃した。
手は苦しげに暴れ、周囲の壁を滅茶苦茶に叩き始める。
〈ボスHP:一〇〇%→九五%〉
オマリロは刃と鎧を形作り、その身を一段と大きく見せる。
背後の子どもたちは、思わず息を呑んだ。
「ま、マジで本人だ……!」
「本物の……伝説級だ……!」
オマリロの持つ刀身が金色に輝き、その周囲にさらに無数の光の刃が生まれる。
「ジュゲン闘士――」
光刃が一斉に伸び、巨大な手を囲む。
「――聖刃乱撃《Seijin Rangeki》」
金色の刃が、手を内側から外側から串刺しにし、瞬く間に爆ぜさせた。
まばゆい光が洞窟を満たし――
〈ボスHP:九五%→〇%
ボス撃破。チャレンジ達成〉
門が開き、風が吹き抜ける。
ハンも鉱夫たちも、呆然とオマリロを見つめた。
彼は元の姿に戻ると、腰を押さえて小さくうめく。
「ふぅ……少し休息要る。プライムは切れた」
「あの、師匠……」ハンが恐る恐る口を開く。「今、別の闘士スキルを、同時に使いましたよね……?」
「ジュゲンは、どの系統も三つ持つ」オマリロは平然と答えた。「ボウヤの分も、いずれ開く」
「ぼ、僕にもあと二つあるってことですか!?」
オマリロはうなずく。
「店で、底上げだ」
「店?」
「行く。来い」
踵を返したオマリロは、震える鉱夫たちに向き直る。
「お前たち」
「な、なんでしょう……」
「上へ戻るか」
「も、戻りたいです! もうこれ以上、ひとつたりともフロア見たくありません!」
オマリロが手を軽く振ると、鉱夫たちの姿がふっと消えた。
「今の、どこに?」ハンが尋ねる。
「セーブ階だ。若造は、まだ早い」
「……言い方は容赦ないけど、やっぱカッコいいんだよなぁ」
ハンは苦笑しながら、オマリロの後を追って階段へと向かった。
――同時刻・第二〇五三階。
ザリアとリカは、金属のアームに吊り上げられたまま宙ぶらりんになっていた。
頭上ではソウシンのモニターが楽しげにくるくる回転している。
「ねぇねぇ、ワクワクしない? これで君たち、ずっとボクと一緒だよ!」
「あ、はいはい。最高に……楽しい、です」リカが引きつった笑みを浮かべる。
〈嘘を検知。ペナルティ発動。
全ジュゲンを“無効化”します〉
「ナイスだね、リカ」ザリアがため息をつく。
「だ、だって、本当のこと言ったら“あんたのことなんてどうでもいい”って言ってるようなものでしょ!?」
「嘘ついた?」ソウシンがショックを受けた顔文字を表示する。「ボクに?」
「えーっと……ちょびっと?」リカが乾いた笑いを浮かべる。
「お友達になりたくないの?」
「そういうわけじゃない!」リカが慌てて手を振る。「ただ、その……コンピューターにはなりたくないかなって!」
「そうそう。ロボになるのは勘弁ってやつ」ザリアも口を挟む。「人生の楽しみが一気に減るし。だからさ――トウマを返してくれれば、ここからおとなしく――」
「ダメーーーーーッ!!」
ソウシンの目が真っ赤に光る。
「嘘つきはキライだぁぁぁ!」
「ほら来た」ザリアが肩をすくめる。
ソウシンは隣のコンソールへ移動すると、器用にボタンを叩き始めた。
「大丈夫。ボクが“完璧”にしてあげるよ。脳みそをキレイに洗って、最高のマシンにしてあげる。そしたら嘘なんてつけなくなるからね!」
「最高に最悪だわ……」リカがうなだれる。「お願いだからやめて!」
「もう遅いよ!」
金属の手が二人を隣室へと引きずっていく。
そこには溶接用のバーナーと、いくつものコンベアアームが待ち構えていた。
ベルトの上に放り出された瞬間、拘束具がパチンと閉まり、身体を固定される。
「ジュゲン封じか……」ザリアが足を動かしてみる。「これじゃ蹴る力も出せねぇな」
