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34.魔王、宣戦布告を高らかに宣言する
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一緒に、異界の人間を滅ぼそう。
かつてアーク・ゴルドを救った、勇者カイバーン。その彼が、アリギュラに手を伸ばす。
その手を、アリギュラはじっと見つめた。
なるほど。理にかなった提案ではある。
人間に嫌気が差したカイバーンは、人間を滅ぼしたい。聖女として召喚されたアリギュラは、もとは魔族で人間に思い入れがない。
アリギュラが一応は聖女としての役目を果たしてきたのは、そうしないと、この世界に完全に魂が定着しないからだ。事情を知らないカイバーンにしてみれば、元魔王のアリギュラを味方に引き込んだほうが効率もいいだろう。
しかし、まあ。勇者が人間を滅ぼしたいとくるとは。
アーク・ゴルドでの日々が、まざまざと瞼の裏に思い出される。
魔族の中には、人間に強い憎しみや怒りを抱く者もたくさんいた。そのひとりは、ほかでもないメリフェトスである。
そういった魔族は、自分や家族、仲間を人間に傷つけられた過去を持つ。中には過激な報復に出る者もいて、必要以上に人間たちを襲い、恨みを晴らそうと暴れていた。
そんな姿を間近で見てきたからこそ、アリギュラはカイバーンを否定するつもりはない。それどころか、むしろ。
「了解じゃ」
ひらりと手を振って、アリギュラは答える。となりで体を強張らせるメリフェトスをよそに、アリギュラはのんびりと続けた。
「いいだろう。聖女ごっこは、今日でしまいだ。連中を滅ぼしたければ、煮るなり焼くなり好きにすればいい」
「なりません、アリギュラ様!」
アーク・ゴルドの魔王。その呼び名にふさわしく、アリギュラは赤い瞳に冷ややかな光をたたえる。そんな主に、メリフェトスは必死に訴えた。
「初めに言ったはずです。魔王サタンを討ち、エルノア国を救うのが聖女として召喚されたアリギュラ様のお役目。それがかなわなければ、アリギュラ様の魂は……!」
「黙れ、メリフェトス」
ぴしゃりと一喝して、彼を睨む。冷たく凍えた瞳に射抜かれ、メリフェトスは思わず口をつぐんだ。
アリギュラはディルファングを手で弄びながら、淡々と続ける。
「おぬしこそ忘れたか。異界の人間どもがどうなろうが、わらわの知ったことじゃない。グズグリのときは興が乗ったから追っ払ったが、もともとわらわのやる気はゼロじゃ」
「それは……っ」
「そもそも我らは魔族じゃ。魔族が人間のために戦うなんて、おかしなことであろう? おぬしも、人間は好きになれないといったではないか」
メリフェトスの青紫色の目が泳ぐ。やがて彼は、苦悩するように眉根を寄せた。
「アリギュラ様の、仰せの通りです」
ですが、と。メリフェトスは絞り出すように呟いた。
「それでも私は、あなたに生きて欲しい。たとえ人間に手を貸すことになろうと、最終的にあなたが救われるのであれば、私は力を尽くしたいのです」
アリギュラは答えなかった。苦悩に顔を歪ませるメリフェトスからは目を逸らしたまま、彼女はまっすぐにカイバーンを見上げていた。
「相談は終わったかな?」
薄く笑って、カイバーンは両手を広げた。
新たに君臨する魔王として、彼は勝ち誇ったように声を上げる。
「手を結ぼう、アリギュラ! ともに忌々しい人間どもを、この世界から排除するんだ!」
魔王サタンとして嗜虐的な笑みを浮かべるカイバーンと、やるせない表情で拳を握りしめるメリフェトス。そして、小さな体に見合わず、堂々佇むアリギュラ。
期待と焦燥。洞窟の中に、相反する熱が同時に満ちる。
