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――ディビジョン襲撃トーナメント編――
――第18章・カイダンチョウ――
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――カイタンシャ本部・日本。
二週間後――
カイタンシャ本部の廊下を、エージェントたちが慌ただしく走り抜けていく。
机に駆け込み、端末を立ち上げる者たちの横を、橘ハヤテとマリンが足早に通り過ぎた。
「レイド開始まであと十二時間だ!」ハヤテが声を張る。「ダンジョンの一ミリ残らず、しっかり監視しろ!」
「了解!」エージェントたちが一斉に敬礼する。
ハヤテが角を曲がった瞬間、待ち構えていたカメラクルーが飛び出し、女性レポーターがマイクを突き出した。
「カイタンシャ・ディレクター橘さん!」
「本当に、オマリロ・ニュガワがトーナメントに参加すると?」
「事実だ」ハヤテは即答した。
「伝説のカイタンシャを復帰させるとなると、勢力図やバランスに大きな変化が出るのでは? 物議を醸す声も――」
「問題ない」ハヤテはきっぱりと言う。「ニュガワは今でも尊敬される男だ。全カイダンに、秘箱《ヒバコ》を狙う公平なチャンスを与える」
「この大会は海外でも放送されますか? 世界中が、ニュガワの戦いを見たがっています!」
「これ以上の質問は受け付けない」
「ちょっと、あと一つだけ――!」
ハヤテは強引に横を抜け、マリンもそれに続いた。
執務室に戻ると、マリンが口を開く。
「カイダンチョウへの通達が必要かと存じます。規定では、十二時間前までに招集を知らせることになっています」
「いい案だな」ハヤテは頷く。「各カイダンチョウの居宅に、エージェントを飛ばせ」
「了解しました」
マリンはスマホを取り出し、そのまま姿を消す。
ハヤテは一人、モニターに中目黒エリアの映像を映し出した。
「秘箱ミスティック……今年は誰の手に渡る?」
――日本・田園調布。
ドゴン、ドゴン、ドゴン――
「もっと腰入れろ、兵ども! 筋肉は裏切らん!」
広い自宅ジムの中で、オレンジ色の髪と瞳をした筋骨隆々の男が、オレンジと黒のスーツに身を包んだ若いカイタンシャたちを相手にスパーリングをしていた。
「隊長……少し、休憩を……」
男は腕を組み、ニッと笑う。
「よし。前回より十秒長く持ちこたえた。特別に、水を許可する! 厨房へ散れ!」
隊員たちが歓声を上げたちょうどその時、ドアがノックされる。
男――レツカイダンのカイダンチョウ、深山ガクトがドアを開けると、エージェントが一人立っていた。
「レツカイダン・カイダンチョウ、深山ガクト殿」エージェントが告げる。「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待状をお持ちしました」
ガクトは封筒をひったくるように受け取る。
「ご苦労、ちっこいの! 今年も派手に燃やしてやる!」
エージェントは一礼し、消える。
「聞いたか、お前ら!」ガクトが叫ぶ。「トーナメントが来るぞ! 気合い入れろ!」
「サー、イエスサー!」
――日本・白金台。
柔らかな紫色の髪と瞳を持つ少女が、自室の鏡の前で、静かに髪を梳いていた。
コツ、コツとノックの音。
『ミズキー! お客様よ!』
「すぐ参ります、お母さま」
階段を下り、玄関を開けると、エージェントが立っていた。
「おはようございます」エージェントが丁寧に頭を下げる。「セイカイダン・カイダンチョウ、西園寺ミズキ様。レイド・トーナメントへの招待状です」
「ありがとうございます」
ミズキは優雅に一礼し、封筒を受け取った。
――日本・成城。
成城の門構えの立派な邸宅に、一台の車が止まる。
エージェントが門へ歩いていくと、二人のカイタンシャが前に立ちふさがった。
「止まれ」一人が言う。「ここは我らがカイダンチョウの邸宅だ。用件は?」
「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待だよ」エージェントは肩をすくめる。「ったく、もう少し気を抜けないのか?」