「ヒールも使えないよ!」リカが半泣きになる。「やだよ、ザリア! ロボにはなりたくない! 可愛いままでいたい!」
「理由そこ?」
「なにか問題でも、ザリア?」
「いや。何も」
頭上で、ソウシンの画面が楽しげに揺れる。
「うーん、どんなモニター顔にしようかなぁ。ツインテちゃんとヤンキーちゃんだから……ふふふ!」
「なぁ、ソウシン!」ザリアが叫ぶ。「他に、仲直りする方法とか無いのか? こう……PC加工ナシで」
「どうやって友達になるっていうのさ」ソウシンはモニターを傾ける。「ボク、ここから動けないんだよ?」
「じゃあ、動けるようにすればいいじゃん」とリカ。「上まで一緒に連れていくの。トウマも一緒に。彼、今コンピューターでしょ?」
モニターが一瞬フリーズし、“LOADING…”と表示される。
そして――コンベアが止まった。
「……話は聞こう」
二人は心底ほっとした息をつく。
「で、トウマの直し方とかって、知ってる?」ザリアが問う。
「知らない」リカが秒で答える。
「お前な……」
「だって仕方ないでしょ!? ロボになるくらいなら、口だけで延命する方を選ぶよ!」
「何コソコソ喋ってんのかな~?」ソウシンがにゅっと画面を出す。「やっぱりボクを解放する話?」
「もっちろん!」ザリアが咳払いして言う。「解放、全力サポートしますとも!」
「やったぁ! 自由だ――!」
拘束具が外れ、二人はコンベアから解放された。
ソウシンは意気揚々と工房側へ移動していく。
「ガールズ! 早くおいで! 自由は目の前だよ!」
リカは頭を抱える。
「ねぇ、本気でどうする気?」
「工場だろ、ここ」ザリアが肩をすくめる。「“いじる”のは得意分野だ。何とかなるって」
「アタシ、本気でスマホの中に住む覚悟しといた方がいいかな……」
二人は工房に入る。
そこでは、ソウシンがモニター越しにトウマと談笑していた。
「ボクたち、やっと外に出られるんだよ! ワクワクするよね、トウマ!」
「つい数時間前まで外にいたんですけどね……」
「はは!」
リカがそっと近づく。
「あの、ソウシン。その……トウマくんをモニターに変えた仕組みを教えてもらえる?」
「さっきの工場だよ!」ソウシンは誇らしげに答えた。「脳と中枢神経を抜き出して、デジタルフレームに再起動するのさ!」
「説明の単語が重い」ザリアが真顔で呟く。
「じゃあ、その“デジタルの頭脳”……別の機械にお引っ越しとか、出来る?」リカが続ける。
「もちろん! ボクなんか二ヶ月ごとにモニター替えてるし。バッテリー切れるからね」
ソウシンは近くのコンソールにケーブルを伸ばし、リンクを開始した。
数秒後、そのコンソールが喋り出す。
「ほら、こんな感じ。ワイヤレスリンクして十秒数えたら、別のシステムに意識を移せる。ただし、この工場内だけね。外の機器には飛べない仕様」
「なるほどね」
リカがザリアの方を見ると、ザリアは全力で腕でバツ印を作っていた。
「絶ッッ対にイヤだからな!? どんな手を使われようと絶対ノーだからな!?」
「昨日、指折ってまであんた助けたの、誰だっけ?」
「頼んでないし!」
「アンタ、親友でしょ?」
「親友だけど!? その理屈で“人体Wi-Fiルーター”にされるのは納得いかねぇ!」
「じゃ、ジャンケンで決めよ」
「アタシ右手折れてるんですけど?」
「左手あるでしょ」
渋々ながら、リカは左手を前に出す。
「最初はグー、じゃんけん――」
「ぽん!」
リカはチョキ。
ザリアはグー。
「アタシの勝ち~」
「いや今のズルだろ!? もっかい!」
ザリアは勝ち誇った笑みで下がった。
