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――沖縄ダンジョン編――
――第11章・セーブスポット――
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――沖縄ダンジョン・第三〇〇一階。
〈規則:音を立てるな〉
ハンとオマリロは、鉱山のような洞窟に落ち立った。
何か言おうと口を開きかけたハンの前に、オマリロの手がすっと差し出される。
静かに、という無言の合図。
視線の先には、翡翠の鉱脈。その周りでは若いハンターたちのパーティが採掘に夢中になっている。
オマリロは無言で歩み寄り、手振りで合図を送った。
少年のひとりが、穴の上に掛かった鉄格子の方を指し、首を掻き切るジェスチャーをする。
オマリロは小さくうなずいた。
(会話してる……? 手話の一種、みたいな……キューブなら解読できるかも)
ハンがそっとキューブを呼び出すと、青い文字が浮かぶ。
[少年たちは独自のサインで意思疎通している]
[賢い判断だ、ボウヤ]
オマリロが、洞窟の天井を指さす。そこには、宙に浮かぶトーテムがひとつ。
[トーテムあり。音は命取り]
[騒音は致命的な罠を呼ぶ]
ハンは採掘パーティを指さし、首をかしげる。
[欲の深い若者たち。放っておけ]
オマリロは身をかがめ、ボロボロの木製ハシゴの前に立つ。
指先で軽くつつくと、ギィ、と不吉な音が鳴った。
〈警告! 騒音レベル:中~高〉
[罠だ。来い、ボウヤ]
ハンはつま先立ちで近づくと、オマリロに手を取られ、そのまま一緒に跳躍した。
二人は上の岩棚に軽く着地する。足音は最小限。
〈騒音レベル:小〉
天井からは、次の足場へと渡るロープが何本も垂れ下がっていた。
オマリロはその一本を握る。
[しっかり掴め]
ハンはキューブをしまい、両手でロープを握った。真下の奈落をちらりと見下ろす。
(……一階を思い出すな)
オマリロの動きに合わせ、二人はロープを使って次の足場へとスイングしていく。
その先に待っていたのは、宙に浮かぶ小さな階段――トーテムへと続く浮遊ステップだった。
ハンが踏み出そうとしたところで、オマリロが制した。
拾った小石をそっと投げる。
コト……
どこかの段差が、崩れ落ちる音。
オマリロはハンのポケットを指さした。
ハンが再びキューブを取り出すと、指示が表示される。
[階段は不安定。耐えられる段数は限られている]
[キューブで安全なステップを特定せよ]
ハンはキューブを構え、ボタンを押す。
[スキャン完了]
[第二段・第五段・第九段のみ安全]
ハンは指で「2・5・9」と数字を作る。
オマリロはうなずいた。
[よし。慎重に行け。焦るな]
オマリロは軽く跳び、二段目のステップに着地する。
そのまま同じ要領で上へ上へと登り、難なく頂上へ。
(じいさん、ほんと化け物だな……。よし、オタク脚パワー見せるか)
ハンは全身のバネを総動員して二段目に飛び乗り、自分の体を引き上げる。
だが、そこから五段目までは距離がある。
「崩壊まで、体感〇・五秒ってところか……。理論上は行ける。はず」
小声で自分に言い聞かせ、息を整えると、ハンは壊れかけた段差を一瞬だけ踏み台にしながら駆け上がった。
最後のステップが崩れ落ちる直前、オマリロがその腕を掴み、引き上げる。
〈騒音レベル:中〉
[気を抜くな、ボウヤ]
トーテムは、そこから少し離れた位置に漂っていた。
その間にあるのは、左右に瞬間移動を繰り返す細い橋。
[試験だ。お前が解け]
ハンは橋の動きを凝視し、頭の中でリズムを刻む。
(3秒ごとに左右へ転移。トーテムまで約二〇秒……)
指で「3」と「20」の数字を作って示すと――
[行け]
合図ひとつで、ハンは左側に橋が現れた瞬間を狙って全力疾走した。
「3……2……1……!」
タイミングを合わせて右へジャンプする。
足下に、再び橋が生まれる。
その動作を繰り返し――最後の瞬間、ハンはトーテムに手を伸ばした。
