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23.魔王、友のために立ち上がる
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――その随分前に、すでにアリギュラは飽きていた。
「おい。これはギャグか。ギャグなのか」
三人組が糾弾し、見守る人々の間に動揺が走る、その裏で。アリギュラは呆れていた。盛大に呆れ果てて、傍らに控えるメリフェトスに不満を漏らしていた。
「どう見ても、怪しいのは急に湧いてきた3人共だろう。あの者らがキャロラインを突き飛ばし、騒ぎを起こして嵌めたのだ。それしきのこともわからないとは、ここの連中は阿呆か。揃いも揃って目が節穴なのか」
「まったくです。やはり人間とは愚かしい生き物ですね」
やれやれと肩をすくめるメリフェトスの横で、アリギュラは人間どもを一瞥する。そのまま何も言わずにそっぽを向いた主人に、メリフェトスは小首を傾げた。
「よいのですか? あの娘を助けなくて」
「必要ない。興がそがれたわ」
さらりと黒髪をはらい、アリギュラは鼻を鳴らす。そして、失望に瞼を伏せた。
キャロライン・ダーシー。もう少し骨のある人間かと思ったが、この程度か。そう、アリギュラは嘆息する。
大勢の人間に取り囲まれ、顔色をなくし呆然とする令嬢。あれではもう、立ち上がることはできないだろう。勇者に似ているなどと、とんだ見込み違いだ。こんなに簡単に折れてしまうなど。
(つまらぬ、か)
そう思ったところで、アリギュラは自嘲した。所詮、連中は人間で自分は魔族だ。勝手に期待して、勝手に失望した。ただそれだけの話。
けれども。
(少しは、この世界も楽しめるかと思ったんだがな)
聖女やら何やら、どうでもいい。連中を助けるために戦うなどまっぴらだ。メリフェトスが言うから。世界を救わないと、アリギュラ自身が消えてしまうなどと言うから。アリギュラのモチベーションは、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、人間の中にも面白い奴がいるなら。友と呼ぶ気になる者がいるなら。少しはやる気を出してやってもいいかと思えた。思えた、のに。
嘆息したアリギュラは、実に悪魔らしい冷めた目をキャロラインに向ける。それを見納めに、アリギュラは立ち去ろうとしたのだが。
「っ、!!」
アリギュラは思わず息を呑んだ。キャロラインが、悪役令嬢が、紫水晶のような瞳を怒りに燃え上がらせて、静かに唇を噛み締めていたからだ。
「……前言撤回じゃ、メリフェトス」
「我が君?」
すっと足を踏み出したアリギュラに、メリフェトスが小首を傾げる。それには答えず、アリギュラはうちから溢れ出す喜びにむずむずと顔をにやけさせた。
「目が節穴なのは、わらわも同じだったようじゃ」
キャロラインは折れていない。こんなにも追い詰められて尚、戦おうと前を見据えている。握りしめた拳の気高さたるや。まっすぐな眼差しの美しさたるや。
それでこそ彼女は、アリギュラの友だ。
魔力を手のひらに込め、メリフェトスにくっついたクリームおよびスポンジ、いちごを引き剥がす。「へぶっ」とメリフェトスが妙な悲鳴をあげるが、それには気をとめない。
思い切り振りかぶったアリギュラは、勢いそのままそれらを3人の娘たちへと投げつけた。
「きゃっ!」
「いやっ!」
「ひゃう!」
べちょっとクリームが跳ね、娘たちが悲鳴をあげる。
ギョッとした様子でキャロラインがこちらを向く。わけもわからず困惑の目を向けるキャロラインに、アリギュラはどこまでも楽しそうに宣言した。
「茶番はそこまでじゃ。これ以上、わらわの友を愚弄するのは許さぬぞ!」
「……な、なにをするんですか!!」