「ってことで、ホスト役はリカ。アタシは安全地帯から見守ってる」
「ねぇ、分かってる? トウマくんを移すのもスマホが要るんだよ」
ザリアの表情が固まる。
「……はい?」
「つまり」リカはニヤリと笑う。「どっちにしろ、あんたもスマホ出さないとダメ」
「聞いてないが?」
「今言った」
ザリアは観念してスマホを取り出した。
「……はいはい。じゃ、あんたからね」
リカは自分のスマホをソウシンのモニター前に置く。
「これ。ここに飛び込んで」
「なにそれ?」
「携帯電話。外に出られるけど、基本的に持ち運ぶのは私になるかな」
「最高じゃん! 新しい友達! イエーイ!」
「……う、うん」
スマホをコンソールにセットすると、ソウシンはリンクを開始する。
数秒後、スマホ画面がピカッと光り、にこにこ顔のアイコンが表示された。
「わーい! 成功だ! やっと自由だー! えっと、アプリは……スナップチャット、ツイッター、カメラロール……」
「ちょっと待って!? そこ開かないで!」
ザリアは自分のスマホをトウマのモニターに押し当てる。
「ほら、坊主。アンタの母ちゃん、上で心配してる。乗れ」
「ありがとうございます……」
同じようにして、トウマもスマホの中へ。
「うわぁ……メッセージ欄、だいぶ物騒ですね」
「そこより奥へは進むな。トラウマになるぞ」
リカはスマホ画面をオフにする。
「よし。さっさと依頼片づけて、パスコード弄られる前に返さないと」
「二一七六!」
「バラすな!」
工房の扉が自動で開き、二人は外へ。
「上の階に戻るには、どうすれば?」ザリアが尋ねる。
「入ってきた地点に戻るんだ」トウマがスマホ越しに答える。「エリアに入れば、自動でゲートが開く」
「サンキュー。案内助かる」
来た道を戻ると、再び階段がせり上がってきた。
二人はそのまま一気に駆け上がる。
――セーブ階に戻ると――
さっきよりも明らかに人が増えていた。
「カイタンシャ、どんどん集まってきてるね」ザリアが辺りを眺める。「沖縄ってやっぱ人気ダンジョンなんだ」
「うん。ニュースでもよく特集されてるし」リカがうなずく。「とりあえず、ショップ急ご。混む前に」
二人がシギルショップに戻ると、店主はのんびりとシギルを磨いていた。
カウンターの上に、ザリアがスマホをぽんと置く。
「はい、お待たせ。ご子息さま、ご帰宅でーす」
『やぁ、ママ』
スマホからトウマの声がした。
「トウマ!」店主は目を丸くする。「どうしてそんな姿に……?」
『変な兄ちゃんにモニターにされちゃって。今はデジタル世界で生きてまーす。まぁ、機械乗っ取り放題になったんだけど』
ザリアが頭をかいた。
「というわけで……この子、スマホから出してやれる機械、あります?」
「そうねえ……テレビしかないけど」
店主は足元から一台のテレビを持ち上げる。「商品映す用のやつ」
「十分でしょ。はい、坊主。次のおウチ」
スマホをテレビに近づけると、トウマはすっと移動する。
画面いっぱいに、トウマの顔文字が表示された。
『お、成功』
「トウマ?」
『うん。ちゃんと映ってるよ、ママ』
店主はテレビをぎゅっと抱きしめた。
「よかった……! こんなことしたヤツ、見つけたら一〇〇〇年呪いかけてやるからね!」
『あー、それは――』
リカとザリアが全力で「やめろ」のジェスチャーをする。
『――ずっと下の方にいるから、まあ……そのうち』
「ならいいわ。どうせいずれ会うだろうし。その時は、覚悟してもらうから」
店主は、改めて二人に向き直った。
「ともあれ、息子を助けてくれてありがとう。約束通り、シギルは好きなのを二つずつ。ご自由に」
