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38.魔王様は攻略中!
しおりを挟む「どうして私、生きているんでしょう?」
彼が問いかけたその時、一陣の風が彼の前髪を揺らした。
当然と言えば、当然すぎる疑問。それに首をひねって、魔王軍一の知将は困ったように空を睨んだ。
「いや、だって私、女神と間違いなく取引したんですよ? 魔王サタンを倒し、アリギュラ様の魂が無事にこの世界に馴染んだのを見届けたら、大人しくこの世界から退散しますって。なのに、どうしてまだ私、ここにいるんでしょう?」
「あー……。なんでじゃろうな?」
曖昧に笑って、アリギュラはすっと目を逸らす。けれどもメリフェトスは、それに気づく余裕もないらしい。しきりに首をひねって、うんうんと考え込んでいる。
「やっぱり気が変わったとかでしょうか? それとも、初めから私をこの世界に残すつもりでいた? ……いや。あの女神、相当ぶーぶー文句垂れてましたからね。嘘を吐く理由もこれといって見当たりませんし」
そこまで言ったところで、はっとメリフェトスは目を見開いた。そして、カイバーンの軍団が魔王城に押し寄せてきたときと同じくらい慌てた様子で、がっとアリギュラの肩を摑んだ。
「ま、まさか! サタン――カイバーンめが、生きているのでないでしょうか!? 『まほキス』はエンディングを迎えておらず、だから私も未だ続投ということでは……」
「だー、もう! 落ち着け、メリフェトス!!」
がくがくと揺さぶってくるメリフェトスを、アリギュラはぺりっと引き剥がす。腕を組んだ彼女は、青い顔で慌てる臣下をじろりと睨みつけた。
「『まほキス』は無事エンディングを迎えたわ! それは、わらわが女神に確かめた。だから、無駄なことでそんなに慌てるな。騒がしゅうて敵わんわ」
「は? 女神に確かめた、ですって?」
眉をひそめたメリフェトスに、アリギュラは内心「しまった!」と叫んだ。けれども、後悔先に立たず。そーっと逃げようとする彼女の肩に、メリフェトスが手を置いた。
「――我が君? 私に何か、隠してません?」
「ま、まさか! ナニモ、カクシテオラヌゾ?」
「ものすごく台詞がカタコトなんですが!?」
逃げようと躍起になるアリギュラと、決して逃がさないと羽交い絞めにするメリフェトス。王と臣下の、あまりに不毛な攻防がここに始まる。
ジタバタと暴れながら、アリギュラは一月前のことを思い出していた――。
お前の世界を救ってやる。
そう豪語したアリギュラが、彼と口付けを交わしたあと。
アリギュラは一面真っ白の世界にいた。何もない、それはもう、ただただ真っ白すぎる世界に、彼女は浮かんでいた。
(ここは……?)
パチクリと瞬きをして――すぐに気づく。
なにやら白いモヤをだして神秘的な雰囲気を装っているが、その奥にうっすら見える色とりどりのパッケージ。積み上がるそれらは見たことのない素材で出来ており、表面には様々なタイプの『イケメン』が描かれている。
文字は読めないが、ニュアンスでわかる。やたらとウキウキし、ポップで華やかなこのデザインは。
その時、突如ぱぁんと破裂音が響いた。
「ゲームクリア、おめでとうございまーすぅ!」
ぎょっと目を剥くアリギュラだったが、ついで聞こえたのは間延びした娘の声。驚いて固まっていると、ひらひらと紙吹雪が目の前を舞う。
その先で、やたらダボダボの上下を身にまとった娘が、見たこともない小さな筒を手に、へらへらと笑っている。
あまりに想像と異なる姿に、さすがのアリギュラも一瞬言葉を失った。
「え? お、おぬし、あれ?」
「はーいっ! 私、クレイトスちゃんでーす! 女神やってまーす!」
ひらりと手をあげて、娘は元気よく答える。はずみで、ゆるやかに編まれた三つ編みが肩の上で跳ねた。
