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13.魔王、異界で同志を見つける
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「まあ。まあ、まあ、まあ!!」
ローナ聖堂の一角、中庭の中央にある噴水の影にて。
銀髪縦ロールの娘は、アリギュラの話を聞いて悲鳴を上げた。両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを窺う娘に、アリギュラは憤慨したまま先を続けた。
「ありえぬだろう!? あやつめ、嫌がるわらわの唇を何度も何度も奪いおるのだぞ!?」
「は、破廉恥な! とっても破廉恥ですわ、その殿方は!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。おまけに、わらわが怒り暴れると、奴がなんというかわかるか?」
「いえ。その殿方は、いったいなんと……?」
「〝諦めてください。これが貴女の、お役目ならば〟」
メリフェトスを真似て声を低くしてみせれば、娘は唖然と息を呑む。そして、顔を真っ赤に茹で上がらせたまま、縦ドリルをぶんぶんと揺らして首を振った。
「許せませんっ、許せませんわ、その殿方は! 恥じらう乙女の純潔を奪っておいて、それが『役目』などと評すなど言語道断!! 乙女のキスは、どんなお役目よりも尊いものでるはずですわ!!」
「っ! そ、そうであるよな!?」
思わぬ援護に、アリギュラは身を乗り出した。
「口付けはもっと、尊ぶべきものであろう? そ、その、好いたもの同士、手順を踏んで、想いを通わせて、大切に大切に交わすものであろう? それなのに奴ときたら、作業的にちゅっちゅ、ちゅっちゅと。わらわは初心者ぞ!? ファーストキスもまだだったのだぞ!? もう少し、手心を加えてくれても良いと思わぬか?」
「ええ、もちろんですわ! 口付けにせよ、その先にせよ、愛は互いの同意をもってして育むもの。それを無理やりになどと、とんだケダモノですわ!」
きらんと目を光らせ、娘は拳を空に突き出した。
「ケダモノには鉄拳を!」
「鉄拳を!」
つられてアリギュラも拳を突き出す。それから、二人は顔を見合わせて同時に噴き出した。
一通り笑ってから、アリギュラは晴れやかな顔で娘を見た。頭の両側に縦ドリルがぶら下がっているのを見たときは妙な奴だと思ったが、なかなかどうして、話のわかる娘だ。おかげで、ここ数日間メリフェトスにため込んでいた鬱憤が、すっかり晴れた心地がする。
紅い瞳をキラキラと輝かせて、アリギュラは素直に礼を言った。
「おぬしに話を聞いてもらえてよかった。わらわが間違っていたのではないと、安心したぞ」
「お役に立ててよかったですわ。強引な婚約者を持つと大変ですのね。正直、そういった殿方に憧れる気持ちもあるのですけど、お話を聞いて考え直してしまいましたわ」
頬に手を当て、悩ましげに娘が溜息をつく。どうやら娘の中で、メリフェトスのことは『強引な婚約者』として変換されたらしい。
ここで下手に否定しては話がややこしくなる。何より、「恋人でも婚約者でもない男とキスをした」と知られれば、せっかくできた同志に引かれてしまうかもしれない。だからアリギュラは、あいまいに笑ってごまかした。
「ま、まあな。さ、次はおぬしの番じゃ! 一体何に、おぬしは腹を立てているのだ?」
「そうですわ! 聞いてくださる!?」
促した途端、娘は勢いよく身を乗り出す。アリギュラの強引な婚約者のことは、うまく頭から追い出せたようだ。
紫色の瞳を爛々と輝かせて、娘はぷりぷりと続ける。
「私の婚約者様ったら、ひどいんですのよ!? 私という相手がいながら、最近、別の女性にうつつを抜かしていらっしゃるんです!!」
「んなっ!?」
アリギュラは絶句した。せいぜい悩みの種は痴話げんかか何かだろうと高をくくっていたが、娘はとんでもない悩みを抱えているようだ。憤慨して、アリギュラは声を上げた。
「なんて下劣な! 男の風上にも置けない男だな!!」
「そうですわよね!? 男たるもの、一度誓いを立てたならば、その相手を愛しぬくべきですわ!」
「ああ、まったくだ! なんて輩だ!」