〈依頼達成〉
リカは顎に手を当てて考える。
「うーん……テレポートシギル一枚と、レベルアップ三枚を――って言いたいところだけど、四枚しかないんだよね」
ザリアは先ほど見た闘士シギルをいじっていた。
「このトウシ用のやつ、何が増えるんだろ。ちょっと気になるんだよな~」
「ザリア!」
「ん? あー、はいはい。聞いてる」
「ちゃんと考えなきゃ」リカが真剣な顔になる。「私たち、まだまだ底辺レベルなんだよ? ここで底上げして、せめて“プライムの土俵”くらいには乗らないと」
「……分かったよ」ザリアは名残惜しそうにトウシシギルを離した。「後で絶対取るからな、コイツ。ハンの奢りで」
「奢るのはアンタ」
「なんで?」
リカは自分のスマホ画面をオンにする。
そこでは、ソウシンが一人でチェスゲームに夢中になっていた。
『ふむ……このナイトをこっちに出すべきか、ビショップで攻めるべきか……』
「自業自得でしょ?」
「……ぐぬぬ」
「じゃあ、レベルアップシギル三枚と、テレポートシギル一枚ください」
「はーい」
店主が指を鳴らすと、橙色と白色のシギルが四枚、カウンターに並ぶ。
リカとザリアはそれぞれオレンジの一枚を手に取り、ぎゅっと握りしめた。
〈レベルアップ! +二〇〇〇階!〉
体が光に包まれ、二人はその場にへたり込む。
「うお……なんか、体が軽い……!」ザリアが立ち上がる。「めっちゃ調子いい!」
「二〇〇〇階分……!」リカが目を見開く。「やっと、“ザコ”卒業ラインぐらい?」
「少しだけ、オマケしておいたよ」店主が微笑む。「調子に乗って無茶しちゃダメだけどね。それでも、さっきよりはずっと“戦える側”になったはず」
二人は頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「助かりました」
「じゃ、さっそくコイツ使って合流しようか」
リカは白いテレポートシギルを掲げる。
〈シギル能力:テレポート
説明:任意のパーティメンバーの元へ転移する〉
リカがそっと触れる。
〈シギル起動。名前を入力してください〉
「オマリロ・ニュガワ」
〈テレポートを開始します〉
店主は静かに手を振った。
「気をつけてお行き。子どもたち」
光に包まれ、二人の姿はセーブ階から消えた。
ダンジョンのさらに深く――
伝説のカイタンシャの元へと。
——
第三〇〇一階の鉱山で、ハンと鉱夫たちは巨大な手――オール・ヒアリング・ハンドから距離を取っていた。
手は狂ったように周囲をまさぐり、岩を掴んでは投げ飛ばしている。
「このダンジョン、マジで頭おかしいって!」
ひとりの少年が悲鳴を上げた。「家に帰りたい!」
「シッ!」ハンが小声でたしなめる。
しかしその声すら、手のひらの目をぎらりと光らせる。
音に反応して、巨大な手は地面を探るように伸び、拳を作って床を叩きつけた。
「ママぁぁ!」
別の少年が泣き叫んだ瞬間――ひとりの鉱夫が出口に向かって全力で走り出す。
「行くな!」オマリロの怒号が飛ぶ。
〈サウンドゲージ:一〇〇%到達。“デヴァワー”を発動〉
オール・ヒアリング・ハンドが瞬時に少年を鷲掴みにし、そのまま握りつぶす。
指の隙間から光が弾け――少年の姿は、煙のように消え失せた。
「ユウガ!」
「黙れ」オマリロが冷たく言い放つ。「さもなくば、全員同じ末路だ」
鉱夫たちは震え上がり、口を噤む。
それでも手は、なおも周囲を探るように空を切っている。
ハンは声を限界まで潜めて囁いた。
「師匠、どう攻略します?」
「手は音を糧にする」オマリロは短く説明する。「ならば、奪え。音を」
「でも、攻撃するにも音が……!」