二人は一度顔を見合わせ、門を開けた。
「さっさと済ませろ」
エージェントは車を敷地内に入れ、玄関をノックする。
出てきたのは、ボサボサの黒髪に眠たげな目をした青年。ガウン姿で、あくびを噛み殺している。
「……何」
「こちらが、ソウカイダン・カイダンチョウ、神代コウイチ様への招待状です」
コウイチはぶっきらぼうに封筒をひったくる。
「了解。帰れ」
バタン、と容赦なくドアが閉められ、エージェントは小さく舌打ちした。
「感じ悪いガキだな……」
――日本・代官山。
広い庭園で、栗色の髪を結い上げた着物姿の少女が、数人の若い女性とちゃぶ台を囲み、お茶を楽しんでいた。
「すごかったのよ! 一気に五千階以上、駆け抜けちゃって!」
「一万階はクリアしたことあるの?」
「ないけど、八千五百階までは行ったわ! 一人でね!」
そこへエージェントが近づき、咳払いをする。
「失礼します、お嬢さん方」
彼は封筒を差し出した。
「コウカイダン・カイダンチョウ、月島カオル様。ディビジョン・レイド・トーナメントへの出場をお願いしたく存じます」
カオルは目を輝かせて受け取る。
「ありがとうございます、ありがとうございます! みんな、観ててね、最高のショーにするから!」
周りの女子たちは、きゃあきゃあと騒ぎながら、覗き込むように招待状を見つめる。
「ふふっ、楽しみになってきた~!」
――日本・青山。
道場の中。長い金髪と氷のような青い瞳を持つ女性が、静かに正座し、瞑想していた。
トン、と控えめなノック。女中が顔を覗かせる。
「お嬢さま」女中が言う。「その時が来たようです」
女性はすっと立ち上がり、その長身と歩き方だけで人を圧倒する。
「下がりなさい」
女中は深く一礼し、部屋を出る。
女性――ソウカイダンのカイダンチョウ、名取ユカが扉を開けると、若いエージェントが慌てて封筒を整えていた。
「おっとっと! すみません! こちらがソウカイダン・カイダンチョウ、名取ユカ様への招待状です! その……お美しい――じゃなくて、レイド・トーナメントへのご案内を!」
ユカは無言で封筒を受け取り、中身に目を通す。
「また二位、ですって?」
氷のような視線がふっと細くなる。
「この不名誉、決して赦されませんわ」
瞳が凍りついたように冷え、女中は慌てて頭を下げて退室した。
――日本・赤坂。
三人のエージェントが、人里離れた大きな邸宅の敷地へ続く小道を歩いていた。
庭には、無数のゴーレム像が立ち並んでいる。
「気をつけろよ」先頭の一人が小声で言う。「砂原様は、冗談の通じる相手じゃない」
他の二人も、こくりと緊張気味に頷く。
玄関前に立つと、意を決してノックした。
「話せ、小猫ども」
鋭く低い声が内側から響く。
「ナラク・カイダン・カイダンチョウ、砂原アツシ様!」エージェントが声を張り上げる。「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待に参りました! 前回大会の優勝、お祝い申し上げます!」
扉が勢いよく開き、アツシが姿を現す。
その眼光だけで、三人の膝が震えた。
「称賛はいらん。手紙だけよこして、とっとと失せろ」
「は、はいっ!」
封筒を押し付けるように手渡し、三人は蜘蛛の子を散らすように去っていく。
アツシは無造作に封を切り、鼻で笑った。
「小童どもが」
手紙を放り投げる。
「ニュガワが戻った、か。今度は何を企んでいる?」
――東京都港区。
ジュンペイは、オマリロの家の前に車を止めた。
「生きてればいいけどな……」ジュンペイはため息をつく。「十代三人と幽霊一人の相手とか、老人の仕事じゃねえだろ」
玄関まで歩き、ノックする。
ガチャ、と勢いよくドアが開き、カイタンシャの制服に身を包んだレイが顔を出した。
「♪はーい、こんにちはー♪」
ジュンペイは思わず一歩下がる。
「お、おう。えっと、オマリロ・ニュガワは在宅か?」
「♪いるかも? いないかも? でもあなたはちょっと好きかも~♪」
ジュンペイは襟を引き直し、咳払いした。
「冗談に付き合ってる暇はない。リーダーがいるか、いないか、だ」
