魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

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14.魔王、悪役令嬢を知る

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「お互いに知らない者同士のほうが良いかとも思ったのですが……。せっかく秘密を打ち明けあったですもの。お名前を教えてくださらない? 私、あなたとはもっともっと、仲良くなれる気がいたしますの」

「わらわも同じことを考えておったぞ!」

 声を弾ませて、アリギュラは頷く。この縦ロール娘とは、妙に気が合う。異世界の人間などどうでもいいと思っていたが、この娘は別だ。こんなに話が合うのであれば、これからももっと親しくなりたい。

 そう思って、アリギュラは口を開きかけた。

「改めて、よろしくだ。わらわは、あり…………」

「こんなところにいらしたのですか、アリギュラ様」

 頭の上から降ってきた声に、アリギュラも娘も飛び上がった。

 ぎょっとして振り返れば、すぐ後ろに、呆れた顔でこちらを見下ろすメリフェトスの姿があった。

 声を裏返して、アリギュラは悲鳴を上げた。

「め、めり、メリフェトス!? おぬし、ここで何をしておる!?!?」

「我が君を探していたのですよ。ほかの神官どもが、一向にあなたを捕まえられないなどとほざくものですから」

「っ、司令塔自ら動くものがあるか!」

「我が君も、アーク・ゴルドで散々自由に動き回っていたでしょうが、っと!」

 悪態をつきながら逃げ出そうとしたアリギュラを、むんずとメリフェトスが捕まえる。アリギュラの小さな身体を抱えてから、メリフェトスはモノクルの位置を治しつつ嘆息した。

「さあ、行きますよ。今日も今日とて、アリギュラ様の聖女の力を頼りに、多くの人間どもがこのローナ聖堂を訪れているんです。……おや?」

 そこまで言ったところで、メリフェトスは初めて、アリギュラのほかにもう一人娘がいることに気づいたらしい。彼が言葉を呑みこんだことで、アリギュラも自己紹介が途中で終わってしまっていたことを思い出した。

 ぽかんとこちらを見つめる娘に、アリギュラはぽかぽかとメリフェトスを殴った。

「ま、待て、メリフェトス! わらわは、この娘との話がまだ終わって……」

「聖女、さま??」

 呆けた表情のまま、娘が呟いた。

 なにやら娘の様子がおかしい。そのように戸惑いつつアリギュラが見ていると、娘は肩をふるふると震わせながらぶつぶつと呟き始めた。

「そ、そうでしたわ。カラスの濡れ羽色の髪に、ルビーのような美しいまなざし。愛らしくも凛々しい面差しは目を離せなく、話す声も小鳥のよう……。ぜんぶ、ジーク様が仰っていた通り。どうして私、気づかなかったのかしら……?」

「お、おい、娘? どうかしたか? 腹でも下したか??」

 純粋に心配して、アリギュラは問いかける。けれども娘は、きっと目を吊り上げると、こともあろうかビシリとアリギュラを指さした。

「聖女アリギュラ様!! 私は決して、決してあなたに負けません!」

「は!?」

「ジーク様は、あなたに渡しませんからーーーーー!」

 捨て台詞を残し、娘は縦ロールをぶんぶんと揺らしながら、すごい勢いで駆けていく。呆気にとられたアリギュラが、引き留める間もない素早さだった。

「なっ、なっ、なっ……」

 メリフェトスに抱えられたまま、アリギュラは成すすべもなく娘の背中を見送る。せっかくできた異世界の同志の姿が完全に見えなくなった頃、ようやく我に返ったアリギュラは、訳も分からず叫んだ。

「なんだ、おぬし!? どこの誰だーーーーーー!?」





「おそらく、あの娘は『悪役令嬢』ですね」

 アリギュラに聖女の力をしたメリフェトスが、勤めを果たして戻ってきたあと。二重三重にもわたるショックで、部屋の隅で膝を抱えていたアリギュラに、メリフェトスはさらりと告げた。