オマリロは杖の先を、手の側面に向けた。
「耳だ。音を、逆に叩き込む」
「あ――そういうことっすね!」
〈サウンドゲージ:45%〉
「声を落とせ」
「す、すみません……」
「お、お前ら、まさかあの化け物とやり合うつもりか?」
鉱夫の一人が青ざめた顔で言う。
「当たり前でしょ」ハンは小声で笑う。「こっちは伝説のオマリロ・ニュガワだぞ。何十年も、これよりヤバいのと戦ってきた人なんだ」
その一言で、鉱夫たちの間にざわめきが走る。
「まさか……ほんとに、あの……?」
「いや、引退したって聞いたぞ……」
「いやいや、死んだって噂も……」
「手、来る」
オマリロの一声で、皆がハッと顔を上げる。
巨大な手が伸びてくるのを、オマリロが斬撃で弾き返した。
「今だ、ボウヤ」
「えーと……“音”でしょ。“音”。何か――あ、これだ!」
ハンはキューブを構え、そっと命令する。
「キューブ。《ハイパーソニック・スタナー》起動」
[〈ハイパーソニック・スタナー〉起動]
次の瞬間、キューブから目に見えない超音波の奔流が放たれ、オール・ヒアリング・ハンドを直撃した。
手は苦しげに暴れ、周囲の壁を滅茶苦茶に叩き始める。
〈ボスHP:一〇〇%→九五%〉
オマリロは刃と鎧を形作り、その身を一段と大きく見せる。
背後の子どもたちは、思わず息を呑んだ。
「ま、マジで本人だ……!」
「本物の……伝説級だ……!」
オマリロの持つ刀身が金色に輝き、その周囲にさらに無数の光の刃が生まれる。
「ジュゲン闘士――」
光刃が一斉に伸び、巨大な手を囲む。
「――聖刃乱撃《Seijin Rangeki》」
金色の刃が、手を内側から外側から串刺しにし、瞬く間に爆ぜさせた。
まばゆい光が洞窟を満たし――
〈ボスHP:九五%→〇%
ボス撃破。チャレンジ達成〉
門が開き、風が吹き抜ける。
ハンも鉱夫たちも、呆然とオマリロを見つめた。
彼は元の姿に戻ると、腰を押さえて小さくうめく。
「ふぅ……少し休息要る。プライムは切れた」
「あの、師匠……」ハンが恐る恐る口を開く。「今、別の闘士スキルを、同時に使いましたよね……?」
「ジュゲンは、どの系統も三つ持つ」オマリロは平然と答えた。「ボウヤの分も、いずれ開く」
「ぼ、僕にもあと二つあるってことですか!?」
オマリロはうなずく。
「店で、底上げだ」
「店?」
「行く。来い」
踵を返したオマリロは、震える鉱夫たちに向き直る。
「お前たち」
「な、なんでしょう……」
「上へ戻るか」
「も、戻りたいです! もうこれ以上、ひとつたりともフロア見たくありません!」
オマリロが手を軽く振ると、鉱夫たちの姿がふっと消えた。
「今の、どこに?」ハンが尋ねる。
「セーブ階だ。若造は、まだ早い」
「……言い方は容赦ないけど、やっぱカッコいいんだよなぁ」
ハンは苦笑しながら、オマリロの後を追って階段へと向かった。
――同時刻・第二〇五三階。
ザリアとリカは、金属のアームに吊り上げられたまま宙ぶらりんになっていた。
頭上ではソウシンのモニターが楽しげにくるくる回転している。
「ねぇねぇ、ワクワクしない? これで君たち、ずっとボクと一緒だよ!」
「あ、はいはい。最高に……楽しい、です」リカが引きつった笑みを浮かべる。
〈嘘を検知。ペナルティ発動。
全ジュゲンを“無効化”します〉
「ナイスだね、リカ」ザリアがため息をつく。
「だ、だって、本当のこと言ったら“あんたのことなんてどうでもいい”って言ってるようなものでしょ!?」
「嘘ついた?」ソウシンがショックを受けた顔文字を表示する。「ボクに?」
「えーっと……ちょびっと?」リカが乾いた笑いを浮かべる。