「じゃあ、中入って見てみて!」
レイに案内され、リビングへ。
そこではハンとザリアがテレビゲームに夢中で、リカはスマホを構え、自撮りしながらしゃべっていた。
「みんなー!」レイが笑いながら叫ぶ。「オマリロさんにお客さまだよー!」
三人は同時に動きを止め、ジュンペイを見る。
「またお前かよ」ザリアが鼻を鳴らす。「何しに来たんだ?」
「お願いだから、牢屋だとか言わないでくださいね!」ハンが青ざめる。「行くならリカからにしてください!」
リカはスマホをハンに投げつけた。
「は? あんたが先でしょ!」
「……バカか、お前ら」ジュンペイは長くため息をついた。「今日はオマリロ・ニュガワに用がある。レイド・トーナメントに申し込んだんだろ。その招待状を持ってきた」
三人は拍子抜けしたように固まる。
「あ、そういうことか」ザリアは立ち上がり、大声を張る。「師匠―! お客さんですよ!」
次の瞬間、オマリロが現れる。険しい顔だ。
「税金はまだだ。帰れと言っておけ。さもなくば棒で顔を叩く」
ジュンペイはおでこを押さえた。
「なるほど。そっくりに育ってるわけだ」
オマリロはようやく彼に気づく。
「エージェントか。何の用だ」
ジュンペイは封筒を差し出す。
「おめでとうございます。神カイダン・カイダンチョウ、オマリロ・ニュガワ様。ディビジョン・レイド・トーナメントへの正式な招待状です」
「ふむ」オマリロは唸る。「立派な紙だ」
「ええ。ようやくお渡しできたところで、私はこれで――」
踵を返しかけたジュンペイは、ふと思い出したように振り向く。
「それと、ディレクターからの伝言です。レイド前夜祭のセレモニーに、ご出席いただけないかと。あなたの顔があるだけで、視聴率が跳ね上がりますから」
「式典は嫌いだ」オマリロはぼそりと呟く。
「わたし、セレモニー行きたいです!」リカが割って入る。「テレビに映るの最高じゃないですか!」
「一回出たら、どれも同じだって分かるぞ」ザリアは肩をすくめた。
「もし出席してくださるなら、午後五時ちょうどに会場まで」ジュンペイは続ける。「では」
ジュンペイが去った後、リカが目を輝かせる。
「師匠、行きますよね? ね? お願いです!」
「パーティ?」レイが首をかしげる。「そんなの、まだあったんだ?」
オマリロは招待状を一瞥し――
「……行く」
リカは拳を突き上げた。
「よっしゃー! パーティだ!」
そのまま廊下へ駆けていく。
ハンは腕を組んだまま、それを眺めた。
「女ってやつは……」
オマリロは時計を見る。
「二時間」
そう言うや否や、その場からかき消えた。
「師匠、本物の幽霊かもしれないな……」ハンは首をかしげる。「あの消え方、どうなってんだ」
「ほら、ハン」ザリアが肘でつつく。「着替えんぞ」
「待て、遠慮しと――!」
引きずられていくハン。
レイもついていく。
「わーい! お茶会? 行く行く!」
やがて時は過ぎ――出発の時間となった。
――日本・新宿区。
西新宿の街路には、会場となる大型ホールを囲むように、ファンたちがひしめき合っていた。
スピーカーからは賑やかな音楽が流れ、会場のライトが夜空を照らす。
「どいてどいて! カイダンチョウたち見えないじゃん!」
「どうやったら中入れるんだ?」
「オマリロ・ニュガワ来てる? サイン欲しい!」
「ゲスト以外は一定の距離を保ってください!」
ジュンペイたちエージェントは必死で人波を押し返す。
そのとき、数台のリムジンがゆっくりと会場前に横付けされた。
「やっとだ……」ジュンペイは胸をなで下ろす。「これで本番が始まる」
リムジンのドアが一つ、また一つと開き、正装したカイダンチョウたちが姿を現す。
カメラのフラッシュが一斉に光った。
「見ろ、神代カイダンチョウだ! 雰囲気あるな~!」
「あれ月島カオルじゃない? めっちゃ綺麗!」
「砂原カイダンチョウ、殺しに来てる顔つきなんだけど……」
ジュンペイは彼らを迎え、会釈する。
「皆さま、ご来場ありがとうございます。こちらへどうぞ。式典会場へご案内いたします」
「ならば、さっさと行きましょう」ユカが先頭に立って歩き出す。
