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179話
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第百七十九話:風と果実と、理性あるまどろみ
城の南庭。
果樹の並ぶ緩やかな斜面で、ノブは小さな籠を片手に、柑橘の実をひとつもぎとっていた。
木漏れ日と、青い空と、まだ青い果実の香り。
汗ばむこともなく、眠ることに罪悪感も覚えない午後。
後方から、影が歩いてくる。
「殿下、相変わらず“あらゆる戦場から自分を遠ざける”構図ですね。
……観察者としては、非常に面白い偏光傾向です」
ノブは果実をかじりながら振り向いた。
「まるで俺がこの国の“危機を避けて午睡に逃げ込んだ人間”みたいな言い方だな。
ほら、今日は平和って証拠さ」
セシリアはその様子を記録用の手帖に小さく書き留めると、ふと真顔になる。
「でも、もしですよ。
もしこの国の民衆が、イーストのように“王制や貴族制そのものを廃止すべきだ”と声を上げたら――
殿下は、どうなさいますか?」
ノブは少し驚いたように目を細めたが、すぐに笑った。
「……それでいい。
本気でそうしたいと民が言うなら、それはむしろ“正しい答え”の一つだと思うよ」
「ただし――」
「その先にある“責任”も全部、彼らが背負わなきゃいけない。
逃げずに、自分たちで“語った国のあと始末”まで引き受けるって条件付きだけどね」
しばらく風が吹いた。果実の枝が揺れて、二人の間に静かな音だけが残る。
「……わたし、今の返答を“極めて理性的で他責性が低い”と記録しました」
「うん。なんか評価軸が魔導師っぽいな」
ノブは籠を脇に置き、指を伸ばして果樹の向こうを指した。
「ま、ちょいと疲れたから――あそこで昼寝するわ。
あのハンモック、ちょうど風が通る場所にあってさ」
庭の奥、木陰に張られた大きな布地が揺れていた。
セシリアは口元にふっと笑みを浮かべた。
「“王制が廃止されても、昼寝の心地は変わらない”――ですね」
「……ああ、それはいい名言だな。使わせてもらうよ」
---
国のかたちも、制度の名も、やがて変わるかもしれない。
けれど今はただ、果実をかじり、問いに笑い、
木陰に身を預けるひとときが、静かに意味を持っていた。
(次話へ続く)
城の南庭。
果樹の並ぶ緩やかな斜面で、ノブは小さな籠を片手に、柑橘の実をひとつもぎとっていた。
木漏れ日と、青い空と、まだ青い果実の香り。
汗ばむこともなく、眠ることに罪悪感も覚えない午後。
後方から、影が歩いてくる。
「殿下、相変わらず“あらゆる戦場から自分を遠ざける”構図ですね。
……観察者としては、非常に面白い偏光傾向です」
ノブは果実をかじりながら振り向いた。
「まるで俺がこの国の“危機を避けて午睡に逃げ込んだ人間”みたいな言い方だな。
ほら、今日は平和って証拠さ」
セシリアはその様子を記録用の手帖に小さく書き留めると、ふと真顔になる。
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もしこの国の民衆が、イーストのように“王制や貴族制そのものを廃止すべきだ”と声を上げたら――
殿下は、どうなさいますか?」
ノブは少し驚いたように目を細めたが、すぐに笑った。
「……それでいい。
本気でそうしたいと民が言うなら、それはむしろ“正しい答え”の一つだと思うよ」
「ただし――」
「その先にある“責任”も全部、彼らが背負わなきゃいけない。
逃げずに、自分たちで“語った国のあと始末”まで引き受けるって条件付きだけどね」
しばらく風が吹いた。果実の枝が揺れて、二人の間に静かな音だけが残る。
「……わたし、今の返答を“極めて理性的で他責性が低い”と記録しました」
「うん。なんか評価軸が魔導師っぽいな」
ノブは籠を脇に置き、指を伸ばして果樹の向こうを指した。
「ま、ちょいと疲れたから――あそこで昼寝するわ。
あのハンモック、ちょうど風が通る場所にあってさ」
庭の奥、木陰に張られた大きな布地が揺れていた。
セシリアは口元にふっと笑みを浮かべた。
「“王制が廃止されても、昼寝の心地は変わらない”――ですね」
「……ああ、それはいい名言だな。使わせてもらうよ」
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国のかたちも、制度の名も、やがて変わるかもしれない。
けれど今はただ、果実をかじり、問いに笑い、
木陰に身を預けるひとときが、静かに意味を持っていた。
(次話へ続く)
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