魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

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1.最恐魔王、勇者に敗れる。

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 暗暦129年。人と魔族が争う世界、アーク・ゴルドは大きな転機を迎えていた。

 世界の半分、魔族たちが住む魔界を治めるのは、魔王アリギュラ。129年前、雑然としていた魔族の世界に彗星ごとく現れ、統一した魔族の王だ。苛烈にして無慈悲なる彼女の下、魔族軍は急速に力をつけ、人間界は滅亡の淵に立たされた。

 そんな折、これまた救世主の如く、人の世に降り立った人物がいた。人と天使の間に産まれた勇者、カイバーンである。

 人の身にありながら天使の力を持つカイバーンは、聖剣ロスロリエンを手に、混沌とした世界に希望の火を灯した。膝をついていた者は立ち上がり、嘆いていた者たちは手と手を取り合って勇気を出し合い、魔族の侵攻を打ち負かした。

そうして今、長きに渡る人族と魔族の抗争は、最終局面を迎えている。

「魔王アリギュラ!! 私は今日、お前という災厄から世界を取り戻す!!」

 魔界の西奥、滅びの山の麓に立つ魔王城にて、勇者カイバーンは聖剣ロスロリエンをまっすぐに空に向ける。

敵陣真っ只中にあるというのに、カイバーンは声、姿、振る舞いのどこにも怯みはない。天使に遣わされた正義の使徒として、勇者は高らかに宣言する。

「お前や、お前の臣下によって人間が血を流すことは、もう二度とない!! お前に奪われたもののために、新たな涙が溢れることもない!! この夜を越えた先、朝日が昇るのは我ら人族の頭上にだ!!!!」

 無数の雄叫びが、魔界の地を揺らす。勇者の後ろに連なる何千、何万もの兵が、剣を手に答えたのだ。

 だが、直後、赤黒い空に稲光が走った。ざわめきが広がる中、誰かが魔王城を指さす。

「魔王だ!!」

「魔王が現れた!!」

 彼らが指さす先。その先には、巨大な羽根を広げた女の影。足に届くほどの長い髪は、影そのもののような漆黒。対して肌は蝋のように白い。覗く面差しはこの世の者とは思えないほど美しく、思わず跪いてしまいたくなるような畏怖の念を見る者に与える。

「我が名はアリギュラ!!」

 空気を震わすほどの魔力と共に、魔王の声が轟いた。それだけで弱い者は立っていられなくなり、膝をついたり、吐き戻したりしてしまう。

 人間の軍に動揺が広がる中、魔王アリギュラは空と同じ血の色をした瞳を細める。そして、ぞっとするほどの美貌の顔を歪めて笑った。

「貴様らに最後の慈悲をくれてやる。命が惜しければ去れ。尻尾を巻いて逃げ、二度と振り返らず、残りの生を世界の隅で膝を抱えて震えて過ごせ。そうすれば、貴様らがつまらぬ一生を全うするのを見逃してやろう。だが、」

 再び稲光が走った。稲妻はいくえにも割れて空を割き、大地を抉った。いつくかは枯れ木に落ち、火を燃え上がらせ、驚いた馬たちが悲しげにいなないた。

 圧倒的覇者として君臨し、魔王は宣告した。

「残るというなら、貴様らは考えうる限り最も惨たらしい最期を迎えるだろう!! 皮を剥がれ、肉を削がれ!! 友の屍の中を彷徨い、自らの血にむせ返り!! 一刻も早く殺せと、我が臣下に咽び縋ることになるだろう!!」

びりびりと空気が震え、人族の倍はあろうかという雄叫びが轟いた。

オークに巨人族、悪魔に獣人に吸血魔。その他、魔王アリギュラの下に集った無数の魔族たちが、王の呼びかけに答えて拳を振り上げたのだ。

 それが合図となった。武器がある者は武器を手に、そうでない者は自慢の鉤爪や牙で、両軍敵に襲いかかる。

人の世と魔族の世、ふたつの世界の長きに渡る争いの最終決戦の火蓋が、今この瞬間に切られたのだ。

 戦乱は苛烈を極めた。

 魔王軍の四天王のうち、すでに3人が別の戦いで人間に敗北をしている。そうは言っても未だアリギュラに仕える魔族は多い。

加えて、残る四天王は魔王軍一の知将と謳われるメリフェトスだ。全軍のうちでもメリフェトスの配下が最も統率が取れていると言われている。彼の下、魔王城の防御は鉄壁であった。

