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9.魔王、はじめてを奪われる
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さて。手始めには、こんなものか。
心地よい疲労を感じながら、アリギュラはぐるぐると腕を回した。
思ったより張り合いがなかったのは残念だったが、肩慣らしにはちょうどよかった。何より、勇者との激戦であえなく散ってしまった愛刀ディルファング。もしかしたらと思って呼び出してみたが、再びこの手に握ることができるとは嬉しい驚きだ。
そんな風に達成感に浸っていると、「おーい」と誰かが呼ぶ声がした。
「アリギュラ様! アーリーギューラーさーまー!」
「メリフェトスか!」
ぱっと顔をほころばせ、アリギュラは振り返る。するとアリギュラの一の腹心、メリフェトスが、危なげながらもこちらに飛んでくるところだった。
ふらふらと健気に向かってくるメリフェトスに、アリギュラはけらけらと笑った。
「なんじゃ、メリフェトス! その情けない飛び方は!」
「私は我が君と異なり、アーク・ゴルドより引き継げた魔力が少なかったので……。よっと」
どうにかうまくバランスをとって、メリフェトスが隣にくる。そんな彼に、アリギュラは機嫌よく鼻を鳴らした。
「どうだ! わらわ一人で、異界の魔獣を下してやったわ! これで、聖女の役目とやらも真っ当できたな!」
「素晴らしい戦いぶりでした、我が君。ですが、今イベントにおけるお役目完了はまだでございます」
モノクルの奥で瞼を閉じ、メリフェトスは恭しく答える。首を傾げるアリギュラに、魔王軍一の知将は背後の城を手で示した。
「ご覧ください。ただ今の戦闘で、城の一部に傷がついてしまいました。アリギュラ様は女神に遣わされた聖女あらせらえるので、戦闘の傷跡はすべて癒さなければなりません」
「ええぇえ…………」
興がそがれて、アリギュラは半目になる。
しぶしぶ、メリフェトスが指し示す方向をちらりと見やる。……『覇王の鉄槌』の一部が直撃してしまったのだろう。聖教会の聖職たちが張った魔法壁もむなしく、城の壁には大きな傷跡が出来てしまっている。
ぷいとそっぽを向いて、アリギュラは唇を尖らせた。
「あれぐらいの傷、どうということもない。唾でもつけとけば治るじゃろ」
「そんな阿呆な。犬猫じゃあるまいし」
「そもそも、わらわには治せぬ。治癒だのなんだの、光属性の魔法は専門外じゃ」
「心配には及びません。こちらをお使いくださいませ」
にっこり微笑み、メリフェトスが恭しく剣を差し出す。それは、アリギュラが海に投げ捨てたはずの聖女の聖剣『光の剣』であった。
眉根を寄せて、アリギュラは首を傾げた。
「なんでそんなもの拾ってきた。よわっちいぞ、その剣」
「役に立つからにございます、我が君」
エルノア王国の希望と夢が詰まった聖剣を、あんまりな言葉で一刀両断するアリギュラ。けれどもメリフェトスは、妙に自信満々に大きく頷く。
「こちらの剣は、女神が用意した対魔王用のアイテム。その性格上、光属性の魔法に特化した剣にございます」
「ほぉ……」
恭しく差し出されたそれを、アリギュラは仕方なく受け取る。たしかにそういった特性を持った剣であれば、これまで闇属性の魔法ばかりを使ってきたアリギュラであっても、なんなく光属性の魔法を使えるのかもしれない。
……とはいえ、見れば見るほど、そそらない剣だ。
まず、形がよくない。見ようによっては繊細で芸術的ともいえなくないが、全体的にシルエットがひょろ長い。アリギュラの好みは、もっと実践向きなどっしりとした剣だ。
それに軽い。軽すぎる。こんな具合では、振り回しているうちに手からすっぽ抜けて、どこかに飛んでいってしまいそうだ。
何より、元も子もないことを言えば、光の魔力は好かん。徹底的に好かん。こればっかりは、魔族に生まれた者の性である。
口をへの字にして、アリギュラは光の剣を突き返した。
「わらわはいらぬ。どうしても必要だというなら、おぬしが持っておれ」
