狐姫の弔い婚〜皇帝には愛されませんが呪いは祓わせていただきます

枢 呂紅

文字の大きさ
11 / 93
1章 呪われた皇帝

11

しおりを挟む

 焔翔は、九つ上の兄だ。

 肩幅が広く、がたいが大きい。月という字を名前に背負いながら、その笑顔は天を照らす太陽のように明るい。大らかな人柄で、皆に好かれていた。文字通り、兄の存在は、紅焔からひどく大きく見えた。

 当時李家は、四つある小国のうち、西朝に仕える武家のひとつたった。だが、西朝の末王の圧政に憤った父・流焔が、仲間を集めて挙兵して西朝を倒し、その勢いでほかの三国も吸収して、いまの瑞を立ち上げた。

 紅焔が物心ついた頃には、父は西朝を奪った後であり、兄は父と共に戦場を駆けていた。

 父はよく、誰もが笑って暮らせる太平の世を創るのだと、誇らしげに話していた。その国に貧しきものはなく、虐げられるものもない。誰もが平等で、ひとびとは助け合って暮らすのだと、父は酒の宴で夢を語っていた。

 いくらなんでも夢を見すぎだと、仲間たちですら笑った。だけど、父も兄も、そんな理想郷を心から信じて邁進していた。そんな父と兄が、紅焔は憧れだった。自分も早く大きくなって、二人と共に太平の世を目指すのだと胸躍らせていた。

 十五を過ぎてから、紅焔も戦に出るようになった。当時、父は瑞の国を立ち上げて初代皇帝となり、兄は父を助けて新たな国造りに奔走していた。一方で、地方では旧王朝の残党による内紛が頻発しており、それを治めるのが紅焔の役目だった。

 出陣するようになってから知ったが、紅焔には軍を率いる抜群の才能があった。天才的とうたわれた戦術により、紅焔は数多の勝利を治め、瑞を揺さぶる火種を着実に消していった。二十歳になる頃には、紅焔は右に並ぶ者なしと言われるほど、大将軍としての地位を築いた。

 ――その頃からだ。信じて追いかけてきた未来に、ほころびが生じたのは。

“陛下は焔翔様ではなく、紅焔様を次の皇帝にするつもりらしいぞ”

 誰が言い出したのか、都にそんな噂が広まった。

 はっきりと断言しよう。それは、根も葉もない噂だった。

 父は既に、兄を次の皇帝に指名していた。事実、当時の瑞国の内政を取りまとめていたのは、実質的には兄だった。父・流焔は人望の厚いお人よしではあったが、はっきり言って政治の腕はからっきしだった。そんなダメな父に代わり、兄こそが、瑞の基盤を固めていた。

 けれども、皇帝を支えて奔走する兄の功績は瑞国にとっては大きなものだったが、民からしたら地味なものだった。一方で、残党を確実に狩り、戦の火をつぶしていく紅焔の活躍はわかりやすく華やかで、民からの人気も高かった。

 その不均衡さが、「次の皇帝が紅焔だ」なんて、噂を生んだのかもしれない。

 紅焔は気にも留めてなかった。次の皇帝は兄・焔翔がなるものであり、自分は将軍としてそれを支えるのだと、信じて疑わなかった。

 だが、兄と、兄の周囲の者たちはそう思わなかった。

 兄は、紅焔への疑心に満ちた。周囲の者が吹き込んだのか、兄自身が不安に呑まれたのか。紅焔が時期皇帝の座を狙っていると、民もそれを望んでいるのだと、紅焔を恐れるようになった。

 紅焔はなんとか、兄の誤解を解こうとした。しかし、紅焔が兄と話し合いの場を持とうとすると、必ず何かしらの邪魔が入り、ますます二人の溝は広がっていった。

 紅焔は父をも動かそうとした。だけど父は、紅焔を次の皇帝にと声をあげる者にもどっちつかずの態度を取り、事態は悪化の一途をたどっていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】ドアマットに気付かない系夫の謝罪は死んだ妻には届かない 

堀 和三盆
恋愛
 一年にわたる長期出張から戻ると、愛する妻のシェルタが帰らぬ人になっていた。流行病に罹ったらしく、感染を避けるためにと火葬をされて骨になった妻は墓の下。  信じられなかった。  母を責め使用人を責めて暴れ回って、僕は自らの身に降りかかった突然の不幸を嘆いた。まだ、結婚して3年もたっていないというのに……。  そんな中。僕は遺品の整理中に隠すようにして仕舞われていた妻の日記帳を見つけてしまう。愛する妻が最後に何を考えていたのかを知る手段になるかもしれない。そんな軽い気持ちで日記を開いて戦慄した。  日記には妻がこの家に嫁いでから病に倒れるまでの――母や使用人からの壮絶な嫌がらせの数々が綴られていたのだ。

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

離婚した彼女は死ぬことにした

はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。

処理中です...