普段のアリギュラなら、ここまで娘に入れ込むことはなかっただろう。けれども、いまや娘はアリギュラの同志。アリギュラの話に親身に耳を傾け、一緒に怒ってくれた、善良なる仲間である。だからこそアリギュラは、ぷんすかと怒ったのだ。
そんなアリギュラに、娘は悩ましくため息を吐いた。
「よかったですわ……。私、一度の心変わりを笑って許せないなんて、なんて狭量な女なのだろうと。時々、そんな不安に駆られていたのですわ」
「そんなわけあるか! して、相手の女はどんな奴なのだ? おぬしの婚約者とは、いったいどこまで進んでいる?」
相手の女をせん滅するつもりで、アリギュラは問いかける。どんな形であれ、それが戦であるならば、物をいうのは情報量だ。アリギュラはこの娘の同志として、娘の婚約者がうつつを抜かしているという女について知らねばならない。
すると、娘は頬に手をあてて首を振った。
「私も、お会いしたことはないんです。それに調べた限り、私の婚約者様の想いは一方的な片想いで、具体的に何かしでかしたわけではないんですの」
「なんだ。その程度か」
「ですが! 婚約者様ったら、ひどいんですのよ!」
拍子抜けするアリギュラであったが、娘はくわりと目を見開いた。
「ここ最近は私と会っていても、ずーっと上の空! そのくせ、口を開けば相手の女性のことばかり!! しかも聞けば、相手の方は既にパートナーがいるというではないですか! こんな屈辱があります!? 婚約者の私を差し置いて、敵わない片想いに胸を焦がすだなんて。浮気のほうがまだよかったですわ!」
「た、たしかに! それは女のプライドとして、許しがたいな!」
きーっと怒る娘に、アリギュラもはたと気づいて同調する。そして、勢いよく拳を突き出した。
「薄情者には鉄拳を!」
「鉄拳を!」
アリギュラに続いて、娘も拳を振り上げる。ややあって、二人は声を出して笑いあった。
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、娘は満足げに息を吐いた。
「はーっ。私も、お話を聞いていただいたらすっきりしましたわ。溜め込んだ想いを吐き出すのって、とっても大事なことですわね」
「ああ! まったくだな!」
笑いながら、アリギュラも頷く。すると娘は、ためらうように眉をハの字にしながら、そろそろと切り出した。
ローナ聖堂の一角、中庭の中央にある噴水の影にて。
銀髪縦ロールの娘は、アリギュラの話を聞いて悲鳴を上げた。両手で顔を覆い、指の隙間からこちらを窺う娘に、アリギュラは憤慨したまま先を続けた。
「ありえぬだろう!? あやつめ、嫌がるわらわの唇を何度も何度も奪いおるのだぞ!?」
「は、破廉恥な! とっても破廉恥ですわ、その殿方は!」
「そうじゃろう、そうじゃろう。おまけに、わらわが怒り暴れると、奴がなんというかわかるか?」
「いえ。その殿方は、いったいなんと……?」
「〝諦めてください。これが貴女の、お役目ならば〟」
メリフェトスを真似て声を低くしてみせれば、娘は唖然と息を呑む。そして、顔を真っ赤に茹で上がらせたまま、縦ドリルをぶんぶんと揺らして首を振った。
「許せませんっ、許せませんわ、その殿方は! 恥じらう乙女の純潔を奪っておいて、それが『役目』などと評すなど言語道断!! 乙女のキスは、どんなお役目よりも尊いものでるはずですわ!!」
「っ! そ、そうであるよな!?」
思わぬ援護に、アリギュラは身を乗り出した。
「口付けはもっと、尊ぶべきものであろう? そ、その、好いたもの同士、手順を踏んで、想いを通わせて、大切に大切に交わすものであろう? それなのに奴ときたら、作業的にちゅっちゅ、ちゅっちゅと。わらわは初心者ぞ!? ファーストキスもまだだったのだぞ!? もう少し、手心を加えてくれても良いと思わぬか?」
「ええ、もちろんですわ! 口付けにせよ、その先にせよ、愛は互いの同意をもってして育むもの。それを無理やりになどと、とんだケダモノですわ!」
きらんと目を光らせ、娘は拳を空に突き出した。
「ケダモノには鉄拳を!」
「鉄拳を!」
つられてアリギュラも拳を突き出す。それから、二人は顔を見合わせて同時に噴き出した。
