魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

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22.魔王、悪役令嬢のピンチを目にする

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「大変ですわ! キャロライン様がケーキを! ケーキを、聖女様に投げつけましたわ!」

 突如起こった騒ぎに、ほかの参加者たちも何事かと集まってくる。徐々に大きくなる人の輪の中心で、3人の娘の一人、くりりとした瞳の小柄な娘がキャロラインをびしりと扇で指す。そして、呆然として動けないキャロラインを声高に弾劾した。

「私、見たのです! キャロライン様がわざと転んだ風を装って、聖女様にケーキと皿を投げつけるのを!」

「……おい、メリフェトス。何が起こってる?」

 娘たちに気づかれないよう、アリギュラはこそりと後ろにいるメリフェトスに囁く。モノクルについたクリームを拭いながら、メリフェトスもこそこそと返事をした。

「女神が話しておりました。おそらくこれは、悪役令嬢の弾劾イベントです」

 女神曰く。ジーク王子のルートで、キャロラインはいわゆる憎まれ役らしい。

『まほキス』のキャロラインは、聖剣の預かり手にジークを選んだヒロインに嫉妬する。そして、ちくちくと嫌がらせをしたり、陰でヒロインに辛くあたったりする。

 世界を救うためとは言え、婚約者がほかの娘と口付けをかわすのだ。キャロラインの怒りはもっともだろう。けれども『まほキス』の中で、キャロラインの行為は行き過ぎたものとされる。中盤、王城で開かれたパーティでキャロラインはこれまでの悪事を糾弾され、王子に婚約破棄をいいわたされしまうのだ。

「ん? 王城でのパーティで糾弾?」

 まさしく目の前の光景ではないか。そう思ってメリフェトスを見れば、美形の神官は冷めた目をしたまま軽く肩を竦めた。

「おそらく『まほキス』内のイベントが、今日のパーティに置き換わっているのでしょう」

「じゃが、わらわはキャロラインに何もされておらぬぞ」

「パーティの頭から今まで、ずっとあの者と張り合ってきたでしょう。おそらく、それが嫌がらせの代わりに勘定されたのでしょうね。ごらんなさい。じきに、王子もくるはずですよ」

 メリフェトスの言う通りであった。

「何事だ!」

 騒ぎを聞きつけたジーク王子が、慌てた様子で人の輪に飛び込んでくる。蒼い瞳に戸惑いを浮かべた彼は、口をへの字にして静観するアリギュラ、顔色を失い座り込むキャロライン、非難がましく彼女を見つめる三人の令嬢を順に見る。

 その目がメリフェトスへと向けられたとき、王子は「え?」と瞬きをした。憮然とした顔をしたクリームまみれの神官を、さしもの王子も無視することができなかったらしい。

 まじまじとメリフェトスを見つめるジーク王子。そんな彼に、頭にクリームとイチゴをつけたまま、メリフェトスは肩を竦めた。

「失礼。私のことは、どうぞお気になさらず」

「い、いや、しかし……。いや、わかった」

 何か突っ込みたそうな顔をしたまま、ジーク王子は無理やりアリギュラたちに顔を戻す。そして、顔色も悪く呆然とする婚約者に問いかけた。

「キャシー、何があったんだ。メリフェトス殿、いや、聖女様に一体……」

「どうもこうもございませんわ!」

 ジーク王子が姿を見せたことで、勢いづいたのだろう。先ほどまでキャロラインを糾弾していた娘たちが、今度は王子に訴えかける。

「今しがた、キャロライン様が嫌がらせで、聖女様にケーキをぶつけようとしましたの。幸い聖女様はご無事でしたが、そのせいでメリフェトス様があのようなお姿に……。この国の救世主である聖女様と聖剣の預かり手様に、とんでもない仕打ちですわ」

