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1.一大事みたいです

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「すまないが君の他に気に入った女性が出来たので婚約を破棄してくれ」
「はい?」

 突然そんな事を言われればこんな反応になってしまうのも仕方がないと思う。
 ロマンス小説ではこの様な展開は見た事があるけれど、まさか自分の身に降りかかるとは思わなかった。

 本来なら泣いてすがるものなのかしら。
 でも政略的な婚約なので彼にそれほど愛情があるとは言えない。
 驚いただけで、むしろショックを受けていないから無かったのだろう。
 
 爵位的には彼が上なので私がごねても変わらないはず。
 しかし社交の場でわざわざ言う彼の神経を疑ってしまう。
 こんな相手なら婚約破棄して貰って良かったのかもしれない。

 私に落ち度はないと周りへのアピールにもなったのだから。

「承知いたしましたわ」
「ん?」
「ですから承知いたしましたと申しました」

 自分から言い出したのに私の回答が意外そうですね。

「随分と潔いのだな。もう少し拒まれると思ったのだが」
「理由も理由ですし、わたくしへの愛情が無い事は分かりましたので」
「そ、そうか」

 何だか周りもざわついている。
 あっさり過ぎたかしら。
 でも私が断った訳ではないのでいいわよね。

「それでは、わたくしは失礼いたします」

 彼は何か言いたげでしたけれど、まあ気にすることも無いでしょう。
 特に残る理由も無いので帰ることにした。



「お父様、そういう事で婚約破棄をされてしまいました」

 まさかこんな報告をする羽目になるとは思っていなかった。

「そうか。では仕方がないな」

 娘の婚約破棄なんて一大事だと思うのだけれど。
 実にあっさりとしている。 
 私が淡白なのはお父様譲りなのかもしれない。

「まあ、その内に良い相手に巡り合えるだろう」
「そうですわね」

 悩んでいても仕方がない。
 切り替えていこう。

 私の家は貴族であるけれど、それ程裕福ではない。
 むしろお金は無い方だ。
 だからこの縁談は世間的には良いものであった。
 しかし父は破談しても私の責任を問う訳でもなく優しい声を掛けてくれる。

 家族にも責めてくる者はいない。
 良い家族に恵まれた。


「旦那様、公爵様が要らしております」

 メイドの女性が報告しにきた。

「公爵様?」
「はい。お嬢様にも御用があるようです」

 公爵様って王族につぐ上位の方よね。
 そんな雲の上の存在が貧乏貴族の家に何の用かしら?
 しかも私にも用事があるって。
 考えても思い当ることは何もない。

「突然押し掛けてしまい申し訳ありません」

 やってきた公爵様は爽やかで男前な人物。
 きっと好意を寄せている女性も多いのでしょう。
 何だかきらきらしている。
 
「本日はどういったご用件でしょうか?」
「ええ、実はそちらのお嬢様と結婚をさせていただきたいと思いまして」
「!?」

 えっと、公爵様とは面識も無いですし、それがいきなり結婚してくれ?
 どういうことなの?
 頭が混乱する。

「私の家臣が貴女が婚約破棄される場に居合わせましてね。その時の貴女の言動の報告を聞いて結婚するならこの方だな思いました」
「はあ」

 あの婚約破棄を見ていた人がいたのですね。
 それで何故結婚に至るのかよく分からないのだけれど。

「ティーナ嬢、私と契約結婚しませんか?」
「はあああ!?」

 私は礼儀も忘れ、変な声を出す事しか出来なかった……。
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