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12.魔王、連日の仕打ちに悶絶する
しおりを挟む異世界の魔王、アリギュラが、聖女として召喚されてから7日。
聖教会、ローナ聖堂の廊下を、聖職者たちがぱたぱたと駆けていた。
「聖女様―!?」
「聖女様、どちらにおられるのですかー!?」
(誰が出ていくか、たわけ!)
6日前とまったく同じことを内心毒づき、物陰に隠れるアリギュラ。アーク・ゴルドで魔族の王として君臨していたときからは、決して想像のつかない姿である。
見つからないように冷や汗を流すアリギュラをよそに、聖職者たちは大声で叫ぶ。
「聖女様、メリフェトス様が探しておいでですー!」
「今日も、聖女様のお力を頼りに多くの人々が訪れているのですー!」
「せーいーじょーさーまー!」
ぱっと耳を塞ぎ、アリギュラはとびこんだ中庭の生垣の影で縮こまる。そして、ここ数日間に起きたことを思い返し、声を押し殺して悶絶した。
(やめろ、やめろー! わらわは出ていかぬぞ、絶対に出ていかぬからな!!)
――さて。なぜ、かつて異世界を震撼させた魔族の王が、ここまで人間に見つかることを恐れているのか。それはひとえに、ここ『まほキス』の世界における、聖女の役割のせいである。
〝いいですか、我が君〟
アーク・ゴルドから一緒に召喚されてきたアリギュラの腹心の部下、メリフェトスに言われた言葉が、耳に蘇る。
〝我が君の魂を確実にこの世界に馴染ませるため、我々はこの世界で、『まほキス』のエンディングを目指さなければなりません。そのためにも、聖女の役目を果たすのは絶対です。人間どもに助けを求められたら、聖女として手を貸してやらねばならないのですよ!〟
そのように説得され、例の方法でメリフェトスに聖女の力を貸し与えたのは6日前。
それからというものの、ローナ教会には連日、大勢に人間どもが押し寄せてきている。
なんでも、アリギュラより借り受けた聖女の力で、メリフェトスが兵たちの傷を一瞬で癒したのが原因らしい。聖女の癒しの力は、どんな薬や祈りよりも強力だ。そんな噂が瞬時に広がり、病や怪我に苦しむひとびとの足を聖堂へと向かわせたのだ。
そのせいでアリギュラは、毎日、何度も何度も何度も、メリフェトスに聖女の力を渡すはめになっている。
(おのれ、メリフェトスめ……! 毎日、ちゅっこら、ちゅっこら、ちゅっこらと……! こんなに何度も口付けをさせられるなんて、わらわは聞いておらぬぞ!?)
連日のことを思い出し、アリギュラは頬を茹で上がらせる。
効果抜群な代わりに、癒し魔法は燃費が悪いらしい。アリギュラに代わって人間どもの傷を癒してまわっているメリフェトスは、しょっちゅう聖女の力の補給を必要とした。
〝や、やめろ! 聖女の力なら、さっき貸し与えたであろう!?〟
〝足りないから迫っているのですよ、アリギュラ様〟
さすがは長年連れ添ってきた相棒だ。逃げ惑うアリギュラを、毎度毎度、メリフェトスは的確に追い詰める。時に、壁際に閉じ込めて。時に、腕に抱えて逃げ道を塞いで。顎に手をかけ、美しい男は無慈悲に囁く。
聖女の力、借り受けいたします、と。
唇に触れる生々しい感触が蘇り、アリギュラは大声で叫んで走り回りたくなった。
穴があったら入りたい。否。むしろ自分でせっせと穴を掘って、そのまま地中深くに閉じこもってしまいたい。
本当の、本当に。まったくもって、どうして。
「どうして、わらわがこんな目に会うのじゃー―――!!」
「どうして、私がこんな目に会うのですわ――――!!」
すぐ近くでほぼ同時に響いた声に、アリギュラはびくりと体を強張らせた。誰もいないと思っていたが、この茂みには自分のほかにも人間がいたらしい。
アリギュラは警戒して茂みの中で構えた。けれども、驚いたのは相手も同じらしい。がさごそと、茂みが揺れる。ややあって「どなた?」と女の声が恐る恐る上がった。
「そこにいるのは、どなたですの?」
(…………教会の者ではないのか?)
耳慣れない年若い女の声に、アリギュラはふむと考える。教会の聖職者、もといメリフェトスの手下でなければ、アリギュラが人間を恐れる理由はない。
周囲に聖職者どもがいないことを確かめてから、アリギュラはちょこんと立ち上がる。そして、声のした生垣の葉をがさりとどけた。
「きゃっ」と悲鳴を上げた相手を見下ろし、アリギュラは問うた。
「わらわは、訳あって追われる身だ。おぬしこそ、こんなところに隠れて何をしておる?」
「追われ……え??」
ぱちくりと瞬きをした人間の女を、アリギュラは覇王の風格を漂わせ、冷ややかに観察する。
――貴族の家の娘だろうか。身なりはよく、髪も肌もまったく荒れていない。大きな紫色の瞳が印象的な美少女だ。
だが何よりも目を引くのは、その髪型。太陽を受けて輝く髪は銀色。まあ、それはいい。問題は、これでもか!とばかりに派手にぐるぐると巻かれた、縦ロールである。
ぴしりと寸分の狂いなく巻かれ、太陽の光を浴びてきらりと輝く銀糸の縦ロール。そこにはもはや、熟練工が磨き上げたドリルのような美しさすらある。
(なんだこの娘は。髪に鋼でも仕込んでいるのか……?)
若干引きつつ、アリギュラは眉根を寄せる。なんであれ、聖教会の関係者ではなさそうだ。ローナ聖堂には日々、貴賤関係なく様々な人間が礼拝に訪れるから、この娘もそういったひとりなのだろう。
なんにせよ、こんなところで娘と話していたせいで、教会の連中に見つかってしまっては適わない。ふわりと黒髪をひるがえし、アリギュラは踵を返した。
「こんなところでこそこそしている理由はわからぬが、達者でやれよ。じゃあな、人間の娘」
「お、お待ちになって!」
……なって?? 聞きなれない言い回しに、思わずアリギュラは足を止めてしまう。顔をしかめて振り返ったアリギュラに、娘はぱんぱんとスカートについた草キレを払い立ち上がった。
「先ほどお叫びになったの、あなたなのでしょう? あなたも随分と、鬱憤を抱えておいでなのではないかしら?」
「まあな……」
話が見えてこないまま、とりあえずアリギュラは頷く。すると娘は、ドリル型の髪を揺らしてにこりと微笑んだ。
「これも何かの縁! 同じ時間に、同じ場所で鬱憤を吐き出した仲ですわ! せっかくですもの。お互いに、もう少し一緒に、鬱憤を吐き出してはみませんこと?」
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