建物の中は、光と音楽に満ちた大ホールだった。周囲のテーブルには招待客たちが座り、談笑している。
正面には大きなステージ。そこに、マリンとハヤテが立っていた。
カイダンチョウたちが一歩足を踏み入れた瞬間、会場の視線が一斉に集まり、照明が落ちる。
「我がカイダンチョウたちよ!」ハヤテが両手を広げる。「レイド前夜祭へようこそ!」
一同が軽く頭を下げる。
「光栄に存じます、ディレクター」ユカが代表して答えた。
「では早速、ステージに上がってくれ!」
拍手の中、カイダンチョウ全員がステージに並び立つ。
「ところで――ニュガワはどこだ?」
ざわ、と客席が揺れた。
「どうせあのジジイの腰が壊れて、這ってるんだろ」砂原アツシが鼻で笑う。「来るとは思わんがな、ディレクター」
「誤報だ」
自然と視線が入口へ向く。
そこには、バスローブにローファーという場違いな格好のオマリロが立っており、その後ろから、きちんとドレスアップした子どもたちが顔を出していた。
「本物……!」
「ウソだろ、まだ生きてたのかよ……」
「なんか……寝起きみたいな格好してるけど!?」
カイダンチョウたちは、それぞれ複雑な表情を浮かべる。
オマリロがステージへ近づくと、ハヤテは満面の笑みで腕を広げた。
「いやあ、ニュガワ! その格好はちょっとラフすぎるが――来てくれて嬉しい!」
オマリロは、ひょいとステージに飛び乗る。
「さっさと始めろ」
「まだまだ元気そうだな」コウイチがあくび混じりに言う。「案外、しぶとい」
「本当に」ユカが冷たく言い放つ。「この場にあの格好で現れるなんて。マナーはご存じなくて?」
「ちょ、ちょっと!」カオルが慌てる。「オマリロ様はレジェンドなんだよ!? もっと敬意払おうよ!」
「俺も賛成だ」ガクトが頷く。
「ディレクターのお話の最中ですよ」ミズキが静かに諫める。「私情は後でどうぞ」
アツシは身をかがめ、オマリロを覗き込むように睨んだ。
「ニュガワ……一つも変わってないな」
オマリロは視線だけを上げる。
「砂原も、相変わらずだ」
アツシの目つきがさらに鋭くなるが、ハヤテが間に入るように声を張った。
「よしよし! 七人全員そろったところで――ランキングを表示してくれ!」
エージェントが端末を押すと、各カイダンの順位が、カイダンチョウたちの頭上に浮かび上がる。
「最下位って、なんかムカつくな……」ザリアがリカに囁く。「一番カッコいいカイダンチョウがいるのに、ビリってどういうこと」
「大丈夫だよ!」リカは拳を握る。「私たちが弱くても、オマリロさんは弱くない! レイドボス、片手間で倒してたじゃん!」
「だよね、だよね!」
「他のカイダンチョウたち、師匠に変な目向けてますね」ハンは冷ややかに観察する。「性格悪いな」
ランキング表示が一段落すると、背後のスクリーンに千代田ダンジョンの俯瞰図が映し出された。
「数時間後、この千代田ダンジョンを舞台に――」ハヤテが宣言する。「各カイダンが、今年の賞品《プライズ》――“ティア3・秘箱ミスティック”を賭けて争うことになる!」
会場から、どよめきと驚きの声が上がる。
「ティア3ですって?」ユカが前に出る。「ディレクター、ティア3の秘箱が発見されたのは、五十年ぶりですわよ」
「その通りだ」ハヤテは誇らしげに頷く。「だからこそ、今年の大会は過去最大級の賭けになる。勝ったカイダンは、一気に戦力を底上げできる」
「ティア3……」ザリアが息を呑む。「それゲットできたら、私たちもめちゃ強くなれる。師匠と並んで戦えるかもじゃん」
「ってことは、他も全力で取りにくるってことだ」ハンが指を折る。「皆欲しがる。特に――うちの師匠が狙ってるって分かってる連中は」
「来るなら来い、だよ」リカがニヤリと笑う。「うちのカイダンチョウと一緒なら、嫉妬してる連中まとめて蹴散らしてやるんだから!」
「やったー!」レイも意味は分かってないまま拳を振る。
カイダンチョウたちは互いに牽制するように視線を交わし合い、オマリロはただ黙ってバスローブの袖を整える。
「さて――」ハヤテが声を低めた。「ここで一つ、気になる問いが生まれる」
スポットライトがオマリロを照らし、視線が集まる。