だが、その均衡がひとりの勇者によって破られる。聖剣を手に勇者カイバーンは駆け、立ちはだかるメリフェトス配下の魔族を悉く打ち破り、ついに魔王城への侵入を果たした。

 そうして勇者と魔王は、ついにぶつかり合った。
 
「はあぁぁぁぁあああ!!!!」

 両者が叫び、白と黒、二つの光が激突する。魔王アリギュラの手には、閃光を纏った魔剣ディルファング。勇者の手には聖剣ロスロリエン。二人の力は拮抗し、激しく剣と魔法がぶつかり合う。

 だが、次第に軍配は勇者に傾き出す。城内のあちこちで人族が勝利を収め、魔族の力の源である瘴気が少しずつ祓われてしまったのだ。

「くっ………!」

 勇者に押され、アリギュラは赤い唇を歪める。自身の力が失われていくのに反して、勇者の光はどんどん強まっている。仲間の士気が、勇気とやらが、彼の力になっているらしい。

 ――アリギュラが勇者の重い一撃を受け止めたそのとき、ひとりの魔族が、勇者と魔王がぶつかる王の間にたどり着く。酷い手傷を負ったその魔族こそ、アリギュラのいちの配下、メリフェトスだ。

「まさか、アリギュラ様……っ」

 重い体を引き摺り、なんとか主人のもとに駆けつけたメリフェトスだったが、目の前で繰り広げられている光景に我が目を疑った。

 あの美しき我が君が――前魔族の上に君臨する、絶対的魔王であるアリギュラが、人族に圧されている。彼女の溢れるほどの魔力はいまや弱まり、聖剣を撃ち返すのがやっとだ。

 と、その時、一際重い一撃を勇者が放った。ガキンと嫌な音が高い天上に響く。スローモーションのように、メリフェトスにはすべてがはっきり見えた。一撃を耐えきれずに根元から折れるディルファングと、信じられないとばかりに切れ長の目を見開くアリギュラの姿が。

 アリギュラが崩れた体制を直しきれないまま、カイバーンは聖剣を掲げる。その切先に天使の力を込め、勇者は叫んだ。

「魔王アリギュラ!! これで最期だ!!」

「アリギュラ様ぁぁぁあああああ!!!!」

 考えるより先に、メリフェトスは地面を蹴って飛翔する。二人に肉薄しつつ、最後の魔力を振り絞って防御魔法を展開する。敬愛する主を守る。その一心で、メリフェトスはアリギュラに手を伸ばした。

「バカ者……!!」

 下がっていろ、と。おそらくはそう言ったかったのだろう。アリギュラの紅い瞳が、一瞬だけメリフェトスに向けられる。けれども直後、膨大な天使の力をまとった必殺の技が、勇者によって放たれた。

「これで最後だあぁぁぁぁぁああ!!!!」

 光の傍流がアリギュラとメリフェトスに襲い掛かる。そのすさまじい勢いに、メリフェトスの作った魔法壁が軋み、一拍後に派手に音を立てて割れた。

「魔王アリギュラ!! お前はここで滅びる!! お前も! お前のその魂も! 二度とアーク・ゴルドの地を踏むことはない!! お前は永久に、この世界から消えるんだ!!」

「うわぁああああああ!!!!」

 暴力的なまでの光に、全身が焼かれる。気を失いそうな痛みに絶叫しながら、メリフェトスは無我夢中に手を伸ばす。自分の命などどうなってもかまわない。だが、魔王だけは。アリギュラだけは――。

