14 / 39
14.魔王、悪役令嬢を知る
しおりを挟む「お互いに知らない者同士のほうが良いかとも思ったのですが……。せっかく秘密を打ち明けあったですもの。お名前を教えてくださらない? 私、あなたとはもっともっと、仲良くなれる気がいたしますの」
「わらわも同じことを考えておったぞ!」
声を弾ませて、アリギュラは頷く。この縦ロール娘とは、妙に気が合う。異世界の人間などどうでもいいと思っていたが、この娘は別だ。こんなに話が合うのであれば、これからももっと親しくなりたい。
そう思って、アリギュラは口を開きかけた。
「改めて、よろしくだ。わらわは、あり…………」
「こんなところにいらしたのですか、アリギュラ様」
頭の上から降ってきた声に、アリギュラも娘も飛び上がった。
ぎょっとして振り返れば、すぐ後ろに、呆れた顔でこちらを見下ろすメリフェトスの姿があった。
声を裏返して、アリギュラは悲鳴を上げた。
「め、めり、メリフェトス!? おぬし、ここで何をしておる!?!?」
「我が君を探していたのですよ。ほかの神官どもが、一向にあなたを捕まえられないなどとほざくものですから」
「っ、司令塔自ら動くものがあるか!」
「我が君も、アーク・ゴルドで散々自由に動き回っていたでしょうが、っと!」
悪態をつきながら逃げ出そうとしたアリギュラを、むんずとメリフェトスが捕まえる。アリギュラの小さな身体を抱えてから、メリフェトスはモノクルの位置を治しつつ嘆息した。
「さあ、行きますよ。今日も今日とて、アリギュラ様の聖女の力を頼りに、多くの人間どもがこのローナ聖堂を訪れているんです。……おや?」
そこまで言ったところで、メリフェトスは初めて、アリギュラのほかにもう一人娘がいることに気づいたらしい。彼が言葉を呑みこんだことで、アリギュラも自己紹介が途中で終わってしまっていたことを思い出した。
ぽかんとこちらを見つめる娘に、アリギュラはぽかぽかとメリフェトスを殴った。
「ま、待て、メリフェトス! わらわは、この娘との話がまだ終わって……」
「聖女、さま??」
呆けた表情のまま、娘が呟いた。
なにやら娘の様子がおかしい。そのように戸惑いつつアリギュラが見ていると、娘は肩をふるふると震わせながらぶつぶつと呟き始めた。
「そ、そうでしたわ。カラスの濡れ羽色の髪に、ルビーのような美しいまなざし。愛らしくも凛々しい面差しは目を離せなく、話す声も小鳥のよう……。ぜんぶ、ジーク様が仰っていた通り。どうして私、気づかなかったのかしら……?」
「お、おい、娘? どうかしたか? 腹でも下したか??」
純粋に心配して、アリギュラは問いかける。けれども娘は、きっと目を吊り上げると、こともあろうかビシリとアリギュラを指さした。
「聖女アリギュラ様!! 私は決して、決してあなたに負けません!」
「は!?」
「ジーク様は、あなたに渡しませんからーーーーー!」
捨て台詞を残し、娘は縦ロールをぶんぶんと揺らしながら、すごい勢いで駆けていく。呆気にとられたアリギュラが、引き留める間もない素早さだった。
「なっ、なっ、なっ……」
メリフェトスに抱えられたまま、アリギュラは成すすべもなく娘の背中を見送る。せっかくできた異世界の同志の姿が完全に見えなくなった頃、ようやく我に返ったアリギュラは、訳も分からず叫んだ。
「なんだ、おぬし!? どこの誰だーーーーーー!?」
「おそらく、あの娘は『悪役令嬢』ですね」
アリギュラに聖女の力を借り受けしたメリフェトスが、勤めを果たして戻ってきたあと。二重三重にもわたるショックで、部屋の隅で膝を抱えていたアリギュラに、メリフェトスはさらりと告げた。
またしても飛び出す聞きなれない単語に、アリギュラはぴくりと動いた。
「なんだ、その。悪役令嬢とかいうものは」
「簡単に申せば、おとゅめげえむにおける恋敵です」
長い足を組んで椅子に腰かけながら、メリフェトスは口を開いた。
悪役令嬢は、ヒロインと攻略対象者の間に立ちふさがる恋の障害として登場し、物語を盛り上げる存在であるらしい。
『まほキス』においても、悪役令嬢は登場する。エルノア国第一王子ジークの婚約者、キャロラインだ。それが先ほどの娘ではないかと、メリフェトスは話す。
「キャロラインが登場するのは、主にジーク王子のルートです。ですが、ここは『まほキス』を再現した世界といっても、登場人物たちもすべて生身の人間。ルートと関係なくアリギュラ様と接点を持ったとしても、なんら不思議はありません」
「な、なるほど」
納得しかけたところで、アリギュラははっと気づく。本当にあの娘が悪役令嬢キャロラインなら、おかしなことになるではないか。
「先ほどあの娘は、自分の婚約者がほかの女にうつつをしていると言っていたぞ? あやつがキャロラインなら、その婚約者というのは……」
「十中八九、ジーク王子ですね。そしてうつつを抜かしている相手というのは、確実にアリギュラ様です」