〈トーテムシール獲得。第三〇〇二階への通行権を付与〉
[よくやった、ボウヤ]
ハンがオマリロの元へ戻ろうとしたそのとき――
下の採掘場で、ガツン!と派手な音が響いた。
「うわっ、クソッ! 足の指いった!」
ツルハシを足に落とした少年が叫ぶ。
「なにやってんだよ!」仲間が怒鳴る。「“静かにしろ”って言っただろ!」
「いや、お前らが喋って――」
「みんな、とにかく黙れって!」
オマリロはハンと共に地面に降り立つと、唇に指を当てて鋭く睨んだ。
だが、少年たちは言い争いを続ける。
〈規則違反。ペナルティを発動します〉
「愚か者どもめ」
下の奈落から、地鳴りが響き始めた。
巨大なゾンビじみた腕が、檻を突き破って伸び上がる。掌の中心には、ぎょろりとした単眼。
〈敵:オール・ヒアリング・ハンド〉
手のひらの目が開き、衝撃波が炸裂した。
ハンたち若者は一斉になぎ倒され、立っているのはオマリロだけとなる。
〈敵効果:あらゆる“音”が、オール・ヒアリング・ハンドの〈サウンドゲージ〉を蓄積させます。ゲージが最大になると、“デヴァワー”を発動〉
ハンがよろよろと立ち上がる。
「し、師匠! 門が開いてません!」
オマリロは手を上げ、低い声で言った。
「声を落とせ。門は敵の支配下だ」
〈サウンドゲージ:15%〉
オマリロは巨大な手の下にある門を指さす。
「倒す。敵を」
そして、静かに刃を形作った。
「今だ」
――沖縄ダンジョン・第二〇五二階。
ザリア、リカ、ユウトの三人は、祭りの通りを歩いていた。
提灯と風船。仮面を付けた妖怪たちが歌い踊り、賑やかな音楽が響き渡る。
「セーブスポット、ねぇ……」ザリアが辺りを見回す。「ゲームみたいな名前だけど、雰囲気は完全に夏祭り」
「本当に頭悪いな、お前」ユウトがため息をつく。「“セーブスポット階”ってのは、出入り自由の中継フロアだ。ここで息抜きさせて、脳みそスカスカの連中を足止めする仕様」
「口悪い割に説明だけはそれっぽいね、ガリガリの元・エリートさん」
「誰が“元”だ!」
「でも、次の階はどうやって行くの?」リカが首をかしげる。「今回、規則も出てないし」
「セーブ階には規則はねぇよ」ユウトが答える。「ここは“ラウンジ”。お前らみたいな初心者用の、な」
「それ、どういう意味かな?」
妖怪たちの輪の向こうで、ユウトは見覚えのある二人組を見つけた。
「おっ、いた!」
露店街の一角で、アイリとリオが買い物をしている。
「おーい!」
二人が振り返る。
「どうやってここまで来たか知らねぇけど、よく生き残ったな。さ、さっさとあの女どもを置いて行くぞ!」
「生存確認の一言くらいあっても良くない?」アイリが鼻で笑う。「こっちはとっくに待ちくたびれてるんだけど」
「いいご身分だよな。祭りフロアでショッピング三昧かよ……こっちは牢屋でサイコ女二人と同室だぞ」
リオは、後ろから近づいてきたザリアとリカに気づき、顎をしゃくる。
「また会ったな。あの子たち」
「その“あの子たち”、ザリアって名前があるんだけど」
「やっぱ残りのチンピラ三人も出てきたか」
「仲間を捨てて女の子に乗り換えなんて、さすが“隊長”ね」アイリが皮肉っぽく笑う。「情の薄さが隊長向き」
ユウトはザリアたちに向き直り、軽く敬礼した。
「ってことで、ここでお別れだ、負け犬ども」
そう言っても、何も起こらない。
「……アイリ?」
「何?」
「お前、例のやつ、早く使えよ。シギルのやつ」
「無理。もう使い切ったし」
「は?」
アイリは近くの店を顎で示す。
その店先では、元気な女妖怪が手を振っていた。
「シギルショップ。あそこで全部レベルアップ用に換えた」
「今、階層的には二七〇〇前後だっけ?」リオがあくび混じりに言う。「多少誤差はあるけど」
ユウトの目が見開かれる。
「安心しなさい。あんたの分も取ってあるから」
アイリはオレンジ色に光るシギルをひとつ放る。
「ほら、泣き虫」
「……サンキュー」
