鏡の国 〜わたしのひかり〜

五十嵐旭

文字の大きさ
2 / 7
第一章

向こうの世界

しおりを挟む
 目を開けると、広がるのは一面の青い青い空だった。涼しい風がするりと抜けると、頬をさわさわと短く柔らかい何かが撫でていく。草か、と気づいたのは、顔を横に向けた先に、綺麗な若草色が広がっていたからだ。
 地面に横たわっていたようで、ゆっくりと身体を起こしてみる。落ちた、のだろうか。先ほどまでの光景を思い出してみる。
 小学校からの帰り道。
 ゴミ捨て場。
 鏡と、黒猫。
——鏡の中へと、引きずり込まれた。そう思い出すのに、時間はかからなかった。巴は現在、鏡の《中》にいる、ということになる。改めて、ゆっくりと周囲を見渡した。
 座り込んでいる足元には、様々な緑が広がっている。浅緑、黄緑、草色……短かったり、長かったり、太かったり、細かったり。色も形も異なる葉が重なって作られた、広大な草原だった。
 高く晴れ渡った空の向こうに、一際大きな建造物があることがわかる。テレビの中で見た遊園地で、似たようなものを見かけた記憶がある。
 城だ。それこそ遊園地や、テレビの中でしか見たことがないようなものが目の前に建っていることに、巴は目を疑った。
 草原があって、城があって、よくよく見まわしてみればとても遠くに家のようなものも見える。これは、本当に鏡の中なのだろうか。まるで別の国どころか、ファンタジー小説の異世界のようにも思えた。
 これから、どうすれば良いのだろうか。広大な草原に取り残され、座り込んだまま、巴は視線を伏せた。舞い込んだ情報量があまりにも多すぎて、取れる選択肢が多すぎて、逆に何を選べばいいかわからない。こんな自由な環境で、自分で、自分だけで選んで動くことなど、今まで無かったのだから。
 コンクリートのように、灰色に固まってしまった思考の中。真上から、高く、綺麗な声が掛かった。

「貴方、大丈夫……?」

 声の方を見上げた先で、きらりと、視界が輝いた。
まるで、朝日に照らされた小麦のような、綺麗な金の髪。ポニーテールにされたそれは、彼女の快活そうな性格を表しているようだった。
 手首に巻かれた青いリボンは、彼女の白い肌によく映えている。
 酷く、眩しい。でも、嫌じゃない。そんな第一印象の彼女は、心配げに巴を覗き込む顔から一転、まるで花のような笑顔で微笑んだ。

「怪我は、なさそうね。よかった!」

 立てる? と手を伸ばした彼女に、巴も恐る恐る手を伸ばす。触れ合った手は柔らかくて、温かくて、彼女が鏡のような無機質なものではなく、生きて此処に居るのだと、巴に教えていた。
 巴が立つと、彼女は少し屈み、巴の尻の近くをパンパンと叩く。汚れが落ちたのを見て、満足そうに微笑んだ。

「これでよし! ……あなた、ここの世界の人、じゃ、ないわね」

 巴の様子を見てそう思ったのだろう、彼女の言葉は確かにその通りだった。ここの、世界。やはり、ここは巴がいた世界とは別の世界なのだ。
 ここはどこで、自分が、なぜ。聞きたいことは沢山あったが、何を話していいか分からずに巴は視線を彷徨わせてしまう。そんな巴を見てか、彼女はにこりと巴に笑いかけた。 

「アタシはね、ルナ、っていうの。月、って意味の言葉よ。貴方は?」
「……ともえ。日之宮、巴」
「トモエ? トモエね、覚えた」

 彼女——ルナは、嬉しそうにニコッと笑った。
少し舌足らずに、だが目尻を下げて微笑むその姿は、すらりと伸びた背丈よりも、幼く、可愛らしく思えた。

「混乱してるでしょ。大丈夫?」
「よく、わからない……」
「だと思った」
 クスクスと微笑んだルナは、周囲をちらりと見渡して、言った。



「ここは、鏡の中の世界なの」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

処理中です...