「はあ?」
今度こそアリギュラは、顔をしかめた。ひらりと手を振って、アリギュラは否定する。
「王子ってのは、金髪のキラキライケメンのことじゃろ? あの者とは最初にちょっぴり話したっきり、これっぽっちもかかわりがないぞ。だというのに、あの者がわらわに惹かれるわけもなかろう」
「……やはり、お気づきではなかったのですね」
重々しく、メリフェトスは息を吐きだす。きらりとモノクルを光らせた彼は、なぜか勢いよく、部屋の隅に積まれた大量のギフトボックスを指さした。
「では、アリギュラ様! 日々ジーク王子から届く、あの貢物の数々は、一体どのようにお考えで?」
「何を言い出すかと思えば」
示されたギフトボックスを、アリギュラは渋々眺める。それらはメリフェトスが言う通り、ジーク王子から贈られたものだ。中にはこの世界で着るのに適した服だとか、ここエルノア国で人気の菓子だとかが入っていた。
呆れて嘆息し、アリギュラは答えた。
「どうもなにも、王国から聖女への貢物であろう? わらわは世界を救う賓客じゃ。尊い上客じゃ。これぐらいの貢物、あって当然じゃ」
「それだけなら、国王名義で届けられるはずです。ですが、これらの送り主はすべてジーク王子。加えて、宝石や工芸品と言った、明らかに生活必需品ではない品々に関しては、どのように説明をつけるおつもりですか?」
「それはあれだろう。王国の末永い繁栄のため、敢えて世継ぎの顔を立てたのだろう。それに宝石も、ちっとも不思議ではあるまい。なにせ、わらわは先日、ひとりで魔獣の大群を蹴散らしたのだ。それほどの功績をあげた者に、石のひとつや二つケチってどうする」
すらすらと答えるアリギュラを、珍妙なものを見るような目でメリフェトスが見つめる。ややあって、彼は指通りの良さそうなヘーゼルナッツ色の髪を、ぐちゃぐちゃと掻いた。
「……ああ。我が君の名君としての資質が、ここまで恋愛方面の勘を残念なものにするとは。ここまでくると、もはや天然記念物ですよ」
「おい。何か言ったか?」
「いいえ、何も」
ぶつぶつと何かを――おそらく悪口である――を呟くメリフェトスに、アリギュラは声を低くする。けれどもメリフェトスは、気を取り直したようにしれっと元の姿勢に戻った。
「なんにせよ、去り際の言動から見ても、あの娘が悪役令嬢キャロラインであり、アリギュラ様を恋敵と認識したのは間違いありません。だとすれば、彼女が必ず、再びアリギュラ様の前に姿を現すでしょう」
「それは本当か!」
ぱっと笑顔の花を咲かせ、アリギュラは声を弾ませる。そんな主に微妙な顔をしつつ、メリフェトスは頷いた。
「ジーク王子ルートにおける、キャロラインとのエンカウント率は異常と、女神からも聞いております。あの娘は必ず、恋敵を排除するためアリギュラ様に突っかかってくるはずです」
「よい、よい。また会えるのであれば、わらわは一向に構わん」
足を組み、細い指を絡める。そうやって、実に悪魔らしい不敵な笑みを浮かべ、アリギュラは異世界でできた初めての友達のことを想った。
「ふふ、キャロラインか。そなたが訊ねてくる日を、わらわは楽しみに待っておるぞ」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました
藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。
逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、
“立て直す”以外の選択肢を持たなかった。
領地経営、改革、そして予想外の縁。
没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。
※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。
そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来?
エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
喪女なのに狼さんたちに溺愛されています
和泉
恋愛
もふもふの狼がイケメンなんて反則です!
聖女召喚の儀で異世界に呼ばれたのはOL・大学生・高校生の3人。
ズボンを履いていた大学生のヒナは男だと勘違いされ、説明もないまま城を追い出された。
森で怪我をした子供の狼と出会ったヒナは狼族の国へ。私は喪女なのに狼族の王太子、No.1ホストのような武官、真面目な文官が近づいてくるのはなぜ?
ヒナとつがいになりたい狼達の恋愛の行方は?聖女の力で国同士の争いは無くすことができるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる