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――ディビジョン襲撃トーナメント編――
――第19章・北の砂丘――
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――新宿・日本。
セレモニー会場の中では、大きなスクリーンにカウントダウンが映し出されていた。
〈レイド開始まで残り時間:1:00:00〉
「あと一時間か」ザリアは画面を見上げる。「マジでぶっちぎってやるし……たぶん!」
リカが四人を手招きし、円になるように集める。
「はい、集合。みんな今、どんな感じ?」
「緊張」ハンが正直に答える。
「アガってる!」ザリアが胸を張る。
「で、あたしたち何するんだっけ?」レイが首をかしげた。
三人の視線が、じとっとレイに向く。
「お茶会じゃないの?」レイは周りを見回す。「ティーカップ見当たらないけど……」
やがて、橘ハヤテがマイクをマリンに渡す。
「それでは、副ディレクターからルールの説明だ!」
マリンは軽くため息をつく。
「ルールは単純です。コミッションをこなす。ポイントを稼ぐ。負けない。もし同士討ちになった場合は、手足を吹き飛ばしたり、殺したりした時点で失格です」
「甘いわね」ザリアが鼻を鳴らす。「師匠に指一本でも触ったら、魚みたいに腸引きずり出してやれないのに」
ハンは額を押さえた。
「相手、同僚だからね?」
「私には関係ない!」
オマリロが自分たちのテーブルへ向かおうとしたその時、アツシが肩をつかんだ。
「おい、ジジイ。お前がいなくなってる間に、時代は変わった。カイタンシャはもう、お前なんか必要としてない」
オマリロは、杖でぴしゃりとその手をはたき落とす。
「なら良い。わしも楽だ」
アツシは不気味に笑った。
「その古臭いプライド。昔のままだな。全力で来いよ、ニュガワ。トップのまま叩き潰してやる」
「了解」
オマリロが一行の元へ戻ると、今度はユカと部下たちに囲まれていたアツシとすれ違う。
「あら」ユカが気づく。「ニュガワとのご挨拶は、うまくいきまして?」
「まあな」アツシは薄く笑う。「あのジジイ、まだとんでもない火力を抱えたままだ。甘ったれた子猫どもとは違う」
「そんなこと、言われなくても分かっているわ」ユカは肩をすくめた。「一度そこまで登り詰めた者は、簡単には落ちない。ただし、無敵でもない。私はあの男の弱点を突く。頂点は、私のものよ」
「自信たっぷりだな」アツシが言う。「だが氷と同じだ。ひびは入る」
「それも、見ものね」
一方その頃、会場の別の一角。
ミズキは静かに椅子に座っていたが、カオルがワインボトルを片手に何度も肘でつついてくる。
「ねえねえミズキ~! これ飲んでみてよ! ディレクターのお気に入りブランドだって!」
「無理」ミズキは一蹴した。「未成年」
「え~、お母さまなんて見てないって! ほら、見て見て! もう五本目~!」
ミズキは手首を返し、ボトルをはたき落とした。
「もう十分です。立つのもやっとでしょう」
「ちょっ……なんで落とすの!?」
カオルは慌ててボトルを拾いに行く。
そのすぐ近くでは、ガクトとコウイチが腕相撲をしていた。互いに全く譲らない。
「その太い腕のわりには、大したことないな、トウシ使い」コウイチがあくび混じりに言う。
「そこじゃないからな!」ガクトは大笑いする。「俺の強化が乗ってるのは――」
コウイチが目を細めた。
「はいはい、来たよ、このくだり」
「ここだァ!」
ガクトは自分の額でテーブルに頭突きをかまし、机を真っ二つに割った。
コウイチは無言で立ち上がり、ため息をつく。
「そんなんだから、女にモテないんだろ」
「おい! 今の取り消せ、ガキ!」
「やだね」
そういったやりとりを、ザリアはじっと眺めていた。
「師匠、あれが組織のトップ連中っすよね? 師匠と同じぐらい強いんですか?」