悲鳴を上げたのは、三人のうち一番小柄な娘だった。キャロラインと同じく、良家の令嬢なのだろう。美しく着飾ったドレスの胸元にべったりとケーキをつけたまま、娘は涙を滲ませ訴える。
「私は、私たちは、聖女様がいじめられているのが見て居られなくて……。なのに、こんな仕打ち、あんまりです!」
わっと顔を覆って、泣き出す令嬢。残りの二人は、泣き出した令嬢の肩を抱いて「そうよ、あんまりですわ!」とこちらを睨みつける。……なるほど。ボスはあの茶髪かと。アリギュラは狙いを定めてほくそ笑んだ。
魔法で空気椅子を作り出し、腰かける。ひらりと足を組み、アリギュラは鼻を鳴らして茶髪の娘に首を傾げた。
「いじめ? 誰が、誰をいじめたと?」
「で、ですから……。キャロライン様が、聖女様を」
「聖女とは、わらわのことであろう? 生憎、わらわにその記憶はないのだが」
「へ?」
茶髪の娘が呆けた。てっきり、キャロラインにつらく当たられ、アリギュラも苦しんでいるはずと思い込んでいたようだ。まったく、その自信はどこから湧いてくるんだか。そのように呆れるアリギュラに、茶髪の娘は「で、ですが」と言い募った。
「私、見たのです。キャロライン様が、ものすごい目つきで聖女様を睨みつけているのを」
「さあな。わらわには痛くも痒くもなかったからな。さっぱり覚えがないわ」
「そ、それから! パーティの冒頭、聖女様のご挨拶のあとで、キャロライン様が聖女様に詰め寄っているのをはっきり見ましたわ!」
「わらわがはしゃいで、キャロラインをからかったときか。あの時のわが友は、ぷんすかと怒って大層可愛らしかったぞ」
その時のことを思い出し、アリギュラはご機嫌ににしししと笑いを漏らす。雲行きが怪しくなり、集まったひとびとの間にも困惑が広がる。取り巻きのふたりも不安そうな顔をする中、茶髪の娘は必死に食い下がった。
「しょ、少々の誤解があったとしてもです! キャロライン様が、憎しみの籠った顔で聖女様にケーキを投げつけたのは事実です。おかげで、さっきまでメリフェトス様がクリームまみれになっていたではありませんか!」
「ご心配どうも」
魔法でひっぱられたせいで変に跳ねてしまった髪を撫でつけながら、うんざりした顔でメリフェトスが呟く。それには耳を貸さず、アリギュラは冷めた顔で軽く肩を竦めた。
「それも、おぬしらの狂言じゃろうが」
ぱちんとアリギュラが指を鳴らす。途端、あたり一帯の地面に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「な、なんだこれは!」
人々の間に悲鳴があがる。ジーク王子やアランをはじめとする騎士らが人々を宥める中、アリギュラは赤い瞳で魔法陣を見下ろし、淡々と詠唱した。
「――汝が記憶を炙り出せ。空間記憶!」
ふわりと、さきほどキャロラインが転んでいたあたりに、白い煙がたち登る。すぐに人型にかわったそれは、キャロラインの姿となった。
彼女の手には、数種類のケーキが載った大皿がある。――さらにキャロラインの後ろに3人分、別の煙が人型を作る。それらはあっという間に、キャロラインを糾弾していた三人の令嬢の姿になった。
皆が唖然と見守る中、煙の令嬢たちはひそひそと囁きあう。
〝ヘレナ様……。本当にやるんですか?〟
〝当り前じゃない! あの忌々しいダーシー家に一泡吹かせるチャンスなのよ〟
〝でも、聖女様にまでご迷惑かけるなんて……。事が知れたら大変ですわ〟
不安そうな顔をする二人に、ヘレナと呼ばれた娘の人型が、ふんと鼻を鳴らす。
〝うまくやれば大丈夫よ! つべこべ言わずにやりなさい!〟
ぱんっと強く、ヘレナの人型が一緒にいるうちの一人の背中を叩く。促された令嬢の人型はためらいつつ前に進み出ると、ケーキの載った皿を手に聖女のもとへ急ぐキャロラインの後ろにつける。
どん、と。その人型が、キャロラインの人型を突き飛ばす。