それを打ち破るように、アリギュラはそっと息を吐きだし、答えた。
「いやじゃ」
「……は?」
「え?」
カイバーンが拍子抜けしたように目を瞬かせ、メリフェトスが弾かれたように顔を上げる。それぞれが驚きの反応を示す中、アリギュラはふんと鼻を鳴らして髪を払った。
「なぜ、わらわが下る側なのじゃ。わらわと手を組みたければ、おぬしが下れ。跪き、頭を垂れよ。まったく。最近魔王になったばかりの新参者のくせに、ずうずうしくて困るわ」
「んなっ!?」
「それにだ」
絶句するカイバーンに、アリギュラはびしりと指を突き付ける。そうして彼女は、実に魔王らしく意地悪い笑みを浮かべた。
「最近、こっちでの生活に愛着が出てきてな。両手の指で数えられる程度だが、気に入った人間もいる。だから、今の生活を守れるぐらいには、おぬしをぶちのめさなくてはならぬ」
「アリギュラ様……」
隣で、メリフェトスが息を呑む。そして、なぜだか泣きそうな顔で微笑んだ。
キャロラインにジーク。アランやルリアン。ルーカスにクリス。当初は関わるのも面倒くさくて避けてきた、今では友と呼べる異界の人間たち。
そして、もちろん。
(お前もだ、メリフェトス)
ちらりと隣をみやり、アリギュラは唇を吊り上げる。
魔族であろうと人間であろうと、変わらず傍に立ち支えてくれた、腹心の部下にして相棒。はじめて手を取り合った、唯一無二の親友。
このまま人間として、人間の世に馴染んで生きていく。正直、そんな自分に戸惑う部分もあった。けれどもメリフェトスが一緒なら、それも案外悪くない。
これまでだって、二人でゼロからやってきたのだから。
「いいか! よく聞け、カイバーン。わらわは聖女を降りる。だからといって、この戦降りるつもりはないぞ」
ディルファングを振り、構える。ぶわりと全身に魔力を行き渡らせ、アリギュラはどこまでも交戦的に笑みを浮かべた。
「賭けるのは、この世界だ。アーク・ゴルドの魔王と、エルノアの魔王。正々堂々、力比べといこうじゃないか!」
かつてアーク・ゴルドを救った、勇者カイバーン。その彼が、アリギュラに手を伸ばす。
その手を、アリギュラはじっと見つめた。
なるほど。理にかなった提案ではある。
人間に嫌気が差したカイバーンは、人間を滅ぼしたい。聖女として召喚されたアリギュラは、もとは魔族で人間に思い入れがない。
アリギュラが一応は聖女としての役目を果たしてきたのは、そうしないと、この世界に完全に魂が定着しないからだ。事情を知らないカイバーンにしてみれば、元魔王のアリギュラを味方に引き込んだほうが効率もいいだろう。
しかし、まあ。勇者が人間を滅ぼしたいとくるとは。
アーク・ゴルドでの日々が、まざまざと瞼の裏に思い出される。
魔族の中には、人間に強い憎しみや怒りを抱く者もたくさんいた。そのひとりは、ほかでもないメリフェトスである。
そういった魔族は、自分や家族、仲間を人間に傷つけられた過去を持つ。中には過激な報復に出る者もいて、必要以上に人間たちを襲い、恨みを晴らそうと暴れていた。
そんな姿を間近で見てきたからこそ、アリギュラはカイバーンを否定するつもりはない。それどころか、むしろ。
「了解じゃ」
ひらりと手を振って、アリギュラは答える。となりで体を強張らせるメリフェトスをよそに、アリギュラはのんびりと続けた。
「いいだろう。聖女ごっこは、今日でしまいだ。連中を滅ぼしたければ、煮るなり焼くなり好きにすればいい」
「なりません、アリギュラ様!」
アーク・ゴルドの魔王。その呼び名にふさわしく、アリギュラは赤い瞳に冷ややかな光をたたえる。そんな主に、メリフェトスは必死に訴えた。