「よろしいのですか。私が、聖女の剣の預かり主となっても」
「構うも何も、好きにせい。わらわには、ディルファングがあるからな」
「かしこまりました。アリギュラ様が、そうおっしゃるならば」
妙にくどく、メリフェトスは念を押す。だが、愛刀を取り戻してご機嫌なアリギュラは、部下の些細な変化に気が付かない。
ぶんぶんと嬉しそうに魔剣をふるうアリギュラを、メリフェトスはじっと見つめる。ややあって、彼はにこりと余所行きの笑みを浮かべた。
「では、我が君。城にできた傷は、私が治してよろしゅうございますね」
「ああ、頼んだ、頼んだ。くるしゅうないぞ、よしなにやっておけ」
話半分に聞き流し、アリギュラはディルファングを愛でる。この握り心地、この重厚感ある振り心地。やはり、自分の相棒となる剣はこれしかない。異界の地で、こうして再び共に戦うことができようとは。自分はなんと幸せ者なのだろう。
――そんなことばかり考えていたから、まったく気が付かなかった。
メリフェトスにぐいと肩を引き寄せられ、反対側の肩が固い胸板にあたる。一体、何事か。驚いたアリギュラは、なんとなしに隣を見やる。
その唇が、柔らかな感触で塞がれた。
アリギュラは、ぱちくりと瞬きをする。驚くほど近くに、メリフェトスの顔がある。瞼は固く閉ざされていて、青紫色の瞳を覗くことはできない。切りそろえられた彼の髪が頬にあたり、なんだかそれがこそばゆい。
(まつ毛、長かったんだな……)
どうでもいい感想を抱いてから、アリギュラははたと気づく。
なんだ、これ。なんだ、この状況。
なんで自分は、メリフェトスと口付けなどしているのだ!?
「……ご無礼、お許しください。我が君」
ちゅっと。耳をふさぎたくなるようなリップ音を立てて、メリフェトスが離れる。
あまりのことに、アリギュラは完全に思考を停止してしまう。そんな主に、メリフェトスは見たこともないような色気を漂わせて、妖しく目を細めた。
「聖女の力、借り受けさせていただきます」
低く、ぞくりと耳が震えるような声で、メリフェトスが囁く。
ぴしゃああああああん、と。
本日二度目となる『覇王の鉄槌』が、空を駆け抜けたのだった。
心地よい疲労を感じながら、アリギュラはぐるぐると腕を回した。
思ったより張り合いがなかったのは残念だったが、肩慣らしにはちょうどよかった。何より、勇者との激戦であえなく散ってしまった愛刀ディルファング。もしかしたらと思って呼び出してみたが、再びこの手に握ることができるとは嬉しい驚きだ。
そんな風に達成感に浸っていると、「おーい」と誰かが呼ぶ声がした。
「アリギュラ様! アーリーギューラーさーまー!」
「メリフェトスか!」
ぱっと顔をほころばせ、アリギュラは振り返る。するとアリギュラの一の腹心、メリフェトスが、危なげながらもこちらに飛んでくるところだった。
ふらふらと健気に向かってくるメリフェトスに、アリギュラはけらけらと笑った。
「なんじゃ、メリフェトス! その情けない飛び方は!」
「私は我が君と異なり、アーク・ゴルドより引き継げた魔力が少なかったので……。よっと」
どうにかうまくバランスをとって、メリフェトスが隣にくる。そんな彼に、アリギュラは機嫌よく鼻を鳴らした。
「どうだ! わらわ一人で、異界の魔獣を下してやったわ! これで、聖女の役目とやらも真っ当できたな!」
「素晴らしい戦いぶりでした、我が君。ですが、今イベントにおけるお役目完了はまだでございます」
モノクルの奥で瞼を閉じ、メリフェトスは恭しく答える。首を傾げるアリギュラに、魔王軍一の知将は背後の城を手で示した。
「ご覧ください。ただ今の戦闘で、城の一部に傷がついてしまいました。アリギュラ様は女神に遣わされた聖女あらせらえるので、戦闘の傷跡はすべて癒さなければなりません」
「ええぇえ…………」
興がそがれて、アリギュラは半目になる。
しぶしぶ、メリフェトスが指し示す方向をちらりと見やる。……『覇王の鉄槌』の一部が直撃してしまったのだろう。聖教会の聖職たちが張った魔法壁もむなしく、城の壁には大きな傷跡が出来てしまっている。
ぷいとそっぽを向いて、アリギュラは唇を尖らせた。