ユウトがそれを握りしめると、表示が浮かび上がる。
〈レベルアップ・シギル:レベル+一〇〇〇〉
シギルの光がユウトの体に吸い込まれていく。
「どうだ? なんかオーラ変わった? 顔、イケメン寄りになった?」
「見た目はそのまま、性格はマイナス補正のまま」アイリが即答する。「ほら、リオ。行くよ」
リオが二人の腕を掴む。
「了解」
次の瞬間、三人の姿はふっと掻き消えた。
それを見届けて、ザリアはふうっと息を吐く。
「まぁ、いなくなったなら良し」
「今の、どうやって?」リカが首を傾げる。「急にレベルも跳んでたけど」
「ほら、あそこの店」ザリアが指さす。「ああいう“シギルショップ”がダンジョンのどこかに散らばってるって話は聞いてたけど、実物は初めてだな」
「……行ってみよっか」
「別にいいけど」
二人が店へ近づくと、店主の妖怪女が満面の笑みで迎えた。
「いらっしゃ~い! 人間のお客様? シギル、お買い上げかな?」
リカの目が輝く。
「何が売ってるんですか?」
「その前に」ザリアが口を挟む。「通貨は? 何で払うわけ?」
「えーっと、すみません」リカが姿勢を正す。「お支払いは……?」
店主はカウンターのスイッチを押した。
すると、色とりどりのシギルが宙にふわりと浮かび上がる。
「この中から好きなのを選んでね~。気になったのは、ぴっと触ると説明が出るよ」
「うわぁ……!」リカが息を呑む。「何百枚もある……!」
「適当に押してみろよ」
リカは赤と緑が混じったようなシギルを軽くタッチした。
〈シギル能力:衝撃波《ショックウェイブ》
説明:強力な衝撃波を放ち、“ボス敵”に対して二倍ダメージを与える〉
「これ、結構アリじゃない?」ザリアが身を乗り出す。「じゃ、これは?」
黄色いシギルに触れる。
〈シギル能力:太陽閃光《ソーラーフラッシュ》
説明:周囲の敵全体に“太陽属性ダメージ”を与える〉
「これ、全部一回使い切りのタイプか?」
「さっきのは“アビリティ・シギル”だね」店主が頷く。「こっちは恒久的なやつ」
指を鳴らすと、シギル群が回転し、ひと回り大きなシギルが前面に並んだ。
「これが“モディファイア・シギル”。こっちはクラスそのものを拡張する系」
「なにそれ。強そう」
「押してみなよ」
ザリアは一番近くのシギルに触れた。
〈闘士《トウシ》シギル:能力拡張
説明:第二スキルを解放する。ジュゲン闘士専用〉
「セカンダリースキル……?」
「クラスにはそれぞれ三つのスキルが設定されてるのよ」店主が説明する。「そこに到達するかどうかは、実力次第」
「で、おいくら?」
パネルが現れ、料金表が浮かんだ。
――――
モディファイア・シギル
ティア1:シギル一〇五枚
ティア2:シギル二五〇枚
ティア3:シギル五〇〇枚
アビリティ・シギル:一枚につきシギル六〇枚
レベルアップ・シギル:一枚につきシギル二五枚
――――
「……あ」リカが顔を引きつらせる。「シギル、もう持ってない」
「え、ゼロ?」
「はい。途中で使い切っちゃって」
「じゃあ、どうやってここまで来たのさ?」
「……運?」
店主は肩をすくめる。
「運だけで来られるのは、せいぜいここまでだよ。ここから先は、いい加減引き返すのをおすすめするね。出口ゲートはあっち」
彼女が指さした先、広場の中央には石造りのゲートが立っていた。
「いえ、その……」リカが慌てて首を振る。「まだパーティと合流しないといけなくて! 何か、無料で使えるものって……」
「タダ働き狙いかい」店主がため息をつく。
「……まぁ初回サービスってことで、特別に依頼でも受けてもらおうかな。報酬は好きなシギル四枚。二人合わせてね」
「依頼?」ザリアが身を乗り出す。「内容次第だけど」
「うちの息子、白須トウマって言うんだけどね」
店主は少し寂しげに笑う。
「一つ下の階に補充のシギルを取りに行かせたんだけど、何時間経っても戻ってこなくて……」
「つまり、探して連れ戻せばいいと」
「そう。無事に帰してくれたら、約束のシギルあげる」