オマリロはザリアの頭に手を乗せる。
「強い。だが、穴多い」
「どゆこと?」
「すぐ分かる」
「まあ、心配してないけどね!」ザリアは笑う。「世界一強いのは、うちの師匠だし!」
「そうだよ!」他の子どもたちも頷く。
オマリロは椅子に腰を下ろした。
「間違っておらん」
腰を下ろした途端、ファンや記者たちが一気に押し寄せ、カメラを構えてオマリロを取り囲んだ。
「ニュガワさん、本物ですか!?」
「この数年、どこで何を?」
「あの子たちはどこで見つけたんです? そっちの裸足の子は誰?」
「ツーショットお願いします!」
ザリアが間に割って入る。
「おいおい! 近づきすぎ!」
「そうだよ、引け引け!」リカも続く。「このジジイは、あたしたちの師匠! あんたらのじゃない!」
ハンは人波に押され、あえいでいた。
「ぐっ……肋骨が……! 他のカイダン追いかけてきなよ! 師匠は使用中だってば!」
レイはきらきらとカメラを見つめ、数人を指でつつく。
「わあ、光ってる~!」
「ニュガワさん!」
「沖縄ダンジョンで何があったんですか!」
「公式コメントをブログに載せたいんです!」
ザリアは槍を召喚した。
「おい、下がれって言ったよな?」
「ザリア!」リカが小声で叫ぶ。「それで刺したらマズいって!」
「問題ないって! この槍、片方は刺突用、もう片方はカチ上げ用だから!」
「ニュガワさん、どこ行った!?」
気づけば、オマリロが座っていた席は空っぽで、カップだけがぽつんと残っていた。
「置いてかれた」ハンが冷静に言う。「カッコいいけどさ、なんで群衆の相手だけこっちに任せるの……」
記者の一人がカメラを掲げる。
「会場内を探して! そう遠くへは行ってないはず!」
大急ぎで外へ飛び出していく報道陣。
その直後、オマリロがザリアの横の席に、何事もなかったかのように現れた。
「馬鹿なニュース」
「師匠、戻ってきた!」
オマリロは立ち上がり、背中を鳴らす。
「行く。準備だ。千代田ダンジョンが待つ」
〈レイド開始まで残り時間:0:30:00〉
子どもたちは一斉に立ち上がる。
「師匠、ラジャー!」
オマリロが杖を軽く突くと、その場から姿が消えた。
その様子を、一人の男が新聞で顔を隠しながらちらりと見ていた。
「好都合だ。ニュガワさえダンジョンに縛り付けておけば、奴らは気づきもしない」
男の姿も、すぐにかき消える。
そのすぐ後をマリンが通りかかり、少しだけ眉を寄せた。
「……今、何か違和感があったような……?」
首をひねるが、そのまま仕事に戻り、ハヤテの横へ歩いていく。
会場のスクリーンには、なおもカウントダウンが続いていた。
――千代田・日本。
〈レイド開始まで残り時間:1:00〉
七つのカイダンとその隊員たちが、千代田の街路にそれぞれ陣取っていた。無数のカメラが回り、生中継が始まる。
ハヤテとマリンは、その少し離れた場所に立っている。
「あと一分でゲートが開く!」ハヤテが叫ぶ。「何が起きてもおかしくないぞ! どの階に落とされるか分からないし、クリアするまで帰れない!」
リカは大きく息を吸ったり吐いたりしている。
「さすがに、いきなり超高難度フロアとかは来ないよね……?」
「むしろ来てほしいけど」ザリアはニヤリと笑う。「そのほうが早く上に行ける」
「結果が良ければ何でもいいですけどね」ハンは肩をすくめる。「師匠、具体的にはどう動きます?」
オマリロは杖で地面をコツンと叩いた。
「敵を倒す。価値を示す」
「……了解。ざっくり把握」
〈レイド開始まで残り時間:0:30〉
「師匠の言葉なら、信じるだけだよ」ザリアが拳を握る。
「いつも通り」リカも頷いた。
「論理的には意味不明でも」ハンが付け加える。「だからこそボスなんですけどね!」
「♪いちばん強いのは、師匠~♪」レイが鼻歌まじりに歌う。
「子どもたち、よく聞け」オマリロは全員を見渡した。「怖がるな。迷うな。敵はフェアに戦わん。勝利は、もぎ取るものだ」