――なんというか、色々と予想外である。小さな顔には少々不釣り合いなメガネも、およそ神秘さに欠けるダボついた服も。そのくせ、やたらプロポーションが抜群なのが腹が立つ。
毒気を抜かれたアリギュラがぼんやりと眺めていると、クレイトスはやおら白いハンカチを取り出し、さめざめと泣き始めた。
「私、感動しましたぁ……! 主従萌えって、正直これまであんまりピンとこなかったんですけどぉ。はっきりいって、最of高でした! 新しい扉、開いちゃいました~っ」
「え……? すまぬ、意味がいまいち……」
「アリギュラちゃんが異世界の魔王様って知ったときは、ほんとどうしよっかなーって思ったんですけどぉ。振り返ってみればこれしかありえなかったっていうかぁ、メリフェトスさまの忠臣ラブが尊すぎっていうかぁ~!」
メリフェトス。言っていることの半分も意味がわからなかったが、その名が出た途端、アリギュラは赤い瞳をカッと見開いた。
容赦なく手を伸ばし、クレイトスの襟元を掴む。鋭く怒気を放って睨みつけるアリギュラに、しかしながら女神クレイトスは、思いの外整った顔ににんまりと笑みを貼り付けた。
「……あれれぇ? 情熱的ですねぇ~。無事エンディングを迎えたのに、どうしてそんなに怒ってるんですかぁ~?」
「惚けるな。どうせ、ぜんぶここから見ていたんだろう?」
「見ていましたよ~? それが観測者としての、女神のお仕事ですからっ」
「御託はいい。さっさとよこせ」
赤い瞳が光ると同時に、パリッと乾いた音が響いて、小さな雷が額から迸る。稲光をいつでも放てるように魔力を込めながら、アリギュラはクレイトスの服を掴む手に握りしめた。
「メリフェトスを返せ。今すぐ奴を生き返らせろ」
ピンと張り詰めた沈黙が、二人の間に流れた。
無意識のうちに、アリギュラはごくりと喉を鳴らす。
ゆるゆるの三つ編み頭に、ダボダボの服とメガネというくつろぎスタイル。そんなふざけた格好で現れたにも関わらず、女神が放つ緊張感はカイバーン以上だ。
腐っても世界の創造主だ。彼女は強い。確実に。
最悪、自分もここで終わりかもしれない。そう、アリギュラが覚悟を固めたときだった。
「いいですよぉ~。はいっ。メリフェトスさまの魂ですっ」
「うわっぷ!」
唐突に、クレイトスがにこりと笑う。差し出すように広げた彼女の指先から、蛍のような光がふわりとアリギュラへと飛んできた。
突然の目の前に飛んできた『魂』を、アリギュラはおっかなびっくり受け止める。手のひらの間に収まったソレは、ほんのりと温かい。
目を丸くして、アリギュラは半信半疑にクレイトスを見る。すると、クレイトスは両手で頬を覆って、もじもじと体を揺らし始めた。
「やだやだ~っ。こんなにあっさり返すのか!?なんて、野暮なツッコミなしですよぉ?」
「い、いや! だって、おぬし……」
「仕方ないじゃないですかあ。私、アリ×メリに目覚めちゃったんですもの~!」
「あり……なんて??」
再び呪文のような言葉を吐いたクレイトスに、アリギュラは戸惑う。けれどもそんなアリギュラを置き去りに、クレイトスは頬を染めて、そわそわと指を絡めた。
「いえ、メリ×アリでもいいんですけどぉ……。忠臣として想いを封じ込めちゃうメリさまの心を、アリギュラちゃんが無理矢理こじ開けちゃうのが尊いっていうか~。なのにアリギュラちゃんが自分の気持ちには無自覚なのが、逆に美味しいっていうか~!」
「頼むからわらわに分かる言葉で話せ。じゃないと、貴様のコレクションに『覇王の鉄槌』を落とすぞ」
半目になって睨むアリギュラ。そんな彼女に、クレイトスは「アリギュラちゃんのイケズ~」と唇を尖らせる。
アリギュラがそこはかとなくイラッとしたそのとき、クレイトスが肩に落ちる三つ編みを揺らし、悪戯っぽくウィンクをした。
「つ~ま~り~。アリギュラちゃんの、メリフェトスさまへの愛の、大勝利ってことですよ~っ」
アリギュラはしばし、ポカンと口を開けた。
あい。アイ。愛。
(…………愛!?)