「ニュガワが戻ってきた今――」
ハヤテはゆっくりと客席とステージを見渡した。
「――勝つのは、どのカイダンだ?」
拍手と歓声が、会場を揺らした。
――
二週間後――
カイタンシャ本部の廊下を、エージェントたちが慌ただしく走り抜けていく。
机に駆け込み、端末を立ち上げる者たちの横を、橘ハヤテとマリンが足早に通り過ぎた。
「レイド開始まであと十二時間だ!」ハヤテが声を張る。「ダンジョンの一ミリ残らず、しっかり監視しろ!」
「了解!」エージェントたちが一斉に敬礼する。
ハヤテが角を曲がった瞬間、待ち構えていたカメラクルーが飛び出し、女性レポーターがマイクを突き出した。
「カイタンシャ・ディレクター橘さん!」
「本当に、オマリロ・ニュガワがトーナメントに参加すると?」
「事実だ」ハヤテは即答した。
「伝説のカイタンシャを復帰させるとなると、勢力図やバランスに大きな変化が出るのでは? 物議を醸す声も――」
「問題ない」ハヤテはきっぱりと言う。「ニュガワは今でも尊敬される男だ。全カイダンに、秘箱《ヒバコ》を狙う公平なチャンスを与える」
「この大会は海外でも放送されますか? 世界中が、ニュガワの戦いを見たがっています!」
「これ以上の質問は受け付けない」
「ちょっと、あと一つだけ――!」
ハヤテは強引に横を抜け、マリンもそれに続いた。
執務室に戻ると、マリンが口を開く。
「カイダンチョウへの通達が必要かと存じます。規定では、十二時間前までに招集を知らせることになっています」
「いい案だな」ハヤテは頷く。「各カイダンチョウの居宅に、エージェントを飛ばせ」
「了解しました」
マリンはスマホを取り出し、そのまま姿を消す。
ハヤテは一人、モニターに中目黒エリアの映像を映し出した。
「秘箱ミスティック……今年は誰の手に渡る?」
――日本・田園調布。
ドゴン、ドゴン、ドゴン――
「もっと腰入れろ、兵ども! 筋肉は裏切らん!」
広い自宅ジムの中で、オレンジ色の髪と瞳をした筋骨隆々の男が、オレンジと黒のスーツに身を包んだ若いカイタンシャたちを相手にスパーリングをしていた。
「隊長……少し、休憩を……」
男は腕を組み、ニッと笑う。
「よし。前回より十秒長く持ちこたえた。特別に、水を許可する! 厨房へ散れ!」
隊員たちが歓声を上げたちょうどその時、ドアがノックされる。
男――レツカイダンのカイダンチョウ、深山ガクトがドアを開けると、エージェントが一人立っていた。
「レツカイダン・カイダンチョウ、深山ガクト殿」エージェントが告げる。「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待状をお持ちしました」
ガクトは封筒をひったくるように受け取る。
「ご苦労、ちっこいの! 今年も派手に燃やしてやる!」
エージェントは一礼し、消える。
「聞いたか、お前ら!」ガクトが叫ぶ。「トーナメントが来るぞ! 気合い入れろ!」
「サー、イエスサー!」
――日本・白金台。
柔らかな紫色の髪と瞳を持つ少女が、自室の鏡の前で、静かに髪を梳いていた。
コツ、コツとノックの音。
『ミズキー! お客様よ!』
「すぐ参ります、お母さま」
階段を下り、玄関を開けると、エージェントが立っていた。
「おはようございます」エージェントが丁寧に頭を下げる。「セイカイダン・カイダンチョウ、西園寺ミズキ様。レイド・トーナメントへの招待状です」
「ありがとうございます」
ミズキは優雅に一礼し、封筒を受け取った。
――日本・成城。
成城の門構えの立派な邸宅に、一台の車が止まる。
エージェントが門へ歩いていくと、二人のカイタンシャが前に立ちふさがった。
「止まれ」一人が言う。「ここは我らがカイダンチョウの邸宅だ。用件は?」
「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待だよ」エージェントは肩をすくめる。「ったく、もう少し気を抜けないのか?」
二人は一度顔を見合わせ、門を開けた。
「さっさと済ませろ」
エージェントは車を敷地内に入れ、玄関をノックする。
出てきたのは、ボサボサの黒髪に眠たげな目をした青年。ガウン姿で、あくびを噛み殺している。