ザリアはリカの腕を小突く。
「やるでしょ?」
「うん。やろ」
「助かるよ、本当に!」
頭上にインフォバーが表示される。
〈依頼:白須トウマを捜索せよ
報酬:シギル×4〉
二人は走り出し――ザリアがふと引き返す。
「すみません、階段ってどこから?」
「二ブロック先。あの妖怪像の下だよ」
「了解」
巨大な妖怪像の足元には、宙に浮かぶトーテムがひとつ。
リカが手を伸ばして触れる。
〈トーテム起動。第二〇五三階への通行権を付与〉
「さーて、“地下行き”だね」ザリアが笑う。
「でも、帰ってきたらシギル選び放題だよ?」
「それはテンション上がる」
足下の床が割れ、階段が現れる。
二人はそのまま下へと降りていき、フロアは静かに閉じた。
――その下の階。
〈規則:嘘をつくな〉
二人が着地したのは、巨大な金属工場のようなフロアだった。
下では溶鉱炉が赤々と燃えている。その上に細い金属製の通路が伸びていた。
「嘘つくな……」ザリアが周囲を見渡す。「誰に?」
通路の突き当たりには、大きな工房がひとつ。
「たぶん、あそこが目的地だよね」
「さっさと行って、さっさと帰ろ」
二人は工房へ続くドアの前に立つ。
分厚い金属扉には、いくつものロックが組み込まれていた。
ザリアが拳でコンコンとノックする。
「よーよーっす!」
「ちょっと」リカが肘で小突く。「そういうノリ、今いる?」
「つい」
ガガガッ――。
金属扉がスライドし、奥からぎらりと青い光がのぞいた。
「おやおや。お客さんじゃないか。いらっしゃい、お嬢さん方」
ザリアとリカは顔を見合わせ、恐る恐る中へ。
入った途端、扉は背後でバタンと閉じた。
内部には、小さな溶鉱炉とコンベア、そして巨大な炉。
ザリアが興味本位で近づこうとしたところで――
「まぁまぁ、くつろいでいきなよ。お茶? コーヒー? お水?」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、天井から一本の機械アームが伸びている。
その根本には大型モニターが取り付けられ、画面上に青い目と笑顔のマーク。
「っと、自己紹介がまだだったね。ボクは装心思考機《ソウシン・シコウキ》! 握手してあげたいところだけど、見ての通り腕がねぇ」
リカとザリアは同時に固まる。
「……生きてるコンピューター?」リカが恐る恐る尋ねる。「AIって聞いたことはあるけど、さすがにここまで来ると」
「違うってば!」ソウシンが画面を左右に振る。「ボクは人間だよ、人間! いや、元・人間って言うべきかな。規則を守れなかった罰でダンジョンにこうされちゃってね!」
「うわぁ……それは、重い」ザリアが素直に引く。
「そういう時は“お気の毒に”とかでいいでしょ!」リカが小声でツッコむ。「ホントにご愁傷様です」
「気にしないで。スーパコンピューター生活も案外悪くないしね。で、君たちは?」
「私は天川リカ。こっちはザリア。白須トウマって子を探してて。ここに来てません?」
「もちろん。ついさっき来たよ。そこにじっとしてて。すぐ会わせてあげる」
「え、“そこで待ってろ”って――」
足下の床が突然ガバッと開く。
「ちょ、ちょっとおお!?」
二人は悲鳴を上げながら下へと落ちていった。
柔らかい何かに着地し、周囲を見回す。
そこは研究室のような空間で、試験管や冷凍カプセルがずらりと並んでいた。
すぐ隣に、ソウシンの画面がスッと再表示される。
「さぁ、ボクの新しい友達を紹介しよう!」
奥には、もう一台のコンピュータが鎮座していた。
その画面には、今にも泣き出しそうな顔文字。
「……たすけて……」
ザリアは勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待って、それって――」
「正解。彼が白須トウマ。ここに来たから、友達にしてあげたのさ」
ドン……。
部屋全体が不穏に揺れ始め、天井から伸びた機械アームが二人の身体を絡め取る。
「さぁ、次は君たちの番だ」
