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37.魔王が救ったセカイ
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―――――――。
―――――――。
その、一月後。
頬杖をつき、アリギュラがぼおっと窓の外を眺める。ちょうど、風に吹かれた落ち葉が、ひらひらと木から舞い落ちるのが見えた。
そうやって、目の前に開かれた分厚い本には見向きもせずにいると、ふいに横から肩をゆすられた。
「…………ギュラ様。アリギュラ様!」
「うわっ!」
耳元で大きな声を出され、思わずアリギュラは飛び上がる。こやつめ、おどろかせおって。そう文句を言おうと顔を向けたアリギュラは、ぷくりと頬を膨らませるキャロラインの姿に、肩を落として嘆息した。
「なんだ。キャロラインか」
「なんだ、じゃありませんわ、アリギュラ様! さっきから、ずっと上の空でしてよ!?」
「うむむ」
縦ドリルをぶんと揺らして怒るキャロラインに、アリギュラも仕方なく唇を尖らせる。すると、向かいのテーブルから、本日の講師役であるジーク王子がひらひらと手を振った。
「仕方ないよ、キャシー。私の教え方が、きっと上手ではないのだろうね」
「そんな風に甘やかしてはいけませんわ、ジーク様っ」
ずいと身を乗り出し、キャロラインは人差し指を立てる。そして、非難がましくアリギュラを覗き込んだ。
「エルノア国のことや、世界のこと。たくさん知っていただかないと、いつまでも旅に出させてあげませんからね!」
――魔王サタン、もといサタンと融合していたカイバーンを打ち破ったあと。
エルノア国は無事、真の平和を取り戻していた。
人々は泣いて喜び、宴は三日三晩続いた。彼らはこぞってアリギュラを称賛し、賛美したが、アリギュラの心には大して響かなかった。それよりも重要なのは、聖女の役目を果たし終えた彼女は、いまや自由の身であるということである!
どんちゃん騒ぎも終わったころ、アリギュラはジークをはじめとする攻略対象者たちに「旅に出たい」と告げた。せっかく異界にきたのだ。この世界のことをもっと、いろいろ見て回りたいのだと。
彼らは驚き、悲しんだ。けれども、永遠の別れではないこと、一通り見て回ったら必ずエルノア国に戻ってくることを約束したら、最後は渋々頷いた。
そうして、せめて長旅に出れるくらいにはこの世界のことを学んでくれと、攻略対象者たちが順にアリギュラの講師となって、教鞭を振るうことになったのである。
「ジークの授業は、退屈なのじゃ」
ふわぁと大きな欠伸をして、アリギュラは顔をしかめる。
ジークの担当は、この世界の地理だ。ちなみに第二王子のルーカスは歴史、ジークの侍従のルリアンは通貨や宗教といった一般教養担当。俄然やる気が出るのは近衛騎士アランと王宮魔術師クリスの授業で、アランはサバイバル術、クリスは旅に役立つ魔術学だ。
ちなみにキャロラインはといえば、総合監修兼、隙あれば座学から逃げ出そうとするアリギュラのお目付け役である。
唇を突き出して羽ペンをのっけて遊ぶアリギュラに、キャロラインは盛大に溜息をついた。
「いけませんわ、アリギュラ様。たしかにジーク様の授業は全体的に平坦で、いささか摑みどころにかけるところがありますが……」
「聞こえているよ、キャシー? あと、地理の授業に盛り上がりを求めるのが間違ってないかな?」
「……とにかく! 今日のノルマを達成しないと、ケーキはお預けですわよ!」
どこに隠していたのやら。やおら皿を取り出したキャロラインは、被せられていたドームをかぱりと外す。きらきら輝くいちごのケーキに、アリギュラは目をきらきらさせたが。
「そ、そんなー!」
憐れに呻いて、ぱたりと倒れる。今日はまだ、ノルマの半分も進んでいない。この分では、ケーキにありつけるのはいつになるだろう。
うじうじと嘆くアリギュラを、さすがに不憫に思ったのだろう。頬に手を当てて、キャロラインは悩ましげに嘆息した。
「困りましたわ。こういうとき、あの方がいてくださると助かるのですが……」