〈レイド開始まで残り時間:0:10〉
一同は一斉に息を整える。
「よし」ザリアが前を見据えた。「どんな階でも、かかってこいってんだ」
〈レイド開始まで残り時間:0:00〉
「最後に残るのは俺とお前だ、ニュガワ」アツシは心の中で呟く。「その時、勝つのは必ずこの俺だ。代償が何であろうとな」
「健闘を祈る!」ハヤテが叫ぶ。
次の瞬間、足元の道路がぐにゃりと歪み、巨大なゲートへと変わった。
「うわああああっ!」
全カイダンが、叫び声と共に地下へと落ちていく。
〈侵入を検知――フロアレベル:1〉
「ちょっとー!」カオルが文句を言う。「いきなり一階ってなに~!?」
〈侵入を検知――フロアレベル:17〉
「まあ、マシか」コウイチがつぶやく。「さっさと終わらせて、帰って寝たい」
〈侵入を検知――フロアレベル:58〉
「許容範囲ね」ミズキは淡々と告げる。「ティア2の依頼が一つはあるはず」
〈侵入を検知――フロアレベル:164〉
「よっしゃあ!」ガクトは拳を突き上げる。「もう三桁台か! 今日はツイてるぞ、お前ら!」
〈侵入を検知――フロアレベル:341〉
「甘いわね」ユカは鼻で笑う。「なぜ千階台に送らないのかしら。私たちは子どもじゃないのに」
〈侵入を検知――フロアレベル:1931〉
「なかなか、熱い幕開けだ」アツシが口元を歪める。「このままではニュガワに先を越される。悠長にはしていられんな」
〈侵入を検知――フロアレベル:1320〉
「やっと止まった!」ザリアがぐったりする。「落下で酔った……」
「その話やめて……!」リカは必死で口を押さえる。
「ごめん、リカ」
オマリロたちが周囲を見渡すと、そこはどこまでも砂の広がる大砂漠だった。焼けつくような熱気。
遠くには小さな集落らしきものが見え、その上空には淡い水色の光柱が伸びている。目の前にUIが浮かんだ。
〈ウェイポイント:578メートル〉
「あれ、何だろ?」リカが指さす。
「ウェイポイント、だよね?」ザリアが思い出すように言う。「レイドダンジョンって、ああいうの出るんじゃなかったっけ」
オマリロは軽く頷いた。
「女子、知識高い。良い」
ザリアは照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「当然っしょ!」
「じゃあ、あそこまで行けばいいんですかね?」ハンが確認する。
「そうだ」
オマリロが杖を地面に軽く突く。次の瞬間、一行は村の目前に転移していた。
そこでは、部族風の服を纏った小柄なドワーフの少女が、必死に手を振っている。
「ハンターさんたち! こっち、こっちー!」
一同は顔を見合わせるが、オマリロが一歩前へ出る。
「少女、困っているな。事情を話せ」
「わ、私、スナコって言います! ボウサ・ナンゾクの出身で!」
「両親が、砂丘北オアシス族《サキュウ・キタ・オアシス族》に買い出しに行ったんですけど、一週間経っても戻ってこなくて……! すごく心配で……!」
「少女、両親が必要」オマリロは淡々と言う。「探してほしいと」
スナコは勢いよく頷いた。
「はい! この道の先に、砂丘北《サキュウ・ホク》の村があるはずなんです! そこまで様子を見に行ってもらえませんか?」
〈コミッション受諾:スナコの両親を*捜索*せよ。ティア2依頼〉
「心配いらん」オマリロは静かに告げる。「必ず見つける」
「ありがとうございます、おじさん!」
オマリロが一行の元へ戻ると、すでに全員が汗だくになっていた。
「つまり、あの子の両親を見つければいいんだよね?」リカが確認する。
「そうだ。それで依頼は完了だ」
「でも、なんでティア2なんだろ」
「表と裏は違う」オマリロは短く警告する。「感覚を研ぎ澄ませ。頭は冷静に。行くぞ」
オマリロが砂の道を歩き出し、隊はその背中を追う。
風が砂を巻き上げる。真っ青だった空は、じわじわとオレンジ色に変わっていく。