ソウシンの“目”が愉快そうに細められる。
「キミたちも――」
二人は必死にもがく。
「――“より良い形”にしてあげるよ!」
青い笑顔が、ぎらりと歪んだ光を放った。
——
〈規則:音を立てるな〉
ハンとオマリロは、鉱山のような洞窟に落ち立った。
何か言おうと口を開きかけたハンの前に、オマリロの手がすっと差し出される。
静かに、という無言の合図。
視線の先には、翡翠の鉱脈。その周りでは若いハンターたちのパーティが採掘に夢中になっている。
オマリロは無言で歩み寄り、手振りで合図を送った。
少年のひとりが、穴の上に掛かった鉄格子の方を指し、首を掻き切るジェスチャーをする。
オマリロは小さくうなずいた。
(会話してる……? 手話の一種、みたいな……キューブなら解読できるかも)
ハンがそっとキューブを呼び出すと、青い文字が浮かぶ。
[少年たちは独自のサインで意思疎通している]
[賢い判断だ、ボウヤ]
オマリロが、洞窟の天井を指さす。そこには、宙に浮かぶトーテムがひとつ。
[トーテムあり。音は命取り]
[騒音は致命的な罠を呼ぶ]
ハンは採掘パーティを指さし、首をかしげる。
[欲の深い若者たち。放っておけ]
オマリロは身をかがめ、ボロボロの木製ハシゴの前に立つ。
指先で軽くつつくと、ギィ、と不吉な音が鳴った。
〈警告! 騒音レベル:中~高〉
[罠だ。来い、ボウヤ]
ハンはつま先立ちで近づくと、オマリロに手を取られ、そのまま一緒に跳躍した。
二人は上の岩棚に軽く着地する。足音は最小限。
〈騒音レベル:小〉
天井からは、次の足場へと渡るロープが何本も垂れ下がっていた。
オマリロはその一本を握る。
[しっかり掴め]
ハンはキューブをしまい、両手でロープを握った。真下の奈落をちらりと見下ろす。
(……一階を思い出すな)
オマリロの動きに合わせ、二人はロープを使って次の足場へとスイングしていく。
その先に待っていたのは、宙に浮かぶ小さな階段――トーテムへと続く浮遊ステップだった。
ハンが踏み出そうとしたところで、オマリロが制した。
拾った小石をそっと投げる。
コト……
どこかの段差が、崩れ落ちる音。
オマリロはハンのポケットを指さした。
ハンが再びキューブを取り出すと、指示が表示される。
[階段は不安定。耐えられる段数は限られている]
[キューブで安全なステップを特定せよ]
ハンはキューブを構え、ボタンを押す。
[スキャン完了]
[第二段・第五段・第九段のみ安全]
ハンは指で「2・5・9」と数字を作る。
オマリロはうなずいた。
[よし。慎重に行け。焦るな]
オマリロは軽く跳び、二段目のステップに着地する。
そのまま同じ要領で上へ上へと登り、難なく頂上へ。
(じいさん、ほんと化け物だな……。よし、オタク脚パワー見せるか)
ハンは全身のバネを総動員して二段目に飛び乗り、自分の体を引き上げる。
だが、そこから五段目までは距離がある。
「崩壊まで、体感〇・五秒ってところか……。理論上は行ける。はず」
小声で自分に言い聞かせ、息を整えると、ハンは壊れかけた段差を一瞬だけ踏み台にしながら駆け上がった。
最後のステップが崩れ落ちる直前、オマリロがその腕を掴み、引き上げる。
〈騒音レベル:中〉
[気を抜くな、ボウヤ]
トーテムは、そこから少し離れた位置に漂っていた。
その間にあるのは、左右に瞬間移動を繰り返す細い橋。
[試験だ。お前が解け]
ハンは橋の動きを凝視し、頭の中でリズムを刻む。
(3秒ごとに左右へ転移。トーテムまで約二〇秒……)
指で「3」と「20」の数字を作って示すと――
[行け]
合図ひとつで、ハンは左側に橋が現れた瞬間を狙って全力疾走した。
「3……2……1……!」
タイミングを合わせて右へジャンプする。
足下に、再び橋が生まれる。
その動作を繰り返し――最後の瞬間、ハンはトーテムに手を伸ばした。
〈トーテムシール獲得。第三〇〇二階への通行権を付与〉
[よくやった、ボウヤ]
ハンがオマリロの元へ戻ろうとしたそのとき――