ようやく頭の中で意味を掴めた途端、アリギュラはぽんっと顔を茹で上がらせてわあわあと喚いた。
「お、おい、クソ女神! 何を勘違いしている!? わらわのこれは、愛なんかじゃないぞ!? そういうんじゃないんだぞ!?」
「あらあら、まあまあ~。この後に及んで認めないだなんて、とってもお可愛いことっ♡」
「認めるとか認めないとかではなくてなぁ!!」
「じゃあね、アリギュラちゃん~。末永く爆発するんだぞっ☆」
「話を聞けぇ!?」
暴れるアリギュラをよそに、再びあたりを白いモヤが包み出す。クレイトスの腹立つ笑みが完全にモヤの向こうへと消えた時。
――気がつくと、アリギュラはもとの洞窟にいた。そして、ほどなくして、メリフェトスが息を吹き返したのである。
(あんのクソ女神~~!)
「あ、アリギュラ様?」
ぐしゃぐしゃと髪を掻きむしるアリギュラを、メリフェトスが戸惑ったように眺める。けれども取り繕う余裕もなく、アリギュラは深く長く溜息を吐き出した。
本当のほんとに、あの女神は最後に、なんてとんでもない爆弾を落としてくれたものだ。
「アリギュラ様、一体どうされたのですか?」
さすがにおかしいと思ったのだろう。いよいよ本格的に、メリフェトスが屈んでアリギュラを覗き込む。
そのまま彼は、驚いたように目を瞠った。
――ふわりと、潮の匂いを運んで、海からの風が二人の間に流れる。海原を照らすオレンジの光を頬に受け、アリギュラは、少女は、どこか悔しそうに自分を見上げている。
風に靡く髪の色は、夜空と同じ、艶やかな黒色。ルビーのような赤い瞳に浮かぶのは、ほんの少しの恥じらいと、強い意志。
ほんの少し紅がさしているように見える頬は、斜陽による錯覚ではない。事実、彼女の胸は、先ほどからトクトクと微かに早い鼓動を刻んでいた。
(まさか……っ)
きゅっと唇を噛み、アリギュラは僅かに眉を顰める。内心呻きながら、アリギュラは悔し紛れにメリフェトスを睨む。
(まさかわらわが、こやつを好いておるなどと……っ)
羞恥により、宝石のように大きな瞳がかすかに潤む。それはまさに恋する乙女そのものの表情で、対峙するメリフェトスを十分すぎるほどに動揺させた。
「……っ」
メリフェトスは息を呑み、慌てて目を逸らした。ちなみにアリギュラは知る由もないことだが、この時彼がうっかり彼女を抱きしめたい衝動に駆られたことは、永遠の秘密である。
温かなオレンジの光の中、風に揺れるメリフェトスの髪がきらきらと輝く。その下で、彼は秀麗な顔を困ったようにしかめる。
彼の中で、どんな葛藤があったのかはわからない。けれども彼は、やがて観念をしたかのようにふっと笑みを漏らした。
こほんと、わざとらしい咳払いをひとつこぼす。それから彼は、切長の目を逸らしたまま「――……あー」と言い淀んだ。
「――……我が君。そういえば私、もうひとつ、あなたに隠していることがありました」
「そ、それはなんじゃ?」
「あまり驚かないで、聞いていただきたいのですが」
妙にくどく、メリフェトスが念を押す。
アリギュラは次第に鼓動が早くなっていくのを感じた。否、早いなんてもんじゃない。今にも緊張で、口から心臓が飛び出してしまいそうだ。
けれどもそれは、相手も同じらしい。見たこともない緊張に染まった顔で、メリフェトスはこちらを見下ろしている。
その眼差しも、表情も、彼という存在のすべても。なんて愛おしいんだろうと。柄にもなく、アリギュラはそんなことを思った。
小さく吐息をこぼしてから、メリフェトスを意を決したように、薄い唇を開いた。
「自分は、私は。……俺は。あなたを、あなたのことが……っ」
その時だった。
「アーリーギューラーさーまーー!」
「ひゃあああ!!」