 またしても飛び出す聞きなれない単語に、アリギュラはぴくりと動いた。

「なんだ、その。悪役令嬢とかいうものは」

「簡単に申せば、おとゅめげえむにおける恋敵ライバルです」

 長い足を組んで椅子に腰かけながら、メリフェトスは口を開いた。

 悪役令嬢は、ヒロインと攻略対象者の間に立ちふさがる恋の障害として登場し、物語を盛り上げる存在であるらしい。

『まほキス』においても、悪役令嬢は登場する。エルノア国第一王子ジークの婚約者、キャロラインだ。それが先ほどの娘ではないかと、メリフェトスは話す。

「キャロラインが登場するのは、主にジーク王子のルートです。ですが、ここは『まほキス』を再現した世界といっても、登場人物たちもすべて生身の人間。ルートと関係なくアリギュラ様と接点を持ったとしても、なんら不思議はありません」

「な、なるほど」

 納得しかけたところで、アリギュラははっと気づく。本当にあの娘が悪役令嬢キャロラインなら、おかしなことになるではないか。

「先ほどあの娘は、自分の婚約者がほかの女にうつつをしていると言っていたぞ? あやつがキャロラインなら、その婚約者というのは……」

「十中八九、ジーク王子ですね。そしてうつつを抜かしている相手というのは、確実にアリギュラ様です」

「はあ?」

 今度こそアリギュラは、顔をしかめた。ひらりと手を振って、アリギュラは否定する。

「王子ってのは、金髪のキラキライケメンのことじゃろ? あの者とは最初にちょっぴり話したっきり、これっぽっちもかかわりがないぞ。だというのに、あの者がわらわに惹かれるわけもなかろう」

「……やはり、お気づきではなかったのですね」

 重々しく、メリフェトスは息を吐きだす。きらりとモノクルを光らせた彼は、なぜか勢いよく、部屋の隅に積まれた大量のギフトボックスを指さした。

「では、アリギュラ様! 日々ジーク王子から届く、あの貢物の数々は、一体どのようにお考えで?」

「何を言い出すかと思えば」

 示されたギフトボックスを、アリギュラは渋々眺める。それらはメリフェトスが言う通り、ジーク王子から贈られたものだ。中にはこの世界で着るのに適した服だとか、ここエルノア国で人気の菓子だとかが入っていた。

 呆れて嘆息し、アリギュラは答えた。

「どうもなにも、王国から聖女への貢物であろう? わらわは世界を救う賓客じゃ。尊い上客じゃ。これぐらいの貢物、あって当然じゃ」

「それだけなら、国王名義で届けられるはずです。ですが、これらの送り主はすべてジーク王子。加えて、宝石や工芸品と言った、明らかに生活必需品ではない品々に関しては、どのように説明をつけるおつもりですか?」

「それはあれだろう。王国の末永い繁栄のため、敢えて世継ぎの顔を立てたのだろう。それに宝石も、ちっとも不思議ではあるまい。なにせ、わらわは先日、ひとりで魔獣の大群を蹴散らしたのだ。それほどの功績をあげた者に、石のひとつや二つケチってどうする」

 すらすらと答えるアリギュラを、珍妙なものを見るような目でメリフェトスが見つめる。ややあって、彼は指通りの良さそうなヘーゼルナッツ色の髪を、ぐちゃぐちゃと掻いた。

「……ああ。我が君の名君としての資質が、ここまで恋愛方面の勘を残念なものにするとは。ここまでくると、もはや天然記念物ですよ」

「おい。何か言ったか?」

「いいえ、何も」

 ぶつぶつと何かを――おそらく悪口である――を呟くメリフェトスに、アリギュラは声を低くする。けれどもメリフェトスは、気を取り直したようにしれっと元の姿勢に戻った。

「なんにせよ、去り際の言動から見ても、あの娘が悪役令嬢キャロラインであり、アリギュラ様を恋敵と認識したのは間違いありません。だとすれば、彼女が必ず、再びアリギュラ様の前に姿を現すでしょう」

「それは本当か!」

 ぱっと笑顔の花を咲かせ、アリギュラは声を弾ませる。そんな主に微妙な顔をしつつ、メリフェトスは頷いた。

「ジーク王子ルートにおける、キャロラインとのエンカウント率は異常と、女神からも聞いております。あの娘は必ず、恋敵を排除するためアリギュラ様に突っかかってくるはずです」

「よい、よい。また会えるのであれば、わらわは一向に構わん」

 足を組み、細い指を絡める。そうやって、実に悪魔らしい不敵な笑みを浮かべ、アリギュラは異世界でできた初めての友達のことを想った。

「ふふ、キャロラインか。そなたが訊ねてくる日を、わらわは楽しみに待っておるぞ」
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