下の採掘場で、ガツン!と派手な音が響いた。
「うわっ、クソッ! 足の指いった!」
ツルハシを足に落とした少年が叫ぶ。
「なにやってんだよ!」仲間が怒鳴る。「“静かにしろ”って言っただろ!」
「いや、お前らが喋って――」
「みんな、とにかく黙れって!」
オマリロはハンと共に地面に降り立つと、唇に指を当てて鋭く睨んだ。
だが、少年たちは言い争いを続ける。
〈規則違反。ペナルティを発動します〉
「愚か者どもめ」
下の奈落から、地鳴りが響き始めた。
巨大なゾンビじみた腕が、檻を突き破って伸び上がる。掌の中心には、ぎょろりとした単眼。
〈敵:オール・ヒアリング・ハンド〉
手のひらの目が開き、衝撃波が炸裂した。
ハンたち若者は一斉になぎ倒され、立っているのはオマリロだけとなる。
〈敵効果:あらゆる“音”が、オール・ヒアリング・ハンドの〈サウンドゲージ〉を蓄積させます。ゲージが最大になると、“デヴァワー”を発動〉
ハンがよろよろと立ち上がる。
「し、師匠! 門が開いてません!」
オマリロは手を上げ、低い声で言った。
「声を落とせ。門は敵の支配下だ」
〈サウンドゲージ:15%〉
オマリロは巨大な手の下にある門を指さす。
「倒す。敵を」
そして、静かに刃を形作った。
「今だ」
――沖縄ダンジョン・第二〇五二階。
ザリア、リカ、ユウトの三人は、祭りの通りを歩いていた。
提灯と風船。仮面を付けた妖怪たちが歌い踊り、賑やかな音楽が響き渡る。
「セーブスポット、ねぇ……」ザリアが辺りを見回す。「ゲームみたいな名前だけど、雰囲気は完全に夏祭り」
「本当に頭悪いな、お前」ユウトがため息をつく。「“セーブスポット階”ってのは、出入り自由の中継フロアだ。ここで息抜きさせて、脳みそスカスカの連中を足止めする仕様」
「口悪い割に説明だけはそれっぽいね、ガリガリの元・エリートさん」
「誰が“元”だ!」
「でも、次の階はどうやって行くの?」リカが首をかしげる。「今回、規則も出てないし」
「セーブ階には規則はねぇよ」ユウトが答える。「ここは“ラウンジ”。お前らみたいな初心者用の、な」
「それ、どういう意味かな?」
妖怪たちの輪の向こうで、ユウトは見覚えのある二人組を見つけた。
「おっ、いた!」
露店街の一角で、アイリとリオが買い物をしている。
「おーい!」
二人が振り返る。
「どうやってここまで来たか知らねぇけど、よく生き残ったな。さ、さっさとあの女どもを置いて行くぞ!」
「生存確認の一言くらいあっても良くない?」アイリが鼻で笑う。「こっちはとっくに待ちくたびれてるんだけど」
「いいご身分だよな。祭りフロアでショッピング三昧かよ……こっちは牢屋でサイコ女二人と同室だぞ」
リオは、後ろから近づいてきたザリアとリカに気づき、顎をしゃくる。
「また会ったな。あの子たち」
「その“あの子たち”、ザリアって名前があるんだけど」
「やっぱ残りのチンピラ三人も出てきたか」
「仲間を捨てて女の子に乗り換えなんて、さすが“隊長”ね」アイリが皮肉っぽく笑う。「情の薄さが隊長向き」
ユウトはザリアたちに向き直り、軽く敬礼した。
「ってことで、ここでお別れだ、負け犬ども」
そう言っても、何も起こらない。
「……アイリ?」
「何?」
「お前、例のやつ、早く使えよ。シギルのやつ」
「無理。もう使い切ったし」
「は?」
アイリは近くの店を顎で示す。
その店先では、元気な女妖怪が手を振っていた。
「シギルショップ。あそこで全部レベルアップ用に換えた」
「今、階層的には二七〇〇前後だっけ?」リオがあくび混じりに言う。「多少誤差はあるけど」
ユウトの目が見開かれる。
「安心しなさい。あんたの分も取ってあるから」
アイリはオレンジ色に光るシギルをひとつ放る。
「ほら、泣き虫」
「……サンキュー」
ユウトがそれを握りしめると、表示が浮かび上がる。
〈レベルアップ・シギル:レベル+一〇〇〇〉
シギルの光がユウトの体に吸い込まれていく。