悲鳴を上げて倒れたキャロラインの人型の手から、皿とケーキが飛んで行った――。
ぱちんとアリギュラが指を鳴らし、煙の人型が霧散する。
これが、事の次第のすべてであった。
「おい。これはギャグか。ギャグなのか」
三人組が糾弾し、見守る人々の間に動揺が走る、その裏で。アリギュラは呆れていた。盛大に呆れ果てて、傍らに控えるメリフェトスに不満を漏らしていた。
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「まったくです。やはり人間とは愚かしい生き物ですね」
やれやれと肩をすくめるメリフェトスの横で、アリギュラは人間どもを一瞥する。そのまま何も言わずにそっぽを向いた主人に、メリフェトスは小首を傾げた。
「よいのですか? あの娘を助けなくて」
「必要ない。興がそがれたわ」
さらりと黒髪をはらい、アリギュラは鼻を鳴らす。そして、失望に瞼を伏せた。
キャロライン・ダーシー。もう少し骨のある人間かと思ったが、この程度か。そう、アリギュラは嘆息する。
大勢の人間に取り囲まれ、顔色をなくし呆然とする令嬢。あれではもう、立ち上がることはできないだろう。勇者に似ているなどと、とんだ見込み違いだ。こんなに簡単に折れてしまうなど。
(つまらぬ、か)
そう思ったところで、アリギュラは自嘲した。所詮、連中は人間で自分は魔族だ。勝手に期待して、勝手に失望した。ただそれだけの話。
けれども。
(少しは、この世界も楽しめるかと思ったんだがな)
聖女やら何やら、どうでもいい。連中を助けるために戦うなどまっぴらだ。メリフェトスが言うから。世界を救わないと、アリギュラ自身が消えてしまうなどと言うから。アリギュラのモチベーションは、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし、人間の中にも面白い奴がいるなら。友と呼ぶ気になる者がいるなら。少しはやる気を出してやってもいいかと思えた。思えた、のに。
嘆息したアリギュラは、実に悪魔らしい冷めた目をキャロラインに向ける。それを見納めに、アリギュラは立ち去ろうとしたのだが。
「っ、!!」
アリギュラは思わず息を呑んだ。キャロラインが、悪役令嬢が、紫水晶のような瞳を怒りに燃え上がらせて、静かに唇を噛み締めていたからだ。
「……前言撤回じゃ、メリフェトス」
「我が君?」
すっと足を踏み出したアリギュラに、メリフェトスが小首を傾げる。それには答えず、アリギュラはうちから溢れ出す喜びにむずむずと顔をにやけさせた。
「目が節穴なのは、わらわも同じだったようじゃ」
キャロラインは折れていない。こんなにも追い詰められて尚、戦おうと前を見据えている。握りしめた拳の気高さたるや。まっすぐな眼差しの美しさたるや。
それでこそ彼女は、アリギュラの友だ。
魔力を手のひらに込め、メリフェトスにくっついたクリームおよびスポンジ、いちごを引き剥がす。「へぶっ」とメリフェトスが妙な悲鳴をあげるが、それには気をとめない。
思い切り振りかぶったアリギュラは、勢いそのままそれらを3人の娘たちへと投げつけた。
「きゃっ!」
「いやっ!」
「ひゃう!」
べちょっとクリームが跳ね、娘たちが悲鳴をあげる。
ギョッとした様子でキャロラインがこちらを向く。わけもわからず困惑の目を向けるキャロラインに、アリギュラはどこまでも楽しそうに宣言した。
「茶番はそこまでじゃ。これ以上、わらわの友を愚弄するのは許さぬぞ!」
「……な、なにをするんですか!!」
悲鳴を上げたのは、三人のうち一番小柄な娘だった。キャロラインと同じく、良家の令嬢なのだろう。美しく着飾ったドレスの胸元にべったりとケーキをつけたまま、娘は涙を滲ませ訴える。
「私は、私たちは、聖女様がいじめられているのが見て居られなくて……。なのに、こんな仕打ち、あんまりです!」