「師匠、何か見つけました!」ハンが声を上げた。「ほら、足跡!」
一同はハンの元へ集まる。
砂の上には、どこまでも続く二人分の足跡が伸びていた。
「向こうに進んでるだけで、戻ってきた跡がない」
「誰の足跡か、調べられる?」ザリアが提案する。
「やってみる。キューブ、トレースをスキャン!」
[スキャン中……]
電子音が鳴る。
[スキャン完了。*ドワーフ*のものと判明]
「やっぱり」ハンはうなずいた。「スナコの両親でほぼ確定だ」
「なら、この足跡が手がかりだね」リカは顔を上げる。
「進む」オマリロが命じる。「目と耳、油断するな」
「じゃあ、あたしがみんなを冷やしてあげよっか!」レイが手を上げた。
次の瞬間、一行の周囲に、月光のドームが広がる。
「ジュゲン魔法士《ジュゲン・マホウシ》:月光の護光《ゲッコウ・ノ・ゴコウ》!」
たちまち暑さが消え、ひんやりとした空気に包まれる。子どもたちはその場にへたり込んだ。
「最初からこれ出せたんだろ!?」ザリアが叫ぶ。「なんで今まで黙ってた!」
「誰も頼まなかったからだよ~」レイは楽しそうに笑う。
「最高……」リカはとろけたような声を出す。「このまま一生ここにいたい……」
「時間は少ない」オマリロが遮る。「少女、シールドを動かせ」
「はーい!」レイは素直にドームを前方へと伸ばす。
月光のシールドに守られながら、彼らは足跡を追って進む。
ハンが定期的に足跡を確認しながら歩き続けると、やがて小さなオアシスに辿り着いた。そこにはすでにテントが張られている。
「手掛かり発見、かも!」ハンが指さす。「見て! 焚き火、まだ煙出てる」
ハンはそっと薪に触れ――すぐさま手を引っ込めた。
「熱ッ!」
「ハン・ジス」リカがにやりとする。「手掛かりを見抜く頭脳はあっても、触るまでは考えが及ばない」
ザリアは、ふと別のものに目を留めた。
「ちょっと待って。見て」
そこには、倒れたままのイノシシが一頭。
ザリアは足先でつつきながら言う。
「誰かが仕留めたのに、放置されてる。食料にするなら、持っていくよね?」
ハンの表情が引き締まる。
「……もし、仕留めた本人が調理する暇すらなかったとしたら?」
「どういうこと?」
「つまり――これは罠の可能性が高いってことだ」
その瞬間。
ジャラッ、と音を立てて鎖が飛び出し、ハンの体に巻きついた。背骨にビリッと痺れが走る。
「うわっ! 捕まった! 誰か――!」
ハンは一気に砂の上を引きずられていく。
「ハン!」
すぐさま、ザリアとリカにも鎖が巻きついた。
「ちょ、何これ!?」ザリアが叫ぶ。
「動けないっ!」リカも悲鳴を上げる。
三人はそのまま砂を削りながら、エンジン音とともに遠ざかっていった。
レイはきょろきょろと周囲を見回す。
「わあ、これもゲームの一部?」
オマリロにも鎖が伸びるが、彼はそれを片手でつかみ、そのまま引き寄せた。
砂の向こうから、ボロボロの鎧と仮面を身につけた大柄なハンターが姿を現す。
「答えろ」オマリロの声が低くなる。「子どもたち。どこだ」
ハンターは口を閉ざしたまま。
その背後から、さらに複数の鎖がオマリロへと伸びる。
「なるほど」
オマリロは一閃で鎖を斬り、飛来した金属ダーツを身をかがめてかわす。
レイはふらふらと歩いていき、ハンターのバンにゴツンとぶつかった。
「わ、ごめんね~」
運転手はすかさず網を投げ、レイを捕らえるが、オマリロがすぐにそれを斬り裂いた。
「後ろに下がれ、少女。あいつらは狩る側だ」
さらにダーツが頭めがけて飛んでくるが、オマリロは一本の矢で弾き返す。
「やってらんねえ」運転手が舌打ちする。「三人捕まえたし、ここで十分だ。ずらかるぞ!」
バンが砂を巻き上げて走り出し、仲間を拾って次々と離れていく。
レイはオマリロの横に立ち、真剣な顔で尋ねた。
「オマリロさん、どうする?」
「仲間を見つける」オマリロは即答した。「ついでに少女の両親もだ」
新たなUIが浮かぶ。
〈ウェイポイント:2000メートル〉
