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35.魔王、異界の魔王を殲滅する
しおりを挟む「はぁああああ!!」
ディルファングを構え、一気に飛び出す。魔力を用いて大きく跳躍したアリギュラは、そのままカイバーンに切りかかった。
「っ、無駄なことを!」
カイバーンの手元が光り、聖剣ロスロリエンが顕現する。空中でぶつかる、異界の魔剣と聖剣。衝動で、すさまじい魔力波が洞窟の中を吹き荒れた。
風に飛ばされないよう踏ん張りながら、アリギュラはにやりと笑って赤い瞳を光らせた。
(さすがに受け止めるか!)
甲高い音が響いて、剣が弾かれる。二撃、三撃と切り込んで確信する。強い。アーク・ゴルドでぶつかった時と同等か、それ以上だ。
その時、カイバーンが剣を引いて、かわりに片腕を突き出した。急速な魔力収縮と額にチリっと走る予感。とっさに体を捻れば、凄まじい熱量を孕んだ光線が、カイバーンの手から迸った。
「アリギュラ様!?」
「無事だ、たわけ!」
悲鳴に近い声をあげるメリフェトスに、短く答える。その隙にカイバーンはアリギュラから距離を取る。彼がばっと手を広げると、火のついた矢が空間いっぱいに浮かんだ。
アリギュラが走り始めるのと同時に、矢の雨が追いかけるように降り注ぐ。間一髪で避け続けるアリギュラに、カイバーンは喜色を滲ませ叫んだ。
「ははは! 愚か者め! 今の私は、魔王サタンの体と融合しているんだ! アーク・ゴルドで君と戦ったときより、はるかにレベルアップしてるんだよ!!」
「それはよかったな!」
最後の矢をディルファングで切り捨て、地面を蹴る。鈍い金属の音が響いて、二つの剣が再びぶつかる。
だが、全力で打ち込んでいるというのに、まったくといっていいほど手応えがない。まるで頑丈な岩を相手にしているようだ。
たしかに、カイバーンはかつてより強くなっている。近接戦はより頑丈に。さらには魔王サタンの属性なのだろう。先程の光線や炎の矢といった、遠距離攻撃も強力となっている。
「諦めろ、アリギュラ!」
勢いよく剣を払って、カイバーンは勝ち誇ったように笑う。
「アーク・ゴルドでも、勝者は私だった。あの時ですら負けた君に、今の私を倒すことはできないよ!!」
鋭い切先が、アリギュラのほおを掠めた。赤い鮮血が、細くあとを引く。それに舌打ちをして、アリギュラは次の剣を振るう。
敵わない。本当にそうだろうか。
カイバーンにとってアリギュラが本当に脅威となり得ないのであれば、放っておけばいい。なのに奴は、わざわざ手の込んだことをしてアリギュラをこんな場所にまで呼び出した。
(何かあるはずだ。カイバーンが、わらわを邪魔に思う理由が!)
だが実際のところ、それは一体なんだ? 大幅に戦闘力があがったカイバーンと違って、アリギュラの力はほぼ据え置きだ。メリフェトスに至っては、魔力がアーク・ゴルドにいた頃の半分ほどに減ってしまっている。
(ん? メリフェトス?)
体を捻って鋭い一撃を流しつつ、アリギュラはふと気になった。
そういえばカイバーンは、なぜメリフェトスだけを攫ったのだろう。アリギュラと話をしたかったのであれば、最初から二人とも攫えばいい。
ルーカスの言う通り、聖剣の力を目印にメリフェトスを攫ったとしても、そもそも聖剣の力の出どころはアリギュラなのだ。アリギュラだって同様に、よい目印になっていたはずなのに。
そこまで考えたところで、アリギュラはハッとした。
なるほど、前提が間違っていた。カイバーンがメリフェトスを攫ったのは、アリギュラを呼び出すためじゃない。
アリギュラとメリフェトスに、事前準備する間を与えないためだったんだ。
アリギュラは素早く、片手を天井に掲げた。
「走れ! 『覇王の鉄槌!』」
眩い稲光が、轟音を立てて洞窟内を真横に駆ける。直後、弾けるようにして壁が崩れた。
アリギュラたちを踏み潰さんとばかりに、降り注ぐ瓦礫の山。襲い来るそれらに、カイバーンは目を見開いた。
「ば、気でも狂ったか!?」
――叫びながら、カイバーンは得心した。
洞窟が崩れ始めた途端、アリギュラは粉塵の奥へと飛び退った。おそらく目眩しのつもりなのだろう。事実、次々に落ちる瓦礫や、それによって舞う粉塵のせいで、彼女を見失ってしまった。
(正面からやり合っても勝ち目はない。そうやくそれを、認めたようだな)
にやりと、勇者は邪悪に笑う。
けれども無駄だ。たしかに視界は奪われたし、次々に落ちてくる岩によって広い足場がなくなったのも厄介だ。けれどもそれは、近接戦の場合に限る。
剣一筋だったかつての自分とは違う。いまの彼には、魔王サタンから引き継いだ、新たな力があるのだから。
