短編集

みなせ

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短編

先手必勝!

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 思い出したのは、入学式を迎える学園の前だった。
 目の前で繰り広げられるイベントスチル。
 思わずこぼれたのは

「あー、そうですか」

 という言葉だった。

 びっくりする位立派なアーチ型の門の真下で立ち止まった私の視線の先には、ひざまずく婚約者である殿下と座り込んでしまったピンクの髪のお嬢さん―ヒロイン―が見つめ合う姿。
 まあ良くある乙女ゲームの出会いイベントのワンシーンだ。

 殿下がいるな~と思っていたら、ピンクの髪がその横で見事なずっこけ。
 あらあらとそちらへ進もうとした瞬間、綺麗なイベントスチルが頭の中に浮かんだ。
 役得ね、とほほ笑む自分にびっくりしてたら、しばらくいろんなことが頭の中に流れてきて動けなくなってしまった。

 もしかしてこのまま倒れるのかしら?

 なんて心配していたけど、《私》の脳は意外と隙間があったらしく、体が固まっただけで意識が飛ぶことはなかった。
 ぶっ倒れてくれた方が良かったのに、と心の中で舌打ちしてしまったが。

 入学式の校門なので結構いろんな人がいてくれたおかげか、私の存在はそんなに目立たなかったらしい。ざわざわと人いきれが流れていく中、目の前の2人は幸せそうな笑顔で手に手をとって去っていった。
 その2人の背中を見送りながら、これからどうしようか思案する。


 私の名前はレイア。レイア・ドリマーレル。この国の四大侯爵家、ドリマーレル家の長女だ。
 生まれると同時に、この国の第二王子・グレンの婚約者になった。
 見た目はさすがに悪役令嬢と言ったところだが、頭はそんなに良くない。

 ゲームの中のレイアは、世の悪役令嬢よろしくヒロインにまっとうな苦言を呈する。
 本来なら教師が言うような世の中のルールを教えようと奮闘する。

 レイアはちょっとわがままで、世間知らずな感じだが、ものすごく悪そうではない。良くも悪くも貴族のお嬢様。
 気になるのは、普通の子なら子供のころに感じる劣等感とか、嫉妬とかの感情があまりないような。なんて言うのか、ある意味まっすぐで、挫折知らず。
 困っている人には手を出すし、悪いことをする人には説教もしちゃうような子。
 マナーを知らない人には、きっと妹を躾けるようにいろいろ手をだしちゃいそう。あのヒロインになら、貴族のルールを教えてあげなくちゃ!って必死になりそう。

 このゲーム、たぶん最後までやってないけど、まあテンプレ満載だろうからな~
 このまま家に帰って不貞寝したいけど、駄目だろうな……



   ☆☆☆



 あんまり嫌でダラダラと移動していたら、遅刻してしまった。
 現在、教室の扉の前で、挙動不審。
 
「あー、やっぱり。帰ればよかったな~」

 小さくつぶやいて、私は耳を扉へ押しつけた。
 中では自己紹介が行われているようで、時折微妙な拍手とか歓声とかが漏れ聞こえてくる。
 この状況ではとてもじゃないが扉をあける勇気は出ない。

 しょうがない、と立ち上がり、図書館を探して歩きだす。

 せっかくだから学園内の探索もしようと、きょろきょろしながら歩く。
 乙女ゲームの中とはいえ、さすが貴族が通う学園だ。意匠を凝らした建物は見ごたえがある。
 ぶらぶら見学しているうちに、かなり長い時間歩いていたらしい。
 図書館を見つける前に、あの聞きなれた予鈴。

 がっかりしながら、教室へ戻った。 
 そこらへんの子に、席を尋ねると窓際の一番後ろの席が私の席になっていた。 
 ありがたいことに、婚約者の君は扉側の最前列の席。
 対角線上の一番遠い場所だった。

「やった!」

 と、心から喜びの祈りを神にささげていると、

「レイア」

 と呼び捨てにされた。
 この状況で呼び捨てにするのは、たぶん婚約者殿くらいだろう。

「はい?」

 と、振り返る。
 案の定、殿下だ。
 お綺麗な顔が見事に歪んでいる。

「初日から遅刻するとはいい度胸だな」

 明らかに喧嘩売ってますよね。
 いいやもう、日本人の私攻撃だ。
 取り繕っても本来のレイアの真似はできない。ぶっちゃけはずかしい。

「はぁ」

 あんたに言われる筋合いはねーよとばかりに、気のない返事をかます。
 殿下の顔はさらに歪む。
 うん、うん。その顔! いいね!