「本当の旅は、ここからだ」
オマリロは砂漠の彼方を見据え、歩き出した。
――
セレモニー会場の中では、大きなスクリーンにカウントダウンが映し出されていた。
〈レイド開始まで残り時間:1:00:00〉
「あと一時間か」ザリアは画面を見上げる。「マジでぶっちぎってやるし……たぶん!」
リカが四人を手招きし、円になるように集める。
「はい、集合。みんな今、どんな感じ?」
「緊張」ハンが正直に答える。
「アガってる!」ザリアが胸を張る。
「で、あたしたち何するんだっけ?」レイが首をかしげた。
三人の視線が、じとっとレイに向く。
「お茶会じゃないの?」レイは周りを見回す。「ティーカップ見当たらないけど……」
やがて、橘ハヤテがマイクをマリンに渡す。
「それでは、副ディレクターからルールの説明だ!」
マリンは軽くため息をつく。
「ルールは単純です。コミッションをこなす。ポイントを稼ぐ。負けない。もし同士討ちになった場合は、手足を吹き飛ばしたり、殺したりした時点で失格です」
「甘いわね」ザリアが鼻を鳴らす。「師匠に指一本でも触ったら、魚みたいに腸引きずり出してやれないのに」
ハンは額を押さえた。
「相手、同僚だからね?」
「私には関係ない!」
オマリロが自分たちのテーブルへ向かおうとしたその時、アツシが肩をつかんだ。
「おい、ジジイ。お前がいなくなってる間に、時代は変わった。カイタンシャはもう、お前なんか必要としてない」
オマリロは、杖でぴしゃりとその手をはたき落とす。
「なら良い。わしも楽だ」
アツシは不気味に笑った。
「その古臭いプライド。昔のままだな。全力で来いよ、ニュガワ。トップのまま叩き潰してやる」
「了解」
オマリロが一行の元へ戻ると、今度はユカと部下たちに囲まれていたアツシとすれ違う。
「あら」ユカが気づく。「ニュガワとのご挨拶は、うまくいきまして?」
「まあな」アツシは薄く笑う。「あのジジイ、まだとんでもない火力を抱えたままだ。甘ったれた子猫どもとは違う」
「そんなこと、言われなくても分かっているわ」ユカは肩をすくめた。「一度そこまで登り詰めた者は、簡単には落ちない。ただし、無敵でもない。私はあの男の弱点を突く。頂点は、私のものよ」
「自信たっぷりだな」アツシが言う。「だが氷と同じだ。ひびは入る」
「それも、見ものね」
一方その頃、会場の別の一角。
ミズキは静かに椅子に座っていたが、カオルがワインボトルを片手に何度も肘でつついてくる。
「ねえねえミズキ~! これ飲んでみてよ! ディレクターのお気に入りブランドだって!」
「無理」ミズキは一蹴した。「未成年」
「え~、お母さまなんて見てないって! ほら、見て見て! もう五本目~!」
ミズキは手首を返し、ボトルをはたき落とした。
「もう十分です。立つのもやっとでしょう」
「ちょっ……なんで落とすの!?」
カオルは慌ててボトルを拾いに行く。
そのすぐ近くでは、ガクトとコウイチが腕相撲をしていた。互いに全く譲らない。
「その太い腕のわりには、大したことないな、トウシ使い」コウイチがあくび混じりに言う。
「そこじゃないからな!」ガクトは大笑いする。「俺の強化が乗ってるのは――」
コウイチが目を細めた。
「はいはい、来たよ、このくだり」
「ここだァ!」
ガクトは自分の額でテーブルに頭突きをかまし、机を真っ二つに割った。
コウイチは無言で立ち上がり、ため息をつく。
「そんなんだから、女にモテないんだろ」
「おい! 今の取り消せ、ガキ!」
「やだね」
そういったやりとりを、ザリアはじっと眺めていた。
「師匠、あれが組織のトップ連中っすよね? 師匠と同じぐらい強いんですか?」
オマリロはザリアの頭に手を乗せる。
「強い。だが、穴多い」
「どゆこと?」
「すぐ分かる」
「まあ、心配してないけどね!」ザリアは笑う。「世界一強いのは、うちの師匠だし!」
「そうだよ!」他の子どもたちも頷く。