ぴくりと。机に突っ伏したまま、アリギュラは身じろぎした。途端にキャロラインは、慌てて両手で口を覆った。
「も、申し訳ありませんわ! 私ったら……こんなことを言って、一番辛いのはアリギュラ様のはずなのに」
「おいで、キャシー。自分を責めてはいけないよ」
眉を八の字にして、ジーク王子がキャロラインの肩に手を置く。そうして婚約者を落ちつけながら、どこか寂しげに王子は視線を落とした。
「私たちも同じ気持ちだよ。ふとした瞬間、彼がいてくれたらどんなに頼りになっただろうと思ってしまうんだ。こんなこと、言っても仕方ないことなのにね」
「ジーク様……」
「キャシー……」
声を詰まらせるキャロラインに、ジーク王子がそっと腕を回す。悲しげな婚約者を、王子がひしと抱きしめたその時だった。
くしゃりと丸められた紙が、綺麗な弧を描いて宙を舞う。ぽすんと王子の頭に命中したそれは、ころころと床に転がった。
「……あのですね、お二方。その寸劇はおやめくださいと、何度言ったか覚えておいでですか?」
笑顔のまま、ぴくぴくと口元を引きつらせる眉目秀麗な男が、となりの机にひとり。美しく艶を放つヘーゼルナッツ色の髪に、モノクルの奥に覗く青紫色の瞳。詰襟の宗教服をかっちりと着こなす姿には、そこはかとなく几帳面さをのぞかせる。
頬杖をついて王子を睨みながら、メリフェトスは笑顔でキレるという器用なことをした。
「言っておきますけど私、死んでませんからね!?」
メリフェトスは息を吹き返した。
二人を包んでいた光が収まり、アリギュラがそっと唇を離したそのとき。目を閉じたときと同じく、静かに瞼を開いたのである。
そんな彼がなぜ、キャロラインたちから「死にネタ」でいじられているのか。それは彼が、魔王に襲われたショックで『非常に限定的(かつ都合のいい)記憶喪失』ということになっているためである。
アリギュラと共に戻ってきたメリフェトスは、当然ひどく歓迎を受けた。問題が生じたのは、対アリギュラの家庭教師に、彼も任命されかかったときである。
〝メリフェトス様は宗教関係をお願いできればと思いますの。聖教会の一級神官様ですものね! とっても心強いですわ!〟
にこやかにキャロラインに告げられて、メリフェトスは顔を引きつらせた。
彼は魔王軍でも一番の才覚を誇った、知将である。当然、聖教会に潜入するにあたって、並々ならぬ努力であらかたの知識は詰め込み、ボロが出ないように武装した。しかし、人に教えるとなると話は別である。
加えてキャロラインは聖教会のことのみならず、精霊やら神話やら魔獣の成り立ちやら、土着の細々とした信仰についてもアリギュラにレクチャーして欲しいとメリフェトスに依頼した。ここまでくると、さすがの彼もお手上げである。
そこでメリフェトスは、苦し紛れに小さな嘘をついた。
〝じ、実は、魔王の魔法が頭に当たったせいで、ところどころ記憶が曖昧でして……〟
言いながらメリフェトスは目が泳いでいたし、アリギュラに至っては半目になって呆れていた。けれども、そんな苦しい言い訳を、信じがたいことに彼らは鵜呑みにした。
そうして時々「死にネタ」でいじりつつも、念のためということで、アリギュラと一緒にメリフェトスも講義を受けるように勧めたのである。
「だぁー! つっかれたー!」
無事に今日のノルマを終え、いちごのケーキにもありつけた後。海に面した高台でアリギュラは思いっきり欄干にもたれた。
甘いものを摂取したとはいえ、朝からずっと講義づくめでアリギュラはくたくた。軽く知恵熱を出してしまいそうな疲労感である。
ちょうど時刻は夕方。傾き始めた太陽が、大海を微かにオレンジに染め始めている。そんな優美な光景をぼんやりと眺めていると、隣でふと、メリフェトスが呟いた。
「私、未だによく分かっていないのですが……」
「うん?」
億劫な体を動かしてちらりと隣をみれば、青紫色の瞳と視線が交わる。まるで狐につままれたような顔で、彼は訝しげに首を傾げた。
「どうして私、生きているんでしょう?」
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