「うわぁあああ!?」
突如飛び込んできた第三者の声に、文字通り、アリギュラもメリフェトスもその場で悲鳴をあげて飛び上がった。
慌てて振り返れば、聖堂の中から、キャロラインがアリギュラ目掛けて笑顔で走ってくるところだった。
バクバクする胸を押さえつつ、アリギュラはドギマギしながら尋ねた。
「な、なんじゃ!? どうした、キャロライン? 敵襲か!?」
「違いますわ、アリギュラ様。今夜はジーク様のお招きで、お城で皆さんとお食事をご一緒する約束でしたでしょう?」
無邪気に答えるキャロラインに、そういえばそんな約束をしていたなとアリギュラは思い出す。よく見ると、キャロラインの肩越しに、ジークをはじめとするいつものメンバーが、こちらに向かって歩いてくるのが見える。
……ちらりと隣を見やれば、メリフェトスも白い指でぽりぽりと頬を掻いている。
(さっき、何て言おうとしたんだろうな)
続きを聞けなくて残念なような。逆にほっとしたような。そんな複雑な心境に悩んでいると、近くまできたルリアンが「げっ……」と表情をゆがめた。
「もしかして僕たち、お邪魔虫だったんじゃない?」
「おや。言われてみれば確かに」
「なんか……気まずい……」
ふむと思案顔になるアランに、身を縮こませるクリス。何やらぴんと来た様子の攻略対象者たちに、珍しくメリフェトスが盛大に慌てだした。
「お、お邪魔虫なものですか! 私と我が君は、ただ立ち話をしていただけで……」
「落ち着きなよ、メリフェトス殿。いや、しかし。いつも澄ました顔をしている君がタジタジになって言い訳をする姿は、実にぶざ……見ごたえがあっていいものだねぇ?」
「無様! 無様って言いかけましたよね、ルーカス様!?」
「私としたことが……。大切なお話の最中に割ってはいってしまうなんて。いくらメリフェトス様が恋敵とはいえ、はしたないことをしてしまいましたわ」
「ねえ、キャシー。そこで彼を恋敵っていうのは、ちょっぴり変じゃないかな? ……というわけで、メリフェトス殿。はやくアリギュラ様とくっついてくれないかな? 私たちは耳を塞いでいるから。それでは、どうぞ?」
「あなた方お二人は、ほんと黙っていてくれませんかね!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐメリフェトスと、それをいじって楽しむ、この世界でできた友人たち。
あまりに平和。あまりに呑気。
そんな光景を、しばしアリギュラはぽかんと眺めていた。
それから、ふと、笑みを漏らした。
(まあ、なんでもいいか!)
地面を蹴って、一歩を踏み出す。そのまま、ぱしりとメリフェトスの手を取って走り出せば、後ろでメリフェトスが目を丸くした。
「ちょ、我が君、何を!」
「いいから走れ、メリフェトス!」
真っ赤な瞳をきらきらと輝かせ、アリギュラは意気揚々と声を弾ませた。
はるか昔からでそうしてきたように、アリギュラは我が物顔でメリフェトスの手を引き、元気よく駆ける。そのせいでメリフェトスが嘆息したのも、けれども一方でどこか嬉しそうなのも、全部が全部おかまいなしだ。
そうやって無邪気に笑いながら、彼女は人差し指を空高くつきだし、声高に宣言した。
「いくぞ、皆の者! 誰が一番早く着くか、城まで競争じゃ!」
――恋に無自覚&鈍感な異世界の魔王さまと、そんな魔王さまを愛する唯一無二の相棒。
そんな二人が、この先無事に結ばれるのかどうか。気になるところではあるのだが。
それを、これ以上語ろうとするのは、まったくもって野暮というものである。
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