魔王様は攻略中! ~ヒロインに抜擢されましたが、戦闘力と恋愛力は別のようです

枢 呂紅

文字の大きさ
36 / 39

35.魔王、異界の魔王を殲滅する

しおりを挟む

「はぁああああ!!」

 ディルファングを構え、一気に飛び出す。魔力を用いて大きく跳躍したアリギュラは、そのままカイバーンに切りかかった。

「っ、無駄なことを!」

 カイバーンの手元が光り、聖剣ロスロリエンが顕現する。空中でぶつかる、異界の魔剣と聖剣。衝動で、すさまじい魔力波が洞窟の中を吹き荒れた。

 風に飛ばされないよう踏ん張りながら、アリギュラはにやりと笑って赤い瞳を光らせた。

(さすがに受け止めるか!)

 甲高い音が響いて、剣が弾かれる。二撃、三撃と切り込んで確信する。強い。アーク・ゴルドでぶつかった時と同等か、それ以上だ。

 その時、カイバーンが剣を引いて、かわりに片腕を突き出した。急速な魔力収縮と額にチリっと走る予感。とっさに体を捻れば、凄まじい熱量を孕んだ光線が、カイバーンの手から迸った。

「アリギュラ様!?」

「無事だ、たわけ!」

 悲鳴に近い声をあげるメリフェトスに、短く答える。その隙にカイバーンはアリギュラから距離を取る。彼がばっと手を広げると、火のついた矢が空間いっぱいに浮かんだ。

 アリギュラが走り始めるのと同時に、矢の雨が追いかけるように降り注ぐ。間一髪で避け続けるアリギュラに、カイバーンは喜色を滲ませ叫んだ。

「ははは! 愚か者め! 今の私は、魔王サタンの体と融合しているんだ! アーク・ゴルドで君と戦ったときより、はるかにレベルアップしてるんだよ!!」

「それはよかったな!」

 最後の矢をディルファングで切り捨て、地面を蹴る。鈍い金属の音が響いて、二つの剣が再びぶつかる。

 だが、全力で打ち込んでいるというのに、まったくといっていいほど手応えがない。まるで頑丈な岩を相手にしているようだ。

 たしかに、カイバーンはかつてより強くなっている。近接戦はより頑丈に。さらには魔王サタンの属性なのだろう。先程の光線や炎の矢といった、遠距離攻撃も強力となっている。

「諦めろ、アリギュラ!」

 勢いよく剣を払って、カイバーンは勝ち誇ったように笑う。

「アーク・ゴルドでも、勝者は私だった。あの時ですら負けた君に、今の私を倒すことはできないよ!!」

 鋭い切先が、アリギュラのほおを掠めた。赤い鮮血が、細くあとを引く。それに舌打ちをして、アリギュラは次の剣を振るう。

 敵わない。本当にそうだろうか。

 カイバーンにとってアリギュラが本当に脅威となり得ないのであれば、放っておけばいい。なのに奴は、わざわざ手の込んだことをしてアリギュラをこんな場所にまで呼び出した。

(何かあるはずだ。カイバーンが、わらわを邪魔に思う理由が!)

 だが実際のところ、それは一体なんだ? 大幅に戦闘力があがったカイバーンと違って、アリギュラの力はほぼ据え置きだ。メリフェトスに至っては、魔力がアーク・ゴルドにいた頃の半分ほどに減ってしまっている。

(ん? メリフェトス?)

 体を捻って鋭い一撃を流しつつ、アリギュラはふと気になった。

 そういえばカイバーンは、なぜメリフェトスだけを攫ったのだろう。アリギュラと話をしたかったのであれば、最初から二人とも攫えばいい。

 ルーカスの言う通り、聖剣の力を目印にメリフェトスを攫ったとしても、そもそも聖剣の力の出どころはアリギュラなのだ。アリギュラだって同様に、よい目印になっていたはずなのに。

 そこまで考えたところで、アリギュラはハッとした。

 なるほど、前提が間違っていた。カイバーンがメリフェトスを攫ったのは、アリギュラを呼び出すためじゃない。

アリギュラとメリフェトスに、する間を与えないためだったんだ。

 アリギュラは素早く、片手を天井に掲げた。
 
「走れ! 『覇王の鉄槌!』」

 眩い稲光が、轟音を立てて洞窟内を真横に駆ける。直後、弾けるようにして壁が崩れた。

 アリギュラたちを踏み潰さんとばかりに、降り注ぐ瓦礫の山。襲い来るそれらに、カイバーンは目を見開いた。

「ば、気でも狂ったか!?」

 ――叫びながら、カイバーンは得心した。

 洞窟が崩れ始めた途端、アリギュラは粉塵の奥へと飛び退った。おそらく目眩しのつもりなのだろう。事実、次々に落ちる瓦礫や、それによって舞う粉塵のせいで、彼女を見失ってしまった。

(正面からやり合っても勝ち目はない。そうやくそれを、認めたようだな)