じゃり、と。小さな足が、砂を踏む音が響いた。やはりか、と。カイバーンは笑った。
この状況で、アリギュラの狙いはひとつしかあり得ない。魔王サタンに対抗するための、唯一の武器。それを顕現させるための、切り札との接触。
ならばその手を、摘んでしまえばいい。
カイバーンは笑いながら、振り向きざまに剣を持っていない方の腕を突き出した。
「死ね、アリギュラ! 君に私は倒せない!!」
迸る魔力。次いで、爆発するように噴き出す光線。その熱線は、異界の魔王を跡形もなく焼き切った――
――はずだった。
「わらわ、一人ならな」
なぜか、真横から響いた声。続いて、頭から冷水を浴びせられたかのように、全身を支配する『死』の予感。
考えるより先に体が動く。とっさに剣を構えれば、ガキンと重い音が響いて、眩い光に包まれた細剣が打ち込まれる。その輝きに、カイバーンは驚愕に目を見開いた。
「んなっ!? それは!!」
「アリギュラ様に授けられた聖剣だ!」
細剣の先で、聖剣の預かり手――メリフェトスが、暴風に髪を靡かせながら叫ぶ。彼にぴたりと寄り添うように、アリギュラも光の中で剣に手を添えている。
この世界の聖剣、光の剣。聖女だけが授けることができる、魔王を倒すための必殺の剣。なぜそれが、ここにある。
愕然として、カイバーンは声を裏返せた。
「バカな! その剣は……!」
「聖女のキスがなければ使えない、じゃろ?」
にやりとアリギュラが笑う。およそ聖女には見えない笑みのまま、彼女は勝ち誇ったように告げた。
「残念だったな、カイバーン! 下準備は既に、終わっていたんだよ!!」
〝したいと思ったから〟
蘇るのは、慈しむような切ない眼差し。
〝そう言ったらきっと、あなたを困らせてしまいますね〟
(グッジョブだ、メリフェトス!! ワケはわからんかったが、ここで活きてくるとは流石わが右腕じゃ!!)
内心高笑いしながら、アリギュラはメリフェトスも掴む聖剣にさらなる力を乗せる。
ビキビキと、カイバーンの剣にひびが入っていく。その向こうで、カイバーンが目を血走らせてメリフェトスを睨んだ。
「なぜだ! だったらなぜ、アリギュラが来るまえに聖剣を出さなかった!?」
「この瞬間を待っていたからだ」
剣に力を込め、メリフェトスが答える。さらにもう一段階、ロスロリエンに大きな亀裂が入った。
「貴様はきっと、光の剣を警戒しているはず。だから、あえて先程は聖剣以外の力で対抗し、私がまだ聖女の祝福を受けていないと思い込ませた。……お前は必ず、口付けの瞬間を狙ってくる。その瞬間が逆に、反撃の狙い目になるだろうからな!」
「な、な、なっ…………」
カイバーンは絶句をした。
メリフェトスは善戦した。だが、カイバーンと彼では、うちに秘める魔力量はまるで違う。半魔の姿で応戦したメリフェトスに策を練る余裕はなかったはずだ。
(それすらもフェイクだったというのか!?)
――いや、違う。たしかに自分は、メリフェトスを圧倒していた。
ならば答えは一つ。命を削るギリギリの攻防の中で、彼は張り詰める一本の糸のように感覚を研ぎ澄ました。そして、たったひとつの勝機を見定め、罠をしかけてきたのだ。
アリギュラが――自分の主である王が、必ずすぐに駆けつけてくれる。そう、微塵も疑わずに。
(これが四天王の頂点、知将メリフェトスか……!)
ぞわりと肌が粟立つ心地がして、カイバーンは顔を引き攣らせた。
その間にも、ロスロリエンにはどんどんヒビが広がっていく。反して、ロスロリエンの力を吸うように、光の剣は輝きを増していった。
目を見開き、まるでとんでもない外道を見るかのような顔で、カイバーンは喚いた。
「何が、正々堂々だ! この悪魔が!!」
だが、それを聞いた途端、アリギュラとメリフェトスは同時ににやりと笑った。
「そうだ。我らは悪魔じゃ! 知らなかったか?」
「むしろ、お褒めいただきありがとう、とでも言うべきだな」
唖然とするカイバーンに、光の中で二人は叫ぶ。
「アーク・ゴルドより来たりし魔王アリギュラと!!」
「その臣下にして盟友、西の天メリフェトス!!」
「「貴様をここで、殲滅する!!!!」」
ガラスが割れるような音がして、光が弾けた。途端、ロスロリエンが勢いよく砕け散った。
アリギュラは叫んだ。たぶんメリフェトスも、カイバーンも、それぞれに叫んでいたに違いない。そうやって、何もかもが凄まじい光の傍流に飲まれたとき。
迷いのない、まっすぐな一太刀が振り下ろされた。
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