「……何」
「こちらが、ソウカイダン・カイダンチョウ、神代コウイチ様への招待状です」
コウイチはぶっきらぼうに封筒をひったくる。
「了解。帰れ」
バタン、と容赦なくドアが閉められ、エージェントは小さく舌打ちした。
「感じ悪いガキだな……」
――日本・代官山。
広い庭園で、栗色の髪を結い上げた着物姿の少女が、数人の若い女性とちゃぶ台を囲み、お茶を楽しんでいた。
「すごかったのよ! 一気に五千階以上、駆け抜けちゃって!」
「一万階はクリアしたことあるの?」
「ないけど、八千五百階までは行ったわ! 一人でね!」
そこへエージェントが近づき、咳払いをする。
「失礼します、お嬢さん方」
彼は封筒を差し出した。
「コウカイダン・カイダンチョウ、月島カオル様。ディビジョン・レイド・トーナメントへの出場をお願いしたく存じます」
カオルは目を輝かせて受け取る。
「ありがとうございます、ありがとうございます! みんな、観ててね、最高のショーにするから!」
周りの女子たちは、きゃあきゃあと騒ぎながら、覗き込むように招待状を見つめる。
「ふふっ、楽しみになってきた~!」
――日本・青山。
道場の中。長い金髪と氷のような青い瞳を持つ女性が、静かに正座し、瞑想していた。
トン、と控えめなノック。女中が顔を覗かせる。
「お嬢さま」女中が言う。「その時が来たようです」
女性はすっと立ち上がり、その長身と歩き方だけで人を圧倒する。
「下がりなさい」
女中は深く一礼し、部屋を出る。
女性――ソウカイダンのカイダンチョウ、名取ユカが扉を開けると、若いエージェントが慌てて封筒を整えていた。
「おっとっと! すみません! こちらがソウカイダン・カイダンチョウ、名取ユカ様への招待状です! その……お美しい――じゃなくて、レイド・トーナメントへのご案内を!」
ユカは無言で封筒を受け取り、中身に目を通す。
「また二位、ですって?」
氷のような視線がふっと細くなる。
「この不名誉、決して赦されませんわ」
瞳が凍りついたように冷え、女中は慌てて頭を下げて退室した。
――日本・赤坂。
三人のエージェントが、人里離れた大きな邸宅の敷地へ続く小道を歩いていた。
庭には、無数のゴーレム像が立ち並んでいる。
「気をつけろよ」先頭の一人が小声で言う。「砂原様は、冗談の通じる相手じゃない」
他の二人も、こくりと緊張気味に頷く。
玄関前に立つと、意を決してノックした。
「話せ、小猫ども」
鋭く低い声が内側から響く。
「ナラク・カイダン・カイダンチョウ、砂原アツシ様!」エージェントが声を張り上げる。「ディビジョン・レイド・トーナメントへの招待に参りました! 前回大会の優勝、お祝い申し上げます!」
扉が勢いよく開き、アツシが姿を現す。
その眼光だけで、三人の膝が震えた。
「称賛はいらん。手紙だけよこして、とっとと失せろ」
「は、はいっ!」
封筒を押し付けるように手渡し、三人は蜘蛛の子を散らすように去っていく。
アツシは無造作に封を切り、鼻で笑った。
「小童どもが」
手紙を放り投げる。
「ニュガワが戻った、か。今度は何を企んでいる?」
――東京都港区。
ジュンペイは、オマリロの家の前に車を止めた。
「生きてればいいけどな……」ジュンペイはため息をつく。「十代三人と幽霊一人の相手とか、老人の仕事じゃねえだろ」
玄関まで歩き、ノックする。
ガチャ、と勢いよくドアが開き、カイタンシャの制服に身を包んだレイが顔を出した。
「♪はーい、こんにちはー♪」
ジュンペイは思わず一歩下がる。
「お、おう。えっと、オマリロ・ニュガワは在宅か?」
「♪いるかも? いないかも? でもあなたはちょっと好きかも~♪」
ジュンペイは襟を引き直し、咳払いした。
「冗談に付き合ってる暇はない。リーダーがいるか、いないか、だ」
「じゃあ、中入って見てみて!」
レイに案内され、リビングへ。
そこではハンとザリアがテレビゲームに夢中で、リカはスマホを構え、自撮りしながらしゃべっていた。
「みんなー!」レイが笑いながら叫ぶ。「オマリロさんにお客さまだよー!」
三人は同時に動きを止め、ジュンペイを見る。