オマリロは椅子に腰を下ろした。
「間違っておらん」
腰を下ろした途端、ファンや記者たちが一気に押し寄せ、カメラを構えてオマリロを取り囲んだ。
「ニュガワさん、本物ですか!?」
「この数年、どこで何を?」
「あの子たちはどこで見つけたんです? そっちの裸足の子は誰?」
「ツーショットお願いします!」
ザリアが間に割って入る。
「おいおい! 近づきすぎ!」
「そうだよ、引け引け!」リカも続く。「このジジイは、あたしたちの師匠! あんたらのじゃない!」
ハンは人波に押され、あえいでいた。
「ぐっ……肋骨が……! 他のカイダン追いかけてきなよ! 師匠は使用中だってば!」
レイはきらきらとカメラを見つめ、数人を指でつつく。
「わあ、光ってる~!」
「ニュガワさん!」
「沖縄ダンジョンで何があったんですか!」
「公式コメントをブログに載せたいんです!」
ザリアは槍を召喚した。
「おい、下がれって言ったよな?」
「ザリア!」リカが小声で叫ぶ。「それで刺したらマズいって!」
「問題ないって! この槍、片方は刺突用、もう片方はカチ上げ用だから!」
「ニュガワさん、どこ行った!?」
気づけば、オマリロが座っていた席は空っぽで、カップだけがぽつんと残っていた。
「置いてかれた」ハンが冷静に言う。「カッコいいけどさ、なんで群衆の相手だけこっちに任せるの……」
記者の一人がカメラを掲げる。
「会場内を探して! そう遠くへは行ってないはず!」
大急ぎで外へ飛び出していく報道陣。
その直後、オマリロがザリアの横の席に、何事もなかったかのように現れた。
「馬鹿なニュース」
「師匠、戻ってきた!」
オマリロは立ち上がり、背中を鳴らす。
「行く。準備だ。千代田ダンジョンが待つ」
〈レイド開始まで残り時間:0:30:00〉
子どもたちは一斉に立ち上がる。
「師匠、ラジャー!」
オマリロが杖を軽く突くと、その場から姿が消えた。
その様子を、一人の男が新聞で顔を隠しながらちらりと見ていた。
「好都合だ。ニュガワさえダンジョンに縛り付けておけば、奴らは気づきもしない」
男の姿も、すぐにかき消える。
そのすぐ後をマリンが通りかかり、少しだけ眉を寄せた。
「……今、何か違和感があったような……?」
首をひねるが、そのまま仕事に戻り、ハヤテの横へ歩いていく。
会場のスクリーンには、なおもカウントダウンが続いていた。
――千代田・日本。
〈レイド開始まで残り時間:1:00〉
七つのカイダンとその隊員たちが、千代田の街路にそれぞれ陣取っていた。無数のカメラが回り、生中継が始まる。
ハヤテとマリンは、その少し離れた場所に立っている。
「あと一分でゲートが開く!」ハヤテが叫ぶ。「何が起きてもおかしくないぞ! どの階に落とされるか分からないし、クリアするまで帰れない!」
リカは大きく息を吸ったり吐いたりしている。
「さすがに、いきなり超高難度フロアとかは来ないよね……?」
「むしろ来てほしいけど」ザリアはニヤリと笑う。「そのほうが早く上に行ける」
「結果が良ければ何でもいいですけどね」ハンは肩をすくめる。「師匠、具体的にはどう動きます?」
オマリロは杖で地面をコツンと叩いた。
「敵を倒す。価値を示す」
「……了解。ざっくり把握」
〈レイド開始まで残り時間:0:30〉
「師匠の言葉なら、信じるだけだよ」ザリアが拳を握る。
「いつも通り」リカも頷いた。
「論理的には意味不明でも」ハンが付け加える。「だからこそボスなんですけどね!」
「♪いちばん強いのは、師匠~♪」レイが鼻歌まじりに歌う。
「子どもたち、よく聞け」オマリロは全員を見渡した。「怖がるな。迷うな。敵はフェアに戦わん。勝利は、もぎ取るものだ」
〈レイド開始まで残り時間:0:10〉
一同は一斉に息を整える。
「よし」ザリアが前を見据えた。「どんな階でも、かかってこいってんだ」
〈レイド開始まで残り時間:0:00〉