わっと顔を覆って、泣き出す令嬢。残りの二人は、泣き出した令嬢の肩を抱いて「そうよ、あんまりですわ!」とこちらを睨みつける。……なるほど。ボスはあの茶髪かと。アリギュラは狙いを定めてほくそ笑んだ。
魔法で空気椅子を作り出し、腰かける。ひらりと足を組み、アリギュラは鼻を鳴らして茶髪の娘に首を傾げた。
「いじめ? 誰が、誰をいじめたと?」
「で、ですから……。キャロライン様が、聖女様を」
「聖女とは、わらわのことであろう? 生憎、わらわにその記憶はないのだが」
「へ?」
茶髪の娘が呆けた。てっきり、キャロラインにつらく当たられ、アリギュラも苦しんでいるはずと思い込んでいたようだ。まったく、その自信はどこから湧いてくるんだか。そのように呆れるアリギュラに、茶髪の娘は「で、ですが」と言い募った。
「私、見たのです。キャロライン様が、ものすごい目つきで聖女様を睨みつけているのを」
「さあな。わらわには痛くも痒くもなかったからな。さっぱり覚えがないわ」
「そ、それから! パーティの冒頭、聖女様のご挨拶のあとで、キャロライン様が聖女様に詰め寄っているのをはっきり見ましたわ!」
「わらわがはしゃいで、キャロラインをからかったときか。あの時のわが友は、ぷんすかと怒って大層可愛らしかったぞ」
その時のことを思い出し、アリギュラはご機嫌ににしししと笑いを漏らす。雲行きが怪しくなり、集まったひとびとの間にも困惑が広がる。取り巻きのふたりも不安そうな顔をする中、茶髪の娘は必死に食い下がった。
「しょ、少々の誤解があったとしてもです! キャロライン様が、憎しみの籠った顔で聖女様にケーキを投げつけたのは事実です。おかげで、さっきまでメリフェトス様がクリームまみれになっていたではありませんか!」
「ご心配どうも」
魔法でひっぱられたせいで変に跳ねてしまった髪を撫でつけながら、うんざりした顔でメリフェトスが呟く。それには耳を貸さず、アリギュラは冷めた顔で軽く肩を竦めた。
「それも、おぬしらの狂言じゃろうが」
ぱちんとアリギュラが指を鳴らす。途端、あたり一帯の地面に、巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「な、なんだこれは!」
人々の間に悲鳴があがる。ジーク王子やアランをはじめとする騎士らが人々を宥める中、アリギュラは赤い瞳で魔法陣を見下ろし、淡々と詠唱した。
「――汝が記憶を炙り出せ。空間記憶!」
ふわりと、さきほどキャロラインが転んでいたあたりに、白い煙がたち登る。すぐに人型にかわったそれは、キャロラインの姿となった。
彼女の手には、数種類のケーキが載った大皿がある。――さらにキャロラインの後ろに3人分、別の煙が人型を作る。それらはあっという間に、キャロラインを糾弾していた三人の令嬢の姿になった。
皆が唖然と見守る中、煙の令嬢たちはひそひそと囁きあう。
〝ヘレナ様……。本当にやるんですか?〟
〝当り前じゃない! あの忌々しいダーシー家に一泡吹かせるチャンスなのよ〟
〝でも、聖女様にまでご迷惑かけるなんて……。事が知れたら大変ですわ〟
不安そうな顔をする二人に、ヘレナと呼ばれた娘の人型が、ふんと鼻を鳴らす。
〝うまくやれば大丈夫よ! つべこべ言わずにやりなさい!〟
ぱんっと強く、ヘレナの人型が一緒にいるうちの一人の背中を叩く。促された令嬢の人型はためらいつつ前に進み出ると、ケーキの載った皿を手に聖女のもとへ急ぐキャロラインの後ろにつける。
どん、と。その人型が、キャロラインの人型を突き飛ばす。
悲鳴を上げて倒れたキャロラインの人型の手から、皿とケーキが飛んで行った――。
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