「グレン様、その方はだれですか? 紹介してください~」

 甘ったるい声で、殿下の横から現れたピンクの髪。
 出たなヒロイン!

「ああ、これは私の婚約者でレイアだ」
「レイアさんですか~」

 おお、さっそくその呼び方!
 本来なら、チェックですよっ!

「レイア、ミレイア嬢だ」
「はあ」
「はあ? なんだその態度は。私の友人だぞ!」
「いや、私関係ないし、っていうかどうでもいいし」
「え?」

 殿下が固まる。その横でヒロインも固まる。さらにその向こうでクラスメイト達が固まる。

「あーこの学園って、平等が売りなんですよね? ここにいる間は殿下も私も平民と呼ばれる皆さんも平等なんですよね。そして自由。私ここでは殿下の婚約者でも、侯爵家の令嬢でもない、ただのレイアですから。えーとミレイア様? ミレイアさんの方がいいわね。私もレイアさんでいいわよ。これからよろしくね!」

 にっこり笑って、彼女の肩をバンバン叩く。
 さらにその腕につかまって、

「今日からお友達ね!」

 と、そのほっぺにちゅーってしてやった。
 私そう言う趣味はないけれど、ヒロインはさすがにかわいいし、お肌もすべすべ。
 チューもなかなか気持ちいい。それにいい匂いや~
 
「みなさーん。私とミレイアさんは無二の親友になりました! もしミレイアさんに何かあったら、私がゆるさないわよー。よろしくお願いしますね!」

 おー、ヒロイン、顔、顔がやばいよ!
 殿下は、あー顎長っ。口あけ過ぎ。
 これは上手くいったわね!
 そうよ! 先手必勝。面倒くさいことからは逃げずに戦え!

「と、言うわけなんで、殿下、あ、間違えた、グレンさんもよろしく! でも私あまりグレンさんのこと好きじゃないので、あまり近付かないでくださいね!」

 今日一番の笑顔で、私は殿下に言ってやった!
 これは私だけじゃなく、元のレイアもあまり好きじゃなかったからいいよね。
 いばりんぼで、あまり会うこともないレイアに嫌味を言い、エサもくれないちっさい男。
 お前より私の方が悲惨だろ。生まれると同時に海の物とも山のものともしれない男の婚約者なんて! どんな罰ゲームだよ。

「皆さんも、私、グレンさんの婚約者ですが、政略なので気持ちは伴ってません! グレンさんが私以外の女の人と一緒にいても気になさらず! 私色気より食い気なので! おいしい食べ物があったら教えてくださいね!」

 殿下は、伸びた顎をパクパクさせて、私を見つめている。
 レイア人生でこんなに殿下に見られたのって初めてじゃないだろうか?
 それも、睨まれる以外で!
 つーか、もう見んな。減る、腐る。
 レイアの美貌はお前に見られるためにあるわけじゃない。

「あー、言いたいこと言えてすっきりした!」

 こうして、私は3年間ヒロインの友人として、朝から晩まで一緒にいることになった。
 ヒロインは必死で私から逃げようとしてたけど、そこらへんレイアはチートだった。
 ゲームの中で、ヒロインのイベントにいつもいつもよく現れるなと思ってたら、分かるの!
 ヒロインが今どこにいるか! すごい能力でしょ!
 だからどんなに逃げてもすぐ見つけちゃう。
 半年もしたら、あきらめていつも一緒にいてくれるようになった。
 あ、でもイベントはちゃんとこなさせたよ。
 いじめやいやがらせはナシで。
 ヒロインも、殿下も攻略対象者もすごく微妙な顔だったけど。
 いいスチルいただきました。ごちそうさまです。

 それから侯爵家の力を思う存分発揮して平等を徹底し、殿下と攻略対象者を私から退け、ヒロインのチートを利用し幸せで楽ちんな学生生活を謳歌。
 その合間にお金をため、卒業と同時にすべてを捨てて逃げた。
 逃げて、今は楽しい旅行生活だ。

 そういえば、殿下はあの無視状態が嘘のようにお菓子や花なんかを送ってよこしたけど、私はそのままヒロインへ横流し。
 ご家族総出で、ご機嫌伺いも結構されたけど、ねぇ(笑)
 殿下には素敵なヒロインを残したので、問題はない。
 ちなみにヒロインの頭は私に近い、ちょっと残念な感じだったよ。

 ふふふ、ヒロインと攻略対象者たちよ、あとは任せた。
 みんな、がんばれ!


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