「またお前かよ」ザリアが鼻を鳴らす。「何しに来たんだ?」
「お願いだから、牢屋だとか言わないでくださいね!」ハンが青ざめる。「行くならリカからにしてください!」
リカはスマホをハンに投げつけた。
「は? あんたが先でしょ!」
「……バカか、お前ら」ジュンペイは長くため息をついた。「今日はオマリロ・ニュガワに用がある。レイド・トーナメントに申し込んだんだろ。その招待状を持ってきた」
三人は拍子抜けしたように固まる。
「あ、そういうことか」ザリアは立ち上がり、大声を張る。「師匠―! お客さんですよ!」
次の瞬間、オマリロが現れる。険しい顔だ。
「税金はまだだ。帰れと言っておけ。さもなくば棒で顔を叩く」
ジュンペイはおでこを押さえた。
「なるほど。そっくりに育ってるわけだ」
オマリロはようやく彼に気づく。
「エージェントか。何の用だ」
ジュンペイは封筒を差し出す。
「おめでとうございます。神カイダン・カイダンチョウ、オマリロ・ニュガワ様。ディビジョン・レイド・トーナメントへの正式な招待状です」
「ふむ」オマリロは唸る。「立派な紙だ」
「ええ。ようやくお渡しできたところで、私はこれで――」
踵を返しかけたジュンペイは、ふと思い出したように振り向く。
「それと、ディレクターからの伝言です。レイド前夜祭のセレモニーに、ご出席いただけないかと。あなたの顔があるだけで、視聴率が跳ね上がりますから」
「式典は嫌いだ」オマリロはぼそりと呟く。
「わたし、セレモニー行きたいです!」リカが割って入る。「テレビに映るの最高じゃないですか!」
「一回出たら、どれも同じだって分かるぞ」ザリアは肩をすくめた。
「もし出席してくださるなら、午後五時ちょうどに会場まで」ジュンペイは続ける。「では」
ジュンペイが去った後、リカが目を輝かせる。
「師匠、行きますよね? ね? お願いです!」
「パーティ?」レイが首をかしげる。「そんなの、まだあったんだ?」
オマリロは招待状を一瞥し――
「……行く」
リカは拳を突き上げた。
「よっしゃー! パーティだ!」
そのまま廊下へ駆けていく。
ハンは腕を組んだまま、それを眺めた。
「女ってやつは……」
オマリロは時計を見る。
「二時間」
そう言うや否や、その場からかき消えた。
「師匠、本物の幽霊かもしれないな……」ハンは首をかしげる。「あの消え方、どうなってんだ」
「ほら、ハン」ザリアが肘でつつく。「着替えんぞ」
「待て、遠慮しと――!」
引きずられていくハン。
レイもついていく。
「わーい! お茶会? 行く行く!」
やがて時は過ぎ――出発の時間となった。
――日本・新宿区。
西新宿の街路には、会場となる大型ホールを囲むように、ファンたちがひしめき合っていた。
スピーカーからは賑やかな音楽が流れ、会場のライトが夜空を照らす。
「どいてどいて! カイダンチョウたち見えないじゃん!」
「どうやったら中入れるんだ?」
「オマリロ・ニュガワ来てる? サイン欲しい!」
「ゲスト以外は一定の距離を保ってください!」
ジュンペイたちエージェントは必死で人波を押し返す。
そのとき、数台のリムジンがゆっくりと会場前に横付けされた。
「やっとだ……」ジュンペイは胸をなで下ろす。「これで本番が始まる」
リムジンのドアが一つ、また一つと開き、正装したカイダンチョウたちが姿を現す。
カメラのフラッシュが一斉に光った。
「見ろ、神代カイダンチョウだ! 雰囲気あるな~!」
「あれ月島カオルじゃない? めっちゃ綺麗!」
「砂原カイダンチョウ、殺しに来てる顔つきなんだけど……」
ジュンペイは彼らを迎え、会釈する。
「皆さま、ご来場ありがとうございます。こちらへどうぞ。式典会場へご案内いたします」
「ならば、さっさと行きましょう」ユカが先頭に立って歩き出す。
建物の中は、光と音楽に満ちた大ホールだった。周囲のテーブルには招待客たちが座り、談笑している。
正面には大きなステージ。そこに、マリンとハヤテが立っていた。
カイダンチョウたちが一歩足を踏み入れた瞬間、会場の視線が一斉に集まり、照明が落ちる。