「………おのれ」

 全身を焼き尽くすのとは違う、黒い影が光の中に混じる。はっとしてメリフェトスが目を瞠ると、アリギュラが最後の力を振り絞り、魔力を勇者にぶつけていた。

「おのれ、おのれ、おのれおのれおのれおのれ――――――!!!!!!」

 爆発するような音と共に、突き出したアリギュラの両手から闇が噴き出す。互いに呑み、呑まれあいながら、光と影、純粋な力だけが爆発しぶつかり合う。

 ……状況は、互角。否。アリギュラの身体に残る魔力はあとわずかだ。だからこれは、最後の悪あがき。彼女が勝利を収める可能性は、まったくない。

 だというのに、アリギュラは笑っていた。血のような瞳の瞳孔を開き、膨大な力の渦の中黒髪をなびかせて、ただただ狂暴に笑っていた。その苛烈な最期に、メリフェトスの目からは自然と一粒の滴が滑り落ちた。

 ああ、なんと。なんと我が君は、美しいのだろう。

 直後、アリギュラの魔力が尽きた。影が光に呑まれ、何もかもを白く染め上げる。光の爆発の中、アリギュラは笑顔のまま、メリフェトスも微笑みを浮かべたまま、塵となり一瞬で消し跳ぶ。

 そうやって何もかもが無に帰し、浄化された後。勇者は聖剣を振り上げ、雲が晴れた青空に、生き残った者たちが歓喜の声が響き渡る。

 こうして、長きにわたる戦争は終わった。

 長く人々を苦しめ、恐怖の底に突き落とした魔王アリギュラは死んだのだ!





 死んだ、はずなのだが。



「…………じょ様、召喚成功です!!」

 ん? んんん???

 くらくらする頭を抱えて、アリギュラはなんとか体を起こす。視界がぼやけるのは、勇者の必殺技をもろにくらったせいであろうか。

 どうにか状況を見極めようとしたそのとき、どわっと歓声が沸いた。

「聖女だぁ!!!!!」

「光の聖女様だ!!!!」

(んなっ、なんだこの騒ぎは!?!?)

 まだ頭がぼんやりしていたアリギュラだったが、無数の人間たちの声に慌てて構えた。

敵襲か!? ここは敵陣の真っただ中か!? そのように混乱するアリギュラに、白い装束をまとった一人の年おいた人間が、恭しく両手を広げた。

「ようこそお越しくださいました、聖女様。どうぞ、私共の世界をお救いください」

「お救いください!!」

 年老いた人間に続き、ほかの人間たちも唱和し、両手を広げて首を垂れる。それで、アリギュラはますます混乱した。

 この人間たちは何を言っているのだ? そもそも、どうして魔族である自分を恐れない? というか、聖女ってなんだ。だいたい、どうして魔族の王である自分に、人間ごときが救いを求めるなどと――。

「…………は?」

 ふと、アリギュラは気づいてしまった。

 ここは、人間どもの宗教の施設なのだろう。大理石の床が無駄にぴかぴかに磨き上げられていて、うっすらとそこに自分の姿を映っている。それがちらりと目に入った途端、アリギュラは仰天し、びたんと手をついて床にかじりついた。

 つんと尖った耳は丸みを帯び、黒かった結膜は白く変わっている。対峙するだけで相手を畏怖させるとまで言われた圧倒的美貌からは、なぜか凄みが薄れている。目は若干丸くなり、頬にも柔らかさがプラス。与える印象はほんの少し幼くなり、これではただの美少女である。

 そう、美少女。艶々した黒髪に、白い肌。ぱっちりとした瞳に、ふっくらとした唇。まがうことなきの美少女が、そこにいた。

「お待ちしておりました、聖女様!」

「お会いできてうれしゅうございますっ」

「聖女様!」

「聖女様!」

 やんややんやと、人間たちが次々に声を掛ける。その中心で、いまだ大理石に映る己の姿に釘付けになったまま、アリギュラは頭を抱えた。

「なんじゃこれはぁぁああああぁあ!?!?!?!」

 アーク・ゴルドを恐怖と混乱の渦に貶めた最恐の魔王。その面影もなく、美少女アリギュラは悲鳴を上げたのだった。


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