一通り笑ってから、アリギュラは晴れやかな顔で娘を見た。頭の両側に縦ドリルがぶら下がっているのを見たときは妙な奴だと思ったが、なかなかどうして、話のわかる娘だ。おかげで、ここ数日間メリフェトスにため込んでいた鬱憤が、すっかり晴れた心地がする。
紅い瞳をキラキラと輝かせて、アリギュラは素直に礼を言った。
「おぬしに話を聞いてもらえてよかった。わらわが間違っていたのではないと、安心したぞ」
「お役に立ててよかったですわ。強引な婚約者を持つと大変ですのね。正直、そういった殿方に憧れる気持ちもあるのですけど、お話を聞いて考え直してしまいましたわ」
頬に手を当て、悩ましげに娘が溜息をつく。どうやら娘の中で、メリフェトスのことは『強引な婚約者』として変換されたらしい。
ここで下手に否定しては話がややこしくなる。何より、「恋人でも婚約者でもない男とキスをした」と知られれば、せっかくできた同志に引かれてしまうかもしれない。だからアリギュラは、あいまいに笑ってごまかした。
「ま、まあな。さ、次はおぬしの番じゃ! 一体何に、おぬしは腹を立てているのだ?」
「そうですわ! 聞いてくださる!?」
促した途端、娘は勢いよく身を乗り出す。アリギュラの強引な婚約者のことは、うまく頭から追い出せたようだ。
紫色の瞳を爛々と輝かせて、娘はぷりぷりと続ける。
「私の婚約者様ったら、ひどいんですのよ!? 私という相手がいながら、最近、別の女性にうつつを抜かしていらっしゃるんです!!」
「んなっ!?」
アリギュラは絶句した。せいぜい悩みの種は痴話げんかか何かだろうと高をくくっていたが、娘はとんでもない悩みを抱えているようだ。憤慨して、アリギュラは声を上げた。
「なんて下劣な! 男の風上にも置けない男だな!!」
「そうですわよね!? 男たるもの、一度誓いを立てたならば、その相手を愛しぬくべきですわ!」
「ああ、まったくだ! なんて輩だ!」
普段のアリギュラなら、ここまで娘に入れ込むことはなかっただろう。けれども、いまや娘はアリギュラの同志。アリギュラの話に親身に耳を傾け、一緒に怒ってくれた、善良なる仲間である。だからこそアリギュラは、ぷんすかと怒ったのだ。
そんなアリギュラに、娘は悩ましくため息を吐いた。
「よかったですわ……。私、一度の心変わりを笑って許せないなんて、なんて狭量な女なのだろうと。時々、そんな不安に駆られていたのですわ」
「そんなわけあるか! して、相手の女はどんな奴なのだ? おぬしの婚約者とは、いったいどこまで進んでいる?」
相手の女をせん滅するつもりで、アリギュラは問いかける。どんな形であれ、それが戦であるならば、物をいうのは情報量だ。アリギュラはこの娘の同志として、娘の婚約者がうつつを抜かしているという女について知らねばならない。
すると、娘は頬に手をあてて首を振った。
「私も、お会いしたことはないんです。それに調べた限り、私の婚約者様の想いは一方的な片想いで、具体的に何かしでかしたわけではないんですの」
「なんだ。その程度か」
「ですが! 婚約者様ったら、ひどいんですのよ!」
拍子抜けするアリギュラであったが、娘はくわりと目を見開いた。
「ここ最近は私と会っていても、ずーっと上の空! そのくせ、口を開けば相手の女性のことばかり!! しかも聞けば、相手の方は既にパートナーがいるというではないですか! こんな屈辱があります!? 婚約者の私を差し置いて、敵わない片想いに胸を焦がすだなんて。浮気のほうがまだよかったですわ!」
「た、たしかに! それは女のプライドとして、許しがたいな!」
きーっと怒る娘に、アリギュラもはたと気づいて同調する。そして、勢いよく拳を突き出した。
「薄情者には鉄拳を!」
「鉄拳を!」
アリギュラに続いて、娘も拳を振り上げる。ややあって、二人は声を出して笑いあった。
笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら、娘は満足げに息を吐いた。
「はーっ。私も、お話を聞いていただいたらすっきりしましたわ。溜め込んだ想いを吐き出すのって、とっても大事なことですわね」
「ああ! まったくだな!」
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