「我がカイダンチョウたちよ!」ハヤテが両手を広げる。「レイド前夜祭へようこそ!」
一同が軽く頭を下げる。
「光栄に存じます、ディレクター」ユカが代表して答えた。
「では早速、ステージに上がってくれ!」
拍手の中、カイダンチョウ全員がステージに並び立つ。
「ところで――ニュガワはどこだ?」
ざわ、と客席が揺れた。
「どうせあのジジイの腰が壊れて、這ってるんだろ」砂原アツシが鼻で笑う。「来るとは思わんがな、ディレクター」
「誤報だ」
自然と視線が入口へ向く。
そこには、バスローブにローファーという場違いな格好のオマリロが立っており、その後ろから、きちんとドレスアップした子どもたちが顔を出していた。
「本物……!」
「ウソだろ、まだ生きてたのかよ……」
「なんか……寝起きみたいな格好してるけど!?」
カイダンチョウたちは、それぞれ複雑な表情を浮かべる。
オマリロがステージへ近づくと、ハヤテは満面の笑みで腕を広げた。
「いやあ、ニュガワ! その格好はちょっとラフすぎるが――来てくれて嬉しい!」
オマリロは、ひょいとステージに飛び乗る。
「さっさと始めろ」
「まだまだ元気そうだな」コウイチがあくび混じりに言う。「案外、しぶとい」
「本当に」ユカが冷たく言い放つ。「この場にあの格好で現れるなんて。マナーはご存じなくて?」
「ちょ、ちょっと!」カオルが慌てる。「オマリロ様はレジェンドなんだよ!? もっと敬意払おうよ!」
「俺も賛成だ」ガクトが頷く。
「ディレクターのお話の最中ですよ」ミズキが静かに諫める。「私情は後でどうぞ」
アツシは身をかがめ、オマリロを覗き込むように睨んだ。
「ニュガワ……一つも変わってないな」
オマリロは視線だけを上げる。
「砂原も、相変わらずだ」
アツシの目つきがさらに鋭くなるが、ハヤテが間に入るように声を張った。
「よしよし! 七人全員そろったところで――ランキングを表示してくれ!」
エージェントが端末を押すと、各カイダンの順位が、カイダンチョウたちの頭上に浮かび上がる。
「最下位って、なんかムカつくな……」ザリアがリカに囁く。「一番カッコいいカイダンチョウがいるのに、ビリってどういうこと」
「大丈夫だよ!」リカは拳を握る。「私たちが弱くても、オマリロさんは弱くない! レイドボス、片手間で倒してたじゃん!」
「だよね、だよね!」
「他のカイダンチョウたち、師匠に変な目向けてますね」ハンは冷ややかに観察する。「性格悪いな」
ランキング表示が一段落すると、背後のスクリーンに千代田ダンジョンの俯瞰図が映し出された。
「数時間後、この千代田ダンジョンを舞台に――」ハヤテが宣言する。「各カイダンが、今年の賞品《プライズ》――“ティア3・秘箱ミスティック”を賭けて争うことになる!」
会場から、どよめきと驚きの声が上がる。
「ティア3ですって?」ユカが前に出る。「ディレクター、ティア3の秘箱が発見されたのは、五十年ぶりですわよ」
「その通りだ」ハヤテは誇らしげに頷く。「だからこそ、今年の大会は過去最大級の賭けになる。勝ったカイダンは、一気に戦力を底上げできる」
「ティア3……」ザリアが息を呑む。「それゲットできたら、私たちもめちゃ強くなれる。師匠と並んで戦えるかもじゃん」
「ってことは、他も全力で取りにくるってことだ」ハンが指を折る。「皆欲しがる。特に――うちの師匠が狙ってるって分かってる連中は」
「来るなら来い、だよ」リカがニヤリと笑う。「うちのカイダンチョウと一緒なら、嫉妬してる連中まとめて蹴散らしてやるんだから!」
「やったー!」レイも意味は分かってないまま拳を振る。
カイダンチョウたちは互いに牽制するように視線を交わし合い、オマリロはただ黙ってバスローブの袖を整える。
「さて――」ハヤテが声を低めた。「ここで一つ、気になる問いが生まれる」
スポットライトがオマリロを照らし、視線が集まる。
「ニュガワが戻ってきた今――」
ハヤテはゆっくりと客席とステージを見渡した。
「――勝つのは、どのカイダンだ?」
拍手と歓声が、会場を揺らした。
――
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