「初めに言ったはずです。魔王サタンを討ち、エルノア国を救うのが聖女として召喚されたアリギュラ様のお役目。それがかなわなければ、アリギュラ様の魂は……!」
「黙れ、メリフェトス」
ぴしゃりと一喝して、彼を睨む。冷たく凍えた瞳に射抜かれ、メリフェトスは思わず口をつぐんだ。
アリギュラはディルファングを手で弄びながら、淡々と続ける。
「おぬしこそ忘れたか。異界の人間どもがどうなろうが、わらわの知ったことじゃない。グズグリのときは興が乗ったから追っ払ったが、もともとわらわのやる気はゼロじゃ」
「それは……っ」
「そもそも我らは魔族じゃ。魔族が人間のために戦うなんて、おかしなことであろう? おぬしも、人間は好きになれないといったではないか」
メリフェトスの青紫色の目が泳ぐ。やがて彼は、苦悩するように眉根を寄せた。
「アリギュラ様の、仰せの通りです」
ですが、と。メリフェトスは絞り出すように呟いた。
「それでも私は、あなたに生きて欲しい。たとえ人間に手を貸すことになろうと、最終的にあなたが救われるのであれば、私は力を尽くしたいのです」
アリギュラは答えなかった。苦悩に顔を歪ませるメリフェトスからは目を逸らしたまま、彼女はまっすぐにカイバーンを見上げていた。
「相談は終わったかな?」
薄く笑って、カイバーンは両手を広げた。
新たに君臨する魔王として、彼は勝ち誇ったように声を上げる。
「手を結ぼう、アリギュラ! ともに忌々しい人間どもを、この世界から排除するんだ!」
魔王サタンとして嗜虐的な笑みを浮かべるカイバーンと、やるせない表情で拳を握りしめるメリフェトス。そして、小さな体に見合わず、堂々佇むアリギュラ。
期待と焦燥。洞窟の中に、相反する熱が同時に満ちる。
それを打ち破るように、アリギュラはそっと息を吐きだし、答えた。
「いやじゃ」
「……は?」
「え?」
カイバーンが拍子抜けしたように目を瞬かせ、メリフェトスが弾かれたように顔を上げる。それぞれが驚きの反応を示す中、アリギュラはふんと鼻を鳴らして髪を払った。
「なぜ、わらわが下る側なのじゃ。わらわと手を組みたければ、おぬしが下れ。跪き、頭を垂れよ。まったく。最近魔王になったばかりの新参者のくせに、ずうずうしくて困るわ」
「んなっ!?」
「それにだ」
絶句するカイバーンに、アリギュラはびしりと指を突き付ける。そうして彼女は、実に魔王らしく意地悪い笑みを浮かべた。
「最近、こっちでの生活に愛着が出てきてな。両手の指で数えられる程度だが、気に入った人間もいる。だから、今の生活を守れるぐらいには、おぬしをぶちのめさなくてはならぬ」
「アリギュラ様……」
隣で、メリフェトスが息を呑む。そして、なぜだか泣きそうな顔で微笑んだ。
キャロラインにジーク。アランやルリアン。ルーカスにクリス。当初は関わるのも面倒くさくて避けてきた、今では友と呼べる異界の人間たち。
そして、もちろん。
(お前もだ、メリフェトス)
ちらりと隣をみやり、アリギュラは唇を吊り上げる。
魔族であろうと人間であろうと、変わらず傍に立ち支えてくれた、腹心の部下にして相棒。はじめて手を取り合った、唯一無二の親友。
このまま人間として、人間の世に馴染んで生きていく。正直、そんな自分に戸惑う部分もあった。けれどもメリフェトスが一緒なら、それも案外悪くない。
これまでだって、二人でゼロからやってきたのだから。
「いいか! よく聞け、カイバーン。わらわは聖女を降りる。だからといって、この戦降りるつもりはないぞ」
ディルファングを振り、構える。ぶわりと全身に魔力を行き渡らせ、アリギュラはどこまでも交戦的に笑みを浮かべた。
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