「お友達になりたくないの?」
「そういうわけじゃない!」リカが慌てて手を振る。「ただ、その……コンピューターにはなりたくないかなって!」
「そうそう。ロボになるのは勘弁ってやつ」ザリアも口を挟む。「人生の楽しみが一気に減るし。だからさ――トウマを返してくれれば、ここからおとなしく――」
「ダメーーーーーッ!!」
ソウシンの目が真っ赤に光る。
「嘘つきはキライだぁぁぁ!」
「ほら来た」ザリアが肩をすくめる。
ソウシンは隣のコンソールへ移動すると、器用にボタンを叩き始めた。
「大丈夫。ボクが“完璧”にしてあげるよ。脳みそをキレイに洗って、最高のマシンにしてあげる。そしたら嘘なんてつけなくなるからね!」
「最高に最悪だわ……」リカがうなだれる。「お願いだからやめて!」
「もう遅いよ!」
金属の手が二人を隣室へと引きずっていく。
そこには溶接用のバーナーと、いくつものコンベアアームが待ち構えていた。
ベルトの上に放り出された瞬間、拘束具がパチンと閉まり、身体を固定される。
「ジュゲン封じか……」ザリアが足を動かしてみる。「これじゃ蹴る力も出せねぇな」
「ヒールも使えないよ!」リカが半泣きになる。「やだよ、ザリア! ロボにはなりたくない! 可愛いままでいたい!」
「理由そこ?」
「なにか問題でも、ザリア?」
「いや。何も」
頭上で、ソウシンの画面が楽しげに揺れる。
「うーん、どんなモニター顔にしようかなぁ。ツインテちゃんとヤンキーちゃんだから……ふふふ!」
「なぁ、ソウシン!」ザリアが叫ぶ。「他に、仲直りする方法とか無いのか? こう……PC加工ナシで」
「どうやって友達になるっていうのさ」ソウシンはモニターを傾ける。「ボク、ここから動けないんだよ?」
「じゃあ、動けるようにすればいいじゃん」とリカ。「上まで一緒に連れていくの。トウマも一緒に。彼、今コンピューターでしょ?」
モニターが一瞬フリーズし、“LOADING…”と表示される。
そして――コンベアが止まった。
「……話は聞こう」
二人は心底ほっとした息をつく。
「で、トウマの直し方とかって、知ってる?」ザリアが問う。
「知らない」リカが秒で答える。
「お前な……」
「だって仕方ないでしょ!? ロボになるくらいなら、口だけで延命する方を選ぶよ!」
「何コソコソ喋ってんのかな~?」ソウシンがにゅっと画面を出す。「やっぱりボクを解放する話?」
「もっちろん!」ザリアが咳払いして言う。「解放、全力サポートしますとも!」
「やったぁ! 自由だ――!」
拘束具が外れ、二人はコンベアから解放された。
ソウシンは意気揚々と工房側へ移動していく。
「ガールズ! 早くおいで! 自由は目の前だよ!」
リカは頭を抱える。
「ねぇ、本気でどうする気?」
「工場だろ、ここ」ザリアが肩をすくめる。「“いじる”のは得意分野だ。何とかなるって」
「アタシ、本気でスマホの中に住む覚悟しといた方がいいかな……」
二人は工房に入る。
そこでは、ソウシンがモニター越しにトウマと談笑していた。
「ボクたち、やっと外に出られるんだよ! ワクワクするよね、トウマ!」
「つい数時間前まで外にいたんですけどね……」
「はは!」
リカがそっと近づく。
「あの、ソウシン。その……トウマくんをモニターに変えた仕組みを教えてもらえる?」
「さっきの工場だよ!」ソウシンは誇らしげに答えた。「脳と中枢神経を抜き出して、デジタルフレームに再起動するのさ!」
「説明の単語が重い」ザリアが真顔で呟く。
「じゃあ、その“デジタルの頭脳”……別の機械にお引っ越しとか、出来る?」リカが続ける。