「最後に残るのは俺とお前だ、ニュガワ」アツシは心の中で呟く。「その時、勝つのは必ずこの俺だ。代償が何であろうとな」
「健闘を祈る!」ハヤテが叫ぶ。
次の瞬間、足元の道路がぐにゃりと歪み、巨大なゲートへと変わった。
「うわああああっ!」
全カイダンが、叫び声と共に地下へと落ちていく。
〈侵入を検知――フロアレベル:1〉
「ちょっとー!」カオルが文句を言う。「いきなり一階ってなに~!?」
〈侵入を検知――フロアレベル:17〉
「まあ、マシか」コウイチがつぶやく。「さっさと終わらせて、帰って寝たい」
〈侵入を検知――フロアレベル:58〉
「許容範囲ね」ミズキは淡々と告げる。「ティア2の依頼が一つはあるはず」
〈侵入を検知――フロアレベル:164〉
「よっしゃあ!」ガクトは拳を突き上げる。「もう三桁台か! 今日はツイてるぞ、お前ら!」
〈侵入を検知――フロアレベル:341〉
「甘いわね」ユカは鼻で笑う。「なぜ千階台に送らないのかしら。私たちは子どもじゃないのに」
〈侵入を検知――フロアレベル:1931〉
「なかなか、熱い幕開けだ」アツシが口元を歪める。「このままではニュガワに先を越される。悠長にはしていられんな」
〈侵入を検知――フロアレベル:1320〉
「やっと止まった!」ザリアがぐったりする。「落下で酔った……」
「その話やめて……!」リカは必死で口を押さえる。
「ごめん、リカ」
オマリロたちが周囲を見渡すと、そこはどこまでも砂の広がる大砂漠だった。焼けつくような熱気。
遠くには小さな集落らしきものが見え、その上空には淡い水色の光柱が伸びている。目の前にUIが浮かんだ。
〈ウェイポイント:578メートル〉
「あれ、何だろ?」リカが指さす。
「ウェイポイント、だよね?」ザリアが思い出すように言う。「レイドダンジョンって、ああいうの出るんじゃなかったっけ」
オマリロは軽く頷いた。
「女子、知識高い。良い」
ザリアは照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「当然っしょ!」
「じゃあ、あそこまで行けばいいんですかね?」ハンが確認する。
「そうだ」
オマリロが杖を地面に軽く突く。次の瞬間、一行は村の目前に転移していた。
そこでは、部族風の服を纏った小柄なドワーフの少女が、必死に手を振っている。
「ハンターさんたち! こっち、こっちー!」
一同は顔を見合わせるが、オマリロが一歩前へ出る。
「少女、困っているな。事情を話せ」
「わ、私、スナコって言います! ボウサ・ナンゾクの出身で!」
「両親が、砂丘北オアシス族《サキュウ・キタ・オアシス族》に買い出しに行ったんですけど、一週間経っても戻ってこなくて……! すごく心配で……!」
「少女、両親が必要」オマリロは淡々と言う。「探してほしいと」
スナコは勢いよく頷いた。
「はい! この道の先に、砂丘北《サキュウ・ホク》の村があるはずなんです! そこまで様子を見に行ってもらえませんか?」
〈コミッション受諾:スナコの両親を*捜索*せよ。ティア2依頼〉
「心配いらん」オマリロは静かに告げる。「必ず見つける」
「ありがとうございます、おじさん!」
オマリロが一行の元へ戻ると、すでに全員が汗だくになっていた。
「つまり、あの子の両親を見つければいいんだよね?」リカが確認する。
「そうだ。それで依頼は完了だ」
「でも、なんでティア2なんだろ」
「表と裏は違う」オマリロは短く警告する。「感覚を研ぎ澄ませ。頭は冷静に。行くぞ」
オマリロが砂の道を歩き出し、隊はその背中を追う。
風が砂を巻き上げる。真っ青だった空は、じわじわとオレンジ色に変わっていく。
「師匠、何か見つけました!」ハンが声を上げた。「ほら、足跡!」
一同はハンの元へ集まる。
砂の上には、どこまでも続く二人分の足跡が伸びていた。
「向こうに進んでるだけで、戻ってきた跡がない」
「誰の足跡か、調べられる?」ザリアが提案する。