「お、お待ちください!」

 ようやく我に返ったのだろう。キャロラインは慌てて立ち上がると、勢いよく首を振った。

「このような事態を招いたのは、たしかに私の不手際です。ですが、わざとではございませんわ! こんなことになったのは、誰かに突き飛ばされたからで……」

「まあ! この期に及んで言い訳ですの?」

「私、一部始終を見ておりましたが、誰もキャロライン様を突き飛ばしてなどおりませんわよ? ねえ? お二人もそうでしょう?」

「ええ。むしろキャロライン様が聖女様に狙いを定めて、わざと転んだように見えましたわ」

「まさか、ありえませんわ! 私、確かに……」

キャロラインは否定をするが、じわじわと嫌な空気が辺りに満ち始める。そんな彼女に追い打ちをかけるように、3人の令嬢たちはジーク王子に訴えかけた。

「私、見てしまいましたの。今宵、パーティの合間に、キャロライン様が何度も恨みの籠った目で聖女様を見つめていらっしゃるのを」

「今夜だけではありませんわ。キャロライン様は、このところずっと聖女様を気にされているんです。このままでは聖女様にジーク殿下を取られてしまうのではないかと。そのような不安を口にされているのを、私、この耳で聞きましたわ」

「よほど、聖女様の存在が我慢ならなかったのでしょう。ですから、わざと聖女様のドレスを汚すという、子供じみた暴挙に出られたのですわ」

「違います! 私は決して、そのようなことを……!」

 キャロラインは声を荒げるが、ふと、自分を見つめる人々の目に気付き、すっと心の底が冷える心地がした。人々の目に浮かぶのは欺瞞の色だった。

 まさか、キャロライン様が? 言われてみれば、今日のキャロライン様は、聖女様と何かと張り合っていたように見えなくもない。しかし、聖女様がジーク殿下を奪おうとしていたとは、どうにも。勝手にそのように思い込んだ可能性はあるぞ。

 ひそひそ、ひそひそと。小さな疑念が渦になって、キャロラインに襲い掛かる。その傍流に呑まれてしまいそうになり、思わず彼女は助けを求めてジークを見た。

 ――そして、絶望した。

「キャシー……。何かの間違い、だよね?」

 信じようと、誠実であろうとしてくれているのはわかる。しかし、ジーク王子の瞳にも、微かに疑念の色が浮かんでいる。彼は、ジーク王子は、キャロラインを全面的に信じてはくれなかった。

(私は……。私のこれまでは、なんだったのでしょうか)

 頭の中が真っ白になっていく。呆然と、キャロラインは立ちすくんだ。

 自分のすべてを捧げてきたのに。婚約者として、未来の王太子妃としてジーク王子を支えられるように、あらゆる努力を重ねてきたというのに。ほんの小さな亀裂が、これまで築いた信頼を崩していく。自分と王子との間に、大きな溝を作っていく。

 その間にも、人々の間ではどんどんと疑念が膨れ上がっていく。もうここに、自分の味方はいない。信じて擁護してくれる者など、誰もいやしないのだ。

(……泣いて、やるものですか)

 ぎゅっと手を握りしめ、キャロラインは紫色の瞳を燃え上がらせた。

 自分を糾弾してきた三人の令嬢。全員、ダーシー家には少し劣るが、名家の娘たちだ。特に真ん中の娘。彼女はダーシー家と派遣を争うタイウィン家の令嬢、ヘレナだ。ほかの二人はヘレナの取り巻きである。

おそらくキャロラインを突き飛ばしたのは彼女たちだ。騒ぎを起こし、王子の婚約者という立場をキャロラインから取り上げるため、三人で結託したに違いない。

 そんなことをする隙を与えたのは、自分の落ち度だ。そして、とっさのことに呆然とし、ここまで追い詰められてしまったのも自分のミス。だが、これ以上好きにさせてなるものか。

 笑え、余裕に見えるように。胸を張れ、潔白を証明するために。

 ダーシー家に生まれた者として、これしきのことで折れてたまるか。

 びしりと巻いた縦ロールを揺らし、キャロラインは勢いよく顔を上げる。そして強い決意を込めて、勝ち誇った顔をする三人組を睨みつけたのだが。

 ひゅっと、耳の脇を何かがものすごい勢いで飛んでいく。直後、三人の娘たちの顔に、白いクリームが直撃した。

 ぎょっとしてキャロラインは目を瞠り、それから慌てて振り返った。――果たして、三人組にクリームをぶつけた犯人はやはりそこにいた。

「――茶番はそこまでじゃ!」

 右手をまっすぐに突き出し、長い黒髪を揺らめかせる。そうやって禍々しい魔力を身に纏いながら、聖女――否。魔王アリギュラが、にやりと不敵に笑った。
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