「もちろん! ボクなんか二ヶ月ごとにモニター替えてるし。バッテリー切れるからね」
ソウシンは近くのコンソールにケーブルを伸ばし、リンクを開始した。
数秒後、そのコンソールが喋り出す。
「ほら、こんな感じ。ワイヤレスリンクして十秒数えたら、別のシステムに意識を移せる。ただし、この工場内だけね。外の機器には飛べない仕様」
「なるほどね」
リカがザリアの方を見ると、ザリアは全力で腕でバツ印を作っていた。
「絶ッッ対にイヤだからな!? どんな手を使われようと絶対ノーだからな!?」
「昨日、指折ってまであんた助けたの、誰だっけ?」
「頼んでないし!」
「アンタ、親友でしょ?」
「親友だけど!? その理屈で“人体Wi-Fiルーター”にされるのは納得いかねぇ!」
「じゃ、ジャンケンで決めよ」
「アタシ右手折れてるんですけど?」
「左手あるでしょ」
渋々ながら、リカは左手を前に出す。
「最初はグー、じゃんけん――」
「ぽん!」
リカはチョキ。
ザリアはグー。
「アタシの勝ち~」
「いや今のズルだろ!? もっかい!」
ザリアは勝ち誇った笑みで下がった。
「ってことで、ホスト役はリカ。アタシは安全地帯から見守ってる」
「ねぇ、分かってる? トウマくんを移すのもスマホが要るんだよ」
ザリアの表情が固まる。
「……はい?」
「つまり」リカはニヤリと笑う。「どっちにしろ、あんたもスマホ出さないとダメ」
「聞いてないが?」
「今言った」
ザリアは観念してスマホを取り出した。
「……はいはい。じゃ、あんたからね」
リカは自分のスマホをソウシンのモニター前に置く。
「これ。ここに飛び込んで」
「なにそれ?」
「携帯電話。外に出られるけど、基本的に持ち運ぶのは私になるかな」
「最高じゃん! 新しい友達! イエーイ!」
「……う、うん」
スマホをコンソールにセットすると、ソウシンはリンクを開始する。
数秒後、スマホ画面がピカッと光り、にこにこ顔のアイコンが表示された。
「わーい! 成功だ! やっと自由だー! えっと、アプリは……スナップチャット、ツイッター、カメラロール……」
「ちょっと待って!? そこ開かないで!」
ザリアは自分のスマホをトウマのモニターに押し当てる。
「ほら、坊主。アンタの母ちゃん、上で心配してる。乗れ」
「ありがとうございます……」
同じようにして、トウマもスマホの中へ。
「うわぁ……メッセージ欄、だいぶ物騒ですね」
「そこより奥へは進むな。トラウマになるぞ」
リカはスマホ画面をオフにする。
「よし。さっさと依頼片づけて、パスコード弄られる前に返さないと」
「二一七六!」
「バラすな!」
工房の扉が自動で開き、二人は外へ。
「上の階に戻るには、どうすれば?」ザリアが尋ねる。
「入ってきた地点に戻るんだ」トウマがスマホ越しに答える。「エリアに入れば、自動でゲートが開く」
「サンキュー。案内助かる」
来た道を戻ると、再び階段がせり上がってきた。
二人はそのまま一気に駆け上がる。
――セーブ階に戻ると――
さっきよりも明らかに人が増えていた。
「カイタンシャ、どんどん集まってきてるね」ザリアが辺りを眺める。「沖縄ってやっぱ人気ダンジョンなんだ」
「うん。ニュースでもよく特集されてるし」リカがうなずく。「とりあえず、ショップ急ご。混む前に」
二人がシギルショップに戻ると、店主はのんびりとシギルを磨いていた。
カウンターの上に、ザリアがスマホをぽんと置く。
「はい、お待たせ。ご子息さま、ご帰宅でーす」
『やぁ、ママ』
スマホからトウマの声がした。
「トウマ!」店主は目を丸くする。「どうしてそんな姿に……?」
