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第六章 ヘタレ領主の領地改革

第二話 教育制度を見直そう

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 特定ギルドの処置を終わらせたので、駄姉妹を連れて孤児院に戻る。
 朝の弁当販売は終わっていて片付けの最中だ。
 最近は人気が出てかなりの量が売れている。
 おかげで種類も増やせるし、利益効率が良いので、孤児院と託児所の運営費もかなり補填できるようになってきた。

 一号たちの作る工作品も好評だが、メインで売れるのは受注品らしい。
 まあタンスやら家具を指定サイズで格安で作れるってのは有利だよな。
 中古品よりは高いけど、家や使う人のサイズにぴったりと合った家具を作れるし、素材や装飾なんかを妥協すれば安くなる。


「婆さん、このあといいか?」

「ええ、例の件ですね。資料は揃っていますからいつでも大丈夫ですよ」


 増築したばかりの孤児院長室で会議を行う。
 旧孤児院長室は婆さんの部屋として使い、会議や執務なんかはこちらで行う。
 一号たち男子チームが作った大きな会議テーブルと椅子が置かれた本格的な部屋だ。


「トーマさん、まずはこちらが収支表になります。そしてこちらが……」


 婆さんが書類を色々出してくる。クレアと駄姉もこれを作るのに手伝っている。内容もわかりやすいし何より俺みたいな素人でも見やすく作られているのでありがたい。


「結構な黒字になってるな」

「そうですね、修繕費の積み立てを使わずに改築、増築を行ってる分、そのまま繰越金になってますからね」

「増築した分修繕費はかかるだろうし、施設はこれからも増えるからな、このあたりはまだ未定で構わん」

「そうですね、敷地もいきなり何十倍にもなりましたし」

「受け入れ人数を増やしていくつもりだから、これからもガンガン拡張していくぞ。それにこのまま順調なら託児所を完全無料に出来るしな」

「そうですね、現状の託児所では、一人目は無料、二人目からは月額銅貨300枚を徴収していますが、これはもう撤廃でよろしいでしょう」


 駄姉が施設利用者の納付金額の欄を指差して指摘する。


「元々不公平感の無いようにっていうだけの建前だったからな」

「旦那様はむしろ今後は子を多く持つ家庭を優遇していくつもりなのでしょう?」

「そうだ、もちろん単なる単純労働の働き手として多産を推奨するわけじゃないからな。あくまでも子をたくさん産んでも、預かってくれる場所、最低限の教育を行ってくれる施設が無料で利用できるという意味での優遇だけどな」

「はい」

「それに加えて専門教育を行う機関の創設だな。孤児院や託児所で行う初歩の計算や読み書きが出来ることを前提に、十歳頃から将来の就職に向けての知識や技能習得を目指す機関だ。ま、学校だな」

「それについては、未だ少数ですが、講師役の文官に目途が立っております。また採用試験自体にも講師希望枠を設けて選別を行う予定です」

「ならまずは商売人向けの数学部門か。露店売りでも商人でも数学や簿記の知識は無駄にならんしな。有能ならば城の方で雇いたいし」

「そちらは授業料という形で料金を徴収する予定ですが、金額はまだ決めていませんね」

「最初の内は寄付という形だろうな。講師の評判や講義内容で良い結果を出して知名度を上げて、受け入れ枠が厳しくなってから料金設定をしてもいいし。あとは孤児院や託児所で優秀な人間がいれば奨学生として無料で授業を受けさせよう。貧困層にクレアみたいな天才が紛れてた場合に拾い上げられるようにな」

「兄さま、私もっと頑張りますね!」


 お茶とお茶請けの菓子を出し終わったクレアが着席しながらふんす! と気合を入れて宣言をする。


「というかクレアはもう城で働ける程の能力持ってるからな、恐ろしい事に。婆さんも時間のある時でもいいから講師役をやって貰いたい。クレアを育て上げた実績もあるし、駄姉が感心する程教え方が上手いらしいぞ」

「まあ、そこまで言って頂けるなんて。トーマさん、微力ですがお手伝いさせていただきますね」

「ゆくゆくは婆さんには薬草学とか薬剤師系の部門を預かってもらいたいんだが、まだそこまで手が回らんしな」

「適性があるかどうかの判断が難しい学問ですからね。私も施設で働いてた時に実地指導で覚えたようなものなので、これといって教育を受けたわけでもありませんし」

「託児所、孤児院では広く浅く教育していくつもりだから、そこでの適性判断はできると思うが、外部入学者に関しては一年か二年は基礎教育期間として色々やらせても良いかもな」

「そうすると十歳で入学、十二歳から専門教育、十五歳で就職という事ですね旦那様」

「託児所を経由する人間の方が教育が行き届きそうな気もするが、余裕のある家や富豪なんかだと家庭教師をつけてるケースが多いしな。といって金持ち連中の子どもを託児所で無料で預かって教育するとなると一気に費用がかさむし」

「自身の子弟を貧民と同じ場所に通わせるというのに忌避感を持つ連中が一定数いますし、それほど心配はいらないかと思いますが」


 駄姉が少し難しそうな顔をして回答する。
 たしかに身分差別というか蔑視というのは少なからずあるだろうな。
 特にこの世界の感覚だと。


「ま、それは規模が大きくなっていくうちに問題点としてはっきりしていくだろうさ。まずは貧困層、そして一般家庭からの子どもを無料で預かっていこう」

「はい、大体は院長先生とクレア様のまとめたこの資料で問題ありませんので、細かな調整はわたくしの方で城に持ち帰って対応させていただきますね」

「頼んだ。あとは潜在魔力持ちの区別なんだよな。これが頭痛い」

「差別意識に繋がるかもという旦那様のお考えもわかりますが、その内魔力鑑定済みの富豪や貴族の子弟等を受け入れるようになれば、どの道魔法訓練の講義も必要になりますわ。それにあの子たちでしたらそもそもそのような心配は必要ないと存じますよ」

「そうか、それも一理あるな。今度孤児院と託児所連中の魔力調べちゃうか。暗殺ギルドと盗賊ギルドの魔力を測定する水晶は確保したし」

「旦那様、わたくしでも魔力判定はできますわよ」

「そっか、それならそのまま励起も出来るな」

「ただあまりにも幼いと魔力制御が難しいかと思いますので、十歳以上から魔力測定をするなどの基準は設けた方が良いかもしれません。炎の矢を無意識に発動しては危ないでしょうし」

「刃物の扱いみたいなものか、その辺りも考えないとな」

「魔力測定を一律で行い、潜在魔力保有者は適齢期まで魔力の励起をしないでおくという方法もありますが、魔力があると自覚してしまえば自力で励起できてしまう可能性もありますので、なかなか難しいところです」


 うーん。試験的に一号とか十歳を超えた連中で潜在魔力があれば本人に確認したうえで魔力励起してみるのも手かな。
 クレアが魔法を使えるようになっても特に混乱も問題もおきなかったしな。
 クレアだけじゃなくて、うちのガキんちょはしっかり者多いし。
 一応こっそりと駄姉に見て貰って、魔力があるようなら個人面談の上で魔力励起を試してみるか。
 魔力があっても魔力の励起出来ないケースもあるみたいだし、そのあたりのケアも考えておかないと。
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