 にやりと、勇者は邪悪に笑う。

 けれども無駄だ。たしかに視界は奪われたし、次々に落ちてくる岩によって広い足場がなくなったのも厄介だ。けれどもそれは、近接戦の場合に限る。

 剣一筋だったかつての自分とは違う。いまの彼には、魔王サタンから引き継いだ、新たな力があるのだから。

 じゃり、と。小さな足が、砂を踏む音が響いた。やはりか、と。カイバーンは笑った。

 この状況で、アリギュラの狙いはひとつしかあり得ない。魔王サタンに対抗するための、唯一の武器。それを顕現させるための、切り札との接触。

 ならばその手を、摘んでしまえばいい。

 カイバーンは笑いながら、振り向きざまに剣を持っていない方の腕を突き出した。

「死ね、アリギュラ! 君に私は倒せない!!」

 迸る魔力。次いで、爆発するように噴き出す光線。その熱線は、異界の魔王を跡形もなく焼き切った――

 ――はずだった。

「わらわ、一人ならな」

 なぜか、真横から響いた声。続いて、頭から冷水を浴びせられたかのように、全身を支配する『死』の予感。

 考えるより先に体が動く。とっさに剣を構えれば、ガキンと重い音が響いて、眩い光に包まれた細剣が打ち込まれる。その輝きに、カイバーンは驚愕に目を見開いた。

「んなっ!? それは!!」

「アリギュラ様に授けられた聖剣だ!」

  細剣の先で、聖剣の預かり手――メリフェトスが、暴風に髪を靡かせながら叫ぶ。彼にぴたりと寄り添うように、アリギュラも光の中で剣に手を添えている。

 この世界の聖剣、光の剣。聖女だけが授けることができる、魔王を倒すための必殺の剣。なぜそれが、ここにある。

 愕然として、カイバーンは声を裏返せた。

「バカな! その剣は……!」

「聖女のキスがなければ使えない、じゃろ?」

 にやりとアリギュラが笑う。およそ聖女には見えない笑みのまま、彼女は勝ち誇ったように告げた。

「残念だったな、カイバーン! 下準備は既に、終わっていたんだよ!!」

〝したいと思ったから〟

 蘇るのは、慈しむような切ない眼差し。

〝そう言ったらきっと、あなたを困らせてしまいますね〟

(グッジョブだ、メリフェトス!! ワケはわからんかったが、ここで活きてくるとは流石わが右腕じゃ!!)

 内心高笑いしながら、アリギュラはメリフェトスも掴む聖剣にさらなる力を乗せる。

 ビキビキと、カイバーンの剣にひびが入っていく。その向こうで、カイバーンが目を血走らせてメリフェトスを睨んだ。

「なぜだ! だったらなぜ、アリギュラが来るまえに聖剣を出さなかった!?」

「この瞬間を待っていたからだ」

 剣に力を込め、メリフェトスが答える。さらにもう一段階、ロスロリエンに大きな亀裂が入った。

「貴様はきっと、光の剣を警戒しているはず。だから、あえて先程は聖剣以外の力で対抗し、私がまだ聖女の祝福キスを受けていないと思い込ませた。……お前は必ず、口付けの瞬間を狙ってくる。その瞬間が逆に、反撃の狙い目になるだろうからな!」

「な、な、なっ…………」

 カイバーンは絶句をした。

 メリフェトスは善戦した。だが、カイバーンと彼では、うちに秘める魔力量はまるで違う。半魔の姿で応戦したメリフェトスに策を練る余裕はなかったはずだ。

(それすらもフェイクだったというのか!?)

  ――いや、違う。たしかに自分は、メリフェトスを圧倒していた。

 ならば答えは一つ。命を削るギリギリの攻防の中で、彼は張り詰める一本の糸のように感覚を研ぎ澄ました。そして、たったひとつの勝機を見定め、罠をしかけてきたのだ。

 アリギュラが――自分の主である王が、必ずすぐに駆けつけてくれる。そう、微塵も疑わずに。

(これが四天王の頂点、知将メリフェトスか……!)

 ぞわりと肌が粟立つ心地がして、カイバーンは顔を引き攣らせた。

 その間にも、ロスロリエンにはどんどんヒビが広がっていく。反して、ロスロリエンの力を吸うように、光の剣は輝きを増していった。

 目を見開き、まるでとんでもない外道を見るかのような顔で、カイバーンは喚いた。

「何が、正々堂々だ! この悪魔が!!」

 だが、それを聞いた途端、アリギュラとメリフェトスは同時ににやりと笑った。

「そうだ。我らは悪魔じゃ! 知らなかったか?」

「むしろ、お褒めいただきありがとう、とでも言うべきだな」

 唖然とするカイバーンに、光の中で二人は叫ぶ。

「アーク・ゴルドより来たりし魔王アリギュラと!!」

「その臣下にして盟友、西の天メリフェトス!!」

「「貴様をここで、殲滅する!!!!」」

 ガラスが割れるような音がして、光が弾けた。途端、ロスロリエンが勢いよく砕け散った。

 アリギュラは叫んだ。たぶんメリフェトスも、カイバーンも、それぞれに叫んでいたに違いない。そうやって、何もかもが凄まじい光の傍流に飲まれたとき。

 迷いのない、まっすぐな一太刀が振り下ろされた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

処理中です...