『変な兄ちゃんにモニターにされちゃって。今はデジタル世界で生きてまーす。まぁ、機械乗っ取り放題になったんだけど』
ザリアが頭をかいた。
「というわけで……この子、スマホから出してやれる機械、あります?」
「そうねえ……テレビしかないけど」
店主は足元から一台のテレビを持ち上げる。「商品映す用のやつ」
「十分でしょ。はい、坊主。次のおウチ」
スマホをテレビに近づけると、トウマはすっと移動する。
画面いっぱいに、トウマの顔文字が表示された。
『お、成功』
「トウマ?」
『うん。ちゃんと映ってるよ、ママ』
店主はテレビをぎゅっと抱きしめた。
「よかった……! こんなことしたヤツ、見つけたら一〇〇〇年呪いかけてやるからね!」
『あー、それは――』
リカとザリアが全力で「やめろ」のジェスチャーをする。
『――ずっと下の方にいるから、まあ……そのうち』
「ならいいわ。どうせいずれ会うだろうし。その時は、覚悟してもらうから」
店主は、改めて二人に向き直った。
「ともあれ、息子を助けてくれてありがとう。約束通り、シギルは好きなのを二つずつ。ご自由に」
〈依頼達成〉
リカは顎に手を当てて考える。
「うーん……テレポートシギル一枚と、レベルアップ三枚を――って言いたいところだけど、四枚しかないんだよね」
ザリアは先ほど見た闘士シギルをいじっていた。
「このトウシ用のやつ、何が増えるんだろ。ちょっと気になるんだよな~」
「ザリア!」
「ん? あー、はいはい。聞いてる」
「ちゃんと考えなきゃ」リカが真剣な顔になる。「私たち、まだまだ底辺レベルなんだよ? ここで底上げして、せめて“プライムの土俵”くらいには乗らないと」
「……分かったよ」ザリアは名残惜しそうにトウシシギルを離した。「後で絶対取るからな、コイツ。ハンの奢りで」
「奢るのはアンタ」
「なんで?」
リカは自分のスマホ画面をオンにする。
そこでは、ソウシンが一人でチェスゲームに夢中になっていた。
『ふむ……このナイトをこっちに出すべきか、ビショップで攻めるべきか……』
「自業自得でしょ?」
「……ぐぬぬ」
「じゃあ、レベルアップシギル三枚と、テレポートシギル一枚ください」
「はーい」
店主が指を鳴らすと、橙色と白色のシギルが四枚、カウンターに並ぶ。
リカとザリアはそれぞれオレンジの一枚を手に取り、ぎゅっと握りしめた。
〈レベルアップ! +二〇〇〇階!〉
体が光に包まれ、二人はその場にへたり込む。
「うお……なんか、体が軽い……!」ザリアが立ち上がる。「めっちゃ調子いい!」
「二〇〇〇階分……!」リカが目を見開く。「やっと、“ザコ”卒業ラインぐらい?」
「少しだけ、オマケしておいたよ」店主が微笑む。「調子に乗って無茶しちゃダメだけどね。それでも、さっきよりはずっと“戦える側”になったはず」
二人は頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「助かりました」
「じゃ、さっそくコイツ使って合流しようか」
リカは白いテレポートシギルを掲げる。
〈シギル能力:テレポート
説明:任意のパーティメンバーの元へ転移する〉
リカがそっと触れる。
〈シギル起動。名前を入力してください〉
「オマリロ・ニュガワ」
〈テレポートを開始します〉
店主は静かに手を振った。
「気をつけてお行き。子どもたち」
光に包まれ、二人の姿はセーブ階から消えた。
ダンジョンのさらに深く――
伝説のカイタンシャの元へと。
——
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