「あれぐらいの傷、どうということもない。唾でもつけとけば治るじゃろ」
「そんな阿呆な。犬猫じゃあるまいし」
「そもそも、わらわには治せぬ。治癒だのなんだの、光属性の魔法は専門外じゃ」
「心配には及びません。こちらをお使いくださいませ」
にっこり微笑み、メリフェトスが恭しく剣を差し出す。それは、アリギュラが海に投げ捨てたはずの聖女の聖剣『光の剣』であった。
眉根を寄せて、アリギュラは首を傾げた。
「なんでそんなもの拾ってきた。よわっちいぞ、その剣」
「役に立つからにございます、我が君」
エルノア王国の希望と夢が詰まった聖剣を、あんまりな言葉で一刀両断するアリギュラ。けれどもメリフェトスは、妙に自信満々に大きく頷く。
「こちらの剣は、女神が用意した対魔王用のアイテム。その性格上、光属性の魔法に特化した剣にございます」
「ほぉ……」
恭しく差し出されたそれを、アリギュラは仕方なく受け取る。たしかにそういった特性を持った剣であれば、これまで闇属性の魔法ばかりを使ってきたアリギュラであっても、なんなく光属性の魔法を使えるのかもしれない。
……とはいえ、見れば見るほど、そそらない剣だ。
まず、形がよくない。見ようによっては繊細で芸術的ともいえなくないが、全体的にシルエットがひょろ長い。アリギュラの好みは、もっと実践向きなどっしりとした剣だ。
それに軽い。軽すぎる。こんな具合では、振り回しているうちに手からすっぽ抜けて、どこかに飛んでいってしまいそうだ。
何より、元も子もないことを言えば、光の魔力は好かん。徹底的に好かん。こればっかりは、魔族に生まれた者の性である。
口をへの字にして、アリギュラは光の剣を突き返した。
「わらわはいらぬ。どうしても必要だというなら、おぬしが持っておれ」
「よろしいのですか。私が、聖女の剣の預かり主となっても」
「構うも何も、好きにせい。わらわには、ディルファングがあるからな」
「かしこまりました。アリギュラ様が、そうおっしゃるならば」
妙にくどく、メリフェトスは念を押す。だが、愛刀を取り戻してご機嫌なアリギュラは、部下の些細な変化に気が付かない。
ぶんぶんと嬉しそうに魔剣をふるうアリギュラを、メリフェトスはじっと見つめる。ややあって、彼はにこりと余所行きの笑みを浮かべた。
「では、我が君。城にできた傷は、私が治してよろしゅうございますね」
「ああ、頼んだ、頼んだ。くるしゅうないぞ、よしなにやっておけ」
話半分に聞き流し、アリギュラはディルファングを愛でる。この握り心地、この重厚感ある振り心地。やはり、自分の相棒となる剣はこれしかない。異界の地で、こうして再び共に戦うことができようとは。自分はなんと幸せ者なのだろう。
――そんなことばかり考えていたから、まったく気が付かなかった。
メリフェトスにぐいと肩を引き寄せられ、反対側の肩が固い胸板にあたる。一体、何事か。驚いたアリギュラは、なんとなしに隣を見やる。
その唇が、柔らかな感触で塞がれた。
アリギュラは、ぱちくりと瞬きをする。驚くほど近くに、メリフェトスの顔がある。瞼は固く閉ざされていて、青紫色の瞳を覗くことはできない。切りそろえられた彼の髪が頬にあたり、なんだかそれがこそばゆい。
(まつ毛、長かったんだな……)
どうでもいい感想を抱いてから、アリギュラははたと気づく。
なんだ、これ。なんだ、この状況。
なんで自分は、メリフェトスと口付けなどしているのだ!?
「……ご無礼、お許しください。我が君」
ちゅっと。耳をふさぎたくなるようなリップ音を立てて、メリフェトスが離れる。
あまりのことに、アリギュラは完全に思考を停止してしまう。そんな主に、メリフェトスは見たこともないような色気を漂わせて、妖しく目を細めた。
「聖女の力、借り受けさせていただきます」
低く、ぞくりと耳が震えるような声で、メリフェトスが囁く。
ぴしゃああああああん、と。
本日二度目となる『覇王の鉄槌』が、空を駆け抜けたのだった。
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