「どうだ? なんかオーラ変わった? 顔、イケメン寄りになった?」
「見た目はそのまま、性格はマイナス補正のまま」アイリが即答する。「ほら、リオ。行くよ」
リオが二人の腕を掴む。
「了解」
次の瞬間、三人の姿はふっと掻き消えた。
それを見届けて、ザリアはふうっと息を吐く。
「まぁ、いなくなったなら良し」
「今の、どうやって?」リカが首を傾げる。「急にレベルも跳んでたけど」
「ほら、あそこの店」ザリアが指さす。「ああいう“シギルショップ”がダンジョンのどこかに散らばってるって話は聞いてたけど、実物は初めてだな」
「……行ってみよっか」
「別にいいけど」
二人が店へ近づくと、店主の妖怪女が満面の笑みで迎えた。
「いらっしゃ~い! 人間のお客様? シギル、お買い上げかな?」
リカの目が輝く。
「何が売ってるんですか?」
「その前に」ザリアが口を挟む。「通貨は? 何で払うわけ?」
「えーっと、すみません」リカが姿勢を正す。「お支払いは……?」
店主はカウンターのスイッチを押した。
すると、色とりどりのシギルが宙にふわりと浮かび上がる。
「この中から好きなのを選んでね~。気になったのは、ぴっと触ると説明が出るよ」
「うわぁ……!」リカが息を呑む。「何百枚もある……!」
「適当に押してみろよ」
リカは赤と緑が混じったようなシギルを軽くタッチした。
〈シギル能力:衝撃波《ショックウェイブ》
説明:強力な衝撃波を放ち、“ボス敵”に対して二倍ダメージを与える〉
「これ、結構アリじゃない?」ザリアが身を乗り出す。「じゃ、これは?」
黄色いシギルに触れる。
〈シギル能力:太陽閃光《ソーラーフラッシュ》
説明:周囲の敵全体に“太陽属性ダメージ”を与える〉
「これ、全部一回使い切りのタイプか?」
「さっきのは“アビリティ・シギル”だね」店主が頷く。「こっちは恒久的なやつ」
指を鳴らすと、シギル群が回転し、ひと回り大きなシギルが前面に並んだ。
「これが“モディファイア・シギル”。こっちはクラスそのものを拡張する系」
「なにそれ。強そう」
「押してみなよ」
ザリアは一番近くのシギルに触れた。
〈闘士《トウシ》シギル:能力拡張
説明:第二スキルを解放する。ジュゲン闘士専用〉
「セカンダリースキル……?」
「クラスにはそれぞれ三つのスキルが設定されてるのよ」店主が説明する。「そこに到達するかどうかは、実力次第」
「で、おいくら?」
パネルが現れ、料金表が浮かんだ。
――――
モディファイア・シギル
ティア1:シギル一〇五枚
ティア2:シギル二五〇枚
ティア3:シギル五〇〇枚
アビリティ・シギル:一枚につきシギル六〇枚
レベルアップ・シギル:一枚につきシギル二五枚
――――
「……あ」リカが顔を引きつらせる。「シギル、もう持ってない」
「え、ゼロ?」
「はい。途中で使い切っちゃって」
「じゃあ、どうやってここまで来たのさ?」
「……運?」
店主は肩をすくめる。
「運だけで来られるのは、せいぜいここまでだよ。ここから先は、いい加減引き返すのをおすすめするね。出口ゲートはあっち」
彼女が指さした先、広場の中央には石造りのゲートが立っていた。
「いえ、その……」リカが慌てて首を振る。「まだパーティと合流しないといけなくて! 何か、無料で使えるものって……」
「タダ働き狙いかい」店主がため息をつく。
「……まぁ初回サービスってことで、特別に依頼でも受けてもらおうかな。報酬は好きなシギル四枚。二人合わせてね」
「依頼?」ザリアが身を乗り出す。「内容次第だけど」
「うちの息子、白須トウマって言うんだけどね」
店主は少し寂しげに笑う。
「一つ下の階に補充のシギルを取りに行かせたんだけど、何時間経っても戻ってこなくて……」
「つまり、探して連れ戻せばいいと」
「そう。無事に帰してくれたら、約束のシギルあげる」
ザリアはリカの腕を小突く。
「やるでしょ?」
「うん。やろ」
「助かるよ、本当に!」
頭上にインフォバーが表示される。
〈依頼:白須トウマを捜索せよ