「やってみる。キューブ、トレースをスキャン!」
[スキャン中……]
電子音が鳴る。
[スキャン完了。*ドワーフ*のものと判明]
「やっぱり」ハンはうなずいた。「スナコの両親でほぼ確定だ」
「なら、この足跡が手がかりだね」リカは顔を上げる。
「進む」オマリロが命じる。「目と耳、油断するな」
「じゃあ、あたしがみんなを冷やしてあげよっか!」レイが手を上げた。
次の瞬間、一行の周囲に、月光のドームが広がる。
「ジュゲン魔法士《ジュゲン・マホウシ》:月光の護光《ゲッコウ・ノ・ゴコウ》!」
たちまち暑さが消え、ひんやりとした空気に包まれる。子どもたちはその場にへたり込んだ。
「最初からこれ出せたんだろ!?」ザリアが叫ぶ。「なんで今まで黙ってた!」
「誰も頼まなかったからだよ~」レイは楽しそうに笑う。
「最高……」リカはとろけたような声を出す。「このまま一生ここにいたい……」
「時間は少ない」オマリロが遮る。「少女、シールドを動かせ」
「はーい!」レイは素直にドームを前方へと伸ばす。
月光のシールドに守られながら、彼らは足跡を追って進む。
ハンが定期的に足跡を確認しながら歩き続けると、やがて小さなオアシスに辿り着いた。そこにはすでにテントが張られている。
「手掛かり発見、かも!」ハンが指さす。「見て! 焚き火、まだ煙出てる」
ハンはそっと薪に触れ――すぐさま手を引っ込めた。
「熱ッ!」
「ハン・ジス」リカがにやりとする。「手掛かりを見抜く頭脳はあっても、触るまでは考えが及ばない」
ザリアは、ふと別のものに目を留めた。
「ちょっと待って。見て」
そこには、倒れたままのイノシシが一頭。
ザリアは足先でつつきながら言う。
「誰かが仕留めたのに、放置されてる。食料にするなら、持っていくよね?」
ハンの表情が引き締まる。
「……もし、仕留めた本人が調理する暇すらなかったとしたら?」
「どういうこと?」
「つまり――これは罠の可能性が高いってことだ」
その瞬間。
ジャラッ、と音を立てて鎖が飛び出し、ハンの体に巻きついた。背骨にビリッと痺れが走る。
「うわっ! 捕まった! 誰か――!」
ハンは一気に砂の上を引きずられていく。
「ハン!」
すぐさま、ザリアとリカにも鎖が巻きついた。
「ちょ、何これ!?」ザリアが叫ぶ。
「動けないっ!」リカも悲鳴を上げる。
三人はそのまま砂を削りながら、エンジン音とともに遠ざかっていった。
レイはきょろきょろと周囲を見回す。
「わあ、これもゲームの一部?」
オマリロにも鎖が伸びるが、彼はそれを片手でつかみ、そのまま引き寄せた。
砂の向こうから、ボロボロの鎧と仮面を身につけた大柄なハンターが姿を現す。
「答えろ」オマリロの声が低くなる。「子どもたち。どこだ」
ハンターは口を閉ざしたまま。
その背後から、さらに複数の鎖がオマリロへと伸びる。
「なるほど」
オマリロは一閃で鎖を斬り、飛来した金属ダーツを身をかがめてかわす。
レイはふらふらと歩いていき、ハンターのバンにゴツンとぶつかった。
「わ、ごめんね~」
運転手はすかさず網を投げ、レイを捕らえるが、オマリロがすぐにそれを斬り裂いた。
「後ろに下がれ、少女。あいつらは狩る側だ」
さらにダーツが頭めがけて飛んでくるが、オマリロは一本の矢で弾き返す。
「やってらんねえ」運転手が舌打ちする。「三人捕まえたし、ここで十分だ。ずらかるぞ!」
バンが砂を巻き上げて走り出し、仲間を拾って次々と離れていく。
レイはオマリロの横に立ち、真剣な顔で尋ねた。
「オマリロさん、どうする?」
「仲間を見つける」オマリロは即答した。「ついでに少女の両親もだ」
新たなUIが浮かぶ。
〈ウェイポイント:2000メートル〉
「本当の旅は、ここからだ」
オマリロは砂漠の彼方を見据え、歩き出した。
――
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