報酬:シギル×4〉
二人は走り出し――ザリアがふと引き返す。
「すみません、階段ってどこから?」
「二ブロック先。あの妖怪像の下だよ」
「了解」
巨大な妖怪像の足元には、宙に浮かぶトーテムがひとつ。
リカが手を伸ばして触れる。
〈トーテム起動。第二〇五三階への通行権を付与〉
「さーて、“地下行き”だね」ザリアが笑う。
「でも、帰ってきたらシギル選び放題だよ?」
「それはテンション上がる」
足下の床が割れ、階段が現れる。
二人はそのまま下へと降りていき、フロアは静かに閉じた。
――その下の階。
〈規則:嘘をつくな〉
二人が着地したのは、巨大な金属工場のようなフロアだった。
下では溶鉱炉が赤々と燃えている。その上に細い金属製の通路が伸びていた。
「嘘つくな……」ザリアが周囲を見渡す。「誰に?」
通路の突き当たりには、大きな工房がひとつ。
「たぶん、あそこが目的地だよね」
「さっさと行って、さっさと帰ろ」
二人は工房へ続くドアの前に立つ。
分厚い金属扉には、いくつものロックが組み込まれていた。
ザリアが拳でコンコンとノックする。
「よーよーっす!」
「ちょっと」リカが肘で小突く。「そういうノリ、今いる?」
「つい」
ガガガッ――。
金属扉がスライドし、奥からぎらりと青い光がのぞいた。
「おやおや。お客さんじゃないか。いらっしゃい、お嬢さん方」
ザリアとリカは顔を見合わせ、恐る恐る中へ。
入った途端、扉は背後でバタンと閉じた。
内部には、小さな溶鉱炉とコンベア、そして巨大な炉。
ザリアが興味本位で近づこうとしたところで――
「まぁまぁ、くつろいでいきなよ。お茶? コーヒー? お水?」
頭上から声が降ってきた。
見上げると、天井から一本の機械アームが伸びている。
その根本には大型モニターが取り付けられ、画面上に青い目と笑顔のマーク。
「っと、自己紹介がまだだったね。ボクは装心思考機《ソウシン・シコウキ》! 握手してあげたいところだけど、見ての通り腕がねぇ」
リカとザリアは同時に固まる。
「……生きてるコンピューター?」リカが恐る恐る尋ねる。「AIって聞いたことはあるけど、さすがにここまで来ると」
「違うってば!」ソウシンが画面を左右に振る。「ボクは人間だよ、人間! いや、元・人間って言うべきかな。規則を守れなかった罰でダンジョンにこうされちゃってね!」
「うわぁ……それは、重い」ザリアが素直に引く。
「そういう時は“お気の毒に”とかでいいでしょ!」リカが小声でツッコむ。「ホントにご愁傷様です」
「気にしないで。スーパコンピューター生活も案外悪くないしね。で、君たちは?」
「私は天川リカ。こっちはザリア。白須トウマって子を探してて。ここに来てません?」
「もちろん。ついさっき来たよ。そこにじっとしてて。すぐ会わせてあげる」
「え、“そこで待ってろ”って――」
足下の床が突然ガバッと開く。
「ちょ、ちょっとおお!?」
二人は悲鳴を上げながら下へと落ちていった。
柔らかい何かに着地し、周囲を見回す。
そこは研究室のような空間で、試験管や冷凍カプセルがずらりと並んでいた。
すぐ隣に、ソウシンの画面がスッと再表示される。
「さぁ、ボクの新しい友達を紹介しよう!」
奥には、もう一台のコンピュータが鎮座していた。
その画面には、今にも泣き出しそうな顔文字。
「……たすけて……」
ザリアは勢いよく立ち上がる。
「ちょっと待って、それって――」
「正解。彼が白須トウマ。ここに来たから、友達にしてあげたのさ」
ドン……。
部屋全体が不穏に揺れ始め、天井から伸びた機械アームが二人の身体を絡め取る。
「さぁ、次は君たちの番だ」
ソウシンの“目”が愉快そうに細められる。
「キミたちも――」
二人は必死にもがく。
「――“より良い形”にしてあげるよ!」
青い笑顔が、ぎらりと歪んだ光を放った。
——
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